第2章 第90話 話がある
翌日の夜。
悠斗たち五人を乗せた黒いテンペストは、南部から中央地区へ向かう幹線道路を走っていた。
運転席は蓮。
助手席には悠斗。
後部座席にはアキラ、ナナ、シオンが座っている。
「なあ」
赤信号で停まったところで、アキラが少し身を乗り出した。
「結局、何の話だと思う?」
「それ昨日もやったじゃん」
ナナがすぐに返す。
「一晩寝たら新しい予想が出るかもしれないだろ」
「出たの?」
「いや」
「じゃあ聞かないでよ」
蓮が吹き出した。
「俺は次の仕事だと思うけどな」
「それなら最初から仕事って言いそうだけど」
悠斗が答える。
カナメから言われたのは、
『明後日、また5人で来い』
『話がある』
それだけだった。
時間と場所の指定は届いているが、装備も車も何も言われていない。
前の仕事では、集合前から必要な準備について多少の話があった。
今回は、それがない。
「怒られるとか?」
ナナが言う。
「何を?」
「蓮が昨日捕まったこと」
「何でNOXに交通違反で怒られなきゃいけないんだよ」
「でもユウさんには絶対笑われると思う」
蓮の顔がわずかに曇った。
「それは嫌だな」
「じゃあ私が言おうかな」
「やめろ」
後部座席でアキラが笑う。
悠斗は窓の外へ目を向けた。
夜のレイヴンシティは相変わらず落ち着かない。
交差点では宅配バイクが車列の隙間を抜け、大型バスが停留所へ滑り込んでいく。向かい側では、派手な赤いスポーツカーがパトカーのすぐ前を不自然なくらいゆっくり走っていた。
少し先の歩道では、酔った男たちが何かを言い合っている。その横を、買い物袋を下げた女性が何事もないように通り過ぎた。
この街では、一つの事件が起きても全部が止まるわけではない。
警察は警察の仕事をする。
店は営業する。
犯罪者は別の場所で次の仕事を考える。
「着くぞ」
蓮の声で、悠斗は前へ視線を戻した。
◇
NOXが使っている建物の駐車場には、すでに何台か車が停まっていた。
蓮がテンペストを空いている場所へ入れる。
エンジンを切ったところで、隣の黒いセダンから一人の男が降りてきた。
「あ」
蓮が反応する。
「ユウさん」
柴崎ユウだった。
片手には缶コーヒー。
こちらを見るなり、すぐ蓮へ視線を向ける。
「で?」
「何が?」
「足」
「やった」
「早えよ」
蓮が少し得意そうに笑った。
「昨日紹介してもらった店、行ってきました」
「どうだった?」
「かなりいい」
「だろ?」
ユウが満足そうに頷く。
「高速の切り返しとか全然違う」
「それで調子乗って飛ばした?」
蓮が止まった。
ナナが吹き出す。
「何で分かるんですか?」
「こういうやつは大体やる」
「偏見じゃない?」
「で、捕まった?」
「……」
今度はアキラまで笑い出した。
「マジかよ」
ユウは明らかに楽しそうだった。
「足やったその日に?」
「ちょっと試しただけです」
「公道で?」
「……はい」
「馬鹿だなあ」
「紹介した人に言われたくない」
「店紹介しただけで飛ばせとは言ってねえよ」
この前まで銃声の中を一緒に走っていた相手とは思えないほど、会話は普通だった。
ユウは一口コーヒーを飲んでから、テンペストへ目を向ける。
「そっちは無事?」
「はい」
悠斗が答えた。
「傷つけずに戻せました」
「それが一番だな」
ユウはそう言って、建物の入口へ顎を向けた。
「カナメさん、上にいるぞ。もう入っていいと思う」
「ありがとうございます」
「あと蓮」
「何?」
「次捕まったら報告して」
「何で?」
「面白いから」
「絶対しない」
五人は笑いながら建物へ入った。
◇
案内されたのは、以前使った広めの会議室だった。
だが今日は、作戦用の地図も武器のケースも置かれていない。
テーブルの上には端末が一台だけ。
壁際にはカナメ。
その少し離れたところに、真壁リサもいた。
「来たか」
カナメが短く言う。
「座れ」
五人が椅子へ座る。
全員が落ち着いたところで、カナメは口を開いた。
「今日は仕事じゃない」
悠斗は少しだけ姿勢を正した。
「この前の件について話す」
蓮が小さく息を吐く。
「反省会ですか?」
「半分はな」
カナメの視線が五人を順番に通る。
「先に結果から言う。悪くなかった」
誰もすぐには返事をしなかった。
悠斗には少し意外だった。
成功はした。
だが、予定通りではなかった。
後ろの車に食いつかれた。
無線も散らかった。
警察まで来た。
「完璧じゃないぞ」
カナメが続ける。
「最初の切り離しは崩れた。後ろにも抜けられた。対象を追いたくなった場面もあった」
悠斗は黙って聞く。
「でも、勝手に好き放題はしなかった」
顔を上げる。
「指示を聞いた。引けと言われた時は一度引いた。仕事が終わったあとも、余計なことはしなかった」
リサも頷いた。
「最後に予定ルートを外したのも、あの場面なら問題なし。道を守るより追跡を切る方が先だったから」
蓮が少しだけ嬉しそうな顔をする。
「じゃあ、あれ正解だったんですね」
「結果としてはね」
「結果として?」
「次も同じことやれば正解って意味じゃない」
