第12話 消えゆく境界
「……こちらを利用すれば、実現できるかもしれませんねぇ♪」
研究室で、ヘルカイザーは貯蔵庫の接続図を眺めていた。
机の上には、世界規模の集約について考えた紙が広がっていた。
その隣へ、今の仕組みを示す図を置く。
広い範囲から回収し、一か所へ集める。
その構想を描くと、どのような経路を通すかという問いへ戻ってきた。
ヘルカイザーは、図の中の線を辿った。
魂のそばから分離したものを、別の空間へ移す。その働きを、もっと広い範囲で行おうとしている。
今までに分かったことと、まだ考えていることを、並べて見比べた。
一つの箇所で、彼の前脚が止まる。
そこは、今までにも何度も見てきた繋がりだった。
けれど、今の問いから見直すと、別の使い方を考えられるような気がした。
貯蔵庫と、自らが作った次元神の力。それらは直接繋がっている。
ヘルカイザーは、以前の記録も開いた。
装置を動かし、負のエネルギーを分離し、貯蔵してきた結果が残っている。
その仕組みと、自分の力は、離れたものではなかった。
彼は、接続を表すところへ目を向けた。
今までは、その経路で何が起きているかを確認していた。
けれど、これから考えている構想に、その繋がりを使えないだろうか。
図そのものが急に変わったわけではない。
そこから探そうとする答えが、変わりつつあった。
ヘルカイザーは、紙を引き寄せた。
何を調べれば、この着想を確かめられるかを考え始めた。
ヘルカイザーは、古い図面を一枚取り出した。
最初に考えていた仕組みと、今の案を比べる。
その図には、アテナと話したときの書き込みもあった。
魂を傷つけないこと。大切な思いまで失わせないこと。
彼は、その言葉を捨てなかった。
今の研究も、魂を救うためのものだと思っている。
ただ、その願いへ向かうために、使える経路や扱える量を先に考えたくなっていた。
ヘルカイザーは、接続図へ目を戻した。
ここが利用できるのなら、何が変わるだろう。
その問いが、次に読みたい記録を選ばせる。
古い図面は、机のそばに残されたままだった。
初めの願いを覚えていることと、その願いを叶える方法が変わり始めていることが、同時に起きていた。
ならば、世界中のマイナスエネルギーを集めるための経路として、自身の力を利用できるのではないだろうか。
すぐに実現する方法が分かったわけではなかった。
どこまで扱えるか。範囲を広げたときにも、同じように考えてよいか。
確かめたいところは、幾つも残っている。
ヘルカイザーは、それらを、案の周りへ書き添えた。
分からない箇所があるからといって、考えるのをやめたいとは思わなかった。
今、使っている仕組みの中に、次の手がかりがあるかもしれない。
その可能性が、彼の興味を引いていた。
前の図を読み、別の紙へ線を引く。
新しい案を考えるときの、慣れた動きだった。
自分の力へ目を向けることも、その続きとして受け止めていた。
「……ふむふむ♪」
彼は新しい紙を広げた。
最初に、今分かっている繋がりを記す。
その脇へ、集約構想で考えている範囲を置いた。
図と図を並べれば、どこが繋がり、どこから先を調べなければならないかが見やすくなる。
ヘルカイザーは、途中で手を止めた。
自分の力を、今までより広く利用する。
それは、作った仕組みを改良するときと、同じ言葉で説明できた。
彼は、前の計算へ目を移した。
そこから何を使い、何を変えればよいのか。
紙の上へ、次に知りたいことが増えていった。
負のエネルギーが自分へ流入していることは、以前から知っている。しかし、装置の動作に異常はなかった。身体も動く。研究も続けられる。
ヘルカイザーは、流入について残した記録を読み返した。
初めて気づいたときにも、そのことを書き留めている。
見なかったことにはしていなかった。
流れ込みがあると知り、装置や、自分が扱う力の状態を見た。
研究を続けられていることも、本人には分かる。
