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黒隻の簒奪者  作者: ちよろ/ChiYoRo
第5章

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第94話 道遁保持者

「キャキャキャキャ!!!ミツケターー!!!」


 俺は突然、夜の森の中から現れた狂獣が振るう棍棒を咄嗟に受け止める。速度が付いていたからか見た目の華奢さからは考えられないほどの力があった。


「カイトくん!」

「はぁっ!!」


 俺は一度距離を取るためにも打ち付けられた棍棒を弾き返した。ギャリッという鉄と鉄が擦れるような音を響かせ、目の前の狂獣は後ろへ飛び退る。


「うぐっ?!」


 その時、突然自分の体内の血液が沸騰するような激しい怒りと昏い闇の沼へと飲み込まれそうな絶望が湧き上がった。


「カイト?!どうしたの?!」


 その激烈な感情の奔流に俺は立っていられなくなる。彼女たちからすれば獣を弾いた瞬間、胸を押さえて倒れ込んだように見えただろう。すぐさま彼女たちは目の前の獣へも目を向ける。


 すると不思議なことにその獣も胸を押さえて蹲っていた。口からは大量のヨダレを垂らし、狂ったように両手で胸と頭を掻き毟る。服が破れるのも髪が千切れるのも構わず、ひたすら掻き毟っていた。


「クキケキキクカキクコクカカキキキキキャーーー!!!!!」


 やがて獣は壊れた機械のような奇声を上げて再度襲ってくる。対する俺も刀を持ちなんとか戦闘態勢に入る。何故だか今は体がとても軽かった。先ほどまで襲われていた怠さは消えたが、未だ急激に湧き上がった感情は消えない。むしろさらに湧き上がってくる。


 それでも今は何故かそれが心地よかった。


「お前らは【暴食】を追え!!こいつは俺がやる」

「でも、みんなでやった方が……」

「いいから行けっ!」


 突然口調が強くなった俺に驚きつつも彼女たちは言われた通り、森の中へと消えていった。俺もなぜこんなに口調が強くなったのか分からない。


 だが、こいつとは俺だけでやりたかったのだ。自然と口角が上がっていた。【暴食】など関係ない。この獣は俺が殺す。


「さぁやろうぜ、血塗れの害獣よぉぉ!!」

「キキキキャーーー!!!」






 ーーーーーーーーーーーーーーーー







「カイトくんどうしたんだろ?」

「分かんない……」

「あの血塗れの人間……らしき人物が現れてから豹変しましたね……」


 私たちは走りながら先ほどのいきなり雰囲気の変わったカイトさんを思い出す。血塗れの人間が現れ、その攻撃を受け止めてから2人とも崩折れた。


 なので私たちは助けに入ろうとした瞬間、2人の雰囲気が突然変わったのだ。


 どう変わったのか言葉で表すのは難しいが、因縁の相手に出会った時のような雰囲気だった。


 2人の纏う雰囲気は正反対だった。カイトさんはまるでこの夜の森の暗さでさえも飲み込むような昏いオーラを、対して血塗れの人物はその体に付着する血よりも紅いオーラを。


 そしてその2人は出会いを喜ぶかのように嗤っていたのだ。


 本当は助力をしたかった。【強欲】までの間もレベルの離れたカイトさんにおんぶに抱っこだったのだ。少しでも力になりたいと思うのは皆同じだった。


 それにいくら纏うオーラが今まで出会ってきたどの人物とも違う別種のオーラだったとしても、あの血塗れの人物には負ける気がしなかった。


 だが、確かにカイトさんの言うようにここで2手に分かれた方が効率が良いのも事実。それに私でも勝てそうだと感じたのだから、カイトさんが負けるとは露ほども思わなかったのも理由の一つだった。


「とにかく、あの人物からはカイトさんに迫るような強さは感じませんでした。もしかしたら私たちの誰が戦っても勝てるくらいに。ですが、二手に分かれた方が早いことも確かです。

 精霊様が急いだ方がいいとおっしゃるほどなのですから私たちも【暴食】を追った方がいいでしょう」

「うん、分かったよ。でも、カイトくんの鼻を頼りに【暴食】を追ってたんでしょ?行き先分かるの?」

「・・・大丈夫、この辺りは血の匂いが濃い。ここまで来て、街で嗅いだ匂いと同じならわたしでも分かる」

「さっすが!そしたら急ご!」

「オッケー!いっくぞーー!!」


 私たちはここからはサニアの鼻を頼りに深い森の中へと進んでいった。







 ーーーーーーーーーーーーーーーーー







「はっ!お前何者だよ!見つけたって何だ?どっかで会ったことあるのか?」

「クキカケケクコカカキカキャーー!!」

「ダメだな、話にならない。なら、俺に喧嘩売ったことの意味をその体に覚えさせてやるよっ!」


 俺は地を蹴り獣に向け刀を打ち付ける。さすがにそれを無防備で受ける気はないのか、はたまた獣染みた直感なのか俺の刀の側面に対して棍棒を横ぶりしてきた。


 木で出来たような棍棒と打ち合ったとは思えないほど硬質な音が森の中で何度も反響する。だが、互いに速度を緩めることなく刀と棍棒をひたすらぶつけ合う。むしろ速度は上がっていくばかりだ。


(ちっ!ラチがあかない!)


