↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生した主人公が次元神になる外伝  作者: ヘルカイザー
知恵の女神と偽りの次元神

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/32

第3話 重ねられる交流


 アテナとヘルカイザーが顔を合わせる機会は、少しずつ増えていった。


 ある日は庭園で、噴水の設計図を囲んだ。


 ある日は研究室で、新しい発明について話し合った。


 初めに交わした約束は、一度きりで終わらなかった。話せば疑問が増え、その疑問を調べれば、また伝えたいことができる。


 二人の間には、いつも次の話題があった。


 アテナが研究室を訪れたとき、ヘルカイザーは、前に話したことを覚えていた。


 彼女が気になったと伝えた箇所には、印が残っている。調べた結果が書き添えられたものもあれば、まだ考えかけのものもあった。


「こちらのお話、覚えていらっしゃいますか?♪」


「ええ。あのとき、別の案も考えてみたいとおっしゃっていましたね」


「そうなのですよ♪ それで、少々、描いてみましてねぇ♪」


 広げられた紙を見れば、自然と続きを思い出せた。


 アテナも、調べてきた資料を机へ置く。


 話したいことを順番に説明していると、彼からも質問が返ってくる。答えを考えている間に、新しい案が浮かぶこともあった。


 噴水のそばで交わした約束は、こうして、一つずつ次の時間へ繋がっていった。


「アテナさん、こちらをご覧ください♪」


 研究室へ入ると、ヘルカイザーが待ちきれない様子で図面を広げた。


 机の上には、何度も書き直した紙が並んでいた。


 彼はその中から一枚を選び、アテナの方へ向ける。説明したい場所を探す前脚が、すぐに紙の端から中央へ動いた。


 アテナは、その様子を見て微笑んだ。


 話を聞く前から、彼が続きを楽しみにしていることが分かった。


 入口で挨拶をしたばかりなのに、もう、どんなことを考えたのか知りたくなっている。


「……まあ。また、新しいものを?」


「ええ♪ 前回のお話から、少々思いつきましてねぇ♪」


「また、『少々』で済むお話でしょうか」


 アテナが紙の上を覗き込むと、ヘルカイザーは楽しそうに笑った。


「さてさて♪ お話ししてみませんと、分かりませんねぇ♪」


「もう、随分と書き込んでいらっしゃいますよ」


「ええ♪ 書いているうちに、考えるところが増えてしまいましてねぇ♪」


 彼は、余白へ伸びた線を示した。


 アテナは、その線の先を目で追った。


 なるほど、ここから話を聞くことになりそうだ。


 彼女は持っていた資料を置き、図面が見やすいように、机のそばへ椅子を寄せた。


 アテナは机へ近づいた。


 彼の発想は、いつも型にはまらない。


 当たり前だと思っていた仕組みを別の角度から見直し、これまで考えなかった組み合わせを示してくる。


 説明を聞きながら、アテナは、最初の案がどこに残っているのかを探した。


 ここは、前に話したことから繋がっている。


 けれど、その先は初めて見る形になっていた。


「……こちらを先に動かすのですか?」


「ええ♪ 順番を変えれば、こちらの考え方も使えるかと思いまして♪」


 アテナは、二つの箇所を見比べた。


 同じことを考えていたはずなのに、彼は別の入口を見つけている。その入口から見直すと、今まで難しく思えたところにも、違った道筋が見えた。


 彼女は、図面の端へ指を置いた。


 面白い。けれど、このままでは、ここが気になる。


 そのすべてが、すぐに実現できるわけではなかった。


「……この部分は、難しいのではありませんか?」


「ふむふむ。では、難しくないように作り直せば良いのですよ♪」


 あまりに当然のような返事に、アテナは思わず笑った。


「そう簡単に言ってしまうのですね」


「ええ♪ どこが難しいのか分かれば、考えることができますからねぇ♪」


「では、こちらの箇所から、お話ししても?」


「もちろんですよ♪」


 アテナは、問題だと思ったところを説明した。


 ヘルカイザーは途中で口を挟まず、彼女が示す先を見ていた。説明が終わると、自分でも同じ順番に図を辿り、それから頷く。


「なるほどですねぇ♪ そこへ、先に影響が出てしまうのですねぇ♪」


