第2章 第81話 俺たちで考える
翌日の夜、悠斗たち五人は南部の工業地帯にある小さな事務所を訪れていた。
昼間まで降っていた雨は上がっていたが、路面にはまだ水が残っている。街灯を反射した濡れたアスファルトの上を、仕事を終えた大型トラックが低いエンジン音を響かせながら通り過ぎていった。
指定された建物は、倉庫と修理工場に挟まれた二階建ての古い事務所だった。
入口の前には黒い車が二台。
どちらにも目立つ特徴はない。
「相変わらず普通の場所だな」
蓮が小声で言う。
「普通に見える方がいいんじゃない?」
ナナが返した。
「まあ、それはそう」
悠斗は二人の会話を聞きながらドアを開ける。
二階へ上がると、簡素な会議室に早乙女カナメがいた。
長机と椅子。
壁際には棚が一つ。
テーブルの上には数枚の資料が置かれている。
街第2位のギャングの仕事場だと言われなければ、普通の小さな会社の会議室にしか見えない。
「座れ」
カナメが言った。
五人がそれぞれ椅子へ腰を下ろす。
蓮は資料へ目を向け、シオンは部屋へ入った時から出口や窓の位置を確認している。ナナはメモを取れるようスマートフォンを手元へ置き、アキラはカナメの表情を見ていた。
悠斗も正面へ座る。
「昨日言った通り、今回はお前たち五人に一つ任せる」
カナメが資料を一枚、机の中央へ滑らせた。
男の顔写真。
名前。
簡単な経歴。
「オスカー・ベル。小口の仲介をやってる男だ」
「仲介?」
アキラが聞く。
「裏の品や金を、人から人へ繋ぐ仕事だ。特定の組織には属していない」
カナメは淡々と説明した。
「数日前、こいつが仲介した取引で、NOX側へ渡るはずの金が残ってる。12,000ドルだ」
「まだ払ってないんですか?」
悠斗が聞く。
「まだだ」
「逃げた?」
ナナ。
「そこまでは分からない」
カナメは首を横へ振った。
「連絡は取れる。払う意思もあると言っている。ただ、受け渡しが二度延期された」
「それは怪しいな」
蓮が呟く。
「怪しい、で結論を出すな」
カナメがすぐ返す。
「本当に都合が悪かっただけかもしれない。金が足りないのかもしれない。別の事情がある可能性もある」
ナナが小さく頷いた。
分かっていることと、予想。
そこを混ぜない。
「俺たちが、その12,000ドルを受け取ってくればいい?」
悠斗が尋ねる。
「目的はそれだ」
カナメが答えた。
「ベルから12,000ドルを受け取り、指定した場所まで持ってこい」
蓮が少し首を傾げる。
「NOXで回収した方が早くない?」
「早い」
カナメはあっさり認めた。
「額もNOXにとって大きくない。失敗しても組織が困る仕事じゃない」
五人を見る。
「だから、お前たちに任せる」
意味は分かりやすかった。
試されている。
大金でもなければ、大規模な犯罪でもない。
その代わり、今回は自分たちで考えなければならない。
「条件は?」
シオンが短く聞いた。
カナメが僅かに頷く。
「三つある」
一つ目。
関係のない人間を巻き込まない。
二つ目。
こちらから先に暴力を使わない。
三つ目。
金が用意されていなかった場合、その場で勝手に別の取り決めをしない。
「払えないから車を代わりに貰う、とかも駄目?」
アキラが確認する。
「駄目だ」
「明日なら払えるって言われたら?」
「それも持ち帰れ」
「向こうから別の条件を出された場合は?」
「聞くだけ聞け。決めるな」
アキラが頷いた。
話をまとめるのが得意なアキラだからこそ、その場で勝手に話を決めないことも必要になる。
「武器は?」
シオンが聞く。
「持つなとは言わない」
カナメの視線が五人を順番に通った。
「だが、今回は撃ち合う仕事じゃない。危険だと思ったら、金を諦めて帰れ」
「12,000ドル捨てても?」
蓮が聞く。
「お前ら五人より安い」
カナメは迷わず答えた。
一瞬、部屋が静かになる。
声に感情はほとんどない。
それでも判断基準ははっきりしていた。
無理をしてまで回収する金ではない。
「ベルとはどこで会うんですか?」
ナナが聞く。
「それもお前たちで決めろ」
五人の視線がカナメへ集まった。
「連絡先は渡す。ベルには、NOXから別の人間が受け取りに行く可能性があるとだけ伝えてある」
「場所まで俺たちで?」
「そうだ」
今までとは違う。
指定された場所へ行き、決められた位置を守る仕事ではない。
どこで会うか。
誰が話すか。
誰を外へ置くか。
車をどこへ置くか。
そこから自分たちで考える。
「期限は?」
悠斗が聞いた。
「明日の夜まで」
「今日でもいい?」
蓮。
「構わない」
「準備に使える金は?」
ナナ。
「特別な物が必要になる仕事じゃない。必要なら自分たちで考えろ」
カナメは資料を閉じた。
「他に聞くことは?」
悠斗は一度、資料へ目を落とした。
目的。
禁止事項。
期限。
相手について分かっている最低限の情報。
必要なものは揃っている。
