第2章 第98話 五人の分け前
悠斗の家へ着いたのは、日付が変わってしばらくしてからだった。
銀色のセダンを駐車場へ入れ、5人で玄関を抜ける。
つい1時間ほど前まで現金回収の商用バンを狙っていたとは思えないほど、住宅街は静かだった。遠くを走る車の音がたまに聞こえるだけで、悠斗にはその静けさが妙に現実味を持って感じられた。
「腹減った」
靴を脱いだ蓮が真っ先に言った。
「第一声それ?」
ナナが呆れる。
「緊張したら腹減るだろ」
「さっきまで逃げてたのに?」
「だからだよ」
アキラも同意するように頷いた。
「俺もなんか食いたい」
「先に金」
シオンの一言で、2人が揃って黙る。
悠斗は思わず笑いながらリビングへ向かった。
テーブルの上を片づけ、持ち帰ったバッグを中央へ置く。
中から札束を出して並べていくと、さすがに全員の視線が集まった。
「おお……」
蓮が身を乗り出す。
「こうやって見ると結構あるな」
「まだ触らないで」
ナナが言った。
「なんで?」
「数えにくくなるから」
「はい」
妙に素直な返事に、アキラが吹き出した。
◇
5人で何度か数え直した結果、入っていた現金は82,800ドルだった。
「82,800ドル……」
悠斗はテーブルの上に並んだ札束を見る。
決して小さな金額ではない。
数日かけて店の動きを見た。
一度は条件が悪くなって見送った。
逃走に使う車まで探した。
その末に手に入れた金だと思うと、数字以上に重く見えた。
「思ったよりあるな」
蓮が言う。
「イベントの日だったし、何店舗も回ってたからじゃない?」
ナナが答えた。
「これ、全部5人で割る?」
アキラが聞く。
「均等なら1人16,560ドル」
ナナがすぐに答える。
「速っ」
「そのくらい暗算できるでしょ」
「俺は今からやろうとしてた」
「絶対嘘」
蓮が札束を眺めながら口を開いた。
「でも全部持ってくより、プール金にも入れといた方がよくない?」
「俺もそう思う」
シオンが頷いた。
悠斗も同じ考えだった。
5人で動くようになってから、まとまった金が必要になる場面は増えている。
テンペストの整備。
仕事の準備。
燃料。
必要な道具。
何かあった時の修理代。
今後も、そのたびに誰か個人の財布から出していては面倒になる。
「じゃあ1人12,000ドルでどう?」
蓮が言った。
ナナがすぐに計算する。
「5人で60,000ドル。残り22,800ドルをプール金に追加」
「いいんじゃない?」
アキラが頷く。
「俺もそれでいい」
シオンも異論はない。
悠斗は全員の顔を見てから頷いた。
「じゃあ、それで」
「12,000ドルかあ」
アキラが嬉しそうに自分の取り分を見る。
「何買おうかな」
「もう使う前提なんだ」
ナナが呆れた声を出す。
「稼いだんだから使うだろ」
「昨日まで逃走車探してた人とは思えない」
「それとこれは別」
蓮が笑う。
「俺なら車だな」
「お前はまず罰金払った分を思い出せ」
「もう払ったわ!」
悠斗も笑った。
大げさな会議をしたわけではない。
けれど、5人で稼いだ金をどう扱うかも、少しずつ当たり前に決められるようになっている。
「じゃあ、これはプール金の方ね」
ナナが22,800ドル分をまとめる。
「うん」
悠斗が頷いた。
◇
「そういえば、さっきのメモなんだけど」
ナナがバッグから小さく折られた紙を取り出した。
現金と一緒にケースへ入っていた、数字や英字、短い記号が並んだメモだ。
ナナはそれをテーブルの端へ広げる。
「これ、何のメモだと思う?」
アキラが覗き込んだ。
「分からん」
「早い」
「だって見ても分からんし」
蓮も横から紙を見る。
「店の回収順とか?」
「私も最初それかなって思ったんだけど」
ナナは指先で何行かを追う。
「店の名前っぽいものがないんだよね」
「番号で管理してるとか?」
悠斗が聞く。
「それもあるかもしれない」
「金額じゃない?」
アキラが言う。
「それも考えたけど、数字の並び方がよく分からない」
ナナはしばらくメモを眺めた。
悠斗も横から見るが、何かの規則性があるのかすら分からない。
「誰か知ってそうな人いる?」
蓮が聞く。
悠斗は少し考えてから首を振った。
「今はわざわざ聞き回らなくてもいいんじゃない?」
「私もそう思う」
ナナは頷いた。
「ちょっと気になっただけ。何か分かったら言う」
「了解」
アキラはもう興味を失ったように椅子へ背中を預けた。
「じゃあ次、飯の話していい?」
