第十四話 交渉
はっきり言おう。略奪は傭兵の稼ぎの一部だ。
俺も前世の価値観なら眉をひそめるところだろう。けれど、福利厚生の無いこの世界で綺麗事は言っていられない。
これまでの規模であれば、せいぜい団長の命令で、行った先の村から「ご厚意」を頂く程度だった。
しかし団員も三ケタを越えた今、俺の目を末端まで届かせるのは難しい。
それに当事者にとってはとんでもないことだろうが、略奪には「いい」ものと「悪い」ものがある。
火を付ける。殺す。種籾まで持っていく。畑が死ぬ、恨みを買う、下手したら領主が私兵を寄越すかもしれない。
末端の団員でそれを理解しているのは果たして何人いるだろうか。
取ること自体は止められない。厳格に止めようとすれば、俺に見えない形で、かつ一番ひどい形で起きる。なら、止める代わりに俺の手の届く所に置いておくしかない。
合理的に略奪し、管理する。それが、団を預かる者の責任だろう。
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そこで俺は「班割当」というルールを作ることにした。
名前の通りの、単純なルールだ。
俺は小刀を手に取り、薄い木札を一枚、膝の上に載せる。ランプの油が焦げる匂い。外では風が天幕の布を低く鳴らし、遠くの焚き火のあたりから兵たちの笑い声が聞こえる。
団を七つの班に分ける。ここは今ある形のままだ。変えるのは、略奪の権利を班ごとの「枠」にするところ。行き先、日、量。この三つを俺が決めて、班長にそれを示した木札で渡す。班長には字の読めない者もいるから、印は木札に刻み目と焼き印で表す。
刃先で札の縁に浅い切り込みを三つ入れる。削った木屑が、膝の上に白く散る。焼き印は行き先、裏の点は量。何度か指でなぞって確かめる。
羊皮紙を一枚机に広げ、羽根ペンの先をインクに浸し、札の番号、刻み目の数、焼き印の形、一枚ずつ写し取る。控えだ。
取ったものは班ごとに帳場へ出す。受け取るのはバートンとメリッサにした。札の枠と控えの印を突き合わせる。問題無ければ班の取り分になり、班長が班で分配する。
規定期間以外の略奪を行った班、枠を越えた班、禁じ手に触れた班。そのどれかには次の枠を渡さない。班全員の取り分も減らす。班長も同罪だ。要は連帯責任で、俺の目が届かない場所は、班の中の目で埋め合わせるしかない。
禁じ手の三つは、長い話は兵に覚えられないと、ロジャーが言葉を削ってくれた。
「燃やすな。殺すな。種と牛に触るな」
それから、取る相手も決めた。領主の目が届く村と商会の影響力が強い村は避ける。すると残るのは後ろ盾のない遠い村になる。あまり褒められた手順ではないように思えるが、ロジャーはあっさりと「要は、やり返せん奴から取れ、ということだな」と言った。バートンもすんなり賛成した。結局、それがこの世界での常識ということだ。
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翌朝、班長たちを集めて、決定事項を伝える。幸い、大きな反対は無かった。本格的な略奪が常態化する前に手を打っておいてよかった。
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それはさておき、ウォルシュ卿の依頼で森に入ったのはその三日後。
巣は三か所。北の浅い谷に二つ、尾根の岩場に一つ。魔物はボルダーリザードというトカゲ状の魔物で、数頭で群れてはいるものの、ウルフ系やベア系ほどの脅威ではない。
日が沈む前に目玉と牙の数を数え、ウォルシュ家の立会人に確認してもらい、署名を取る。立会人は若い下級の家人の痩せ型の男だ。一つ問題があったとすると、署名が取れなかった日が二日あった。「所用」で来なかったのだと。その二日は俺の判断で討伐を中止した。こういう、貴族との本当に無駄な駆け引きは頭が痛くなる。
森に入って十八日目に最後の巣を潰した。討伐数は十三頭。契約通りだ。
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完了の知らせを持って、メリッサと館へ向かった。
丘の上の館は前に来たときと同じ灰色の石の色をしている。窓の外の麦畑には、薄く雪が積もっている。通された小部屋で小一時間ほど待たされた。毎回恒例だから慣れてしまったが、一億総中流社会出身の俺からしてみては貴族の「威厳」とやらのために時間を浪費する感覚が心底理解できない。
