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黒隻の簒奪者  作者: ちよろ/ChiYoRo
第5章

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第93話 追いし【暴食】

 街の俺たちは満月が照らす暗闇の中を走っていた。もうすでに日付が回っているからか、まばらに人はいるものの日中ほどの活気はない。


 俺たちは暗い地面に紛れた血痕を付けながら先を追う。ダンジョンが崩れて地上に出されたのには驚いたが、【暴食】が傷を負ったことにも驚いた。


 ただ、あの破砕痕のところから段々と血痕が薄くなってきている。さらに暗い地面に黒ずんだ血というのも相まっていくら“夜目”があろうと見づらいのは事実だった。


「これは……、街の外に出てるな」

「そんな?!そこまで早く動けたの?!」


 今俺たちは大通りの裏道にいるのだが、薄い痕跡を見る限り大通りに続く関所を抜けた可能性がある。それにミユの言う通り、土煙で姿を隠したとはいえ、それなりにすぐ動いたつもりだった。


 それでも結果はこの通り。【暴食】を取り逃がし、さらに姿までも見失った。ただ一つ幸いなのはこのまばらにいる人たちが被害に遭わなかったことだ。


 奴のスキルを少し覗いた限り、サニアにもやられた“吸塵華”で街の人から体力を奪い、回復される恐れがあったからだ。


 それがないのは単に奴が抜けた時に人がいなかったのか、それともそんな余裕がなかったからか。あるいは吸収するのに何か条件があるのか。


「どうするの?カイトくん。もうこの先に痕跡残ってないよ?」

「慌てるな。おそらく奴はそこまで今余裕があるわけじゃない。最後に3人でラッシュをかけるまで本気でオーラを出さなかったのがその証明だろう」


 それに、目で見つけられずとも俺にはこの鼻がある。もう今なら空気中に僅かに紛れた血臭も嗅ぎ分けることができる。……気分は悪いが。


「犬みたいだな」

「ん?どうしたの、カイトくん?」

「いや、なんでもないよ。大体は分かるからついてきてくれ」

「・・・ん……」


 そんな話をしていると俺が背負っていたサニアが目を覚ました。


「サニアちゃん!」

「サニア!起きたか!」

「・・・ん、主さま?わたしは…」

「大丈夫か?魔王の攻撃で一回意識を失ってたんだ。体の調子はどうだ?」

「・・・ん、大丈夫……。腕も、動くよ……」

「そうか、よかった。今サニアを攻撃した【暴食】の魔王ってやつを追ってるとこだったんだ。まだしばらくはかかるから俺の背中で休んでおけ」

「・・・ううん、大丈夫……。動けるよ」

「サニア大丈夫?無理しなくていいんだよ?」

「・・・ありがと、キノ。大丈夫だから、それより逃げた奴を追わないとなんでしょ?早く行こ」

「わかった。辛くなったら言えよ、絶対に我慢するな」

「・・・ありがと、主さま」


 俺はそう言ってサニアを背中から下ろす。体力を回復させる意味でも俺は“無限倉庫”の中から大きめの干し肉を取り出してサニアに渡した。


 すると今までダルそうな動きで心配していたのだが、目の前に肉が出てきた途端、俊敏な動きで俺から肉を取って頬張っていた。


「・・・はむはむ」

「それだけ元気なら大丈夫かな」


 そして続けて3人にもほし肉を渡す。そのまま俺たちは齧りながらアンバスの関所へと向けて走り出した。





 ーーーーーーーーーーーーーーー






「ふー!ふー!くそ、ギリギリだな。あーミスった。街の人間吸っとけばよかった」


 僕は目的地が近いことを確認して、近くに群がっていた魔物で回復しつつ休息を取っていた。そこでようやく自分が相当焦っていたことに気づいた。


 一刻も早くあの場から離れなければという思いだけが先行して、近くの人間に目が向かなかった。華さえ咲かせれば、これくらいの距離なら塵を吸うことは出来た。


 さすがに魔族領の端から端まで届くほど万能ではないが、街一つを跨ぐくらいの距離ならギリギリ効果範囲だ。


「くっそ、全部あいつのせいだ。この僕がこんな惨めな場所で傷を回復させなければいけないなんて」


 アンバスを離れてからも僕は足の裏にだけ“気纏”を纏いここまで休み無く走ってきた。おかげでだいぶ距離は離せたと思うが、奴らの能力をはっきりと知らないので、不安は残っていた。


