第4話 発明家の過去
その日、二人は庭園の長椅子に座っていた。
風が小道を抜け、花壇の葉を揺らしていく。
研究室で図面を囲む日も増えていたが、この場所へ来ると、初めて言葉を交わした日のことが思い出された。
ヘルカイザーは、噴水へ顔を向けていた。
水が上がり、弧を描いて落ちる。その動きを眺めるときの仕草は、出会った頃とよく似ている。
アテナも、しばらく同じ流れを見ていた。
少し前まで話していた研究のことを、頭の中で整理する。次に調べたいことは決まっている。戻ったら、今日の話も書き留めておこうと思った。
隣で、ヘルカイザーが小さく頷いた。
「……また、何か思いついたのですか?」
「おや♪ 少々、先ほどのお話を考えておりましたよ♪」
その答えに、アテナは微笑んだ。
何を眺めている間にも、次の考えが浮かぶのかもしれない。けれど、今は彼も、すぐに図面を広げようとはしなかった。
研究の話が一段落し、アテナは噴水を眺めた。
今は、図面へ顔を近づけなくてもよかった。
水が落ちる先を眺めながら、ゆっくりと背を伸ばす。隣のヘルカイザーも、穏やかに水音を聞いていた。
アテナは、言葉が途切れたままでも落ち着いていられることに気づいた。
聞きたいことが浮かべば、また話しかけられる。相手が何かを思いついたなら、その声へ顔を向ければよい。
そんな時間が、少しずつ二人の間に増えていた。
初めて出会った場所だった。
あのときには、目の前の白いドラゴンについて、何も知らなかった。
今では、発明が好きなことも、研究を語るときの嬉しそうな声も、うまくいかない箇所を見つけたときの仕草も知っている。
彼が、説明したい場所へ前脚を伸ばすと、自然とそちらへ目を向けるようになっていた。
話の途中で首が傾けば、何か気になるところがあるのだろうと分かる。自分が意見を伝えた後、彼が図面を見つめて黙っているときには、答えを急がずに待てるようにもなった。
そうして待っていると、思いもよらない案が返ってくることがある。
アテナは、机の上へ幾度も広げられた図面を思い出した。
彼について知るたびに、次に会うのが楽しみになっている。
けれど、彼がここへ来る前のことは、まだあまり聞いていなかった。
もともとは人間だったこと。
今の力を、自分で研究して作り上げたこと。
その話を聞いたときには、驚き、何をどこまで調べてきたのかを尋ねた。
けれど、彼がどんな日々を過ごし、その研究へ辿り着いたのかは、まだ知らない。
目の前の友人にも、自分と会う前の時間がある。
その時間を、少し知ってみたいと思った。
アテナは、隣へ顔を向けた。
「……そういえば、ヘルカイザーさん」
「はい?」
「人間だった頃は、どのように過ごしていらしたのですか?」
「おや? 自分の昔話ですかぁ♪」
「はい。差し支えなければ、聞かせていただきたいのです」
アテナは、そう添えて返事を待った。
研究の説明を聞くときとは、少し違う気持ちだった。
彼の力がどのように作られたのかも興味深い。けれど、今、知りたいと思っているのは、その力を作った人が、どんなことを面白いと思い、何を楽しみにしていたのかだった。
ヘルカイザーは、噴水から彼女へ目を戻した。
問いかけを意外に思ったようだったが、困っている様子はなかった。
ヘルカイザーは、少し考えてから頷いた。
「それでしたら、お話ししましょうかねぇ♪」
◇
彼は、以前から発明が好きだった。
思いついたことを調べ、試し、形にする。
自分の考えが実際に動く瞬間には、何度経験しても嬉しさがあった。
ヘルカイザーは、その頃のことを、少しずつ話した。
思いついたことが、そのまま動いてくれるとは限らない。作ってみると、考えていた形ではうまくいかず、また直すことになる。
それでも、どこを変えるか考えているうちに、別の案が浮かんでくる。
「……その頃から、同じように研究をなさっていたのですね」
「ええ♪ いろいろ考えておりましたよ♪」
アテナは、隣の友人を見た。
研究室で何度も聞いた声と、同じ響きがあった。
