第十二話 スカウト?
先日、俺はノーラに帳簿のできる人を紹介してほしいと頼んだ。
先の事を考えると、俺とは別に数字を扱える人間が必要だ。しかも、俺も多少知識があるとはいえ、別に会計の専門家というわけでもない。そう思って短い手紙を出した。
返事は三日後に届いた。手紙ではなく、ノーラ本人が荷車を引いて野営地に現れたのだ。
荷車の脇には、見慣れない女性が一人立っている。
25、6歳だろうか?ブロンドの髪を後ろできっちりまとめ、地味な灰色の外套の下に、よく手入れされた革の書類鞄を提げている。傭兵の野営地には不似合いな姿なのに、背筋は揺るがず、周囲の視線にも動じない。
「頼まれてた件よ」
ノーラは荷車の縁に腰を預けて言った。
「メリッサと申します」
女性は一歩前に出て、浅く頭を下げた。
「ノーラさんから、帳簿係をお探しと伺いました。団の帳簿と書類の管理をお引き受けしたく、参上いたしました」
芯のある声だ。ハキハキとしゃべる。前世の言葉で言うなら、バリキャリ系です、といったところか。なんだろう。働いていたわけでもないのに苦手意識がある。
「父の店は三年前に潰れました。以来、いくつかの商家で臨時の帳簿仕事をしております。傭兵団の経験はございませんが、数字と書類に、傭兵も商人も違いはないと考えております」
「……立ち話もなんですので、こちらへ」
天幕に通すと、メリッサは座るなり、鞄から一枚の紙を取り出して机に置いた。
「恐れ入りますが、先にこちらをご確認ください。契約条件です」
給金の額と支払日。職務は、帳簿の記録と保管、契約書類の写しの作成、出納の照合。権限は、帳簿と書類の閲覧と、出納の記録まで。金庫の鍵は団長が保持する。出納の承認は団長が行い、記録は書記が行う。
「お金を動かす方と記録する方は別であるべきかと」
「……」
俺は黙って書類に目を通す。事前にここまで用意してきたのか。いかにも商人の娘といった調子で、その他にも細々とした条項がある。
自分で頼んだこととはいえ、給金は固定費が増えることを意味する。今の台所事情で増やすのは、やはり怖い。けれどこのままだと、これからの契約書類も支払いの記録も俺一人で抱えることになる。俺はもう一度サラッと最初から読み直し、ふっと軽く息を吐く。
「お願いします」
「承知いたしました。では、本日より」
メリッサは立ち上がって、もう一度、浅く頭を下げた。
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ランプの芯が三度目に短くなる頃、俺はようやく筆を置いた。メリッサへ色々と引き継ぐために、何枚か書類を作成していた。
机の上には、ほとんど完成した一枚の表。縦に日付を並べ、金が入る日と出ていく日を一日ずつ書き込んだものだ。前世で言うなら、収支の予定表になるのだろう。給金は月末払い。兵糧と飼い葉は十日ごとの買い付け。馬具屋と鍛冶屋の支払いは、ガレスのメモにあった日付のまま。
契約はこの間のハリスの仕事を加えて四件。三週間後に一件、五週間後にもう一件、七週間後にハリスの仕事が切れる。残る一件は春まで続くが、割のいい仕事ではない。
はじめの頃は見落としていたが、仕事を考える上で大切なことがある。報酬が入る予定日と実際に支払われる日は、簡単にズレるということだ。特に貴族なんかが相手の仕事では、向こうが支払いをゴネることはよくある。そうすると支払いがずれ込む。その間も、人間は毎日飯を食うし、馬も毎日飼い葉を食う。
荷物の帳簿を付けていたときなんかよりも、何倍も考えることが多い。頭が痛くなってきた。
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今日もロジャーに連れられて見回りをする。最後の焚き火を離れ、北の柵に向かって歩いているとき、俺は前から聞こうと思っていたことを口にした。
「ロジャーさんは、契約を見るとき、何を見ますか」
「勝てるか」
ロジャーは短く答えた。
「道はどうか。人は何人欠けるか。見るのはそのくらいだ」
「払いは」
「分からん」
即答だった。
「そいつは、俺の見る場所じゃない。お前が見る場所だ」
