第五話 新たな居場所
傭兵団というのは、思っていたよりもずっと、賑やかな集団だった。そもそも、前世では傭兵団というのは創作で見たことはあっても具体的にどんなことをしてるのかなんて知らなかった。
傭兵ばかりかと言えばそうでもなく、傭兵の身内、荷馬車の御者、鍛冶仕事を請け負う職人、繕い物をする者、飯の支度をする者――そういう、武器を持たない人間の数の方が、むしろ多いくらいだった。野営の夜には、あちこちの焚き火から、笑い声や、誰かの愚痴、賭け事の掛け声が入り混じって聞こえてくる。
俺の仕事は、その中でも一番下っ端の、荷駄の手伝いだった。
「そこの荷、逆さまにするんじゃねえ。中身が割れるだろうが」
初日から、俺はそう怒鳴られてばかりだった。怒鳴っていたのは、バートンという、この団の中でも古株らしい男だった。がっしりとした体格に、無精髭。腕には、古い傷の跡がいくつも残っている。
「すいません」
「返事だけは良いんだけどな、坊主」
バートンは、そう言って苦笑した。厳しい物言いの割に、俺が荷をまとめ直す間、ちゃんと待ってくれる。何度目かの失敗の後、彼は俺の肩を軽く叩いて、
「まあ、誰でも最初はこんなもんだ。焦るな」
と、ぶっきらぼうに言った。
バートンというのはよく喋る男だった。焚き火の番をしながら、若い頃にどこの戦場を渡り歩いたか、どんな隊長の下で働いたか――問わず語りに聞かせてくれることがある。
「団長も、昔はこき使われる側だったんだぜ」
「ガレスさんが、ですか」
「ああ。今じゃ偉そうにふんぞり返ってるがな」
バートンはそう言って豪快に笑った。俺はその笑い声を聞きながら、この男がどこか兄貴分のような距離感で、俺に接してくれていることに気づいていた。
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傭兵団での日々は、単調ながらも、もしかするとグレンフォードのときよりも忙しかった。
朝は誰よりも早く起き、水を汲み、火をおこす。荷駄の点検、道具の手入れ、野営地の片付け。夜は、荷馬車の下で毛布にくるまって眠る。慣れない仕事に最初はかなり苦労した。
それでも、俺はこの仕事に、少しずつ自分の居場所を見出しつつあった。
「お前、水は必ず一度沸かしてから使えって、いつも言ってるな」
ある夜、年配の男にそう聞かれたことがある。
「なんというか、うまく説明できないんですが。腹を壊す奴が、少なくなる気がするんです」
傭兵団でも相変わらず、俺は水を飲むときは煮沸をするようにしていた。俺が加わる前は、行軍が長引くたびに誰かしらが腹を下して動けなくなる、というのはよくあることだったらしい。煮沸に使う燃料は負担だが、行軍速度や人的資源の損耗を考えればプラスだと、ガレスにも話したことがある。それ以来、団の一部にもこの習慣は浸透したように思う。
「坊主の気まぐれかと思ったが、案外馬鹿にできんな」
年配の男はそう言って渋い顔をしながら杯をあおる。…話の流れ的にこいつが飲んでいるのは水だと思ったが…どうやら酒のようだ。顔が赤い。
ともかく、そんな小さな変化だったが、俺にとっては初めて誰かの役に立てたという、手応えでもあった。
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ノーラと出会ったのは、そんなある日の、補給の場でのことだった。
定期的に、団に物資を届けに来る商家がある。荷馬車を何台も連ね、食料や消耗品を運び込んでは、その場で数量を確認し、帳面に記していく。その商家の娘が、ノーラだった。
長い髪を一つに束ね、そばかすの浮いた顔に、値踏みするような鋭い目つき。華奢な体つきに似合わず、年齢は俺と大して変わらないだろうに、荷袋を軽々と担ぐ手際は、明らかに場慣れしていた。
「そこの荷、数が合わないんだけど」
俺が運んでいた麻袋の山を見て、ノーラがそう声をかけてきた。おかしいな、きちんと数えたんだが。慌てて数え直す。
