第96話 森嶺の民
ドッドッドッーーン!!という夜の静かな森には似つかないお腹の底に響くような音が遥か遠くから鳴り響く。それと合わせて土煙や時折青白い光が垣間見える。
それは途切れては鳴り、途切れては響きを繰り返す。音源から考えてあと少し走れば充分その地の状況がわかる距離だ。
耳をすませば人の声らしき雄叫びを聞こえる。誰かが争っているのだろうか。だとすればそこにいるのは....。
「急ぎましょうっ!」
遠くで何かが起こっていることは確実である。私たちは少し悲鳴を上げる足を叱咤して、スピードを上げた。
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————時は少し遡る。
僕は木の上からうすらと見える集落を視界に落とす。森の中を開拓することでそこそこの広さを持った場所で農業を営んだり、大きな気をくり抜いて木を完全に伐採することなく住居を作るなどして過ごしている種族がいた。
「ようやく見つけた」
僕は木から飛び降り逸る気持ちを抑えながら集落に向けて速度を上げる。ここまでも時々“気纏”を使ってきたからか軀力が心許ない。
なのでその集落である程度軀力が回復するまで休ませてもらおうと思ってここまで来たのだ。
木から飛び降りすぐに走り出した僕の目の前にはそう経たないうちに開けた集落が見えて来る。その簡易的な入り口として木のアーチが建てられた場所には2人の人物が立っていた。
「誰だ?!止まれ!」
彼らは油断することなく手に持った槍を僕へと向けてくる。僕は両手を上げて武器など無く丸腰であること、森で迷ったためここで一度休ませて欲しい旨を大まかに伝えた。
「そうか、それは大変だったな。だが、貴公は人間ではないのか?」
「違うよ、ちょっと汚れてるけどこんな肌の色は人間にはいないでしょ?」
そう言って僕は自身の腕をまくる。そこには少し泥には塗れているが、人間にはない薄い青褐色の肌があった。
「ふむ、疑ってすまなかった。夜は遅いが、一度村長に会ってもらうルールになっている。すまないが、ついてきてもらっていいか?」
「わかったよ。でも、疲れたから手短にね」
「あぁ、ここまで憔悴している者を村長も長くは引き留めないだろうから安心してくれ」
「すまないね」
僕は門番の1人の後ろについて歩く。真夜中を過ぎてもうすぐ日が昇るという時間帯だからかちらほらと家の外にいる者がいる。そしてそのどれもが女性であることから種族関係なくある程度役割は似通っているのかもしれない。
しばらく進むと村を支えているかのごとく高い見上げるほどの木があった。どうやらその木の中に村長と呼ばれる者の家があるらしい。僕たちは木の根本にある階段から登り部屋へと入る許可を経た。
「うむ、ヘゥロイよ。ご苦労であった。そなたは門へと戻ると良い」
「ハッ!かしこまりました」
「すまないね、急に来てしまって」
「何を仰いますやら。【暴食】様ご自身が来てくださったのです、何を置いても優先すべきでしょう。一報下されば迎えの者を出しましたのに」
「僕も急いでたんだよ。ちょっと厄介な奴らに追われててね。だから少しここで休ませてもらおうと思ってさ」
「左様でございましたか。えぇ、ご存分に休息なさってください。ただ、少しうるさくなるやも知れませぬ」
「うん?何か不都合があるのかい?」
「いえ、不都合と言いますか……。最近、またも我が森嶺の民が帰ってこないことがありまして。まだ村の者も知らない者が多いのですが、最近また人間の姿を見る者も増えてきておりましてな」
「なるほど、君たちは綺麗だからね。男も女も。そりゃ人間からすりゃいい餌だろうさ」
「わしだから良いですが、村の者にはあまりそういったことは言わないで下され。まだこの地に来て数年なのです、移動で体力を奪われたくない。それにこのような地がそうそうあるとも思えません」
「ふぅむ、じゃあやっぱり誰かの傘下に入りなよ。そうすれば守られるじゃん。あ!僕のとこに来る?歓迎するよー!」
「ありがたい申し出ですが……」
「ふん、まぁいいさ。君たちは誰の下にも下らない気高き種族って言うんでしょ。でもそれで数減ってたら意味ないじゃん」
「……うぐぐ」
彼ら森嶺の民、人間の言葉で言うところのエルフと呼ばれる種族はこれまでずっと常に中立を保っていた。それは人間側にも魔族側にも力を貸さない、完全な中立だった。
そしてそれが出来るだけの力があった。彼らの使う魔法は人間も魔族も凌駕し、彼らの操る弓術は何者をも寄せ付けなかった。
しかし、その無敗神話とまで称えられるほどの力はある日突然、途切れた。理由はエルフが強い所以であるカラクリがバレたからだ。
