わたし、振られました
「……その食べたものは、一体どこにいってるのかしら……」
アメリアはテーブルに頬杖をつきながら、もう片方の手でわたしの胴体部分をスカスカと何度か往復した。話し合いの前にまずは腹ごしらえということで、二人ともわたしの食事が終わるのを待ってくれている。優しい。わたしはもぐもぐと咀嚼していた肉を急いで飲み込んで答える。
「……おなかの中ですかね?」
「……はぁ、もういいわ。あなた自分の体のことなのに不思議に思わないの?」
わたしは残りのパンを口に運びながら考えてみる。とにかくカイン君を救いたい気持ちが先走ってしまったため、碌な説明も聞かずにいきなりこちらの世界へ来たわたしは、自分の体の仕組みさえもよく分かっていない。朔夜も自分でいろいろ試してみろといっていたので追々覚えていこうとしていたが、アメリアにとっては信じがたいことらしい。見ず知らずのわたしのためにこんなに親身になってくれるなんて、アメリアは優しい。さすがカイン君の認める女性なだけはある。
アメリアが持ってきてくれた、鶏肉のトマト煮込みとパンを完食したばかりの自分のおなかを撫でてみる。
食べる前と食べた後で見た目の変化はないようだが、空腹感は満たされたし、味もおいしかったし、元気もわいてくる。これまであちらの世界でとっていた食事となんら変わりないように思う。
「……よくわからないです」
「……あとでいろいろ実験してみましょう」
アメリアにはすっかり呆れられてしまったようだが、おなかもいっぱいになった事だし、気を取り直してわたしについての話を始める。
「コホン、……えーとまずはカイン君、アメリアさん、わたしの事を匿っていただいて、そのうえ食事まで用意していただいて、本当にありがとうございます」
わたしは深々と頭を下げる。いよいよ本題だ。横並びに並んだ二人の視線がわたしに刺さる。
「実は、わたしはある使命のために、異世界からやってきた神の使いなのです」
わたしの異世界人発言にカイン君は少し驚いたようだが、ちらりとアメリアのほうに目を向けてアメリアが小さく頷くのを確認すると、目を閉じて難しい顔になった。
「その使命とは……魔王を倒し、この世界を救うこと! そのためにカイン君にも協力してほしいのです!」
本当はカイン君の命を救うためなのだが、本人に伝えるのは酷なのでここではあえて黙っている。ストーリー通りに進めば結果的に世界も救うことになるので、嘘ではない。
いよいよ胡散臭くなってきたわたしの説明に、カイン君は苦笑いをしながらまたアメリアの方を見る。アメリアが頷くのを確認すると、そっと目を伏せた。
「わ、わたしはこの世界で起きたことや、これから起きるであろうことを予め知っています。いうなれば預言者です! 明日の闘技大会に勇者が現れ、カイン君はその勇者と共に魔王を倒す為の旅に出ることになります。その旅に、わたしを同行させて欲しいのです。かならずお役に立ちます! お願いです、わたしも一緒に連れて行ってもらえませんか?」
わたしの話を黙って聞いていたカイン君は、しばらく考える素振りを見せた後、ゆっくりと口を開いた。
「……ユーリが嘘をついてないことはわかるんだけど、一緒には行けないよ。今の仕事もあるし、……アメリアのことも心配だから、旅には出られない。……ごめんね」
悲しげにわたしを見つめるカイン君。わたしは目の前が真っ暗になった。一世一代のプロポーズに失敗したかのように、どんどん落ち込んでいく。……もしかしてわたし、いきなり失敗した? カイン君の命を救うって意気込んでたのに、旅に出ることも、同行することも拒否されてしまった。自分の不甲斐なさに涙が出てくる。
すっかり暗くなってしまった雰囲気の中、アメリアがパンパンと手を打った。
「……二人ともちょっと待って。まず、ユーリ。……あなた、馬鹿なんじゃない? いきなりそんなこと言われて、『はいそうですか、いいですよ』って言う人がいると思う? いくらカインがぼんやりした性格っていっても、さすがに今の時点で了承は出来ないわ。せめて明日、その勇者とやらにカインが誘われてからにしなさい」
「……はい、すみません」
「……僕、別にぼんやりしてないよ」
アメリアは不満げに唇を尖らすカイン君に向き直り、また口を開く。
「次にカイン。……あなたは私のことなんて気にしなくていいのよ。行きたいんだったら行けばいいし、仕事だってなんとかなるわ。今の仕事と世界を天秤にかけることはできないでしょう? 明日もしユーリが言った通りの事がおきるなら、私は行くべきだと思う」
「でもアメリアが……」
「私が孤児院を出るときに、一緒について来てくれたことは嬉しかった。……ありがとう。今はこうして城で雇ってもらえているし、ここにいる限り、危ない目に合うような事もないと思う。……もう守ってもらわなくても大丈夫よ」
アメリアがそう言って笑って見せると、カイン君は少し寂しそうに笑った。
「さぁ、カインは明日に備えてもう寝た方がいいわ。頑張って優勝するんでしょう? 期待してる」
「……うん、ありがとう」
アメリアは席を立つと、カイン君の頭を軽く撫で、おやすみとつぶやいた。カイン君も立ち上がり、控えめな笑顔でおやすみと返す。……なんだか姉弟というか、ちょっと違った雰囲気だ。わたしはそんな二人を、ただ眺めていた。