「はい。こちらが予定どおりに動く前に、ほかの部分が変わってしまうと思います」


「ふむ……でしたら、こちらだけを変えても足りませんかねぇ」


 前脚が、すでに描かれた線の上で止まった。


 彼は、少し離れた箇所を見ている。


 アテナも、その視線を追った。


 新しいやり方を考えるときには、どこまでを変え、どこを残すかも決めなければならない。二人は同じ図を眺めながら、しばらく言葉を止めた。


 ヘルカイザーは、指摘された箇所へ印をつけた。


「さてさて♪ どこから変えてみましょうかねぇ♪」


 その声を聞いていると、アテナまで続きを考えたくなった。


 失敗する可能性があるからといって、話はそこで終わらない。


 失敗したなら、理由を調べる。その理由が分かれば、改めて試す。


 彼にとって、その過程も発明の楽しみなのだろう。


 アテナは、図面の隣に置いた資料を開いた。


「こちらのお話が、関係するかもしれません」


 ヘルカイザーの顔が上がる。


「おや♪ 何か見つかったのですか?」


「まだ、そのまま使えるかは分かりません。ですが、今のお話と比べてみたいのです」


「ええ♪ ぜひ、聞かせてください♪」


 説明している間に、彼女自身にも、新しく思いつくことがあった。


 ヘルカイザーが問いを返すと、資料を一つ前へ戻して読み直す。二人で見比べながら、図面の余白へ言葉を書き加えていく。


 持ってきたときには、ここまで話が広がるとは考えていなかった。


 アテナは、顔を上げた。


 ヘルカイザーも、何か言おうとしたところだった。


 二人は一瞬、互いの返事を待ち、それから笑った。


「……どうぞ、先に」


「いえいえ♪ アテナさんのお話から、伺いましょう♪」


 机の上には、まだ考えたい箇所が残っていた。


     ◇


 噴水の小型模型を動かしたときには、思いがけないことが起きた。


 図面で何度も話していた水の流れが、小さな装置の中に収まっていた。


 アテナは、机の上の模型と、その隣の図面を見比べた。


 紙の上で辿っていた流路が、そこにある。


「……これが、あの案なのですね」


「ええ♪ まずはこちらで、動きを見てみようと思いましてねぇ♪」


 ヘルカイザーは、模型の一角を示した。


 アテナが気にしていた場所だった。


「こちらも、変えてみたのですか?」


「はい♪ お話ししていたことをもとに、少々、組み直してみましたよ♪」


 アテナは、もう少し近くから覗き込んだ。


 頭の中で考えていた形と、実際に作られたものが重なる。


 ここを水が通り、あちらへ流れれば、あの日の案が動き始める。


 ヘルカイザーが、準備を終えて顔を上げた。


「では、始めてみましょうかねぇ♪」


 装置が動き、水が持ち上がる。


 初めは、細い流れだった。


 水が小さな弧を描く。


 アテナは、図面の中で流れを想像していたときとは違う嬉しさを覚えた。自分が指し示した箇所を、今、本物の水が通っている。


 ヘルカイザーも、その動きへ視線を向けていた。


 机の上に、庭園よりも小さな水音が生まれる。


 アテナは、その音を聞きながら、切り替わるはずの場所を見つめた。


 アテナは、その流れを確かめるために、少し顔を近づけた。


 次の瞬間、水が予想とは違う方向へ跳ねた。


「……っ!?」


 細かな水滴が、彼女の顔にかかる。


 ひやりとした感触に、思わず目を閉じた。


 一瞬遅れて、何が起きたのかが分かる。


 予定していた弧よりも高く跳ねた水が、模型のそばまで届いていた。


 向こうで、ヘルカイザーが慌てて動く気配がした。


「おやおや! これは失礼いたしました!」


 ヘルカイザーは、慌てて装置を止めた。


 水音が途切れ、研究室に短い静けさが戻る。


 模型の上から、最後の水滴が落ちた。


 ヘルカイザーはアテナの顔を見て、今度は模型を見た。先ほどまで、説明したいことが次々と出てきていた彼が、言葉を探している。


 アテナは、そっと目を開けた。


 目の前には、動きを止めた小さな噴水がある。


 何度も頭の中で描いていた流れは、つい先ほど、思いがけない方向へ跳ねた。


 あれほど真剣に待っていた自分の顔を思い浮かべると、少しおかしくなった。


 アテナは濡れた前髪に触れ、それから模型を見つめた。


「……ふふっ」


