第七話 初の大仕事 後編
――ウィルの野郎、考えたな。
崖の上、最後の一人を斬り伏せながら、俺はそんなことを思っていた。
煙に巻かれて咳き込む野盗どもを、尾根の裏手から回り込んだ俺たちが叩く。数は向こうが上でも、盗賊風情、不意を突かれ、しかも目も喉もまともに使えない連中に、大した抵抗などできるはずがなかった。十人で来て十人とも無傷――とは言わないが、誰一人として欠けちゃいない。上々の結果だ。
「バートンの旦那、片付きやしたぜ!」
若い団員の一人が血の滴る剣を担いで駆け寄ってくる。俺は頷きながら、崖の下へと視線を落とした。
谷はまだ灰色の煙に沈んでいる。本隊がどうなっているのか、ここからでは何も見えなかった。剣戟の音は確かに聞こえる。だが、それが優勢の音なのか、劣勢の音なのか、この距離と、この煙では判じようがない。
「……無事だといいがな」
ウィルの立てた策だ。ウィル自身が、あの中にいる。
俺は、柄に付いた血を拭いながら、谷底を睨み続けた。
----
時は少し遡る。
煙の中、荷馬車の列は、なおも谷の出口を目指して突き進んでいた。
視界が利かない。喉が焼ける。それでも止まるな、と誰もが分かっていた。止まった瞬間が終わりだ。
甲高い嘶きが上がったのは、出口まであと少し、というところだった。矢の一本が、先頭の馬の一頭の首筋に深々と突き立っていた。馬は棹立ちになり、そのまま崩れ落ちる。
「うわっ!?」
支えを失った荷馬車が大きく傾いた。馬の体に引きずられる形で、車体がぎしぎしと軋みながら揺れる。もう一頭の馬が、繋がれた縄にバランスを崩そうとしている。
考えるより先に、体が動いていた。俺は荷台から飛び降り、暴れる馬と荷馬車とを繋ぐ革紐に、腰の短剣を叩き込んだ。一度、二度。張り詰めていた紐が、乾いた音を立てて弾け飛ぶ。
解き放たれた荷馬車が、ぐらりと揺れながらも、どうにか地面に踏みとどまった。間一髪だった。
安堵したのも束の間、視界の端で何かが動いた。
煙を割って、革鎧の野盗が一人、俺目掛けて斧を振りかぶっていた。短剣を握ったまま、俺の体は完全に硬直していた。避けられない。そう悟った瞬間――
横合いから、分厚い刃が割り込んだ。
「突っ立ってるなよ、坊主!」
怒鳴り声と共に、野盗の斧が弾かれる。振り向くと、あの髭面の古参傭兵が、俺を庇うようにして立っていた。最初に俺の策へ噛みついてきた、あの男だ。
「ぼさっとすんな!荷馬車!崖に寄せろ!後ろ詰まるぞ!」
そう言って、彼は返す刀で野盗の喉元を薙いだ。俺は、へたり込みそうになる足を、どうにか動かして返事をする。
「アーロン!コリン!手伝ってくれ!」
俺は同じ荷馬車にいた2人の若い雑用に声をかける。
----
一方、谷の出口では、ガレスと頭目の一騎打ちが、まさに佳境を迎えていた。
大剣が唸りを上げる。空気そのものを叩き割るような、重い音。並の得物なら、受け止めた瞬間に粉砕されていただろう。ガレスは、その一撃を正面から受けず、半歩だけ体を引き、切っ先の軌道から逃れる。飄々とした表情でかわしながら、内心冷や汗をかいている。
「――速いじゃねえか、団長さんよ!!」
頭目が、血走った目で吠える。巨体に見合わぬ速さで、二の太刀が繰り出された。横薙ぎの一閃。ガレスは剣を立てて受け流そうとするが、衝撃の重さに、両腕が痺れる。足が半歩、後ろに滑った。
「くっ……!」
追撃が来る。頭目は、怯んだと見るや、容赦なく三の太刀を叩き込んできた。ガレスは地を蹴り、横転するようにしてそれを躱す。土埃が舞い上がり、転がった拍子に、肩が鋭い岩肌に擦れた。裂けた布の下から、血が滲み出す。
膠着しているように見えて、実のところ、圧倒的な膂力を前に、ガレスは徐々に消耗させられていた。受け流すだけでも、骨が軋む。このまま力比べを続ければ、いずれ押し潰される。
ガレスは、剣を構え直しながら、短く息を吐いた。
頭目が、再び大剣を大きく振りかぶった。先刻と同じ、力任せの一撃。横方向の一撃目をかろうじて避ける。
「何度避けても同じ事だ!!」
打ち下ろしの追撃がくる。
だが今度は、ガレスはあえてギリギリまで下がらなかった。
「もらったァッ!!」
頭目が思い切りよく振り下ろす。
剣が振り下ろされるその瞬間、ガレスは地面を蹴る。