足音が、凍った土を踏む。しばらくして、ロジャーが前を向いたまま付け足した。
「聞くなら、財布の中身を見るのが商売の奴に聞け。お前には心当たりがあるだろう」
ロジャーはそれ以上何も言わず、柵の向こうの暗闇を一度だけ見てから、天幕の方へ戻っていった。
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朝、口利き屋が野営地に来た。
痩せた中年の男で、名はミルズ。傭兵団と依頼人の間に入って話をまとめる仲介業者をしている。街道沿いの酒場を根城にしているが、仕事の話を持ち込むときは必ず自分の足で来る。机の前に座る前に、天幕の中をさっと見回すと、
「新しい団長殿とは、初めてのお目通りで」
「どうも。ご用件を」
ミルズは愛想よく笑い、外套の内側から三枚の羊皮紙を取り出して机に並べた。
「春までの繋ぎに、ちょうどいいお話を三つ持ってまいりました」
一つ目は隊商の護衛だった。宿場町から山向こうの町まで、荷馬車二十台。日数は三週間。報酬は日当払いで、前金も出る。相場より少し安いが、危険は小さい。
二つ目は、山賊の掃討。街道沿いの廃砦に居座る連中を追い払う仕事で、期間は短く、報酬は相場どおり。
三つ目の羊皮紙を、ミルズは少し間を置いてから前に出した。
「こちらは領主のウォルシュ卿から。領内の森に魔物が巣を作りまして、その掃討です。報酬は三つの中で飛び抜けて高いですが、少々クセのある仕事でして」
「クセ、ですか」
「ウォルシュ卿がね、まあ…言ってしまえば強引な交渉をする方でして」
言葉を選んでいる。口利き屋の仕事は、契約が成ることだ。まとまらなければ、一銭にもならない。
「ウォルシュ卿…どちらの方でしたっけ」
「アシュフォード様の封臣にございます」
アシュフォード。俺の故郷、グレンフォードを含む一帯の領主だ。顔を見たことはないが、村では色々と噂を聞いていた。王家の血を引く方が、王に警戒されてこんな辺境に飛ばされてきたのだ、とか。
「団長殿?」
「いえ。続けてください」
ミルズは三枚の羊皮紙を俺の方へ押し出した。
「お一つ選ぶもよし、お二つ受けるもよし。ただ、ウォルシュ卿のお話は、数日のうちにお返事をいただきたい。他の団にも声をかけておりますので」
「……三日。三日ください」
「承知いたしました」
ミルズが帰ったあと、俺は三枚の羊皮紙を見比べて、ため息をついた。ただでさえ仕事が多いというのに、厄介な案件を持ってきたものだ。
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宿場町の市場は、昼前でも人が多かった。
借りた馬を預けて人の間を抜けていくと、市場の隅の荷車の脇にノーラがいた。帳面を片手に荷を数えている。俺に気づくと、顔を上げた。
「あら、珍しい。団長さんが自分から来るなんて」
「相談があるんだ。数字の相談じゃない」
俺は自分で作った収支の表を、荷車の縁に広げた。ノーラは目を細めて一行ずつ指でなぞっていく。
「……ちゃんと自分で作ったのね」
「ああ」
「ふーん。よくできてるじゃない」
ノーラは小さく頷いて、表を俺に返した。
「メリッサは、どう」
「あれから毎日、帳面の山に埋もれてる。明日には俺より団の財布に詳しくなってそうだ」
「でしょうね。数字が大好きな人だもの。あれは生来のものね」
「それで?聞きたいことは何」
そう、帳簿を見せたのはついでだ。俺は帳簿を鞄へと押し込み本題を切り出す。
「ウォルシュ卿という領主の仕事が来てる」
「ウォルシュ卿ね」
ノーラは荷車の縁に腰を預け、少しだけ考える顔をした。
「払いの調べ方は簡単よ。掛けで物を売ってる商人同士は、客の払いを教え合う。期日を守るか。請求書を見て文句を言うか。あと、何を買ってるか。現金で買ってるなら、手元に金がある。掛けで買ってるなら、ないか、出したくないかのどちらか」
「それで、ウォルシュ卿は」
「遅いらしいわね。期日から二月や三月は平気で待たせるって。でも、潰したって話は聞かない」
「払えるのに、遅らせている、ということか」
「そういう人はねえ、払えないわけじゃないの」
ノーラは声を落とした。