「ちゃんと【黒隻】についても知っとくべきだったか……。雑魚って言ってたじゃないかよ、あのクソババァ。完全に騙された……」


 腹立たしいが、魔王の中で1番と認めざるを得ない【怠惰】の魔王に次ぐ【強欲】が一瞬でやられたことで自分でも気づかないほど焦っていたのだろう。


 長く生きるほど強いというわけではないが、長く生きればそれだけ経験がつく。さらに彼らとあの【色欲】はあの戦争を経験している。


 かの戦争は戦い一つ一つの規模はそこまでとは聞いているが、【怠惰】と人間の王がぶつかった終星の地の戦いはとてつもなく熾烈だったらしい。


 あの【強欲】でさえこの話になると途端に口を閉じるほどなのだ。そしてその場にいた【強欲】はもちろん戦いにも参加しただろうし、とすればその壮絶な戦いを生き抜いたことになる。


「それがあんなにあっさりやられるのかよ!?」


 もしかしたら僕は【強欲】を過大評価しすぎていたのだろうか?そう思わざるを得ないほど呆気なかった。


「くそ……これ以上ゆっくりしてられない。急がないと」


 僕は残っている肉を全て平らげ、痕跡を残さないように焚き火を掻き消す。何を呑気なと思われるだろうが、“吸塵華”で体力、魔力は回復出来ても腹は膨れない。


 ややこしいがそれとこれとは別物なのだ。減るものは仕方ない。


 僕は少しマシになった体に鞭を打ち、目的地へと走り出した。






 ーーーーーーーーーーーーーーーー







「くそっ!やっぱり森の中へ逃げてるか!」


 俺たちはアンバスの街を抜けて空気中にかすかに漂う血臭を辿ってくると、その先には一切の明かりがない昏き闇が湛えていた。


「う……ちょっと怖い……」

「一応灯りはある。仕方ないが、これを進むしかないだろう。ここで逃せばせっかくのチャンスをみすみす取り逃がすことになる」

「……うぅ、わかったよ」


 俺たちは森の中ということもあって警戒しながらも早歩きで闇の中へ進んでいった。所々が踏み倒されており、軽い獣道のようになっている。おそらくここを通っていったのだろう。


「でもカイトさん、なぜそんなにも急ぐのですか?夜ですし森の中も魔物が凶暴化して危険です。一夜明けてからでも遅くはないかと思うのですが……」

「あぁ、そうなんだけどな。なんか嫌な予感がするんだよ。それにシルフィも急げって言ってるんだ。無理させて悪いが、急ごう」

「分かりました。それよりしるふぃ……?というのはいったい……?」

「あぁ、そうか。そういや言えてなかったな。それじゃその辺りも話しながら進むか」


 俺は森の緑の匂いにわずかに混じる血の臭いを追いつつ、サニアの身に何があったのか。その後、どうやってサニアの体に張った根を取り除いたのかの話をした。


「そんなことがあったのですね……」

「あぁ。それと聞きそびれたが、さっき俺がサニアを治療してからテミスの身に何かあったみたいだが、何があったんだ?」

「そうですね、いい機会ですしそれもお話致します」


 そうして話し出してくれたのは今まで深くは語らなかったテミスの過去だった。それには彼女のスキル“颶眼”が大きく関わってくる。


 俺は彼女たちのスキルを好きな時に視られることから特に彼女たちから言い出さない限り、触れないようにしていた。不用意に触れてせっかく構築してきた絆を壊したくなかったしな。


 まぁ、そのせいでミユの葛藤に気付けなかったのだから一概にそれが良いわけでもないことは思い知ったが。


 そして、そのうちの一つにテミスのスキル“颶眼”もあった。これまで彼女がこのスキルを使っている節は見当たらなかった。使えない理由があるのか、それとも使いたくないのか。あるいは見えないだけで使っているのか。


