第17話 欺瞞
戦利品の分配は、日が暮れる前に終わった。
野営地の中央では、大きな焚き火を囲んで、班員たちが騒いでいる。歌が聞こえる。誰かが調子外れの声を張り上げて、笑い声が起きる。昨夜の話は既に武勇伝として語られている。
俺はその輪から少し離れた馬繋ぎの脇で、小さな焚き火の前に座っていた。
膝の上には、麦粥の椀。とっくに冷めている。
今日はいつも通りに動いた。昼過ぎに起きて、メリッサの帳面を確認し、取り分の割り方を決め、ロジャーと見張りの順番を話し、バートンと共に団員の集いに顔を出した。何の問題も無い。
昨夜の収支を、頭の中でもう一度並べる。麦、牛、種籾。軽傷が三人。想定していた損害の半分以下だ。数字だけを見れば、これ以上無いくらいの成功だった。
それなのに、さっきから椀を持つ手が冷たい。
「あら、団長さん。こんな所で一人?」
顔を上げると、ノーラが荷車の縁に手をかけて立っていた。厚手の外套の襟に、白い息がかかっている。フードの隙間からブロンドの長い髪が覗いている。
「ちょうど補給に来たところなんだけど」
「そうか。助かる」
「向こうの焚き火は、えらい騒ぎね」
「景気がいいからな」
「みたいね。聞いたわ」
彼女は話の詳細には言及しなかった。
ノーラは当たり前のように、俺の隣に腰を下ろす。
「麦の値段、また上がりそうよ。冬が長引くって、みんな言ってるの」
それから、ノーラはあれこれと話を始めた。麦の相場。北の街道の関所が、通行料を上げた話。王都の情勢。俺は相槌を打ちながら聞いた。
ちゃんと聞いているように見えただろうか?そうであってほしい。
----
「あの略奪は成功だった」
話が途切れた時、俺の口からそんな言葉が出た。
続きを言おうとして、何を言うつもりなのか、自分でも分からなくなった。
ノーラは何も言わない。しばらくして、焚き火に小枝を一本くべて、世間話のような声で言った。
「団を預かるって、そういうことなんじゃない?」
焚き火が爆ぜる。
「百人を超える団の飯と給金を預かる人が、報酬が払われなかった時に黙っているわけにはいかないでしょ?」
ちらりと彼女の横顔を盗み見ても、この暗さで表情はよく見えない。
「それが団長の仕事。誰かがやらなきゃいけないことを、あなたがやっただけ。それだけの話よ」
「……」
「まあ、きれいな仕事じゃなくても必要な仕事ってあるのよ。商いにも、団にもね」
俺は、黙って椀の中を見ていた。
ノーラが俺の手の甲にそっと手を置く。彼女は寒さに手を震わせていた。いや、震えているのは俺か……?
「煙が、目にしみるわね」
「風向きが悪いのよ、今夜は」
そう言うと彼女は、白い布を差し出してきた。彼女は相変わらず、焚き火の方を向いたままだった。
受け取って、彼女のほうから顔をそらしながら目を軽く拭う。
「……ああ」
声がうまく出なかった。
ノーラは、それ以上は何も言わなかった。
----
どれくらい、そうしていただろう。ノーラが口を開いた。
「商人として言うと……ね」
「損を勘定するとき、自分の分も入れておくものよ。入れ忘れると、あとで、利子をつけて請求が来るの」
「……自分の分?」
「そう。昨夜の損の中に、あなた自身は、入っていた?」
沈黙が落ちる。ノーラは気づくと肩が触れそうなくらい近くに寄って、俺の目を見てきていた。長いまつげに青みがかった目が炎に照らされて瑠璃のように光る。透き通るような瞳の中心で、チロチロと赤い炎の粒子が身をよじる。俺は彼女の目を見つめながら言った。
「………何言ってんだ?」
ノーラは炎のそばでもわかるくらい頬を赤く染めて、俺を軽く小突く。痛い。
「……な、何でもないわ!今晩中に泣いておきなさいってことよ!泣き虫ウィル!」
ノーラはむすんと立ち上がって、大げさに外套の裾を払った。
「……それと!あの家が先に約束を破ったの。あんたは、団長として当然の責務を果たしただけよ。……少なくとも、私はそう思うわ」
「ああ」
「館の方から、東へ早馬が出たそうよ。明日から、また忙しくなるわ」
「……そうか」
「……だから…その、今夜は、ちゃんと食べて、寝ておきなさい」
そう言って振り返らず、ノーラは荷車の方へ歩いていって、闇の中に消えた。
----
焚き火の炎が小さくなっていた。
ノーラの言葉が、頭の中で何度も繰り返される。少し引いてきた頭の痛みが、むしろぶり返してきた。
やむを得なかった。団長として、当然の責務を果たしただけ。
やむを得ず?責務?
……違う。それは違う。
責務を果たしたんじゃない。逆だ。
胃の底が冷たくなっていく。
俺はハモンドに前金を求めなかった。担保も求めなかった。
契約書の細部は、すべて詰めた。頭数の幅。日ごとの署名。完了の確認。四十五日の期日。遅れた場合の日割りの加算。それなのに、前金と担保だけは、最初から話に出さなかった。メリッサは不思議に思わなかっただろうか。思ったかもしれない。聞かれなかっただけだ。
ノーラから聞いていた。ウォルシュ家は期日から二月も三月も待たせ、最終的に六割を持ちかけてくるような交渉を過去にしていた。そういう家だと。
聞いた上で、俺はこの仕事を受けた。ノーラは気づいていたのだろうか。聡明な彼女なら気づいていてもおかしくない。
仮に前金や担保を契約に組み込めば、契約通りの報酬の八割程度は見込めたはずだ。その場合、略奪の正当性を得るのは厳しいだろう。だがそれをしないことで、誘導とは言わずとも、二択の道を作った。ウォルシュ家が契約通りの報酬を払う道。踏み倒す道。後者のツケを払うのは彼らの影響下の村の連中だ。それを考えた上で、道を一つ、残した。いや、あえて塞がなかった。
半分はリスクヘッジのつもりだった。
契約通りに働いた。署名も確認書も、揃っている。契約を履行した者が、未払いを理由に力で取り立てる。傭兵の世界でそれを咎める者はいない。
十数人が死んだことの言い訳が、最初から用意されていた。
ノーラは親切に教えてくれただけだ。それをこんな形で使うとは、彼女は思ってもいなかっただろう。
閂のかかった家から聞こえた、あの咳き込む声。しばらくして、止んだ。あれが頭から離れない。這い出してきた老人の顔。あの村の、霜の上で泣きもせず縄にしがみついていた子供の顔。
人を殺す。殺人。生命活動を停止させる。人生を終わらせる。俺が?
カチカチと歯の奥が音を立てる。
胃がひっくり返った。
立ち上がろうとして、膝が折れた。馬繋ぎの柱にすがって、這うように闇の中へ進む。馬が驚いて鼻を鳴らした。
吐いた。
冷めた粥と、塩の味。胃の中のものが全部出ても、まだ喉の奥が引きつっていた。
手の中には、ノーラがくれた白い布がある。
俺はどうしてもそれで口を拭うこともできないまま、汚れた土を睨んでいた。




