第2章 第94話 狙える日、狙えない日
翌日。
五人は前日と同じように南部へ散った。
ただし、配置は変えている。
同じ車が毎日同じ場所にいれば、それだけで目につく。悠斗は銀色のセダンで西側を流し、今日はシオンが助手席。ナナはアキラの黒いクーペに乗り、ベッティング店を二か所確認する。蓮は青いレイザーで、前日に白いバンが通った道路を広めに見ることになった。
午後八時過ぎ。
悠斗は古い商店が並ぶ通りの路肩へセダンを寄せた。
「昨日より静かだね」
フロントガラス越しに通りを眺める。
雨上がりの道路へ看板の光が滲み、時折通過する車のタイヤが濡れた路面を鳴らしていた。
「平日だからかも」
シオンが答える。
悠斗はスマートフォンをホルダーへ戻した。
まだ白いバンは現れていない。
通話も静かだ。
そんな時だった。
後ろから短くサイレンが鳴った。
「え?」
ミラーを見る。
一台のパトカーが赤と青のランプを点滅させている。
「……俺?」
「多分」
シオンが言った。
「何もしてないんだけど」
そう言いながら道路脇の標識へ目を向ける。
時間帯によって駐車禁止になる区画だった。
「あ」
逃げる理由はない。
悠斗はハザードを点け、そのまま車内で待った。
運転席側へ警察官が近づいてくる。
窓を下げると、見覚えのある顔が覗き込んだ。
「こんばんは」
「……アリサさん」
「神谷さん」
桐生アリサは一度悠斗を見てから、助手席のシオンへ視線を向けた。
「今日は何してるんですか?」
「えっと……」
一瞬だけ言葉が詰まる。
下見です、とは言えない。
「ドライブです」
「この場所で?」
「少し休憩してました」
嘘ではない。
少なくとも今は何もしていない。
アリサは道路脇の標識を指した。
「ここ、八時から駐車禁止ですよ」
「今気づきました」
「でしょうね」
呆れたように息を吐かれる。
「最近、この辺で違法駐車が増えてるんです。配送車が曲がれないって苦情も来てるので」
「すみません。すぐ動かします」
アリサは悠斗の免許を確認してから、銀色のセダンをちらりと見た。
「今日はちゃんと普通に走ってくださいね」
「今日は、って……」
「この前、一緒にいた人が速度で止められてたでしょう」
蓮のことだ。
「俺は止められてませんよ」
「だから、そのままでお願いします」
「……はい」
アリサは軽く手を振り、パトカーへ戻っていった。
今回は注意だけで済んだ。
悠斗が車を発進させると、シオンが隣で言った。
「顔覚えられてる」
「前からだよ」
「便利?」
「犯罪者側からしたら全然便利じゃない」
シオンが小さく笑った。
珍しい反応に、悠斗もつられて笑う。
通話を繋ぎ直すと、すぐに蓮の声が飛んできた。
『どうした? パトカー見えたけど』
「駐車場所ミスった」
『捕まった?』
「注意だけ」
『俺より軽いじゃん』
「比べるなよ」
『アリサだった?』
「うん」
『じゃあ余計気をつけろよ。顔覚えられてんだから』
「この前止められた人に言われたくない」
ナナとアキラの笑い声が通話に混じった。
◇
その日は、白いバンが前日より一時間近く遅れて現れた。
しかも、昨日とは別の店から回り始めた。
『来た』
ナナの声が変わる。
「どこ?」
『北寄りの店。今出たところ』
「人数は?」
『二人。昨日と同じに見える』
アキラも続ける。
『ケースは二個。昨日より多い』
「車は?」
『同じ白いバン』
悠斗は地図へ印をつけた。
「蓮、そっち行きそう?」
『分からん。昨日のルートなら来るけど、今日もう順番違うし』
「無理に合わせなくていいよ」
『了解』
その後、バンは昨日通らなかった住宅街側へ抜けた。
途中で一度見失い、しばらくして別店舗の近くでシオンが再び見つけた。
だが、その日は前日にはなかったものもいた。
「後ろ、黒いSUV」
シオンが言う。
「どれ?」
「バンの二台後ろ」
悠斗もミラー越しに確認した。
黒い大型SUV。
前日には見ていない。
「関係あるかな」
「分からない」
バンが右折する。
SUVも右折した。
次の交差点でも同じだった。
悠斗はそれ以上近づかず、距離を空ける。
やがて二台は同じベッティング店の裏手へ入っていった。
「関係ありそうだね」
「うん」
悠斗は通話へ声を入れる。
「今日は護衛っぽいSUVがいる」
『マジ?』
アキラの声が返る。
「バンと同じ裏口に入った」
『何人?』
「まだ分からない」
『じゃあ、今日が実行日だったら嫌だったな』
蓮が言う。
「うん」
もし昨日の情報だけで動いていたら、このSUVの存在は知らないままだった。
◇
三日目。
今度はさらに違った。
白いバンが来ない。
午後九時。
十時。
十一時。
店が閉まり始めても、シオンが最初に見つけた車は一度も現れなかった。
『今日休みじゃね?』
蓮が言う。
「店は開いてたよ」
ナナが返す。
『じゃあ回収なし?』
「別の車かも」
アキラの声が入る。
『俺のところ、灰色のバン来たぞ』
「白じゃなく?」
『灰色。二人。ケース持ってる』
全員が少し黙る。
「前と同じ人?」
悠斗が聞く。
『一人は似てる。遠いから確実じゃないけど』
「写真撮れそう?」
『遠くからなら』
「無理しなくていいよ」
『分かってる』
少しして、グループチャットへ画像が届く。
灰色の商用バン。
