第2章 第92話 五人で決める仕事
翌日の夜。
悠斗の家のリビングには、いつもの五人が揃っていた。
テーブルの中央には買ってきたピザとフライドチキン。飲み物の横にはナナのタブレットと、アキラが途中で買ってきたらしい小さなメモ帳が置かれている。
「じゃあ始めるか」
アキラがピザを一切れ取りながら言った。
「次の犯罪会議」
「食べながら言うと軽いな」
悠斗も向かいのソファへ座る。
「昨日決めただろ。一人一個、候補持ってくるって」
「持ってきたよ」
ナナが答える。
「俺も」
蓮が続き、シオンも小さく頷いた。
「じゃあ誰から?」
「言い出したアキラからでいいんじゃない?」
悠斗が言うと、アキラは待ってましたと言わんばかりにメモ帳を開いた。
「俺は宝石店」
「却下」
ナナが即答した。
「まだ何も説明してない!」
「聞かなくても大きそう」
「銀行よりは小さいだろ」
「比較対象がおかしいんだよ」
蓮が笑う。
アキラは不満そうにメモ帳を叩いた。
「ちゃんと考えたんだぞ。どうせやるなら、警察と交渉できる仕事の方が経験になるだろ?」
「そこがアキラらしいけど」
悠斗は苦笑した。
「人質取って、警察呼んで、逃走までやるんでしょ?」
「まあ」
「十分でかいよ」
宝石店強盗そのものは、悠斗も前世の配信で何度も見ている。
人質を確保し、警察と条件を交渉し、包囲された状態から逃げる。
いずれ挑戦してみたい。
だが、今の自分たちが次にやる仕事としては、少し背伸びが過ぎる。
「保留かな」
悠斗が言った。
「却下じゃなく?」
「いつかはやってみたい」
「よし」
「何がよしなの」
ナナが呆れた。
「じゃあ次、俺」
蓮がスマートフォンを取り出した。
「高級車を盗む」
「説明がアキラより短い」
「分かりやすいだろ」
画面には北西地区の地図が表示されていた。
「この辺に高級中古車をまとめて置いてる業者がある。昼は普通に営業してるけど、夜は人がかなり減るらしい」
「どこで知ったの?」
ナナが画面を覗き込む。
「レース仲間が前に車見に行ったって」
「警備は?」
「分からん」
「鍵は?」
「分からん」
「盗んだあと売る相手は?」
「……まだ」
アキラが肩を揺らして笑い始めた。
「何も分かってねえじゃん」
「候補持ってこいって話だっただろ! 完成した作戦持ってこいとは言われてない!」
「それはそうだけど」
悠斗も笑う。
「でも盗めても、売れないと意味ないよね」
「最悪俺が乗る」
「それただの車泥棒じゃん」
「高級車が一台増える」
「証拠品が一台増える、じゃなくて?」
ナナに返され、蓮は黙った。
「……売る先が見つかったら候補」
「それならありかな」
続いてナナがタブレットを引き寄せる。
「私は港の倉庫」
画面には港湾地区の外れにある小さな物流施設が映っていた。
「高級時計とかブランド品を扱ってる輸入業者。外から見た感じだと、夜も警備員がいる。監視カメラも何台か確認できた」
「警報は?」
悠斗が聞く。
「そこまでは分からない。でも普通の物流会社なら入ってると思う」
ナナが拡大した写真には、出入口の上に監視カメラが見える。
「中の商品も毎日同じじゃない。高額品が入ってる日を掴めないと、リスクに合わないかも」
「電子ロックとかまであったら面倒だな」
蓮が言った。
「そう。今の五人だと、そういう設備を専門にどうにかできる人もいないし」
悠斗も頷く。
物は魅力的だが、準備の段階で必要なものが多すぎる。
「これも保留だね」
「私もそう思う。情報として置いとけばいい」
ナナは画面を閉じず、そのまま候補一覧へ印をつけた。
「じゃあシオン」
悠斗が言う。
全員の視線が集まった。
シオンは食べていたチキンを飲み込んでから口を開く。
「売上の回収車」
「どこの?」
アキラがすぐ食いついた。
「南部のスポーツベッティング店」
「昨日カジノ行ったから?」
「違う」
シオンはスマートフォンをテーブルへ置く。
画面には白い業務用バンが映っていた。
「昨日の帰りに見た。店からケース運んで、この車に積んでた」
「何人?」
「昨日は二人。運転手と回収する人」
「警備会社?」
ナナが聞く。
「多分、店側の人間」
「武器は?」
「見えなかった」
「毎日同じ時間?」
「分からない」
アキラが眉を上げる。
「分からないこと多いな」
「だから見る」
シオンが淡々と答えた。
悠斗は画面のバンを見る。
外見は普通の商用車だ。
だが現金を運んでいる以上、本当に無防備とは考えにくい。
「これ、見た目より面倒かもね」
「何で?」
蓮が聞く。
「現金なら盗んだあと売る必要はない。その分、狙う奴もいるはずだから」
悠斗は指を折りながら続ける。
「GPSがついてるかもしれないし、回収する時間を毎日変えてるかもしれない。店側からすぐ通報も入る。二人が武装してないとも限らない」
「確かに」
アキラが少し真面目な顔になる。
「でも、その辺が分かれば候補としては悪くないな」