蓮もすぐに反応する。
「それは重要」
「お前ら切り替え早いな」
ナナが笑いながらメモを折り直し、バッグへ戻した。
結局、悠斗の家にはまともに5人分の食事がなかったため、深夜営業の店から料理を頼むことになった。
強盗の反省より先に、何を注文するかでアキラと蓮が揉め始める。
シオンは黙って自分の分だけ決め、ナナは2人の注文が増えすぎないよう止めていた。
悠斗はその様子を見ながら、少しだけ笑った。
◇
翌日の昼。
悠斗、蓮、アキラの3人は銀色のセダンに乗っていた。
目的は昨夜置いてきた2台。
蓮の青いレイザーと、アキラの黒いクーペだ。
ナナとシオンは今日は来ていない。
「あるかな」
助手席の蓮が、さっきから落ち着かない。
「普通にパーキングに置いただけでしょ」
後部座席のアキラが笑った。
「レイザーだぞ?」
「知ってるよ」
「足回りに金かけたばっかなんだぞ?」
「それも知ってる」
「なくなってたらどうしよう」
「お前が普段、人の車見る時の気持ち分かった?」
「それとこれは違う」
悠斗は2人のやり取りを聞きながら工業地帯へ向かう。
薄茶色のセダンを乗り捨てた場所へ寄るつもりはない。
行くのは、そこから離れた有料パーキングだけだ。
入口を曲がった瞬間。
「あった!」
蓮が身を乗り出した。
青いレイザーは、昨夜と同じ場所に止まっている。
少し離れた場所にはアキラの黒いクーペもあった。
「良かったじゃん」
悠斗が言う。
「待て」
蓮の声が急に低くなった。
「何?」
「あれ何?」
レイザーのフロントガラスに白い紙が挟まっている。
3人が車を降りる。
蓮は周囲をちらりと見てから、紙を抜き取った。
数秒。
「……長時間駐車の注意」
アキラが吹き出した。
「何だよ!」
「めちゃくちゃ警戒してたじゃん」
「白い紙挟まってたら警戒するだろ!」
「罰金かと思った?」
「ちょっとだけ」
悠斗も笑いを堪えられなかった。
昨夜は現金回収の車を狙っていた。
今日は駐車場の注意書き1枚で騒いでいる。
その落差が妙におかしかった。
「俺の方は何もないな」
アキラが黒いクーペを確認する。
「なんで俺だけ?」
「停め方悪かったんじゃない?」
「ちゃんと枠入れたわ!」
蓮が反論しながらレイザーの周りを1周する。
目立った傷もない。
タイヤも無事。
そこでようやく、本当に安心したらしい。
「よかった……」
「そんなに?」
「そんなにだよ」
蓮は運転席のドアへ手をかけた。
「じゃあ俺、ちょっと走って帰る」
「飛ばすなよ」
悠斗が言う。
「分かってるって」
「その返事、この前も聞いた」
「今日は止められねえよ」
「宣言することじゃないだろ」
アキラが笑いながら黒いクーペへ乗り込む。
3台の車が順番にパーキングを出た。
◇
昼のレイヴンシティは、昨夜とはまるで違って見えた。
配送トラックや営業車が大通りを行き交い、買い物帰りらしい家族の車が交差点を曲がっていく。隣の車線ではバイクが信号待ちをしており、歩道には昼食へ向かう人たちの姿もあった。
いつも通りの街だった。
悠斗は銀色のセダンを走らせながら、ここ数日のことを思い返した。
店を見た。
回収車を追った。
一度は条件が悪くてやめた。
逃走に使う車を探した。
もう一度待った。
実行して、逃げて、金を分けた。
どれか1つだけなら、これまでにも似た経験はある。
けれど今回は、準備から後始末まで5人で話しながら進めた。
12,000ドルという取り分そのものより、そちらの方が悠斗には少し嬉しかった。
前方を走るレイザーが交差点で右折する。
別方向へ向かう黒いクーペが1度だけライトを点滅させた。
悠斗も軽く手を上げる。
3台はそれぞれ違う道へ分かれていった。
昔の悠斗なら、1人になった瞬間に寂しさを感じていたかもしれない。
今は違う。
今日別れたところで、また誰かから連絡が来る。
飯へ行くかもしれない。
車を見に行くかもしれない。
次の仕事について話すかもしれない。
そういう当たり前が、いつの間にか悠斗の日常になっていた。
銀色のセダンは昼の街を走っていく。
5人で稼いだ82,800ドルは、それぞれの取り分とプール金へ分かれた。
仕事は終わった。
けれど悠斗にとって本当に嬉しかったのは、金よりも、次もまた5人で何かをするのだろうと自然に思えることだった。
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