 笑い声が漏れた。


「少し、圧力が高すぎましたね」


 言いながら、アテナは模型へ目を戻した。


 水が通った場所と、跳ねた方向は、まだ覚えている。


 ヘルカイザーが、そばにあった布を差し出した。


「こちらをどうぞ……。いやはや、驚かせてしまいましたねぇ」


「ありがとうございます」


 受け取った布で、濡れた前髪を軽く押さえる。


 ヘルカイザーは、まだ心配そうにこちらを見ていた。


「……そんなお顔をなさらなくても、大丈夫ですよ」


 アテナが微笑むと、彼はようやく少し息をついた。


「いやはや、そのようですねぇ……」


 申し訳なさそうな彼を見て、アテナはさらに笑った。


「大丈夫ですよ。それより、今の流れをもう一度確認しましょう」


「おや……よろしいのですか?」


「ええ。次は、少し離れて見ていますから」


 アテナは、椅子をほんの少し引く仕草をしてみせた。


「ここからでも、流れは見えますものね」


 ヘルカイザーは、模型と彼女との距離を見た。


「……ええ。それでしたら、もう少し落ち着いてご覧いただけそうですねぇ」


「ただ、こちらが動くところを見たくなったら、また顔を近づけてしまうかもしれません」


 アテナが模型の一角を示すと、彼は少し目を丸くした。


 それから、ようやく笑みを浮かべる。


「いやはや♪ では、そこは、よく見ていただけるように直しませんとねぇ♪」


 アテナも笑った。


 濡れた前髪には、まだ少し冷たさが残っている。


 けれど、そのことも含めて、今の実験を忘れそうになかった。


 その言葉に、ヘルカイザーの顔にも笑みが戻った。


「では、計算し直しですねぇ♪」


 二人は模型を挟み、先ほどの動きを記録した。


「水が跳ねたのは、この辺りでしたね」


 アテナは、図面へ指を置いた。


「ええ。その直前に、こちらの流れも少々、変わっておりましたねぇ」


「私も、そこを見ていました」


 ヘルカイザーが書いた言葉の隣へ、アテナも覚えていることを書き添えた。


 見ていた場所は、少しずつ違う。


 一人では気づかなかった動きが、相手の説明から見えてきた。


 先ほど、水が跳ねた瞬間について話すときには、アテナの口元に、また笑みが浮かんだ。


「……こちらの動きだけは、よく覚えています」


「ええ……。自分も、忘れませんねぇ」


 ヘルカイザーが少し困ったように答え、アテナは小さく笑った。


 それから二人は、改めて模型へ向き直った。


 今日の記録から、どこを変えるかを考える。


 同じ場所で水が跳ねないようにするには、どこまでを調整する必要があるのか。図面の上で案を比べ、次に見たいところへ印をつけた。


 アテナは、最後に書いた箇所を読み返した。


 うまく動かなかった模型を前にしても、もう、次に動くところを見てみたいと思っている。


「直したものも、拝見できますか?」


「もちろんですよ♪ ぜひ、見ていただきたいところです♪」


 その返事を聞き、アテナは頷いた。


 翌日には、もう改良型が出来上がっていた。


 アテナがその早さに驚くと、ヘルカイザーは嬉しそうに模型を示した。


 形だけを見れば、昨日と大きく違っているようには見えなかった。


 アテナは図面を隣へ置き、書き加えた印を探した。


 ヘルカイザーが、その箇所を示す。


「昨日、二人でお話ししたところですよ♪」


「……本当ですね。こちらが変わっているのですか」


「ええ♪ それに合わせて、こちらも調整してみました♪」


 アテナは説明を聞きながら、模型の中を目で辿った。


 昨日、言葉を交わしたときには、まだ図面の上にしかなかった変更だった。


 それが今は、目の前の形へ繋がっている。


 記録を取ったことも、どこを変えるか一緒に考えたことも、その続きを作るために使われていた。


「今度は、こちらの流れを調整してみました♪」


 アテナは、念のため少し離れて見守った。


 ヘルカイザーが彼女の立ち位置を見て、小さく頷いた。


「ええ♪ そちらでしたら、よく見えると思いますよ♪」


「昨日のことは、覚えていますから」


 アテナが答えると、彼は少し照れたように笑った。


 模型が動き始める。


 水が持ち上がり、予定していたところへ向かって落ちていった。


 アテナは、昨日、水が跳ねた場所を見つめた。


 まだ、顔を近づけない。