彼女は当時の姿を知らない。どのような場所で作り、どんな顔で図面を見ていたのかも、見たことはない。
けれど、うまく動いた瞬間のことを語る声を聞くと、その喜びは、少し想像できる気がした。
「自分で作ったものを、小さな屋台に並べていたんですよ♪」
「……屋台で、発明品を?」
「ええ♪ 大きなお店ではありませんでしたけれどねぇ♪」
アテナは、彼の言葉から、小さな屋台を思い浮かべた。
自分で作ったものを並べ、それを見てもらう場所。
彼が研究室で模型を示すように、そこで発明品を紹介していたのだろうか。
「並べるものも、ご自分で選んでいらしたのですか?」
「ええ♪ 見ていただきたいものを、あれこれ考えましてねぇ♪」
「どのように使うのかも、説明なさって?」
「もちろんですよ♪ 分かっていただけますと、試してみてくださる方もいらっしゃいましたからねぇ♪」
ヘルカイザーは、懐かしむように目を細めた。
アテナは、その続きを待った。
通りかかった人が、珍しそうに足を止める。
どのように使うのかと尋ねられれば、彼は喜んで説明した。
初めに見ただけでは、使い方が伝わらないこともあったという。
そこで、自分で動かして見せたり、どの部分に触れるのかを説明したりする。
「説明の順番も、考えなければなりませんでしたねぇ♪」
「順番、ですか?」
「ええ♪ 自分では分かっているところでも、初めて見る方には、そうとは限りませんので♪」
アテナは、頷いた。
彼の研究について初めて詳しく聞いたときも、ヘルカイザーは、どこから話すかを考えていた。
「使うところを見ていただいてからお話しすると、伝わることもありましてねぇ♪」
「動きが分かると、説明の意味も見えやすくなりますものね」
「ええ♪ ですから、どうお見せするかも、考えておりましたよ♪」
物を作り、それを誰かに見せる。
「『もう一度、試してもよろしいですか』と、聞かれたこともありましたねぇ♪」
「一度、ご覧になった後で?」
「ええ♪ 自分が動かしてお見せした後で、ご自分でもやってみたいと、おっしゃいましてねぇ♪」
ヘルカイザーは、そのやり取りを思い出すように話した。
初めて触れるものだから、相手の手が止まることもある。
そのときには、どこから動かせばよいかを伝える。自分がすぐに代わってしまうよりも、説明を聞いた相手が試してくれるのを待った。
「その方にも、動かせたのですか?」
「ええ♪ うまく動きますと、嬉しそうになさっておりましたよ♪」
アテナは、話す彼の顔を見た。
「……あなたも、嬉しかったのでしょうね」
「もちろんです♪ 説明が伝わったことも、使っていただけたことも、嬉しかったですねぇ♪」
その返事を聞くと、屋台に並んでいたものが、少し身近になった。
完成した品物を並べるだけでなく、その前で誰かと言葉を交わす。使い方が分かり、実際に動いたときには、一緒に喜ぶ。
ヘルカイザーが話しているのは、そういう場所だった。
その間にも、彼が楽しんで考えていたことがあった。
実際に使った人が、感心したり、笑ったりする。
その様子を見るのが、好きだったという。
「……ご自分で動かしてみるときとは、違う嬉しさがあったのですか?」
アテナが尋ねると、ヘルカイザーは頷いた。
「ええ♪ 自分で試したときとは違うところを、面白がってくださることもありましたからねぇ♪」
「違うところ?」
「はい♪ こちらをご覧になるのか、と気づくこともありましたよ♪」
アテナは、小型模型を見せてもらった日のことを思い出した。
紙の上で想像していた流れが、実際に動くところを見たくて、顔を近づけた。
そのとき、自分がどこを面白いと思っているのかを、ヘルカイザーも見ていたのかもしれない。
「では、見てくださる方から、教わることもあったのですね」
「ええ♪ なかなか、興味深かったですよ♪」
ヘルカイザーは、そう答えて笑った。
彼が語る屋台には、作ったものを囲んで言葉を交わす時間があった。
「作ったものを使っていただけると、また考えたくなるんですよ♪」