元々彼ら森嶺の民は正しくない。これは今の現状に合わせて名乗りを変えただけなのだ。
——正しい、いや喪われた名乗りは『神嶺の民』。
今でこそ彼らは森のほぼ中心地、若干東の方に位置した場所で居住を構えているが、以前と呼ぶには遠すぎ、はるか昔と呼ぶには最近の戦争終結後あたり。
その頃ははるか西側の嶺峰に居を構えていた。今でこそあそこは吹雪が絶えず吹き荒ぶ荒れた土地になってしまったが、昔は豊かな森が生い茂り生物が数多く生息する生きた山と言われていた。
そこはあまりに生物が多彩であり、気温の変化に弱いはずの各土地にしか咲かないような花や植物が生い茂っていたこともあって、神の棲む嶺とも呼ばれていた。
そんな場所に住んでいた彼らだからこそ、神を崇拝し自分たちを『神嶺の民』と名乗っていたのだ。
そこは様々な植物が生茂ると言ったが、簡単に理由を言ってしまうと、巨大な霊脈がその嶺の底に通っていたからだった。
彼らはそこから力を引き出すことができた。だからこそ強さは折り紙付きで、それ故に彼らはそこを動こうとしなかった。
その輝かしき栄光とも呼べる時代に幕を引いたのは魔族でも人間でもない。ただの一体の竜だった。しかし、奴はただの竜と呼ぶには特殊だった。
何しろその竜は主食として各地の霊脈を喰らう竜だったのだから。
自らの力の源を根こそぎ奪う敵に彼らはなす術がなかった。次第に力を失う彼らを横目に不思議にもその竜は彼らを排斥しようとはしなかった。...当然、歯向かう者には容赦しなかったが。
それでもその竜自身に害がないことを悟った『神嶺の民』は共生する道を選んだ。だが、不運はそこで終わらなかった。
どこから聞きつけたのか、彼ら『神嶺の民』の力が弱まっていることを知った人間が彼らを襲い始めたのだった。
最初はもちろん抵抗した。しかし、霊脈から力を得られない彼らと人間では力に差がほとんどなく、そうなれば数だけは多い人間に次第に侵されていった。
程なくしてプライドを粉々になるまで打ち砕かれた『神嶺の民』はこれ以上数が減ることを危険視し、名乗りを『森嶺の民』と変え、世界を跨ぐように広がる『キュケの森』へと姿を隠したのだった。
話を戻そう。
こうして彼らは逃げるように隠れ住む道を選んだのだが、未だ自分たちが中立であり、世界に対抗できる勢力であったことのプライドが消えないのか、なかなか誰かの下に集まることを是としなかった。
しかし、それももう限界。人間は着々とまた彼らを追い詰め餌とするだろう。それに魔族も決して全てが彼らの味方というわけではない。
中立を保っていたということは魔族にも手を上げていたということと同義なのだから。
人間は寿命が短いためか、エルフに恨みを持つ者は少ないか、いないとまで言っても過言ではないだろうが、魔族は平均寿命が長いため、『森嶺の民』に恨みを持つ者は少なからずいるだろう。
「わしが、決断をしなければいけないのか……」
「そう言う時期だとは思うよー?」
僕の目の前にいるこの老エルフもかの戦争を経験し、そして竜の災厄を目にした者。僕はその戦争を経験したわけではないため、このエルフに何か複雑な思いがあるわけではない。
だからこうして時たま彼らの前に姿を現しては傘下に入ることを勧めているのだが、未だ決断ができぬままここまで来ている。
とその時、村中に響き渡る警告の笛が鳴り響いた。この笛はとてつもない高音を出す笛なのだが、種族的なものなのか基本的にはエルフ以外には聞こえないはずの音も僕には聞こえるのだ。
その笛に急き立てられるように部屋の外へと出た村長と僕へと伝えるように1人の男が走ってきた。
「人間だっ!人間が来たぞーー!!戦闘態勢を取れーー!!」
彼は大声を上げながら、村長のところへと向かってくる。それは先ほど僕を案内してくれた男、ヘゥロイと一緒にいた別のもう1人の男だった。
「ザーナル!?どういうことだ?!状況を説明せぃ!」
「ハッ!斥候の者から百人規模の人間が我らのこの地へ向けて進行しているとのことです!装束に統一はなく、指揮が取れているであろうことからおそらく傭兵ではないかと思われますっ!」
「くっ!よりによって冒険者ではなく統率のとれた傭兵かっ!」
「傭兵の装束をした国軍の可能性もあるんじゃないの?」
「だとしても我らはただ戦うのみ。縋る先などないのだ。全員!心せよ!!決して死なず!我らを愚弄する奴らを踏みつぶせ!!」
目の前にはいつのまにか集まっていた村の男たちが隊列を成すように規則正しく並んでいる。彼らはこの村長の鬨の声を聞いた瞬間、鼓膜が破れんばかりの雄叫びを上げた。
「行けーーー!!!」
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