 そのまま待っていると、小さな流れが、図面で描いたとおりの形へ変わっていった。


 模型の水は、今度こそ予定した方向へ流れた。


 二人は顔を見合わせ、同時に笑った。


「……今度は、よく見えました」


「ええ♪ 今度は、顔に水がかからずに済みましたねぇ♪」


 ヘルカイザーの言葉に、アテナはまた笑った。


「では、昨日の記録にも、続きを書かなければなりませんね」


「もちろんです♪ 変えたところと、動きの違いも残しておきましょう♪」


 アテナは、模型から図面へ目を移した。


 水に濡れて驚いたことも、笑いながら案を直したことも、この動きへ繋がっていた。


 自分が見ている間にも、小さな噴水は水を流している。


 紙の上で描いた線が、二人で眺められるものになっていた。


 アテナは、しばらくその流れを見ていた。


 ヘルカイザーも、隣で同じ場所を見ている。


「……できましたね」


「ええ♪」


 短い返事を聞き、アテナはもう一度、嬉しそうに微笑んだ。


     ◇


 アテナは、研究の成果をゼウスにも報告するようになった。


 神界中央の宮殿で、彼女は持参した資料を広げる。


 机の上へ置いたのは、研究についてまとめた記録と、検討に使った図面だった。


 最初の案だけでは、今回の話は伝わらない。


 どこで難しいところが見つかり、何を変えたのか。その後、模型がどのように動いたのかも、一緒に説明したかった。


 アテナは、話す順番に資料を整えた。


 書き込みを目にすると、研究室で交わした言葉まで思い出される。


 思わず微笑みかけてから、彼女は顔を上げた。


「ゼウス様。今日は、ヘルカイザーさんの研究についてお伝えしたいのです」


「ほう。あの発明家の話か」


「はい」


 アテナは、図面の一部を指し示した。


 どこが新しい発想なのか。どのように検討を重ねたのか。最初の案から、何を変更したのか。


 ゼウスは、差し出された図面へ視線を落とした。


「……こちらが、初めに考えた形か」


「はい。そのままでは難しい箇所がありましたので、話し合いながら描き直しました」


 アテナは、変更したところを示した。


 別の案を出したこと。その案にも、考えなければならないことが見つかったこと。


 順に説明すると、ゼウスは、前の図面へ一度視線を戻した。


「一度で、この形になったわけではないのだな」


「はい。何度も考え直しています」


 アテナは頷いた。


 図面だけを眺めれば、そこにあるのは線と書き込みだった。


 けれど、その線が引かれるまでに、彼が何を面白がり、どの指摘に頷いたのかを知っている。


 そのことも、できるだけ伝えたかった。


 話しているうちに、自然と説明に熱がこもった。


「ただ奇抜なだけではありません。指摘を受けた箇所も、一つずつ確かめているのです」


「ほう。模型の方も、初めからうまく動いたのか?」


 ゼウスが尋ねると、アテナは一瞬、言葉を止めた。


 跳ねた水と、慌てたヘルカイザーの顔が思い浮かんだ。


「……いいえ。少し、予定と違う動きをしました」


 口元が緩む。


 ゼウスは、その表情を見て、静かに続きを待った。


「水が、考えていた方向へ流れなかったのです。それで、何が起きたのかを二人で記録しました」


 アテナは、次の紙を広げた。


「こちらが、そのときの記録です。そして、こちらが、調整した後のものになります」


 彼女は、変更した箇所と、水の動きの違いを順に説明した。


 驚いて、笑った出来事も、資料の上では、次の改良へ繋がる記録になっている。


「失敗したところを、そのままにせず調べ直すのだな」


「はい。何が違ったのか分かると、次に何を考えればよいかが見えるのだと、おっしゃっていました」


 ゼウスは、二つの記録を見比べた。


 ゼウスは静かに資料を読み、感心したように頷いた。


「……なるほど。人間だった者が、ここまでの研究を行うとはのう」


「ええ。それに、新しいことを考えるのが、本当にお好きな方なのです」


「実に見事だ。わしも、その才能を高く評価したい」


 アテナは顔を上げた。


「……ありがとうございます」


 自分が代わりに礼を言ったことへ気づき、少しだけ笑みを深める。


 ゼウスも、穏やかに彼女を見た。


「まだ、考えかけのところもあるようだな」