けれど、何を最も重要だと感じるようになったかは、その確認だけでは見えていなかった。
ヘルカイザーは、記録の数字から、また図へ視線を戻した。
今ある繋がりを、使えるかもしれないものとして見ている。
その見方に変わったこと自体を、彼は、特に問題とは考えなかった。
気になった流れを記録し、その働きへ目を向ける。
そこから別の使い方を思いつく。
発明を考えるときには、以前から、そのようなことがあった。
ヘルカイザーは、新しい着想を、その馴染んだ経験と重ねていた。
分からなかったものの繋がりが、少し見えてくる。
別々に考えていた箇所を、同じ図の中へ置けるかもしれない。
その感覚には、研究を進めた喜びがあった。
彼は、書きかけの紙へ短い言葉を加えた。
今のところ、まだ仮に考えている部分もある。
確かめたことと区別して残す習慣は、続いていた。
けれど、確かめたいと思う先が、流入を利用する方向へ向いている。
その違いは、彼が記録へ印をつける丁寧さだけでは、見つからなかった。
そして今、彼の考えは、流入を防ぐことよりも、それを利用することへ向かっていた。
流れているという事実がある。
それなら、そこへ、どのような働きを持たせられるだろうか。
問いを置き換えると、次に調べたいことも変わる。
ヘルカイザーは、図の一角へ印をつけた。
魂を救うために、もっと広い範囲から負のエネルギーを取り除きたい。
その構想を進めるための案として、今の繋がりを見直している。
彼には、その順番が自然に思えた。
何かを捨てたつもりはない。目的を忘れたという意識もない。
研究を前へ進めるために、使えるものを考えていた。
紙へ残した言葉を読み、彼は、さらに線を加えた。
「……こちらの繋がりを、もっと有効に使いたいですねぇ♪」
その判断の裏で、価値観の変化はさらに深まっていく。
ヘルカイザーの表情に、苦しげな変化はなかった。
興味を持った箇所へ顔を近づけ、前の記録を読み、新しく思いついたことを書き添える。
いつも、そうして研究を続けてきた。
その姿だけなら、以前と大きく違っているようには見えない。
けれど、何を危ういと感じ、何を役立つ手段として選ぶかは、同じままではなかった。
今の彼は、流れ込みを、次の構想へ結びつけたくなっている。
その繋がりを見つけたことに、発明家としての喜びを感じていた。
ヘルカイザーは、資料を一枚めくった。
続きを調べることを、楽しみにしていた。
◇
神界の庭園。
アテナは、ヘルカイザーの才能を見下す神に静かに言い返していた。
水音の聞こえる庭園で、彼の名が口にされた。
けれど、話されていたのは、発明の仕組みではなかった。
人間だったこと。生まれながらの神ではないこと。
その来歴を、才能を低く見るための言葉にされていた。
アテナは、相手へ顔を向けた。
ヘルカイザー本人が、そう言われても気にしないことは知っている。
自分で作った力だからと、彼は、穏やかに話していた。
それでも、彼女が、その侮辱へ頷く理由にはならなかった。
アテナは、落ち着いて言葉を選んだ。
自分が見てきた研究と、友人の姿について、はっきり伝えたかった。
「私は、ヘルカイザーさんの研究を高く評価しています。あの方が生まれながらの神でないことは、関係ありません」
言い終えて、アテナは相手を見た。
自分が評価している理由は、知っている。
興味深い案を出すことだけではなかった。
疑問を伝えれば聞き、調べ、考え直す。うまくいかなかったところも記録に残し、次の案を作る。
彼がそうして研究を続けた時間を、そばで見てきた。
魂の苦しみが和らいだと分かったときには、一緒に喜んだ。
その積み重ねを、彼の生まれだけで軽く扱われたくはなかった。
アテナは、声を荒らげなかった。
それでも、自分の考えを曖昧にするつもりはなかった。
「研究について気になるところがあれば、私もお尋ねしています」
アテナは、静かに言葉を続けた。