「外から調べられるのも大きい」
ナナが言う。
「数日見れば、同じ店を回ってるのか、時間が固定なのかくらいは分かるかもしれない」
「逃げ道も見られる」
蓮も地図を開いた。
そこでアキラが身を乗り出す。
「じゃあこれでよくない?」
「まだ俺の案言ってない」
悠斗が言うと、アキラが止まった。
「あ」
「忘れてたでしょ」
「忘れてない。最後に取っておいた」
「絶対忘れてた」
ナナが笑う。
「悠斗は?」
「俺は、店じゃなくて売上を一回集める場所」
「集める場所?」
「うん」
悠斗は保存していた地図を開いた。
「飲食店とか小売店って、全部が売上をそのまま銀行へ持っていくわけじゃないでしょ。複数店舗分を一度まとめる事務所とか、中継場所があるなら、そこを狙えないかなって」
ナナが画面を見る。
「場所は分かってるの?」
「まだ候補だけ。だから調べるところから」
「ずいぶん悠斗らしい案だな」
蓮が言った。
「何が?」
「店襲うんじゃなくて、その前後を狙うところ」
アキラも頷く。
「人質も少なくて済みそうだしな」
「その代わり、そもそもそんな場所があるのか分からないけど」
「調べるなら私?」
「お願いできる?」
「いいよ」
ナナはすでに検索用のメモを作り始めていた。
「で、結局どれから見る?」
アキラが聞く。
「宝石店」
「お前のは後」
蓮に即答される。
「何でだよ」
「一番危ないから」
「高級車の方が楽しいだろ」
「今、楽しさで決める話してないから」
ナナが止める。
「でも現金なら使い道考えなくていいぞ」
「だからって安全とは限らないって悠斗が言ったでしょ」
「じゃあ何なら安全なんだよ」
「犯罪に安全求めないでよ」
話が少しずつ逸れていく。
アキラは宝石店を推し、蓮は高級車なら自分が運転すると言い始め、ナナは「売却先がない時点で後」と却下する。
シオンだけは黙って二切れ目のピザを食べていた。
「ちょっと待って」
悠斗が笑いながら手を上げる。
「今日は実行するものを決めるんじゃなくて、まず調べる候補を決めよう」
四人がこちらを見る。
「一番調べやすいのは?」
「回収車」
ナナが即答した。
「街中を走ってるなら、外から見てても不自然じゃない」
「俺もそれ」
蓮が地図を指す。
「道も見られる」
「俺もいいよ」
アキラがようやく宝石店から離れた。
「宝石店は?」
悠斗が聞く。
「なくならないだろ」
「そういう問題?」
「いつかやる」
相変わらず諦めてはいないらしい。
悠斗はシオンを見る。
「シオンもそれでいい?」
「うん」
決まった。
襲うのではない。
まず見る。
何日走るのか。
どの店を回るのか。
時間は同じなのか。
人数は変わるのか。
どこから来て、どこへ帰るのか。
そこまで分かってから、初めて仕事にするか判断する。
「じゃあ役割決めよう」
悠斗が言う。
「私は店舗と回収時間を調べる」
ナナ。
「俺は道路。逃げるならどこ使えるか見る」
蓮。
「俺は店側かな。回収の頻度とか、普通の客として聞けそうなら探ってみる」
アキラ。
「俺は車を見る」
シオン。
自然と四人の役割が決まった。
「悠斗は?」
蓮が聞く。
「みんなの情報まとめる。あと周辺の警察施設と、巡回が多そうな道も確認する」
「じゃあ決まりだな」
蓮が最後に残ったピザへ手を伸ばした。
その直前。
シオンの手が先に箱へ入る。
「あ」
蓮の指が宙で止まった。
シオンは何も言わず、最後の一切れを自分の皿へ移す。
「早っ」
「残ってたから」
「俺も取ろうとしてたんだけど」
「遅かった」
アキラが吹き出し、ナナも笑った。
「犯罪の話してた時より真剣な顔してるよ、蓮」
「最後の一枚だぞ?」
「追加頼む?」
「頼む」
「即答なんだ」
作戦会議というには、ずいぶん締まらない。
それでも悠斗は、こういう時間が好きだった。
誰かから渡された仕事を、そのままこなすだけではない。
五人が別々に考えた案を持ち寄って、駄目なところを指摘して、くだらないことで脱線して、それでも最後には一つの方向へまとまっていく。
「念のためもう一回言っとくけど」
悠斗は笑いが収まったところで口を開いた。
「明日からは下見だけ。チャンスがありそうでも勝手に手を出さない」
「分かってる」
アキラが答える。
「調べて、危なそうならやめる」
「それでいい」
蓮も頷いた。
ナナのタブレットには南部の地図が開かれ、スポーツベッティング店がいくつか印をつけられている。
その横には、シオンが撮った白いバンの写真。
まだ何一つ分かっていない。
だからこそ、まず知るところから始める。
悠斗は地図を自分の方へ少し引き寄せた。
「じゃあ、明日から見てみよう」
五人で選んだ次の仕事。
それが本当に仕事になるかどうかは、まだ誰にも分からなかった。
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