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グランヴェール王国記 ―農民から王への道―  作者: 厨


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第十五話 暴力

 略奪は二十日で終わった。


 行き先は四つの村。いずれもウォルシュ家の館から遠い村だ。正直に言って効率は良くないが、仕方ない。


 最初の一回だけ、監視役という形で俺も班に同行した。自分で作った仕組みだ。一度は自分の目で見ておく責任があるだろう。それに、最初の班は大きめの班を置いたので、その主力の班が不正をしなければそれ自体が以降の班の不正を防ぐ抑止力になるだろう、という算段だ。



----



 村に着いたのは夜明け前で、霜で白くなった畑の向こうに煙突の煙が細く立っている。犬が一匹、こちらに気づいて吠え始めた。


 班は十五人。班長が札を懐から出して、もう一度焼き印を確かめる。


「行くぞ」


 班長の声に呼応して、班員が散っていく。


 戸を蹴り開ける音。桶のひっくり返る音。村の男たちが鍬や熊手を持って出てきたが、槍の穂先を向けられると、すぐに足を止める。誰も向かってこない。抵抗など無駄だと分かっているのだ。


「悪く思うな」


 班員たちは慣れた手つきで寝床の藁を槍で突いて、隠した袋を探す。かまどの灰を掻き出す。床板を剥がして、穴を覗く。壺の蓋を開けては中を確かめ、そのまま放る。割れた壺の中身が、土間に広がる。麦の袋が、家の外へ次々と引きずり出されていく。


「おい!!それは冬越しの麦だぞ!!手を出すな!!」


 その時、若い男が熊手を握りしめて飛び出してきた。血気盛んなことだ。しかし、その無謀な勇気は何の成果ももたらさない。


 あっという間に男は三人がかりで地面に叩き伏せられた。槍の柄で肩を打たれ、脇腹を蹴られ、腕を踏まれる。鈍い音がする。男は声にならない息を吐いて、霜の上で丸くなった。鼻から出た血が、白い地面を黒く染める。


「殺すなよ」


 俺はそれだけ言った。


 班員たちは手を止め、最後に一度だけ腹を蹴ってから離れた。若い男はまだ動いている。


 俺は少し離れた所から、袋の数を数える。麦、六、七、八。あと少し欲しいな。


 ウォルシュ家の支払い期日を過ぎて四日目。遅延四日分の加算と、予算と支出を頭の中で計算してみたが、すぐにやめた。どうせ一週間では済まないし、そもそも払われるかも分からない。



 目の前の光景を気にも止めず、俺がそんな事を考えていると、山羊小屋の前で声が上がった。班員が山羊を一頭、縄で引いている。その縄に小さな男の子がしがみついていた。七か八つくらいだろうか。泣きもせず、歯を食いしばって、縄を引っ張り返している。もちろん、非力な子供では大人に敵うはずもなく、ジリジリと引き摺られている。


 班員はうるさそうに片足で子供を払う。尻もちをついた子供に、母親らしき女が駆けてきた。女は俺を睨むと、子供を抱えて下がっていく。


 山羊が一頭、麦が十袋。十分だ。木札の枠通り。


「引き上げるぞ」


 班が列を作って村を出る。戸口という戸口に人が立っていた。誰も何も言わない。


 俺は振り返らなかった。振り返っても何も変わらない。俺が計画して、指示して、選んで、奪った。それなのに一丁前に申し訳無さを感じられるほど俺の面の皮は厚くない。


 帰りの馬の上では、頭はもう別のことを考えていた。この麦で団が何日食えるか。ハモンドはどう出てくるか。


 村人のことは考えないようにしていた。そして、考えないことができてしまった。それが、妙に喉奥に突っ掛かる後味を残した。



----



 ともあれ、数字の上では成功だった。


 メリッサが帳面を閉じて言う。


「札と控えと持ち込みは、すべて合っています。違反も無かったようです」


 さすがに、ルールを作った直後に、団長の目の前でそれを破る馬鹿がいるなら見てみたい。


 一方、手を出された村人は、あの若い男だけではなかった。腕の骨を折られた者。歯を折られた者。起き上がれなくなった者もいたらしい。


 別に禁止している訳では無い。下手にそんな事をルールに加えてしまえば、ルールの価値を下げるだけだ。


 しかし、怪我人は春まで治らないかもしれない。働き手が減れば、あの村の来年の麦も減る。困窮すれば家畜も減る。次に取れる量も減る。考えれば考えるほど問題が出てくる。


 ……不毛なことはやめよう。それでも、たぶん、規則の無い略奪よりはマシなはずだ。



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 一、二週間経過して、ようやくウォルシュ家から使者が来た。


 森で署名を取っていた、あの痩せた立会人だ。使者は期日を過ぎたことには一言も触れず、家令の厚意、主が不在であること、当家の金庫の事情だとか、回りくどく丁寧な言葉で並べた。そのうえで、こちらを、と書面を差し出した。


 書面は、受け取りの署名と印。ウォルシュ家が契約金の六割を払う旨。そして団は契約に関する一切の請求を放棄する、という内容の完済の証文だった。


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 使者を外に待たせて、俺は一人で天幕に入る。


 書面を机の上に放る。羊皮紙が小さな音を立てて広がった。


 六割、ノーラから聞いていた通りだ。笑えるくらいそのままだ。まったく笑えないが。


 羽根ペンを手に取って、指の間でくるくると回す。


 六割を受ければ、しばらくの団員の給金は払える。だがそれだけだ。儲けは、ほとんど残らない。森で十八日。四回の遠征、あの村の連中に恨まれて、それで手元に残るのがほぼゼロだと?


 班長たちは六割でも金が欲しがるだろう。それは分かる。


 指からペンが滑って、机の上に転がる。インクが飛んで、羊皮紙に黒い点が散る。


 もっとも一番苛立つのはそこじゃない。この証文だ。契約に関する一切の請求を放棄する。印を押した瞬間に、ウォルシュ家は「払い終えた」ことになる。踏み倒した上に、文句を言う権利まで買い取ろうというわけだ。


 ペンを拾って、また回す。さっきより速く。


 向こうは俺たちを軽く見ている。団が何人いようが、所詮は寄せ集めの傭兵だと。略奪することくらいは承知の上だろう。傭兵が食い詰めれば村を襲う。そんなことは、あの家令も知っている。それでも平気な顔をしていられるのは、本気でこちらが事を構える心づもりがない、と見込んでいるからだ。



 領主影響下の村には来ない。商人を強請る感覚でこんな真似をして、本気でそう思っているなら、ずいぶんおめでたい。


 ペンを回す指に、力が入った。


 飢えた犬が窮地でどう出るか、思い知らせてやる。


 深く息を吐く。天幕の外で、使者が寒さに足を踏み替える気配がした。



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 使者には、その場で返事をした。


「お受けできません。契約通りの額を、日割りの加算を含めて、迅速にお支払いください」


 痩せた立会人の顔色が変わった。


「……主にお伝えします」


 使者は何か言いかけて、やめた。深く頭を下げて帰っていった。


 領主の麦倉を抱える村、ダンメア村への襲撃を決定したのは、それからすぐ後のことだった。

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