「はい。調べていることは、ほかにもあります」


 アテナは、余白に残った印を示した。


「今回の動きが見られたからこそ、次に考えたいことも見つかりました。ヘルカイザーさんも、また案を描いていらっしゃいます」


「それは、また楽しみなことだ」


「ええ」


 アテナは、自然と明るい声で答えていた。


「お主も、随分と楽しんでおるようだな」


 ゼウスの言葉に、アテナは少し目を瞬かせた。


 それから、自分が先ほどまで、どれほど熱心に図面を示していたのかを思い返す。


「……はい。お話を聞くたびに、私も考えてみたいことが増えますので」


 手元の記録へ目を向ける。


 自分が書いた箇所もあった。ヘルカイザーの説明を聞きながら、思いついたことを添えた場所だった。


「こちらは、私から意見をお伝えしたところです。その後、別の案へ繋げてくださいました」


「ほう。二人で話しているうちに、形が変わっていくのか」


「ええ。そうしたところも、とても面白いのです」


 話しながら、アテナは微笑んだ。


 ゼウスは、もう一度図面へ目を落とした。


「では、その続きも、また聞かせてもらおう」


「はい。ぜひ、ご報告いたします」


 アテナは頷いた。


 話を聞いてもらえたことも、彼の発想を認めてもらえたことも、嬉しかった。


 アテナは、まるで自分が褒められたかのように喜んだ。


 彼が楽しそうに図面を広げる姿を知っている。


 うまくいかなかったところを何度も調べ、改良したものを見せてくれたことも覚えている。


 その積み重ねが認められることを、嬉しく思った。


 アテナは、資料を揃えた。


 ゼウスの言葉を、彼へ伝えたいと思った。


 研究室でそれを聞いたら、ヘルカイザーは、どんな顔をするだろう。


 丁寧に礼を言い、それから、今考えている図面を見せてくれるかもしれない。


 その姿が容易に思い浮かび、彼女の口元にまた笑みが浮かんだ。


 次に会うときの話題が、一つ増えていた。


 後にその言葉を伝えると、ヘルカイザーは、いつものように姿勢を正した。


「おやおや♪ それは、光栄ですねぇ♪」


「どのように考え直したのかも、お話ししました。模型の記録にも、目を通してくださいましたよ」


「そうでしたか♪ お伝えしてくださって、ありがとうございます♪」


 丁寧な礼を聞いて、アテナも微笑んだ。


 彼は手元の図面を見て、それから、次に考えている箇所を示した。


 やはり、続きを見せてくれるのだ。


 アテナは、その隣へ近づいた。


     ◇


 ある日、研究が一段落したところで、ヘルカイザーがふと尋ねた。


「アテナさんは、なぜそこまで楽しそうにしてくださるのですか?♪」


「……え?」


「自分の発明のことを、いつも本当に嬉しそうに聞いてくださるので♪」


 ヘルカイザーは、机の上へ目を向けた。


「動いたところを見ていただいたときも、図面をお見せしたときも、楽しそうになさっておりましたからねぇ♪」


 アテナは、模型が動いた瞬間を思い出した。


 流れる水を見て、ヘルカイザーと顔を見合わせたことも。


 自分がどのような顔をしていたのかまでは、意識していなかった。


 けれど、そのときの嬉しさは、今もはっきりと覚えている。


 ヘルカイザーの問いには、ただ理由を知りたがっている響きがあった。


 アテナは、すぐに言葉を返す代わりに、手元の図面を眺めた。


 アテナは、少し考えた。


 初めて会ったときには、知らない力を持つ相手を警戒していた。


 今は、新しい図面を見せられると、その続きを聞くのが楽しみになっている。


 何が、その変化を生んだのだろう。


 机に残された書き込みへ目を向ける。


 自分の字と、ヘルカイザーの字が、同じ紙の上に並んでいた。


 この一文は、彼が説明してくれたことを書き留めたものだった。


 その隣には、自分が気になった箇所がある。


 さらにその脇へ、ヘルカイザーが別の考え方を書き加えていた。


 線を辿るだけで、二人がどこで考え込み、どこで顔を上げたのかまで思い出せる。


 アテナは、そっと紙の端を押さえた。


 初めて図面を見せてもらったときには、そこに描かれた発想へ驚いた。


 今は、自分もその続きへ加わっている。


 彼が話してくれたことを調べ、知っていることと比べ、次に会ったときに伝える。すると、その言葉をもとに、また新しい案が生まれる。