「次は、どんなものを作ろうか、と?」
「ええ♪ それに、使っていただいたものも、もう少し変えてみたくなりましてねぇ♪」
「一度作って終わり、というわけではなかったのですね」
「はい♪ 動いているところを見ますと、いろいろ思いつきますので♪」
アテナは、少し笑った。
よく知っている答えだった。
今も、新しい図面を見せてもらうたびに、前の案から繋がったところが見つかる。動いた模型を眺めている間にも、彼は次の改良を考えていた。
それが、彼女に会う前から続いていた。
思いつき、形にし、誰かの目に触れる。また考えたくなる。
ヘルカイザーにとって、発明は、そのように日々へ繋がっていたのだろう。
「お話ししている途中にも、改良の案が浮かぶことはあったのですか?」
アテナが尋ねると、彼は楽しそうに頷いた。
「ええ♪ 使うところを見せていただきますと、自分で試しているだけでは気づかないこともありましたからねぇ♪」
「それを、次に作るものにも?」
「はい♪ また考えたくなるんですよ♪」
アテナは、自然と笑顔になった。
彼が屋台について語るたびに、今、研究室で過ごす時間と繋がるものが見つかる。
場所を知らなくても、並んでいた発明品を見たことがなくても、彼がそこで楽しんでいたことは、声から伝わってきた。
「……あなたらしいですね」
アテナは微笑んだ。
研究室で図面を広げる姿が、そのまま思い浮かぶ。
場所や姿が変わっても、新しいものを作る喜びは、変わらず彼の中にあるのだろう。
ヘルカイザーも、懐かしそうに笑っていた。
アテナは、その表情を眺めた。
研究の話をするときよりも、どこかゆっくりと言葉を選んでいる。
それでも、作ったものを使ってもらえたことを話す声には、今も嬉しさが残っていた。
「……お話を聞いていると、私も、その屋台を見てみたくなりますね」
「おやおや♪ そうですかぁ♪」
「ええ。あなたが、どのように発明品を紹介していたのか、気になります」
「いやはや♪ つい、説明が長くなったこともあったでしょうねぇ♪」
その言い方に、アテナは笑った。
気になることを尋ねれば、彼は喜んで話してくれただろう。説明を聞いたら、今度は自分から、別の問いを向けたくなったに違いない。
噴水の水音を聞きながら、彼女は、見たことのない場所で交わされた会話を思い浮かべた。
ところが、続いた言葉に、アテナの笑みが止まった。
「……とある会社の社員が、自分の屋台を燃やしたんですよ♪」
「…………え?」
アテナは、隣の顔を見た。
言葉の続きを聞き違えたのかと思った。
たった今まで、彼が発明品を説明する姿を思い浮かべていた。その品物を使う人や、感心して足を止める人がいる場所を、楽しそうな声から想像していた。
そこが、燃やされた。
頭の中で、その二つが、すぐには結びつかなかった。
噴水の水音が、急に遠く感じられた。
「燃やした、のですか……?」
「ええ。発明品も、ほとんど駄目になりましたねぇ♪」
返事は、はっきりしていた。
アテナは、膝の上へ置いていた手を、少し握った。
ほとんど。
並べていたものの一つひとつに、考え、作り、動かしてみた時間があったはずだった。
どれを見せようか選び、どこから説明しようか考えたと、彼は話していた。
その品物が、ほとんど駄目になったという。
「……ご自分で、作ってこられたものが……」
「ええ。屋台に並べていたものは、そのようになりましたねぇ」
アテナは、言葉を失った。
彼がどれほど手間をかけていたのか、正確には知らない。何をいくつ作っていたのかも聞いていない。
けれど、今の彼が一つの案を扱う様子は、そばで見てきた。
そのことが、話の重さを、少しずつ実感へ変えていった。
彼は、静かに事実を説明していた。
怒鳴ることも、泣くこともない。
いつもと大きく変わらない口調だった。
アテナは、その穏やかさに、すぐ何かを言うことができなかった。
どれほど昔のことなのか。そのとき、どんなふうに感じたのか。
