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グランヴェール王国記 ―農民から王への道―  作者: 厨


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第十六話 取り立て

 ダンメア村は、館のある丘の麓にある。


 戸数は五十ほど。村の中央に、石造りの大きな倉が建っている。ウォルシュ家が領民から取り立てた年貢の麦が、収穫の後に集められ、冬の間保管される。


 報告によると、倉番は家人が八人。夜は二人。恐らく村には戦える者は二十人もいない。村から館までは、走って十五分と少し。支度を含めると、どれだけ早くても三十分は掛かるだろう。ウォルシュの館に詰めている兵は、多く見積もって三十。


 これまではリスクを考えて、やり返せない村から略奪を行った。今夜は逆だ。領主の目の前で、領主の麦を奪う。麦だけが目的ではない。挑発。報復。誇示。あの家に「金庫の事情」とやらを思い出させるのが目的だ。


 班は四つで六十人弱。残りの三班とバートン、メリッサは、野営地に残した。


 異変に気づいた館の兵が動き出すまでの三十分。倉を空にして引き上げるには、ぎりぎりだ。手加減する時間は無い。



----



 日が落ちた野営地の外れに、四つの班、六十人弱を集めた。


 班ごとに固まって並んだひとりひとりの顔が、焚き火に下から照らされている。槍を杖代わりに立つ者。腕を組んで、こちらを値踏みする者。


 その前で、俺は荷車の台に上がった。板が軋む。


 背筋を伸ばして、表情は動かさない。


 全員の視線が檀上の俺に集中する。内側では、心臓が耳の奥でうるさく鳴り響く。口の中は乾いて、唾を飲み込もうにも突っ掛かる。袖の中で拳を握り込んで、指先の震えを殺す。マイケル・ジャクソンさながら、微動だにしない。


 これから、俺はこの六十人に、人を殺して家を焼けと言う。


 これまで俺が口にしてきたのは、決まりを守らせるための言葉だった。綺麗事。正しい言葉。口にするのは楽だ。今夜の一言は、その逆。守らせる側から、破らせる側に回る。


 六十人が、こちらを見ている。誰も何も言わない。待っている。団長が口を開くのを。胃がキリキリする。


 列の端で、ロジャーが腕を組んで立っていた。何を考えてるんだかわからない、いつもの仏頂面。


 声を張るのは苦手だ。授業の発表なんかも吐き気がするほど緊張したのに、俺はこの、自分の倍の年もあろうかという傭兵集団に、演説をする。


 落ち着け。声が裏返ったら終わりだ。腹から出せ。息を長く吐いて、吸う。


「今日の麦粥は、どうだった」


 戸惑った笑いが、列のあちこちで漏れた。


「塩が足りなかったな。俺もそう思った」


 笑い声が少し増えた。


「あの粥を食えるのは、誰のおかげだ。俺か?違う。森で巣を潰した、お前たちのおかげだ」


「十八日。一日も欠けずに、ウォルシュ家の立会人が署名した。確かに数えた、と。十三頭。契約通りだ」


「今日、これが届いた」


 ウォルシュ家の書状を取り出す。


「契約金の六割。残りの四割は無かったことにしろ。請求も一切放棄しろ、と」


 ざわめきが広がる。しかし、元々噂になっていたのだろう、そこまで動揺の色は無い。


「諸君!」


 今日一で声を張り上げる。一瞬にして、野営地に静寂が落ちる。あえて少しの間を開ける。


「お前らは何者だ!」


「奴らは!俺達の事を飼い犬であると考えているだろう!寄せ集めの傭兵、金で雇われて、言われた通りに動く。飯をもらえば、尻尾を振る」


「お前らは飼い犬か?断じて違う!」


 さらに声を張る。ここが正念場だ。ここで流れを掴まないといけない。幸い、目の前の傭兵達は茶化す様子も無く、真剣に俺を見ている。悪くない調子だ。


「お前らはならず者だ! 故郷も無い! 旗も無い! 主も無い! 誰の許しも要らず、武器を握って生きてきた!」


「お前らは、傭兵だ!牙を剥く狼だ!」


 列の中で、誰かが拳を握り直した。そうだ、そうだ、とざわめきが大きくなる。


「首輪を付けた犬は、蹴られるだけだ。牙を持つ獣は、恐れられる!」


「諸君!我々は、今夜!ダンメア村を襲撃する!」


 自分でも驚くほどの声が出た。俺自身もこの熱に乗せられている。


「今夜、首輪を外す! 決まりは、無しだ!」


「木札は要らない。報告も要らない。禁じ手も、今夜は無い! 倉の麦は全部出せ。牛も、種籾も、全部だ。殺せ!焼け!肥え太った貴族様に、狼の恐ろしさを見せつけてみせろ!」

