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黒隻の簒奪者  作者: ちよろ/ChiYoRo
第5章

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第98話 血を飲む徹底抗戦

 長剣を前に自分は反射的に目を瞑る。息が止まっているせいで声もあげられない。あの剣は痛いだろうか、仲間は無事だろうか、村にいる妻と息子は……。様々な感情が溢れてくる。それでも最後に溢れた感情はやはり人族への強烈な憎悪だった。


 その憎悪に後押しされ意を決して目を開ける。自分の死際まで奴らに負けてたまるか、と睨みつけようとした視線の先には見慣れぬ女性の後ろ姿があった。


 カシュンッという腑抜けた音が鳴る。それとともに何故か綺麗に切断された長剣の刃部分が転がっていく。


「間に合ったっ!大丈夫?!怪我はないっ?!」


 いまだ背を向けたままの女性が誰かに向けて語りかける。そして誰かの安否を確認する声を上げながら目の前の人族を片端からなぎ倒して行くのだ。


 自分は訳が分からなかった。彼女は確実に我らが同胞ではない。耳も尖っていないし、所々肌も露出している。我らは顔と手の先以外肌は出さない。特に女性はそこにとても神経質なのだ。


(こいつも……人族……!)


 一瞬で彼女の正体にたどり着いた。その答えにたどり着いた瞬間、もう自分が助けてもらったことなど頭の片隅からも消えていた。


 今状況は突然現れた女性によって膠着している。敵の人族も彼女に対して攻め手を見つけられず、また彼女も我らに背を向け敵を注視している。


 気づけば息は整い、弓に矢を番えて彼女に向けていた。それは木の上の仲間たちも同様。魔法隊はすぐにでも発動でき、矢も十数本が彼女の背に向けられている。


「動くな、人族」







 ーーーーーーーーーーーーーーーーー








(視線が……重い……)


 うちは振り向くことが出来なかった。今うちの背中に向けてとてつもない憎悪を視線が向けられている。こんな風に視線を質量として認識出来てしまうなど思いもしなかった。


 一応、テミスから彼ら森嶺の民、エルフは人族を恐れ、恨んでいるとは聞いていた。けれどここまでだとは思っていなかった。思わず膝をついてしまいそうな程強い憎悪の視線はうちが今まで受けたことがなかった。




 うちたちは交戦している最初のエルフ達を見つけてからそれぞれバラバラに救助に行くことにした。そうして戦いの音が聞こえる場所に行くと、そこには今にも殺されそうなエルフがいたのだ。


 うちは隠れることもなく彼の前に躍り出てすんでのところで敵の攻撃を凌ぐことができたし、そのまま倒すこともできた。人を斬り殺す感覚に気持ち悪くなりながら。


 これまではギリギリの戦いでそんなことに意識を割く余裕が無かったのだが、今回は敵が弱すぎるせいで肉を斬り裂く感覚が手に強烈に残っていた。


(うっ……!今は吐いちゃダメ!)


 王国にいた時に盗賊殺しはさせられたが、これはいつまで経っても慣れるものではなかった。それでも立っていられるのは今はそれを押し殺してでも彼らを救わなければならないと思ったからなのだ。


「動くな、人族」


 だが、知識では分かっていたとはいえ、実際に助けた相手から憎悪を向けられるのがこんなにも苦しいとは思わなかった。


「貴様、この我を助けて何が目的だ!答えろっ!答え次第では今この場で討つ!」


 うちが助けた相手がうちに向けて矢を引く。距離があまり離れていないからか、引かれる弦のギリギリという音も聞こえる。


「ハッ!答えるまでもねぇ!人間風情がぁぁ!!」

「くぁっ?!」


 木の上にいた彼らの仲間がうちの言葉を聞く間もなく矢を放った。それは狙い違わずうちの肩に当たり深く食い込む。


「今だ!!」


 まだ見通しが甘かったのか。本当に放ってくると思わなかった。不意打ちの攻撃に体が前へとつんのめる。そしてその隙を逃さず、目の前の人間たちが長剣を片手に襲ってきた。


「あぁぁぁ!!」

「がっ!」

「ぐぁ?!」


 うちは叫んで肩の痛みを紛らわしつつ向かってくる3人を剣ごと真横に斬り裂く。そしてその後ろに隠れてうちの隙を突こうとしていた2人も叩き伏せるように斬り飛ばした。


「はぁ、はぁ、はぁ。……くっ!」


 サクッと自らの刀を支えに地面に突き刺す。そして肩に刺さった矢を一息に引き抜いた。鏃によって肉が抉られ、血が流れ止まらない。荒れそうになる息を整えるため、ゆっくりと深呼吸をする。