「ヘルカイザーさんは、その話を聞いて、一緒に考えてくださいます」
相手の神は、口を閉じた。
彼女は、ただ、友人だから何でも褒めると言っているのではなかった。
自分がどのような研究を見て、何を評価しているのかを伝えている。
「分からないところを聞けば、調べたことと、まだ考えていることを分けて話してくださる方です」
アテナは、そのときの彼の顔を思い浮かべた。
問いを向けると、熱心に耳を傾けた。新しい課題を見つければ、図面へ向き直った。
その姿を、彼女は尊敬していた。
何も知らないまま、彼を高く評価しているわけではない。
その理由を、相手にも知ってほしかった。
「……ですが、所詮は……」
続きかけた言葉に、アテナは静かに視線を向けた。
研究について何が気になるのかを話すのなら、聞くことができる。
結果をどう確かめたのかと問われるなら、自分が見たことも説明できる。
けれど、今、その話はされていない。
神は、彼が生まれながらの神ではないというところへ、また戻ろうとしていた。
アテナは、小さく息をついた。
その理由だけで、彼の成果を認めないつもりなのだろうか。
自分が何を大切にしているかを、もう一つ、伝えておきたいと思った。
彼女は、相手の顔を見たまま、言葉を続けた。
「それに、あの方は私の大切な友人でもありますから」
明確な言葉だった。
アテナは、言い直さなかった。
大切な友人。
それは、その場を収めるために選んだ言葉ではなかった。
噴水の仕組みを語り合った日から、何度も図面を囲んだ。
自分の知らないことを教わり、彼が知りたがることを調べた。
会えない日が続けば、また話したいと思った。
再会したときには、素直に嬉しかった。
その相手について、今、彼女は話している。
才能を尊敬していることも、友人として大切に思っていることも、隠すつもりはなかった。
アテナは、以前、噴水の模型について説明した日のことを思い返した。
途中で水が跳ねてしまったことも、直した後で予定どおりに動いたことも、覚えている。
完成したものを眺めるだけでは分からない、その間の時間を知っていた。
魂を救う研究のときにも、同じように、分からないことを一つずつ調べた。
その相手が、人間だったという理由だけで見下されている。
彼女には、頷けなかった。
ヘルカイザーは、今も新しい案を考えているだろう。
また会えたら、その話を聞きたい。
その素直な気持ちを、恥じる理由もなかった。
アテナは、相手へ向き直り、静かに立っていた。
大切な友人だと伝えた声には、ためらいがなかった。
アテナは、静かに相手の返事を待った。
「……随分と、あの者を信頼なさっているのですね」
神の言葉に、アテナは頷いた。
「一緒に考えてきたことがありますから」
声は、落ち着いていた。
「研究について気になることをお伝えしたこともあります。あの方も、きちんと耳を傾けてくださいました」
庭園で、最近の案を見せてもらったことを思い出す。
魂そのものを救うのだと伝えると、彼は真剣に聞いて頷いた。
その言葉が、彼の中でどのような結論へ繋がったかを、アテナはまだ知らない。
彼女が知っているのは、目を向けて話を聞いた顔と、素直に返ってきた返事だった。
その経験も、今の信頼を支えていた。
アテナは、相手の顔を見た。
友人を大切にしていることを、言い換えて隠すつもりはなかった。
しかし、その神は微笑みの裏で苛立ちを募らせた。
彼女は、ヘルカイザーを庇った。
生まれを理由に見下す言葉へ、同意しなかった。
それどころか、大切な友人だと明言した。
神には、その言葉が気に入らなかった。
相手が何を見て尊敬しているのかを尋ねることも、研究について話し直すこともしない。
自分の言い分が通らなかった苛立ちを、微笑みの奥へ押し込めた。
アテナは、その心の内を知ることができなかった。
自分の考えは、伝えた。
それで、彼を見下す言葉が少しでも変わるのならと思った。