 

 歓声が夜空に跳ね返る。雄叫び、俺の名前を叫ぶ声、怒号。全てがこの、刹那的で、泡沫の狂熱にあてられ、心地よかった。


「ただし、夜明けまでだ。館の兵が出てくる前に引き上げる。欲を出して遅れた奴は、置いていく!」


「これは略奪じゃない。取り立てだ。踏み倒した奴が悪い。俺たちは、払われるべきものを、取りに行く!」


 一度、息を継ぐ。


「諸君。傭兵の値打ちは、誰が決める!」


「俺たちだ!」


 六十の声が、一つになった。拳が突き上がり、槍の穂先が火の色に光った。


 俺はその熱を十分に見渡して、台を降りる。降りると、ロジャーが腕を組んで待っていた。


「大した演説だ。前の団長より、よほど口が回る」


「熱が要りましたから」


「熱は、冷めた後が面倒だぞ」


「どうにかします」


 ロジャーは、それ以上は聞かなかった。


----



 月は雲の裏に隠れていた。荷車の車軸には獣脂を塗り、馬は村の手前の林に繋いだ。霜を踏む音を殺して、村の外れまで近づく。


 倉の前に見張りが二人。ロジャーの班が先に動いた。見張りの一人が後ろから口を塞がれて、喉を裂かれる。もう一人は声を上げる前に、槍で胸を貫かれた。倒れる音も、ほとんど無い。


 手際がいい。こういうことをどれだけやってきたのだろう。


 倉の戸を斧で破ると、寝ぼけた顔の家人が六人、転がり出てきた。槍を握る間も無く囲まれる。一人が槍を掴んで班員の腕を突いたが、そのまま三人がかりで引き倒された。


「待て、俺たちはただの雇われだ――」


 しゃべり終わりを待たずして、脇腹に槍が入り、男は膝から崩れた。残りも、瞬く間に全員が地面に転がった。一人だけ肩を押さえて呻きながらまだ息をしている。倉番の頭だ。両手を縛られて、倉の壁に座らされている。


 ようやく鐘が鳴り始めた。誰かが気づいて、鐘楼へ走ったらしい。


 鐘は三つ鳴ったところで途切れた。班員の矢が、鐘楼の上の人影を落とす。


 倉に灯りを持ち込む。天井まで袋が積んである。袋の口を一つ破いて、中を確かめる。粒の揃った、いい小麦だ。


 軽く見渡して数える。四百に届く。ウォルシュ家が払うはずだった額には足りないが、あの家の取り分の、かなりの部分だ。


 班員が袋を担いで運び出し、荷車に積んでいく。荷車は六台。足りない分は村の荷車を奪った。


 村の男たちが、鍬や斧を持って集まってきた。二十人ほど。先頭に杖を握った老人がいた。


「これは領主様の麦だぞ! お前ら、何をしているのか分かっているのか!」


 班長の一人が、返事の代わりに槍を突き出した。老人の胸から杖が落ちて、そのまま前に倒れた。


 男たちは一瞬で凍りついた。しかし、逃げる前に班員が囲んだ。


 鍬を振り上げた男が背中を掻っ切られ、斧を落とした男が首を刺された。血の匂いが、冷えた空気の中でやけに濃い。


 村の男は、これで二十人を切った。反撃はもう起きないだろう。ここまでで十分ほど。館の兵が支度を終えるまで、まだ余裕はある。



----



 倉の中身を運び出したあと、班員が松明を投げ込む。乾いた藁と木の梁に、火はすぐ回った。屋根の隙間から赤い炎が噴き上がって、村の中が昼のように明るくなる。


 班員が一軒ずつ、茅葺きの屋根に松明を押し当てている。


 燃やすな、という決まりは今夜は無い。


 家の中から悲鳴が上がる。裸足の女が子供を抱えて飛び出してきた。老人を背負った男が、戸口から這い出てくる。逃げる背中を班員が追う。「逃げる者は追うな」と叫んだが、聞こえたのか聞こえていないないのか、班員は動きを止めない。決まりを外すというのは、こういうことだ。俺もさほど気にしないで視線を移す。逃げた男はすぐに後ろから刺し殺された。


