アメリア
アメリアがノブに手をかけ、扉が少し開いたところで後ろを振り返った。
「なにしてるの? あなたも来るのよ」
「え? わたしもですか?」
一人ぽつんと席に着いたままだったわたしは、慌てて立ち上げる。
「……当り前じゃない。 今夜もここで眠るつもりだったの? 私の部屋に余っているベッドがあるわ。なるべく目立たないようにしてついてきてちょうだい」
「は、はい!」
わたしはカイン君に軽く頭を下げ、就寝の挨拶をするとアメリアの後をついていく。足音を立てないようにして速足で歩いていると、アメリアが小声で話しかけてきた。わたしは歩く速度を更に上げてアメリアの横に並ぶ。
「……途中で人に会ったら、あなたは私の知り合いで、今日はメイドとして雇ってもらえるか話を聞きに来たってことにするからね。余計なことは言わないで、話をあわせなさい」
「……はい、わかりました!」
口の端だけを上げて、アメリアがニッと笑う。美少女だが、そこはかとなく男前だ。アメリアちゃん、めっちゃ頼りになる。わたしなんかより全然しっかりしてる。え、今十七歳だっけ? ……少しは見習わなきゃ。今や完全にアメリアの方が立場が上だ。
遅れないようについて行きながら辺りに目を向けると、真っ白な壁の所々にある明かり取りの窓から月光が差し込んでいる。もうすっかり夜になってしまったようだ。
曲がり角を曲がったところで一人の男性に会った。
「おや、アメリア。こんな所で何をしている?」
アメリアは足を止めると、頭を下げてスカートの端を少し持ち上げ、その男性に挨拶をする。わたしもそれに倣った。
「ん? そっちの娘は誰だ?」
「……私の知り合いの娘でございます。メイドとしてこちらで働きたいと申しますので、先ほどまでその話をしておりました」
「ほぅ、そうか。見目麗しければ私が直に雇ってやっても良いぞ。どれ、顔を見せなさい」
首筋に汗がたらりと流れる。……どうしよう、顔をあげたほうが良いのだろうか。余計なことは言うなと言われたし、このまま黙って頭を下げておくほうが良いのだろうか。うぅ、判断ができない!
「どうした? 恥ずかしがらずとも良いぞ。さぁ、顔をあげなさい」
「申し訳ございませんグラン少尉。何分気の弱い娘でして、メイド長からも使い物にならないと匙を投げられた次第でございます。本日は夜も更けてきた為、私の部屋に一晩泊めますが、明日の朝には村へと帰すことになっております。ご容赦くださいませ」
答えを出しかねていたわたしに、アメリアが助け船を出してくれた。アメリアちゃん、ほんと頼りになる! わたし、ほんと情けない……。
「なんだつまらん。私は明日の闘技大会を前に、体が疼いてたまらんのだ。……あぁ、そうだな。其方が相手をしてくれても良いのだぞ? アメリア」
「……大変光栄に存じます。ですがグラン少尉には今宵はしっかりとお休みいただき、明日の試合でその勇姿を拝見しとうございます。……勝利の暁には是非」
「よし、分かった。今日のところは其方の言う通り、早めに休むことにしよう。明日の夜、私の部屋へ来い。いいか、忘れるなよ」
そう言うと、男は下卑た笑い声と共に去っていった。わたしはホッとして息を吐く。
「……面倒な奴に会っちゃったわね。ユーリ、もう大丈夫よ」
わたしはようやく頭を上げる。……こ、怖かった。アメリアが助けてくれなかったらどうなっていたか。相手はわたしに触ることもできないだろうが、騒ぎになることは間違いない。
「すみません、わたしのせいでアメリアさんが……その」
「あぁ、気にしなくていいわ。こういうの、慣れてるから。明日になったら上手いこと言って誤魔化すわ」
はぁアメリアちゃん、かわいいだけじゃなく、かっこいい。まさにお姉さん的存在。しっかりしてるな、すごい。
わたしはアメリアを羨望の眼差しでみつめる。ふと視線を下に落とすと、体の前で組まれたアメリアの手は、震えていた。
……あぁ、わたしは本当にバカだ。わたしを安心させようと気丈に振る舞うこの少女の強がりを鵜呑みにし、甘えていた。頼りになる? 孤児である彼女が頼れる存在というのは、いったいどれだけいたとこだろう。強いのではなく、強くならざるを得なかったのだ。
「さぁ、急ぎましょう。あと少しで着くわ」
「……はい」
──わたしには、まだ覚悟が足りていない。