 その案に自分が問いを向ければ、二人で考え直すことになる。


 紙の上には、そうしたやり取りの跡が残っていた。


「あなたが、新しいことを知る喜びを分けてくださるからでしょうね」


 口にしてみると、自分の気持ちに近い言葉だと思った。


「お話を伺うと、今まで見ていたものにも、別の見方ができるようになるのです」


 アテナは、図面の一角を示した。


「こちらも、初めに見せていただいたときには、どうしてこの形なのか分かりませんでした。けれど、ご説明を聞くうちに、ほかにもできることがあるかもしれないと思えてきました」


 ヘルカイザーは、彼女の言葉に耳を傾けていた。


「その続きを知りたくて、資料を読み直しました。そうすると、今度は私から、お伝えしたいことができるのです」


 アテナは、顔を上げた。


「あなたが、また図面を広げてくださるのを楽しみにしているのでしょうね」


 研究室へ来る途中から、どんな話を聞けるか考えている。


 その理由を、今、自分でも言葉にできた気がした。


「……おやおや♪」


「私も、あなたとお話しする時間が好きなのですよ」


 そう伝える声は、自然に柔らかくなった。


 アテナは、あの小さな噴水へ目を向けた。


 予定と違う方向へ水が跳ねたことも、翌日に綺麗な流れを見られたことも、楽しかった時間の中にある。


 話したことが、実際に動くものへ繋がる。


 その過程を隣で見て、一緒に喜べたことが、彼女には嬉しかった。


 ヘルカイザーは、少し驚いたように彼女を見た。


 それから、嬉しそうに笑った。


「それは、光栄ですねぇ♪」


 ヘルカイザーは、机の上の書き込みを見た。


「自分も、アテナさんにお話しするのが楽しみなのですよ♪」


「……私に、ですか?」


「ええ♪ 何か思いつきますと、どんなご意見をいただけるかと考えましてねぇ♪」


 彼は、彼女の書いた箇所を示した。


「こちらも、自分だけで考えていたときには、思いつきませんでしたからねぇ♪」


 アテナは、その文字を見つめた。


 自分も、次に会ったら伝えたいと思いながら書き留めた言葉だった。


「……それでしたら、また、気になったことをお伝えしますね」


「もちろんです♪ ぜひ、聞かせてください♪」


 返事を聞くと、次に話したいことが、もう一つ思い浮かんだ。


 アテナも微笑む。


 かしこまって友情を確かめたわけではない。


 けれど、次に会えることを楽しみにし、相手の喜びを自分の喜びのように感じていた。


 研究室へ入るとき、アテナは、まず机の上へ目を向けるようになっていた。


 前に話した図面があれば、その後どこまで考えたのかを知りたくなる。見覚えのない紙が広がっていれば、今度は何を思いついたのだろうと、顔を近づける。


 ヘルカイザーも、彼女が持ってきた資料へ興味を向けた。


 何を見つけたのかと尋ねられると、アテナは、調べていたときから考えていた説明を始める。


 その続きを、彼が聞いてくれる。


 言葉が足りなければ問い返してくれるし、面白いと思ったところでは、すぐに顔を上げる。


 そうした反応を知るにつれて、アテナは話すことも楽しみになっていた。


「さてさて♪ でしたら、次のお話も楽しんでいただきませんとねぇ♪」


「……まだ、あるのですか?」


「もちろんですよ♪」


 新しい図面が、机の上に広げられる。


 アテナは笑いながら、再びその隣へ座った。


 新しい図を見て、まず気になったところを指し示す。


「こちらは、前にお話ししたものと繋がっているのですか?」


「ええ♪ そちらも少々、使えそうだと思いましてねぇ♪」


「……では、また『少々』のお話なのですね」


 アテナが顔を上げると、ヘルカイザーも楽しそうに笑った。


「さてさて♪ 今度は、どのくらい広がりますかねぇ♪」


 アテナは、資料を手の届く場所へ置いた。


 彼が説明を始めると、紙の上の線が、少しずつ意味を持ち始める。


 途中で問いを挟み、答えを聞いて、今度は自分の考えを伝えた。


 また一つ、余白に言葉が加わる。


 アテナは、その続きを考えながら、隣の発明家の声に耳を傾けていた。


 二人の交流は、こうして日常の一部になっていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。