「材木商の話を聞いたわ。支払いを二月も過ぎた頃に、ウォルシュ卿の使いが来た。『6割であれば今すぐ現金で払う』って。その材木商、手元が苦しくて、頷いたそうよ」
「六割……」
そりゃずいぶんとあくどい商売だ。そんな無茶苦茶をして、長期的に見て続くのだろうか。いや、暴力手段を持たない商人に大きく出ているだけだろうか。
「払わなきゃいけない金額のうち、四割は踏み倒したことになる。法に触れる話じゃない。双方が合意した形になってるから」
「聞けてよかった。ありがとう」
「お礼はいいわ」
ノーラはそう言って、少しだけ口元を緩めた。
俺は表を畳んで懐にしまってから、ふと思いついて尋ねる。
「もう一つ、聞いていいか。魔物の素材は売れたりするか?毛皮とか、牙とか」
ノーラは目を瞬いた。
「魔物の? 売り物にはなるわ。ただ、大した価値は付かないわよ?」
「どうして」
「なめす職人が少ないの。魔力の影響だかわからないけど、加工しづらいそうよ。そりゃそうね。あれだけ刃を通さないんですもの。持ち込まれても、普通の獣の皮の半値にもならないわ」
「そうか」
討伐の後始末として、魔物の死体を燃やさなければならない。下手に放置しているとまた魔物が寄ってくるからだ。それになかなか刃を通さないので解体しようもない。毎回の燃料はそこそこの負担なので、もしRPGのように売れればと思ったが…そう上手くはいかないか。
「何を考えてるの?」
「いや。何でもない」
「嘘が下手ね」
ノーラは笑って、帳面に目を戻した。
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その夜、俺は団長天幕にバートンとロジャーを呼んだ。壁際の机ではメリッサが黙って記録を取っている。
机に三枚の羊皮紙と、直した収支の表を並べる。
隊商の護衛は三週間で終わり、前金も入る。つなぎの現金として今の団には一番ありがたい。山賊の掃討は報酬が相場どおりで、人手を取られるわりに旨味が薄い。これはスルーかな。
そして最後に、ウォルシュ卿の魔物掃討。
「本命はこれだ。報酬が大きいし、期間も長い。春まで食いつなげる」
「だが、払いが遅いんだろ」
バートンが腕を組んだ。
「それでも受けるのか」
「支払い能力はあるはずだからな」
俺は羊皮紙の一枚目を指で叩いた。
「まず護衛の仕事を受ける。部隊の一部を派遣して…三週間で戻れば、ウォルシュ卿の仕事の準備には間に合う。護衛の報酬で、ウォルシュ卿の支払いが多少遅れてもなんとかなるだろう」
「つまり、受けるのは二つか」
「ああ」
「ミルズ氏への断りの返書は、角が立たない文面で本日中に起こしておきます」
壁際からメリッサの声がした。
バートンは唸って、ロジャーの方を見た。ロジャーは、さっきから表を眺めたまま、一言も口を挟んでいなかった。
「ロジャーさん」
「決めたなら、従う」
ロジャーは顔を上げた。
「護衛に何人出す」
「三十もいれば十分でしょう。指揮は…バートン。任せていいか」
「分かった」
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二人が出ていったあと、俺は羊皮紙の山の中から、ウォルシュ卿の一枚を引き寄せた。
二人にはウォルシュ卿の仕事を受ける理由を「支払い能力はあるはずから」と言った。つまり、こちらの武力を考えればあちら側も無駄な引き延ばしはしないだろう、という目論見だ。これは半分本音で、半分建前。というのも、雪だるま式に増えていく支出に飲まれて、団の経済状況は想像以上に悪い。「受けざるを得なかった」ということだ。端的に言うと博打。ベットしてるのは金と…俺の命だろうか。
契約書の下書きを新しい頁に書き始める。ハリスに示した条項を土台にするつもりだ。
依頼内容の説明は必ず書面にする。数字には幅を持たせて、その幅も書面に残す。仕事が終わったとみなす条件も、はっきりと決める。曖昧な言葉は後で必ず争いのもとになる。
ペン先が止まる。
インクが乾くのを待ちながら、外の風の音を聞いていた。野営地は静かで遠くで見張りの交代を告げる声がしている。
叶うなら、この泡沫の平穏が一日でも長く続きますように。