 俺は針に糸を通すような隙を狙って刀を振るっているにもかかわらず、その致命傷になりうるその全てをギリギリで躱すかうまく棍棒で逸らしてくる。


 俺は相手の苦手な部分で攻めるためにも“全鑑定”を使用した。



 名前:資格が有りません

 種族:資格がありません

 Lv:資格がありません

 スキル:資格がありません

 称号:資格がありません



「はぁっ?!……ぐっ!」


 俺は“全鑑定”を使用した結果に思わず声をあげてしまう。その一瞬の隙をついて獣は大振りの一撃を放ってきた。ギリギリで刀を潜り込ませることには成功したが、力を相殺させることが出来ず、刀ごと食らってしまった。


 俺は殴られた衝撃を利用してなんとか獣との間に距離を作る。そして痛みを抑えながら必死に頭を回転させる。



(それにしても……資(・)格(・)がないだとっ?!)



 全く意味が分からなかった。今までレベルに違いがあるからか『見ることができない』という事態には遭遇した。それも数度ほど。


 だが、そもそも資格がないと言われたのは初めてだった。それにやつのステータスを見るための資格が何なのか一切の見当が付かないのだ。


(まぁいい、力自体は俺とそんなに変わらないだろうからそこまで俺と隔絶した差があるわけではないだろう。てことはレベルは1000前後、魔法とかも使ってこないってことは純粋な物理型か、それとも頭がおかしくて魔法を使えないかのどちらかだ)


「ならば……」


 俺は足に風を纏う。速度は拮抗しているか、若干俺の方が早いだろうからそこに俺の風の魔法でブーストをかければ速度は勝るだろう。


「ふっ!」


 俺は鈍痛がある程度収まったタイミングで再度強く地を蹴る。その瞬間、予想もしない出来事が起こった。


 パシュンッという音と共に足に纏った風が掻き消えたのだ。


「なにっ?!……くっ?!」

「キキキャキャキャ!!!」


 風をいきなり失ったことによる急激な速度の変化に耐えきれず、タタラを踏んでしまう。そこへまるで待っていたとばかりに獣は俺の前へ飛び込み、棍棒を振るってきた。


 今度はなんとかちゃんと棍棒を受け止めることには成功した。しかし、俺は内心、衝撃を隠せなかった。


(今何が起こった?!)


 今まで俺は魔法の発動を失敗したことは無かった。というか発動をさせられなかったことはあるが、発動してから消えたことは無かった。


 だが、深く思考に潜り込む隙を目の前の獣は与えてくれない。俺は先ほどまでの撃ち合いとは打って変わって獣の攻撃を逸らすことに集中せざるを得ない。


 そこでようやく気づいた。奴が俺に近い力を持っているんじゃない。俺が弱体化を受けているのだ!


 ここまではなぜかアドレナリンが大量に出ていたおかげか興奮で目の前の獣を殺す以外に考えが回らなかった。


 しかし、一度攻撃を喰らい、さらに魔法を失敗したことで頭が冷静さを取り戻したのか自分の現状を把握することができた。


 体は今までの戦いのように思った通りに動かないし、何より魔力を自在に体の中で動かせない。いや、動かすことはできるのだが、質量が増えたかのように魔力がとても重く感じるのだ。


 心なしか刀でさえも重く感じる。


(なんだっ?!何が起きている?!)


「キキャーーー!!!」

「がはっ?!」


 俺は獣によって刀を大きく上に弾かれ、ガラ空きになった腹に獣のヤクザキックをもろに浴びてしまう。


「くっ!げほっげほっ」


 俺は尻餅をついて、こみ上げる胃液を必死に抑えながら咳き込む。こんなに自在に体が動かせないことは初めてかもしれない。だが、獣の猛撃はここで終わらなかった。


「キャーーー!ウマソウーー!!!」


 なんとさらに獣は俺に覆いかぶさってきた。


「くそっ!やめろっどけ!」


 俺はなんとか尻餅をつきながらも獣を寄せ付けないため暴れ回っていたが、上から攻撃をするものと下から防ごうとするものの有利不利は明確だった。


 しばらくも経たない間に獣は俺に馬乗りになり上から俺を殴り続ける。


「ぐふっ!ぐっくそ!ど……けっ!」


 まるで小さな子供が駄々を捏ねるような腰の入っていない殴り方にも痛みを感じる。俺はどこまで弱体化してしまったのか。もはや俺は両腕で顔を守ることしか出来なくなっていた。


「キキキ……」


 それからどれだけ経っただろうか。1時間経ったのか、それとも1秒も経っていないのか分からないが突然、獣の乱打が終わりを告げた。


 だが、俺は腕を下げられない。下げた瞬間またあの乱打が来るかもしれないからだ。それでも気になった俺はゆっくりと腕の隙間から獣を盗み見た。


 そこで見たのは徐々に迫ってくる腕と爛々と光る紅い眼、そしてギラギラと光る斑に削れた鋭い歯だった。

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