語る声だけでは、分からないことがあった。
今、笑って話している彼が目の前にいる。それでも、彼の話した出来事を、軽く受け取ることはできなかった。
彼女は、膝の上で握った手を、ゆっくりと緩めた。
慌てて言葉を探すよりも、まず、聞いたことを受け止めたかった。
だからといって、その出来事が軽いものになるわけではない。
アテナは、彼が図面を何度も書き直していた日のことを思い出した。
失敗した模型を調べ、次の日には改良したものを用意していたことも。
模型へ顔を近づけ、予定と違う方向へ跳ねた水に驚いた。
ヘルカイザーは慌てて装置を止め、濡れた前髪を見て心配そうにしていた。
その後、二人で図面を開き、どこで流れが変わったのかを書き留めた。
翌日に見せてもらった模型には、そのやり取りが反映されていた。
予定したとおりに水が流れたとき、二人で笑った。
アテナは、その小さな模型を思い浮かべた。
ただ、出来上がったものを眺めていたわけではない。そこへ至るまでに交わした言葉も、改良を待っていた気持ちも、自分は覚えている。
彼が屋台に並べた発明品にも、そのように、そこへ至るまでの時間があったのだろう。
一つの発明が形になるまでには、時間がかかる。
図面を広げたとき、どこを見てほしいのかを説明する彼の声があった。
こちらが首を傾げれば、別の言葉を選んで話してくれた。気になるところを伝えると、少し考えてから、新しい線を加えた。
出来上がった模型にも、そうした時間が残っている。
アテナは、その模型を見て嬉しかった気持ちを思い出した。
もう一度、動くところを見たいと思った。その続きを考えたいと思った。
彼が屋台へ並べたものにも、彼自身がまた動かしてみたいと思うものがあったのだろう。誰かに使ってもらう場面を楽しみにしたものも、あったはずだった。
燃やされたという短い言葉の向こうに、それらを作っていた時間がある。
アテナには、何が失われたのかを、全て知ることはできなかった。
けれど、品物が駄目になったという事実だけで、その話を聞き終えることはできなかった。
調べたことも、試したことも、うまくいかなかったことも、その中に積み重なっている。
それらを並べた場所が、理不尽に焼かれたのだ。
アテナは、噴水の水面へ目を落とした。
先ほどまでは、彼が過ごしてきた日々を知ることが嬉しかった。作ることを楽しみ、それを誰かに見せていた時間が、今の彼へ繋がっているのだと思った。
その話の中へ、突然、焼かれたという言葉が入ってきた。
彼が何かを作るところを知っているだけに、なおさら、その扱いを受け入れられなかった。
顔を上げる。
ヘルカイザーは、静かにこちらを見ていた。
アテナは、伝えたい言葉を、一つ選んだ。
「……それは、とても辛いことだったでしょう」
アテナは、ゆっくりと言った。
「あなたが積み上げてきたものを、そのように扱うなんて……」
「おやおや♪」
ヘルカイザーは、少し驚いたように彼女を見た。
「そんなふうに考えてくださるのですねぇ」
アテナは、彼を見つめた。
彼が何を意外に思ったのか、その全てを分かったわけではなかった。
けれど、自分がそう考えたことは、ためらわず伝えられた。
彼が楽しそうに話した屋台も、並べていた発明品も、彼にとって、何でもないものではなかったはずだ。
誰かに使ってもらえると嬉しいと、今、聞いたばかりだった。
その喜びがあった場所へ、そのような仕打ちが向けられた。
アテナは、ゆっくりと首を振った。
「当然です」
アテナは首を振った。
「たとえ作り直せたとしても、あなたが受けた仕打ちが、なかったことになるわけではありません」
言葉を終えると、二人の間に、水音が戻った。
アテナは、彼の返事を急がなかった。
作り直すには、また考え、手を動かす時間が必要になる。以前と同じものを作れたとしても、焼かれたときの出来事まで消えるわけではない。
彼の才能を知っているからといって、それだけで、受けた仕打ちを小さく扱いたくはなかった。
ヘルカイザーは、少しの間、噴水を見ていた。