やがてハモンドは、前と同じ愛想のいい笑みで現れた。
「ご苦労様でございました。十三頭、とのこと。立会人からも聞いております」
日ごとの署名を、ハモンドは一枚ずつペラペラとめくる。それから、確かに、と頷いた。
「完了を確認いたしました」
家令の署名と印の入った確認書を、メリッサが写して俺が受け取った。何というか拍子抜けするほど、あっさりだ。
「お支払いは、契約通り四十五日以内にお願いします」
「承知しております」
ハモンドは笑ったまま頷いた。
帰り道、馬の背に揺られながら、メリッサがぽつりと言った。
「何日かかりますかね」
「さあ」
俺は手綱を握り直して、前を向いた。
馬の蹄が凍った轍を砕く。乾いた音が一歩ごとに響いた。空は低い雲に覆われ、丘の下の林は墨を流したように黒い。冷気にあてられ、吐く息が白く後ろへ流れていく。
メリッサはそれ以上何も言わない。鞄の底を押さえた細い手の指が、外套の袖口から白く覗いている。
遠くに団の野営地の煙が見えてきた。細い煙が何本も灰色の空へ立ち上っている。夕飯の煙だ。
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二十日が過ぎた。
メリッサが言うには、期日の十日前に支払いの段取りを確認するのが通例らしい。まだ何も焦る時間ではないが、金庫の金は徐々に減り始めている。
天幕に戻って鍵のかかった箱を開けた。木札は十枚、きれいに並んでいる。今のところは一枚も配っていないが、こいつの初登板も近いかもしれない。
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数日後、館へ行くと門の前で止められた。家令殿は帳場におられます、とだけ言われた。何日も通った末に五日目にようやく会えることになった。
通された小部屋の隅に若い書記が控えている。前のときはいなかったはずだ。
「お支払いの件でございますね。ええ、四十五日、承知しております」
ハモンドはいつもの笑みで椅子に座る。
「しかし、ですね」
「当家は例年、収穫が済んでから、まとめてお支払いしておりまして。それが通例となっております」
「契約書には、四十五日とあるはずですが」
「もちろん拝見しております。契約は契約でございます」
穏やかな言い方だ。しかし、その裏にはこちらへの威圧の確かな意図を感じる。
契約を破る、とは言っていない。あくまでお前らが引け、と。
「近日中に、ウォルシュ卿にお話をさせていただきたい」
「主が戻りましたら、お伝えいたします」
話にならない。お前らの主人は一体何日家を空けているんだ。
「ハモンド殿」
「はい」
「事情があるのは分かります。待てと言われれば、待てる範囲は待ちます。ですが、うちは百人を超える規模の団です。俺は彼らに飯を食わせる責任がある」
「ごもっともで」
「給金を払えない団長など、団の長たりえない。そうでしょう?」
「私は傭兵稼業に詳しい訳ではありませんが、一般的にはそう言えるのかもしれませんな」
「それはそうと、ハモンド殿」
ハモンドは笑みを崩さない。これから言うことは賭けだ。暴言と取られてもおかしくはない。
隣でメリッサが怪訝そうにこちらを窺っている。止めないでくれ。実のところ、俺は目の前のこの男に、かなり苛立っている。
「近頃、御家は領地での"憂慮"が増えていらっしゃるようで……」
「例えば、賊の被害とか」
部屋の隅でペンが走る音が聞こえた。
「……ほう」
ハモンドはゆっくりと言った。
「それは、どういう意味ですかな?団長殿」
「なに、軽い世間話ですよ。」
「承りました。覚えておきましょう」
ハモンドは笑みを戻した。しかし引きつっている。
「ひとつ、お忘れなきよう。この館の中では、当家の決まりがすべてでございます」
「契約の署名は、あなたの名で入っています」
「ええ。ですから、拝見しております。それだけのことで」
俺は立ち上がった。隣で、メリッサが鞄を強く握っているのが分かった。
「きっと後悔しますよ」
ハモンドは、椅子から動かなかった。
「お互いに、でございましょう」
扉が閉まる直前も、背後でペンの音がまだ続いている。
言ってしまった。何も考えていない、感情任せの一言だ。それでも後悔はしてない。それに、きっとしないだろう。