けれど、相手の悪意は、彼女が伝えた理由へ向き合わないまま、残っていた。
後日、アテナは忙しい執務の合間に用意した包みを、親切そうに申し出た神へ預けた。
机には、仕事の書類と、研究に関係する資料が並んでいた。
アテナは、今、先に見なければならないものを確かめてから、資料を揃えた。
研究室で直接話せればよいのだが、今日は、すぐに時間を取れそうになかった。
それでも、調べたことは伝えておきたい。
先に読んでもらえれば、次に会ったときに、その続きから話せる。
彼女は、紙の順番を見直した。
気になった箇所が分かるように、書き留めも添えておく。
ヘルカイザーが読んだら、別の問いが返ってくるかもしれない。
そう考えながら、丁寧に包んだ。
そこへ、届けることを引き受けようとする声がかかった。
アテナは、包みから顔を上げた。
今、助けになる申し出だった。
仕事を片づけてから持っていくつもりではあったが、先に届けられるなら、彼も、都合のよいときに読める。
彼女は、手元の紙をもう一度見た。
以前、届けてもらった資料もある。自分で渡せないとき、誰かが運んでくれることを、特別に疑う理由はなかった。
忙しい友人との間で、少しずつ研究の続きを繋いでいく。
アテナは、そのための手助けを受けるつもりだった。
自分が友人をかばって話したことが、誰かの妬みをさらに強めたとは知らない。
包みを見て思い浮かべるのは、ヘルカイザーが開いて読む姿だった。
彼がその資料を受け取れない可能性は、彼女の考えに上っていなかった。
「確かにお届けいたします」
アテナは、申し出た相手へ顔を向けた。
穏やかな声だった。
急かすこともなく、受け取る手が差し出されている。
彼女は、手元の包みを、もう一度見た。
仕事が残っている今、届けてもらえるなら助かる。
直接説明するのは、次に会えるときにすればよい。
アテナは、そのように考えて包みを渡した。
相手の表情に、資料を友人へ渡すことを妨げる意図は見えなかった。
引き受けてくれた親切を、そのまま受け取っていた。
包みが、相手の手へ移る。
アテナは、その手が紙をしっかり持ったのを見てから、自分の指を離した。
頼んだことは、資料を届けてもらうことだった。
読んで説明してほしいと求めたわけではない。新しい判断を代わりにしてもらうつもりもなかった。
自分が包んだものを、そのまま友人の手へ渡してほしかった。
だから、穏やかに頷く相手へ、礼を返した。
彼女が見ているところでは、その包みは丁寧に扱われていた。
届く先も、そこから始まる会話も、自然に思い描けた。
研究室で図面を広げるときと同じように、資料が、二人の間へ置かれるはずだった。
アテナは、その先を楽しみにしながら、仕事へ戻った。
「……ありがとうございます。どうか、よろしくお願いしますね」
「研究の続きに関係する資料です。お時間のあるときにご覧いただければ、とお伝えください」
アテナは、そう添えた。
相手は、穏やかに頷く。
彼女は、その返事を聞いて、机の方へ向き直った。
届けたいことを、一つ託せたと思った。
仕事を終えたら、また自分でも資料を読み直そう。
ヘルカイザーと話すときには、ほかにも気になるところが出てくるかもしれない。
アテナは、その会話を思い浮かべていた。
受け取ったはずの相手が、包みをどこへ持っていくかを、自分の目で追うことはしなかった。
神は包みを受け取ると、人目のない場所へ向かった。
アテナの前で浮かべていた微笑みが、薄れた。
手元には、丁寧に揃えられた包みがある。
彼女がその資料を、どれほど役立つものとして選んだのか、神は確かめなかった。
研究のどこに関わるかにも、興味を向けない。
ただ、渡す相手がヘルカイザーであることを、気に入らないと思っていた。
回廊の先へ目を向ける。
自分の手元を見ている者は、いなかった。
神は、包みを持ち直した。
先ほど託された言葉も、一緒に、届けられないものへなろうとしていた。
「……また、あの偽物へ……」