アテナも、そちらへ視線を向ける。
今、何を考えているのかを、決めつけたくはなかった。
彼が話したくなったときに、また続きを聞こうと思った。
ヘルカイザーは、しばらく黙っていた。
その沈黙に、アテナは言葉を重ねなかった。
すぐに答えを求めるために聞いた話ではない。
ただ、彼が話してくれたことを、そのまま受け止めたかった。
隣で言葉を待っていると、初めて会った日のことが、ふと浮かんだ。
あのときは、彼の答えから、どのような存在なのかを知ろうとしていた。
今は、言葉が途切れていても、同じ長椅子に座っていられる。
分かったことばかりではない。
それでも、何かを語ってくれた友人の隣で、その時間を一緒に過ごすことはできる。
アテナは、静かに彼の方へ顔を向けた。
やがて、ヘルカイザーは穏やかに微笑んだ。
「ありがとうございます、アテナさん♪」
アテナは、小さく頷いた。
「……お話しくださったことを、大切に受け止めたいと思いました」
ヘルカイザーは、彼女を見ていた。
アテナは、言葉を重ねすぎないように、一度そこで止めた。
彼から礼を言われるために伝えたのではない。それでも、自分の言葉が届いたことは、穏やかな微笑みから感じられた。
庭園を抜けた風が、花々を揺らした。
アテナはしばらく、その音を聞いていた。
◇
屋台を焼かれた後も、彼は研究をやめなかった。
作る喜びは失われていなかった。
けれど、作ったものを理不尽に奪われないためには、どうすればよいのか。
その問いも、研究の中に加わった。
ヘルカイザーは、また少しずつ話し始めた。
「何かを作ることは、その後も続けていたのですよ」
「……そうだったのですね」
「ええ。考えてみたいことも、試してみたいことも、ありましたからねぇ」
アテナは頷いた。
先ほど、屋台について語ったときと同じ言葉が、そこにもあった。
考えてみたい。
試してみたい。
それが、今の研究室で広げる図面へも繋がっている。
「ただ、作ったものを、また理不尽に壊されないためには、どうすればよいかと。そのことも、考えるようになりましたねぇ」
アテナは、彼の声を聞いていた。
新しく作ることの隣に、作ったものを守るという問いが加わっていた。
「……作り続けるためにも、考えなければならなかったのですね」
アテナが言うと、ヘルカイザーは頷いた。
「ええ。考えたことを形にして、それを、また壊されてしまうのでは困りますからねぇ」
アテナは、先ほど聞いた屋台の話を思い返した。
そこには、見せたいものを並べる楽しみがあった。使い方を尋ねられ、相手が動かせたことを喜ぶ時間もあった。
彼が守りたいと思ったものには、そうして作り続ける時間も含まれていたのだろう。
今の研究室で、次の図面を広げる姿が浮かぶ。
新しいものを作りたいという気持ちが続いているから、そのために考えなければならないことも増えた。
アテナは、その道筋を、少しずつ理解しようとしていた。
彼が今の力へ至るまでには、そのような道筋もあったのだ。
調べることが増え、試すことが増える。
やがて研究は、次元そのものへ干渉する力へと繋がっていった。
アテナは、その話を、急いで一つにまとめようとはしなかった。
屋台を焼かれたことと、今の力を作り上げたこと。その二つの間に、彼が研究を続けた時間がある。
思いついたことを調べ、試し、うまくいかなければ考え直す。
彼が何度も語ってきた過程だった。
今、その過程の中へ、作ったものを守りたいという考えがあったことも知った。
「……お聞きしたときには、どのように力を作ったのかが気になっていました」
アテナは、静かに言った。
「今日は、それを研究なさるまでに、どのようなことがあったのかも、教えていただいたのですね」
ヘルカイザーは、ゆっくりと頷いた。
「そうして作り上げたのが、今の次元神の力なんですよ♪」
アテナは、目の前の友人を見つめた。
小さな白いドラゴンが、長椅子の隣にいる。