「ベルが普段どんな相手か、分かってる範囲だけ教えてください」
「話は通じる。今まで大きな裏切りもない。今回まではな」
「暴力的なトラブル歴は?」
シオン。
「目立つものはない」
「家族とか、関係ない人がいる場所に押しかけるのは?」
アキラ。
「やめろ。条件の一つ目だ」
「ですよね」
カナメが椅子へ背中を預けた。
「途中で判断に迷ったら連絡していい。ただし、何でも聞くな」
「……はい」
「お前たちで考える仕事だ」
悠斗は小さく頷いた。
◇
事務所を出た五人は、そのまま共有車へ戻った。
運転席に蓮。
助手席に悠斗。
後部座席にアキラ、ナナ、シオン。
まだエンジンはかけない。
窓の外では、倉庫から出てきた作業員たちが仕事終わりらしく談笑しながら歩いている。
「さて」
アキラが後ろから少し身を乗り出した。
「どうする?」
「まずベルについて調べたい」
ナナがすぐ答える。
「住所を探すとかじゃなくて、普段どういう場所で人と会ってるのか。表に出てる範囲で」
「今から分かる?」
蓮が聞く。
「全部は無理。でも、よく名前が出る店とか地区とか、噂くらいなら見られるかも」
悠斗が頷く。
「ナナ、それお願いしてもいい?」
「うん」
「会う場所は、人が多すぎるところは嫌だな」
シオンが言った。
「逆に人気がなさすぎるのも嫌」
アキラが続ける。
「何かあった時に逃げにくいし、向こうも警戒する」
悠斗も考える。
人が多すぎれば目立つ。
人気がなさすぎれば、何かあった時に逃げ場がない。
車を止められる場所。
出入り口。
周囲からどう見えるか。
自分たちだけでなく、ベルが警戒せず来られる場所である必要もある。
「一回、場所を決める前にベルへ連絡してみる?」
アキラが言った。
「何て?」
蓮。
「こっちが受け取りに行くって伝えて、向こうがどの辺なら動けるか聞く。全部こっちで決めて押しつけるより、その方が自然だろ」
悠斗は少し考えた。
「それいいと思う」
「俺がかける?」
アキラがスマートフォンを出す。
悠斗は一瞬迷った。
電話は今でも得意ではない。
知らない相手ならなおさらだ。
「最初は俺がかける」
アキラが少しだけ意外そうな顔をした。
「いいの?」
「うん。話がややこしくなったら代わって」
「了解」
ナナが資料からベルの番号を確認し、悠斗へ見せる。
悠斗は番号を入力した。
発信ボタンの上で指が一瞬止まったが、そのまま押した。
呼び出し音が二度鳴る。
三度目へ入る前に相手が出た。
『……誰だ?』
低い男の声だった。
「NOXから受け取りを任された者です。ベルさんで合ってますか?」
『……ああ』
警戒しているのが声だけでも分かる。
『名前は?』
悠斗は一瞬だけ考えた。
「今はNOXから来た人間だと思ってもらえれば」
少し沈黙があった。
『慎重だな』
「お互いに、その方がいいと思うので」
後部座席でアキラが僅かに笑った。
『で、場所は?』
「それを相談したくて連絡しました」
『相談?』
「こっちだけで決めるより、ベルさんが動きやすい場所も聞いておいた方がいいと思ったので」
また少し間が空く。
『……明日は南部で仕事がある。終わるのも遅い』
「何時くらいですか?」
『九時以降なら動ける』
「南部から離れにくいのも、その仕事の都合ですか?」
『そうだ。終わってから遠くまで行くのは避けたい』
「分かりました」
少なくとも理由は通っている。
本当かどうかまでは、まだ分からない。
「じゃあ、南部で場所を探します。決まったらまた連絡します」
『ああ』
通話が切れる。
悠斗はスマートフォンを膝の上へ置いた。
「どう?」
蓮が聞く。
「明日の九時以降。南部希望。理由は仕事が遅くまであるからって」
ナナがすぐにメモする。
「事実は、明日の九時以降を希望。南部希望。本人は仕事の都合って説明した」
「仕事が本当かどうかは別」
シオン。
「うん。そこは分けとく」
アキラが悠斗を見る。
「普通に話せてたじゃん」
「緊張したよ」
「でも代わらなかった」
悠斗は少しだけ考えてから答えた。
「後ろにいるって分かってたから」
アキラが一瞬黙り、それから笑う。
「それでも十分じゃない?」
悠斗も小さく笑った。
誰かに任された仕事を、五人で考える。
まだ場所さえ決まっていない。
それでも、何から始めればいいのかは少しずつ見えてきた。
「じゃあ次」
ナナがスマートフォンを持ち直す。
「南部で条件に合いそうな場所を探そう」
蓮がようやくエンジンをかける。
「今夜は下見?」
「候補が見つかったら」
悠斗が答える。
「まずは探してから」
共有車がゆっくりと駐車場を出る。
今回は、NOXが作った道を走る仕事ではない。
目的地までの道そのものを、自分たちで選ぶところから始まっていた。
お読みいただきありがとうございます。
ブックマークや評価をいただけると励みになります。
よろしくお願いいたします。