そう呟いて、届けるはずだった包みを持ち去った。アテナの手元にも、ヘルカイザーの手元にも、その資料が届くことはなかった。
預けた側は、相手へ向かっていると思っている。
受け取るはずの側は、何が預けられたのかを知らない。
その間で、言葉も、紙も止められていた。
アテナは、手元の書類へ戻っていた。
仕事をしながら、時折、次に友人と話すことを思い出す。
ヘルカイザーが読めば、どこを面白いと思うだろう。
自分が気になった一節へ、別の見方を示すかもしれない。
その反応を聞く楽しみは、まだ彼女の中にあった。
けれど、相手には、読み始めるための紙さえ渡っていない。
彼女が思い描く会話の始まりが、知らないところで失われていた。
アテナの机には、自分で読んだときの書き留めが残っていた。
気になった一節も、前に話した図面との繋がりも、覚えている。
次に会えたときには、この箇所から話してみよう。
彼が先に読んでいれば、同じところを示して頷くかもしれない。
そうした返事を、彼女は楽しみにしていた。
だから、資料が相手の手元へ行ったと思えば、自分は仕事へ戻ることができた。
その間、研究室では、ヘルカイザーが別の紙を広げていた。
自分に向けて選ばれた資料があることも、それを読んだ感想を聞きたがる友人のことも、知らされていない。
次に話すための準備を、それぞれが続けている。
けれど、その間を繋ぐはずの包みは、どちらにも戻らなかった。
◇
研究室では、ヘルカイザーの構想が新しい段階へ進んでいた。
接続図と、集約についての案が、隣り合っていた。
ヘルカイザーは、その二枚を見比べた。
自分の力を経路として考える。
ヘルカイザーは、昼間に残した書き込みを読み返した。
流れを示した線がある。
その先には、蓄えるための場所を描いていた。
集める範囲を変えれば、そこに必要な働きも変わるだろう。
彼は、別の紙へ、同じ流れを描き直した。
途中で、自分自身に関わる箇所へ目が向く。
既に、そこへ流れている。
その事実を、今は、仕組みを考えるための手がかりにしていた。
以前からある図を眺めていても、何のために見るかが違えば、気づくところも変わる。
ヘルカイザーは、線を引いた手を止めた。
新しく考えたいことが浮かびかけていた。
それを確かめるように、接続図と、今の案を見比べた。
その着想から見直すと、別の問いが浮かんできた。
集めたものを、どこへ置くのか。
図の中で、その場所だけが、最初から決まったものとして置かれていた。
貯蔵庫へ蓄える。
今までは、そのために、どのように回収し、どう移すかを考えてきた。
ヘルカイザーは、紙を少し動かした。
別の置き方をしてみたら、何が変わるだろう。
まだ、その考えを、確かめた結論として扱っているわけではない。
ただ、今まで残していた形を外し、もう一度見直してみたいと思った。
思いつきを紙へ置き、比べてみる。
以前から、案を考えるときに行ってきたことだった。
けれど、今、置き換えようとしているものの中には、自分自身も含まれ始めていた。
そのことを、彼は、研究の新しい可能性として見ていた。
最初から貯蔵庫を用意してきたので、彼は、そこへ蓄えるものとして図を描いていた。
けれど、その形を、必ず残さなければならないのだろうか。
ヘルカイザーは、いったん、紙の上から手を離した。
今まで動かしていた仕組みを、違う順番で考えてみる。
その先に、まだ見ていなかった形がありそうだった。
世界中の負のエネルギーを、一か所へ集める。
しかし、その一か所は貯蔵庫でなければならないのだろうか。
既に自分へ流れ込んでいるのであれば、さらに効率的に扱えるのではないだろうか。
ヘルカイザーは、流入の記録を手元へ戻した。
図の上だけの話ではない。
負のエネルギーが、自分へ届いているという事実がある。
その事実を、今、構想の中へ置き直していた。
別の場所へ移すための繋がりとしてだけでなく、その先にある自分自身へ、注意が向く。