「ふんッ!」
そのまま頭目の懐に入り込み、肩で体当たりをする。
「があっ!?」
不意を突かれた頭目の巨体がぐらりと傾いだ。大剣が手を離れ、ドシンと地面へ落ちる。
二撃目。ガレスは躊躇うことなく頭目の首筋へ刃を振り下ろす。
鮮血が噴き上がり、巨体が地響きを立てて崩れ落ちた。
静寂が、谷に満ちた。
ガレスは肩で息をしながら血に濡れた剣を無造作に振って払った。裂けた肩口から流れる血が彼の腕を赤く染めていたが、その足取りに揺らぎはなかった。
「頭目は討った! 全員、構わず突っ切れ!」
その声に、荷馬車の列から、歓声が上がった。残っていた野盗たちは、頭目の死を見て、戦意を完全に失っていた。得物を投げ捨て、散り散りに逃げていく背中を、追う者はいなかった。
崖の上から、土煙を巻き上げながらバートンたちが駆け下りてくるのが見えた。煙の晴れた谷を見渡し、バートンは安堵したように、大きく息を吐き出していた。
「――無事だったか」
俺は不覚にも泣きそうになったが、なんとか堪えた。
----
その夜の野営地は、勝利の熱気に包まれていた。
死者なし。頭目討伐。依頼を超える戦果。焚き火を囲む団員たちは、口々にその日の武勇伝を語り、安物の酒で乾杯を交わしていた。普段は厳めしい古参たちまで、今夜ばかりは相好を崩している。
「よう、坊主」
バートンが肉の塊を片手に、俺の隣にどかりと腰を下ろした。
「ロジャーから聞いたぜ?良い判断だ。あのまま馬車が倒れてたら、荷は崩れて後ろの荷馬車の道を塞いでいただろうな。」
ロジャーというのはあのヒゲ面の傭兵だ。とはいえ、縄を切ったのは感覚でそうしなければならないと思ったからだ。後先考えて動いたわけじゃない。
「……たまたまです。体が勝手に動いただけで」
「そういうのを、腕があるって言うんだよ」
バートンはそう言って俺の背中を豪快に叩いた。むせ返る俺を見て、彼は楽しそうに笑った。
「馬鹿野郎お前!俺がいなかったらこいつは今頃街道でアードウルフの餌になってることろだったわい!」
今度は、あの髭面の古参が、こちらへやってきた。かなり出来上がっている。あのとき助けてもらった礼を言おうとした俺より先に、彼が口を開いた。
「でもまア、策は、及第点だったと認めてやる。もっとも次こそ死んじまうかもしれネェがな!」
「……すみません。それと、ありがとうございました」
「礼はいらん。酒を注げ!」
そう言って差し出された杯に、俺は慌てて酒を注いだ。テンションが高いんだか低いんだかわからないおっさんだ。しかし、こんなにはしゃいでるロジャーを見るのは初めてだ。それだけ今日の勝利は皆に活気を与えていた。
----
「ウィル」
傭兵たちが食い散らかした野営地の片付けをしていると、声をかけられた。振り向くとノーラが立っていた。補給の荷を届けに来たついでに、今日の顛末を聞きつけたらしい。
心なしかノーラの顔も赤い気がする。彼女も飲んでいたのだろうか。
「聞いたよ。大立ち回りだったんだって?」
「大立ち回りってほどじゃないさ……ほとんど見てただけだ」
「ふうん。でも、今日の作戦ってあんたが考えたんでしょ?」
ノーラは、焚き火の明かりに照らされた俺の顔をしげしげと覗き込んで、隣に座ってきた。肩が触れそうな距離だ。おまけに、いつもはしない香水の匂いがふわりと漂ってきた。思わずドキドキしてしまう。
「あんた、頭もいいし軍政の才能でもあるんじゃないの?」
「た、たまたま一度上手くいっただけさ」
「ふーん」
ノーラは焚き火を見ながら訝しげに相槌をうつ。目鼻立ちの整ったそばかすのある横顔が、炎の明るさに照らされる。俺がそれをチラりと見ると、
「もしあんたが出世したら、うちを贔屓にしてよね!」
そう言ってノーラはこっちを向いた。
悪戯っぽく笑う彼女と目が合ってなんだか気恥ずかしくてすぐに顔を逸らしてしまう。
「考えとくよ」
俺がそう返事をすると、ノーラはそっか、とかそしたら契約は、とか適当なことを言っている。
なんだか、無邪気な彼女の笑顔を見ていると、辛いことも忘れられる気がする。
この夜は久しぶりに夢を見なかった。
ライブ感で書いている故に矛盾等あるかもしれません。感想などあればぜひお願いしますm(_ _)m。