「ああ……」
蓮の表情が戻る。
ナナが小さく笑った。
カナメは端末へ軽く触れた。
「別に、お前らを試すためだけに組ませたわけじゃない」
悠斗は顔を上げる。
「人が必要だった。使えそうだったから声をかけた。それだけだ」
少し間を置く。
「ただ、混ぜた時にどう動くかは見てた」
その言い方の方が、悠斗にはしっくりきた。
「じゃあ」
アキラが聞く。
「今日の話って、その評価ですか?」
「それもある」
カナメは頷く。
「今後も、条件が合えば仕事は振る」
部屋の空気が少し変わった。
蓮も、ナナも、少しだけ真面目な顔になる。
「またこの前みたいに?」
悠斗が聞く。
「そういう時もある」
「もっと大きい仕事も?」
アキラがすぐに乗る。
「内容次第だ」
「報酬も?」
「内容次第だ」
「そこ大事なんで」
「分かってる」
カナメが少しだけ呆れた顔をした。
それから悠斗へ視線を向ける。
「あと、連絡のことだ」
「はい」
「今までも基本、お前に入れてたよな」
「はい」
最初にカナメから電話を受けた時の緊張は、まだ覚えている。
それでも今では、以前ほど構えなくなっていた。
「今後も神谷に連絡すれば、五人に話は回る。それでいいか?」
「俺は大丈夫です」
悠斗は素直に答えた。
カナメは残りの四人を見る。
「お前らも問題ないな?」
「俺はそれでいい」
蓮がすぐに答える。
「私も」
ナナが続く。
「異議なし」
アキラも軽く手を上げる。
シオンは短く、
「問題ない」
と言った。
「分かった」
カナメが頷く。
「じゃあ今まで通り、仕事の連絡は神谷に入れる。受けるかどうかは五人で決めろ。返事だけまとめてくれればいい」
「分かりました」
悠斗はもう一度頷いた。
何か新しい役職を与えられたわけではない。
今まで自然にやっていたことを、そのまま続けるだけだ。
それでも、四人が迷いなく自分でいいと言ったことが、少しだけ胸に残った。
その時、廊下の向こうから大きな声が響いた。
『誰だ、入口の前に車止めたの!』
五人の視線が一斉にドアへ向く。
蓮の顔が少し強張った。
「……俺ら?」
「テンペストはちゃんと枠入れたでしょ」
ナナが言う。
「たぶん違う」
アキラも笑う。
シオンだけは無表情だった。
カナメは気にも留めず話を続けた。
「あと、NOXの名前は勝手に使うな」
空気が少し戻る。
「仕事を回してるだけで、お前らがNOXの人間になったわけじゃない」
「はい」
「それだけ守ればいい」
カナメは端末を閉じた。
「今日は終わり」
「え?」
蓮が思わず声を出す。
「本当に話だけ?」
「何か不満か?」
「いや、もっと何かあるのかと」
「ない」
あまりにもあっさりした返事に、リサが笑った。
「仕事ない日に呼ばれることもあるって覚えときな」
「ギャングってもっと忙しいと思ってた」
「忙しいから、こういう話だけの日もあるの」
蓮は納得したような、していないような顔をした。
◇
建物を出ると、夜風が少し冷たかった。
駐車場ではユウがまだ自分の車のボンネットを開けていた。
「終わった?」
「はい」
悠斗が答える。
「どうだった?」
「また仕事回すって」
「へえ」
ユウは特に驚かなかった。
「じゃあ、また一緒になるかもな」
「そうみたいです」
「その時は捕まらない車で来いよ」
「まだ言う?」
蓮が嫌そうな顔をする。
ユウは笑いながらボンネットを閉じた。
「じゃ、お疲れ」
「お疲れさまです」
五人はテンペストへ戻った。
悠斗は乗り込む直前、NOXの建物を一度だけ振り返った。
ギャングになったわけではない。
NOXの仲間になったわけでもない。
また仕事を任せてもいいと思われた。
今までと同じように、連絡は自分に来る。
それだけだ。
「悠斗」
運転席へ乗り込んだ蓮が窓から顔を出す。
「帰らないの?」
「あ、ごめん」
「置いてくぞ」
「五人で来てるのに?」
「じゃあ無理だな」
悠斗は笑って助手席へ乗り込んだ。
後部座席では、アキラがすでに次の仕事の報酬について勝手な予想を始めている。
「次、6,000くらいいくかな」
「何で増える前提なの」
ナナが即座に返す。
「期待するのは自由だろ」
「期待しすぎて安かった時に文句言わないでよ」
シオンは静かにシートへ背中を預けていた。
エンジンがかかる。
黒いテンペストが駐車場を出た。
赤信号で止まると、蓮がハンドルを指で軽く叩いた。
「なあ」
「何?」
「次の仕事、いつ来ると思う?」
「もう次の話?」
「気になるだろ」
後ろからアキラも身を乗り出す。
「俺は報酬の方が気になる」
「知ってる」
ナナが笑う。
シオンも僅かに口元を緩めた。
信号が青に変わる。
テンペストは再び夜の街へ走り出した。
悠斗は助手席から流れていく街の明かりを眺めた。
次に何を頼まれるのかは、まだ分からない。
それでも、自分の電話が鳴れば、この四人へ声をかける。
そんな役目がいつの間にか当たり前になっていたことを、悠斗は少しだけ嬉しく思った。
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