彼は、接続図をもう一度見た。
そこから何ができるかは、まだ考えなければならない。
それでも、今まで考えてきた集約先の置き方を、変えてみたくなっていた。
ヘルカイザーは、別の場所を新しく描く前に、接続図を見た。
自分の力と、貯蔵庫。
その繋がりは、今の研究を支えている。
負のエネルギーは、既に、自分の方へも届いている。
ならば、その働きを、もっと有効に扱えないか。
彼の問いは、そこへ戻ってきた。
魂を救うという願いがなくなったのではない。
そのために何を使ってよいと感じるか、その判断の方が変わっていた。
ヘルカイザーは、自分の力についての記録を開いた。
いきなり答えを宣言する代わりに、考えるための材料を並べている。
その丁寧な手順の中でも、選ばれる問いは、以前のままではなくなっていた。
ヘルカイザーは、自分の前脚へ視線を落とした。
「……全てを、ここへ……」
彼は自分の前脚を見つめ、ゆっくりと微笑んだ。
小さな白い前脚だった。
図面を示し、紙を揃え、記録へ言葉を残してきた、その手を見ている。
身体が急に変わったわけではない。
彼が考える構想の中で、その存在をどう置くかが変わり始めていた。
自分へ流れているものを、さらに扱えるのではないか。
その問いは、今、研究を進めるための着想に思えた。
ヘルカイザーは、また図面へ顔を向けた。
思いついたことを、忘れないうちに残しておきたい。
その気持ちは、以前、新しい案を見つけたときとよく似ていた。
ヘルカイザーは、新しい紙の余白へ、問いを書き添えた。
今の繋がりから、どこまで扱えるか。
別に置いていた集約先を見直すと、何が変わるか。
考えていることを記すと、次に見たい資料も浮かんでくる。
すぐに全てを確定させたのではなかった。
ただ、自分自身へ注意を向ける着想が、消えずに残っていた。
ヘルカイザーは、書いた言葉を読み返した。
それを危険な方向へ進んだしるしとしては、受け取らなかった。
新しく考えられることが見つかった。
彼には、その喜びが先にあった。
小さな前脚が、また図面へ向かう。
研究を続けたいという思いを持ったまま、彼は、その先を調べようとしていた。
「……これは、面白い考え方かもしれませんねぇ♪」
一つの善意と、一つの危険な結論。
その境界は、もはやはっきりと見えなくなりつつあった。
苦しみを減らすために、もっと多くの負のエネルギーを取り除く。
そのために、今ある繋がりを利用する。
その先に、自分自身を置く考えが浮かぶ。
ヘルカイザーには、それぞれが、研究の続きとして繋がっていた。
何かを傷つけるために始めたつもりはない。
誰かへの恨みを晴らすために、図面へ向かっているわけでもなかった。
役立つ方法を考えたいという願いが、そこに残っている。
けれど、その願いを実現する手段として、何を選ぶかが変わっていた。
彼は、今の案を面白いと思い、次に調べるべき箇所へ目を向けた。
アテナは友人を思い、ヘルカイザーは研究を続けている。
互いの思いはまだ残っているのに、届けるはずの言葉が届かない。
アテナは、研究室で並べるはずの資料を思い浮かべていた。
説明を聞けば、気になることを尋ねられる。相手の考えが分かれば、自分も、もう少し調べて話せる。
今まで、そのように時間を重ねてきた。
だから、次の会話も大切にしたかった。
ヘルカイザーも、新しい着想を、いつか彼女へ見せるつもりだった。
どこから考えたのかを話し、意見を聞いてみたい。
その気持ちまでなくなったのではない。
けれど、今、彼が見直している繋がりを、アテナは見ていない。
彼女が何を調べ、どこを問い直そうとしているのかも、彼には届いていなかった。
同じ研究を続けていると思いながら、別々の場所で、紙を開いている。
その間にも、ヘルカイザーの案には、新しく選ばれた問いが増えていた。
その日も、漆黒のエネルギーは静かに彼へ流れ込んでいた。