「――いえ、こちらは合ってます。足りないのは、そっちの木箱の方じゃないでしょうか。搬入表だと、塩の樽が一つ多く記載されてます」
言いながら、俺は地面に置かれた搬入表に、ちらりと目を走らせていた。数字の羅列は、少し見ただけで、どこに矛盾があるか分かる程度には、頭に入りやすかった。
ノーラは一瞬、驚いたような顔をした。それから搬入表を手に取り、素早く目を通す。
「――ほんとだ。こっちのミスだ」
彼女は俺の顔をまじまじと見つめてから、ふん、と小さく鼻を鳴らした。
「あんた、字が読めるの?しかも、随分と数字に強いみたいだけど」
「まあ、少しだけ」
「少し、ねえ」
疑わしそうな目で、ノーラは俺を見た。それから特に追及するでもなく、肩をすくめる。
「まあいいや。あたし、ノーラ。あんたは?」
「ウィルです」
「――です、はやめてよ。荷運びの小僧に敬語を使われると、なんか落ち着かない」
そう言われて、俺は少し戸惑いながらも、頷いた。
「分かった。じゃあ、ノーラでいいのか」
「そう、それでいい」
初対面だというのに、あっさりとした調子の女だ。
「あんたみたいなのが、荷運びの下っ端やってるなんて、変な話ね」
「そうか?」
「うちの下働きの連中にも見せてやりたいくらい」
ノーラは、そう言いながら、腰に提げた帳面を軽く叩いた。褒められているのか、からかわれているのか、判然としない口調だったが、お世辞を言いそうな性格にも見えない。
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それから、ノーラの荷馬車が団に来るたびに、俺は自然と彼女の荷降ろしを手伝うようになった。
「あんた、どこでそんな計算覚えたの」
ある時、ノーラがそう尋ねてきたことがある。俺は適当な誤魔化しを口にしようとして、思い直した。
「村の神父様に、少し教わっただけだ。大したことじゃない」
「ふうん」
ノーラは、それ以上深くは聞いてこなかった。ただ、荷箱に腰掛けながら、俺の方をじっと見て、
「あんた、その気になればもっと良い仕事に就けそうなのにね」
と、ぽつりと零した。
「良い仕事、か」
「うちの商会で雇ってあげてもいいくらい」
冗談めかした口調だったが、その目は、どこか本気の色を帯びているようにも見えた。俺は笑って、荷を担ぎ直す。
「今はここが性に合ってるよ」
「ふうん、変わってるね」
ノーラはそれだけ言うと、帳面に何かを書き込みながら、次の荷馬車の方へ歩いていった。
その日を境に、彼女との付き合いは、少しずつ増えていった。荷の受け渡しの合間、彼女は俺に、取引先の噂話や、他の商会との駆け引きの話を、時には家族や商会の人間の愚痴を、面白おかしく聞かせてくれるようになった。俺の方も、兵站の扱いや、野営地の効率的な設営について、バートンや他の傭兵との話なんかも彼女に話すようになった。
「あんたの言うこと、いちいち理屈が通ってるから、聞いてて飽きないんだよね」
ある日、そう言われたことがある。俺は、その言葉に少しだけ面映ゆい気持ちになった。同年代の女子にそんなことを言われるのは…変な感覚だ。
バートンといい、ノーラといい、この団に来てから、俺は少しずつ、新しい繋がりを得つつあった。村にいたときのとはまた別の心地よさを感じ初めていた。
帳簿仕事を終えたノーラの背中を見ながら、俺は、この団に来て初めて、前世でいう「同僚」に近い感覚を持てたのだろうか、なんてことを考える。もっとも、引きこもりだった俺には縁のないものだったが。
すっかり日は落ちかけている。
そっと見上げると、冷たく澄んだ冬の星空が煌めいていた。キレイだな。久しぶりにきちんと空を見た気がする。
そろそろ眠くなってきた。
重くのしかかる疲労が、意識をぼんやりとさせていく。見張り番の足音と、誰かが剣を研ぐ音を聞きながら、俺は眠りの底へと沈んでいった。