車種も白いバンとは違う。
その横には男が二人立っていた。
「車替えてるのかな」
ナナが呟く。
「毎日同じじゃないんだ」
悠斗は画面を見つめた。
同じルートでもない。
同じ時間でもない。
護衛が付く日もある。
車まで変わる。
『思ったよりちゃんとしてんな』
蓮の声がした。
「現金運んでるんだから、そりゃそうか」
悠斗は苦笑する。
『じゃあやめる?』
アキラが聞く。
悠斗はすぐには答えなかった。
簡単ではない。
だが、狙えないと決まったわけでもない。
「今日終わったら、一回整理しよう」
『了解』
◇
深夜。
五人は悠斗の家へ戻っていた。
テーブルには三日分の情報が広がっている。
ナナがまとめた店舗一覧。
車が現れた時間。
確認できた人数。
白いバン。
灰色のバン。
黒いSUV。
蓮が見た道路状況。
アキラが店で拾った話。
「店員から聞けたのは、大体こんな感じ」
アキラが言う。
「毎日必ず同じ時間に来るわけじゃないっぽい。忙しい日は回収が増えることもあるらしい」
「時間は?」
ナナが聞く。
「店員も細かい時間までは知らないってさ。少なくとも、何時に絶対来るって感じじゃなかった」
「どうやってそこまで聞いたの?」
「普通に賭けながら話した」
「負けた?」
「……ちょっと」
蓮が笑う。
「情報料じゃん」
「必要経費だ」
「いくら?」
「言わない」
「結構負けてるな」
「うるさい」
悠斗も笑いながら、三日分の情報を見直した。
「決まってないこと、多いね」
「多い」
ナナが頷く。
「でも、今のところ共通してる場所はある」
彼女が地図の一点を指した。
南部と工業地帯の境目。
複数の大きな道路が交わる場所だった。
「白いバンを見た二日は、回収のあとこの辺を通ってる。今日の灰色のバンもここは通った」
「毎回ここってわけじゃないよね?」
悠斗が確認する。
「まだ三日だから、そこまでは言えない。ただ、今のところは三回とも通ってる」
蓮が地図へ身を乗り出した。
「道は多いな」
「その分、人も多い」
悠斗が言う。
「信号もあるし、防犯カメラもありそう」
「正面から無理に止める場所じゃない」
シオンが短く言った。
「うん」
アキラが腕を組む。
「じゃあ結局どうする? やるのか、やめるのか」
悠斗は少し考えた。
「やる日を先に決めるんじゃなくて、やらない条件を決めない?」
「例えば?」
蓮が聞く。
「護衛がいた日」
「それはなしでいいと思う」
ナナがすぐに頷いた。
「人数増えてた時も?」
アキラが聞く。
「俺はやめたい」
悠斗が答える。
シオンが視線を上げた。
「一人増えるだけでも?」
「うん。金額も分からないのに、わざわざ相手が多い日にやる理由ないし」
シオンは少し考えてから頷く。
「分かった」
「途中で車見失ったら?」
蓮が聞く。
「その日は終わりでいいんじゃない?」
ナナが答えた。
「別の車に入れ替わってる可能性もあるし」
「じゃあ警察が近くで大きい対応してたら?」
アキラ。
「それもやめよう」
悠斗が言う。
「逆に警察そっち行ってるならチャンスじゃない?」
「別の事件が終わった瞬間にこっち来られても困る」
「それもそうか」
五人で一つずつ条件を決めていく。
護衛なし。
確認できる相手は二人。
対象車両を途中まで把握できている。
周辺で大きな警察対応がない。
それらが揃った日にだけ、実行を考える。
「ずっと揃わなかったら?」
アキラが聞いた。
「その時は別の仕事探そう」
悠斗が答える。
「宝石店?」
「違う」
「高級車?」
今度は蓮。
「それもまだ」
「じゃあ何だよ」
「その時また考えればいいでしょ」
五人の間に笑いが広がる。
◇
「で、車どうする?」
蓮が話題を変えた。
「テンペスト?」
ナナが聞く。
一瞬、全員が黙った。
蓮が真っ先に首を振る。
「嫌だ」
「即答」
「五千八百入れたばっかりだぞ」
「プール金だけどね」
「金の問題だけじゃない。あれぶつけたくない」
悠斗も同じ気持ちだった。
テンペストはブレーキも足回りも仕上げたばかりだ。
今回の仕事で必要なのは、傷つけても惜しくない車かもしれない。
「別の車用意しよう」
悠斗が言う。
「盗む?」
アキラが聞く。
「それも候補」
蓮の表情が少し楽しそうになる。
「じゃあ次は車探しか」
「壊れても困らないやつね」
「遅いのは嫌だぞ」
「贅沢言わない」
「逃げ切れなかったら意味ないだろ」
「それはそうだけど」
「五人乗る?」
ナナが聞く。
悠斗は少し考えた。
「そこもまだ決めなくていいかも。何人が車に乗るかで必要な車も変わるし」
「じゃあ先に候補見る?」
蓮が身を乗り出す。
「それがいい」
いつの間にか、話題は完全に車へ移っていた。
どんな車なら目立たないか。
どれくらい速さが必要か。
大きすぎる車はどうか。
盗むならどこから持ってくるか。
話し始めると、また決めることが増えていく。
悠斗はそれを聞きながら、少しだけ笑った。
誰かに渡された仕事ではない。
五人で調べて、考えて、やるかどうかまで決めている。
「じゃあ次、車を見ようか」
悠斗が言う。
蓮がすぐに身を乗り出した。
「それは俺に任せろ」
今度は誰も反対しなかった。
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