初めて会ったとき、彼から感じる力が気になった。神々に似ているのに、同じものとして考えると分からなくなる。その違いを確かめたかった。
今は、その力を作った友人が、どんなことを喜び、どんなことを考えてきたのかも知っている。
屋台に並べたものを使ってもらえたこと。
その場所と発明品を、理不尽に焼かれたこと。
それでも、研究を続けたこと。
今日聞いた話を、力の来歴という一言だけにまとめたくはなかった。
彼が新しい案を嬉しそうに話すとき、今日の声も思い出すだろうと思った。
初めて会った日には、力の気配を知るだけだった。
次に会ったときには、その力を自ら作った発明家だと知った。
そして今日は、その研究に至るまでに、彼が何を経験したのかを聞いた。
「……お話しくださって、ありがとうございます」
「いえいえ♪ こちらこそ、聞いていただいてありがとうございました♪」
ヘルカイザーは、丁寧に頭を下げた。
アテナも、その挨拶を受け止めた。
「……あなたのことを、また少し知ることができました」
「おやおや♪ そうですかぁ♪」
「ええ。研究について伺うときにも、今日のお話を思い出すと思います」
アテナは、膝の上へ目を落とした。
尋ねる前には、もっと楽しそうな昔話を聞くのだろうと思っていた。実際、彼が屋台について語る時間には、微笑みながら耳を傾けていた。
けれど、聞いたことの中には、胸が痛む出来事もあった。
そのどちらも、彼が話してくれたことだった。
楽しかった部分だけを覚えておくことも、焼かれた出来事だけで彼の過去を決めることもしたくなかった。
彼は、作ったものを使ってもらえると嬉しかったと話した。そして、その後にも、作ることをやめなかったと話した。
アテナは、その言葉も大切に覚えておこうと思った。
アテナは、静かに微笑んだ。
「……次に発明を見せていただくときには、どんなことから思いついたのかも、伺ってよいですか?」
ヘルカイザーは、少し顔を上げた。
「もちろんですよ♪ 自分にお話しできることでしたら♪」
「今日のお話を聞いて、そうしたことも知りたくなりました」
アテナは、噴水へ目を向けた。
初めての出会いには、水の高さについての疑問があった。そこから二人で図を描き、模型になり、次の改良へ繋がった。
彼のほかの発明にも、それぞれ、考え始めたきっかけがあるのだろう。
「何を考えていらしたのかを聞くと、見せていただくものも、もっと知ることができる気がします」
「おやおや♪ では、そちらも思い出しながら、お話ししましょうかねぇ♪」
ヘルカイザーは、楽しそうに頷いた。
アテナも、小さく頷き返した。
今日聞いた過去の出来事は、変わらない。
それでも、今、隣で彼の話を聞き、これから作るものについて尋ねることはできる。
彼が続きを話したいと思ったときに、自分も、そこへ耳を傾けていたかった。
「また、新しい発明を見せてくださいね」
「もちろんですよ♪」
その返事には、いつもの喜びがあった。
「次にお見せしたいものも、考えているところですからねぇ♪」
ヘルカイザーは、そう続けた。
アテナは、その顔を見た。
屋台のことを語っていたときにも、作ったものを見せるのが楽しみだったと話していた。
今、その相手の一人に、自分がなっている。
「では、私も、楽しみにしています」
「ええ♪ 気になったところがありましたら、また聞かせてくださいねぇ♪」
「もちろんです。ご説明を聞いてから、一緒に考えさせてください」
ヘルカイザーは、満足そうに頷いた。
アテナは、少し肩の力を抜いた。
次に会うとき、彼は図面か、作りかけのものか、何かを見せてくれるだろう。
自分は、その隣から覗き込み、説明を聞く。面白いと思ったところを伝え、気になれば、そこで問いを向ける。
今日聞いたことを覚えたまま、その時間を、また一緒に過ごしたいと思った。
失ったものの話をした後にも、彼は次に作るものを楽しみにしている。
アテナは、その楽しみを、これからも一緒に見ていたいと思った。
二人はしばらく、穏やかな水音に耳を傾けていた。