 一軒だけ、戸に閂をかけて立てこもった家があった。班員が戸の前に藁を積み、火を付ける。中から咳き込む声が聞こえて、しばらくして、止んだ。


 まるでバルサンのようだ。炎とは、これほどまでに容易く人の営みを喰い破るものか。

古来より人類の歴史が炎と共に歩んできたというのなら、それは同時に、この赤光がいかに抗いがたい「暴力」であるかを証明する歴史でもある。


 効率的だ。そう思ってしまった。


 犬が吠え続けていた。一匹ずつ、槍で黙らされていった。


 牛小屋の戸が蹴り開けられた。牛が七頭、八頭と追い立てられて出てくる。種籾の壺も、あちこちの家から担ぎ出された。班員の何人かは、袋だけでなく、女の櫛や銅の腕輪まで懐に入れている。止めなかった。


 笑っている兵がいた。吐いている兵もいた。若い班長が一人、槍を持ったまま燃える家の前で立ち尽くしていた。


 俺は村の中央で、荷車の数と袋の数を数える。


 牛一頭は、大人の働き手が何か月も稼いでようやく買える値だ。それが八頭。種籾も無い。牛を失い、種を失った村は、春に畑を耕せない。来年の年貢は入らない。ウォルシュ家はこの村から来年の収入も失うこととなる。


 そう計算している間にも、近くで人が死んでいる。俺が日本でネットやゲームで見ていた光景が、こうして起きている。未だに、現実の俺はあの暗い部屋で超未来的なVRMMOゲームでもやっているかのような、掴みどころの無い浮遊感とぼんやりとした疎外感を感じる。



----



 十二軒が焼け落ちる頃には、村の中で立っている男は班員だけになっていた。


 空が明るくなり始めている。丘の上の館に、灯りが一つ、二つと灯った。館の兵が動き出すまで、もう長くはかからない。


「引き上げだ」


 合図の笛が鳴る。荷車と牛を先に出し、殿はロジャーの班が受け持つ。荷車の軋む音、牛の鳴き声、袋の擦れる音。班が列を作る。


 その前に、倉の壁にもたれた男のところへ行った。倉番の頭だ。目の前で燃える倉を、焦点の合わない目で見ていた。顔は灰色だった。


「聞こえますか」


 男はゆっくりとこちらに顔を向けた。


「ハモンド殿に伝えてください。期日から、三十日が過ぎました。契約通りの額を、日割りの加算を含めて、迅速にお支払いください。支払いが済むまで、これは続きます」


 縄を切る。男は動けなかった。


 後で数えさせると、麦は四百二十袋、牛が八頭、種籾の壺が十一。こちらの被害は、軽傷が三人。死んだのは、家人が七人と、村人が十数人。燃えた家の中で何人死んだのかは、誰にも分からない。


「向こうも、これで本気で来るぞ」


 帰りの途中で、ロジャーが言った。


「どうでしょうかね」


 そう答えながら、その言葉が口から出るのを、他人事のように聞いていた。


 大抵の班員たちは、荷車の脇で上機嫌だった。多くは他の傭兵団かどこかで経験のある奴だろう。一方で若い兵達はどこか暗い顔だ。無理もない。


 一度外した箍は、完全にはもとに戻らない。次に木札を渡したとき、班長たちは、今夜のことを思い出すだろう。決まりの「格」は、確実に下がった。


 俺は背を向けて、列の最後尾につく。


 今度は、振り返った。


 使命感とか、せめてもの感傷とか、そんな話ではない。ただ、何となく見ておく気になった。


 村はまだ燃えていた。風に乗って、悲鳴とも泣き声ともつかない声が、遠くから届く。しだいに荷車の軋む音が、それをかき消していった。煙が低い雲に混じって、館のある丘の方へ流れていく。


 荷車は相変わらずの騒がしさで、東へ向かう街道に入っていく。

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