「うちを信用する必要はない!!でも、うちはあなたたちに何かをするつもりはない!だから、今は一緒に戦って……」


 ここで、うちが感情のままに彼らを害してしまえば目の前にいるクズたちと何も変わらない。それだけは嫌だった。


 うちが彼らと人族との間を持てるとは思っていない。けれども、言わなかったがうちがここで倒れてしまえば彼らはもうこのクズたちには勝てないだろう。


「精一杯、うちの出来ることはします。この戦いが終わったら出来る限り償いをします。だからお願い……」


 うちは背中を向けたまま彼らに対して懇願する。こんなにも誠意が伝わらない懇願もそうないだろう。何しろ相手の目を見ないどころか、体を向けてすらいないのだから。



 それからどれほど時間が経っただろうか。カシャンという音が立て続けに静かな森で響いていく。うちは後ろを振り向けなかった。ダメだった、やはり伝わらなかった。


 そりゃそうだ、こんな失礼な頼み方で海より深い溝がを埋められるわけがない。ならば、うちが死ぬまでに目の前のクズたちをどれだけ減らせるか。


 うちは最初に鳴る弓を放つ音を合図にして目の前に突っ込むことに決めた。矢を放つ音が聞こえればそれはうちの元へ飛んでくるだろう。


 ならばそれを躱しつつ敵を一掃し、可能であれば矢を敵に当てさせることも可能だろうと考えたのだ。


「ふっ!」


 そうしてしばらくもしないうちに小さくシュッという音が鳴ると同時にうちは動き出した。目論見通りやはり矢を放ってきた。しかし、うちの策略とも呼べない計画は途端に崩れ去った。


「ぎゃあ?!」


 なんと矢で打ち抜かれたのは敵の人族だったからだ。


(えっなんで?)


 一瞬そう思ったが、もしかしたらうちの思いが少しでも届いたのかもしれない。もしくはとりあえず目の前のクズを倒した後にうちを狙うのかもしれない。


 どちらかは分からないが、それでも今はうちの味方をしてくれることが分かったのだ。それがとても嬉しかった。


「はぁぁ!!」


 うちは肩の痛みなど気にもならないほど気分が高揚していた。名も知らぬ誰かと息を合わせて敵を薙ぎ倒すというのがこれほど爽快なのかと思った。


 気づけば辺りにうちとエルフ以外、生きている者はどこにもいなかった。しばしの間うち達と間を沈黙が占める。それから誰かの声をきっかけにワァー!!と歓声が湧き上がった。







 ーーーーーーーーーーーーーーーーー







「ねぇ、今回も凌げると思ってるの?」

「……分かりませぬ。ただ、死人はそれなりに出るかと」

「ま、だろうね。というか帰ってこない可能性のほうが高いんじゃない?」

「それはっ!……そうですな、それも覚悟しておかねばなりますまい」


 杖をつきながら村を徘徊し家に待つ守備隊たちの家族へと見回りをする。そこで二言三言話し、また家の中へと戻させる。


 そんなことの何が楽しいのか、エルフの守備隊を送り出してからかれこれ数時間以上続けていた。


 村の子供も女たちも皆、この村長を慕っているようで顔を合わせばそこへ他にも人が集まってくるほどだった。


「きゃああ!!やめて!やめてぇ!!」


 そんな時、守備隊が向かった方とは真逆の方向から絹を裂くような声が響いた。咄嗟に振り向く僕と村長や村の者たち。


「皆の者!家に入れ!決して出るではないぞっ!」


 そう言って村長は老体に鞭うちものすごいスピードで声の方向へと走っていく。


(あれ、ほんとに600歳超えてるのかよ)


 エルフは寿命は長いが、青年時代がとてつもなく短い。成人は200歳なのだが、本格的な老化が始まるのは300歳なのだ。そこから平均200年かけて老化し500歳で息を引き取る。


 しかし、あの村長は確かもうすぐ700に届くとか言っていたはず。なのに走るスピードは守備隊の者と遜色ないように見えた。


(さて、何が起こるかな?)


 次々と予想していなかったことが起こる。今考えてみればあの異界の勇者たちに敗走してしまったのも僕の物語にスパイスを加えろという運命だったのかもしれない。


 僕は村長が走って行った方へゆっくりとついて行った。

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