 結論から言うと、どうやらテミスの親によって両目に宿るその力は封印されていたらしい。聞けば聞くほどテミスの親の力量が計り知れないな……。


 テミスが親から聞くには彼女が生まれた時から有するスキルのようで、生まれた瞬間、彼女を産んだ母親と側にいた父親、それから乳母や果てには家まで周りにあるあらゆるものを刻みまくったらしい。


 幸い、産まれたばかりということもあって力は弱く死者はいなかったそうなのだが、テミスの眼から放たれる風は収まる気配がなかったらしい。


 それを危惧した父親が彼女の眼に封印を施した。いずれその力を十全に扱えるようになるまで解呪してはならないと。


 その判断は彼女の父が行う予定だったらしいが、その日が来ることなく、彼女の父や母、村の人々はこの世を去った。


 その頃にはもはや自分の眼のことなど頭になかったらしい。なんなら今日、突然封印が解除されて思い出したレベルなのだそうだ。


「そうか、話してくれてありがとうな。それで……眼はうまく扱えそうなのか?」

「はい、何故か全く暴走する気配はないんです。正直、父から話を聞いただけでこの眼がもたらす破壊がどのようなものなのかも知らないのですが、何故だか心配ないと分かってしまうのです」

「だって、あたしがつかえるようにしたもん!」

「シルフィが?」

「え?シルフィ様がそこにいらっしゃるのですか?」

「あ、あぁ。なんかテミスの眼が暴走しないのはシルフィが何かやっているかららしい」

「そうだったのですね、姿はお見えになりませんが、ありがとうございます」

「ふっふーん!よいよい!もっとほめよほめよ!ワハハハハ!!」


 シルフィはテミスにお礼されて嬉しくなったのか腰に両手を当てて、ふんぞりかえる。


「それにしてもテミスはヤケにシルフィに丁寧だな?こっちも過去に何かあったのか?」

「いえいえ、もっと単純なものですよ。魔族にとって精霊様はとても大切な存在なのです。人によっては神のように崇拝している者もいますよ」

「そうなのか、キノも?」

「うーん、崇拝まではしてないけど感謝はしてるかな」

「へぇ、そんなに偉かったんだな、シルフィ」

「そうだよ!だからもっとあたしをほめなさいよ!」

「はいはい、偉い偉い。にしてもキノはなんで感謝を?」


 シルフィはムフーと自慢げにない胸を張る。それを横目で眺めつつ、キノへと問いかけた。


「感謝してるのは多分キノだけじゃないよ。魔族として生きた人はみんな少なからず精霊に対して感謝してるはずだよ」

「そうなんですよ。それというのも、私たち魔族に子供の頃から伝わる御伽噺の中では、魔法や光など目には見えるけれど触れないものは全て精霊様が与えてくださったというものがあるんですよ」

「まぁ、それを信じてない人もいるし、人それぞれだけどねー」

「そうなのか?シルフィ」

「えっ?なにが?」

「おい……」


 本当に世界に光や魔法を与えたのがシルフィたち精霊なのか確認しようと振り返ると、どこから取り出したのか自分の体ほどもある干し肉を咥えていた。


「どうやって取り出したんだよ……」

「なんかやってたらできた」


 どうやら俺の“無限倉庫”に勝手に接続して干し肉に齧り付いていたみたいだ。


「すごーい、干し肉浮いてる……。てことはそこに今精霊さんがいるってこと?」

「あぁ、そうだよ」


 俺はシルフィが見えているから不思議には思わないが、他のみんなにはただ干し肉がぷかぷか浮いているだけにしか見えないのだ。それがどれだけ珍妙な光景か。


「まぁいいや。あんまり食い過ぎるなよ。まだ、戦いはあるんだから」

「わはっふぇる、わはっふぇる!ああひいわあふぇなふぁい!(わかってる、わかってる!あたしにまかせなさい!)」


(不安だ……)



 それからコトが起こったのは、俺たちが時々小走りにしながら【暴食】の跡を追っていたその時だった。


「?!みんな武器を抜け!!まっすぐこっちに向かって来る奴がいる!」


 俺の声を合図にみんながそれぞれ自身の武器を抜く。ほぼ、それと同時に俺たちの右側の森から目を紅く爛々と輝かせた一匹の狂獣が現れ、右手に持つ荒削りの棍棒を迷うことなく俺に向けて振るってきた。


「キャキャキャキャ!!!ミツケターー!!!」

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