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『引きこもり高校生、犯罪都市でギャングを始める ~友達ゼロだった俺の成り上がり~  作者: 阿鼻恭介
第2章

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第2章 第80話 速さより先に

 翌日の午後、悠斗と蓮は共有車に乗って南部の工業地帯を走っていた。


 空は薄く曇り、古びた倉庫や小さな整備工場が並ぶ通りを大型トラックがゆっくり行き交っている。補修を繰り返した路面はところどころ色が違い、タイヤが継ぎ目を越えるたびに、シートへ小さな振動が伝わった。


 運転しているのは蓮だ。


 悠斗は助手席から何気なく後部座席へ目を向けた。


 銃撃を受けた痕跡は最低限の修理で目立たなくなり、大河の血で汚れた内装もすでに清掃されている。


 それでも、この車に乗ると時々あの夜の光景が蘇った。


「また後ろ見てる」


 蓮が前を向いたまま言った。


「……見てた?」


「この車乗ってから何回目だよ」


 悠斗は少し気まずくなって窓の外を見る。


「昨日、大河も元気だったし、もう大丈夫だろ」


「まだ肩は治ってないけどね」


「しばらく飯食って寝てれば治るって」


「それで治るなら病院いらないよ」


「大河なら半分くらい飯で治りそうじゃん」


 思わず笑ってしまった。


 七人で同じテーブルを囲み、大河がいつも通りくだらないことを言っている姿を見られたことで、悠斗の中に残っていた緊張もかなり薄れている。


 蓮は流れに合わせ、前の車との距離を保ちながら共有車を走らせていた。


「何?」


 横目で気づかれる。


「いや、何でもない」


「絶対何か思っただろ」


「今日は大人しく走ってるなって」


「街中で無駄に飛ばしても仕方ないだろ」


 そう言いながら、蓮は前方の信号が黄色へ変わるのを見ると無理に抜けようとはせず、滑らかに速度を落とした。


 悠斗はそれ以上何も言わなかった。


     ◇


 目的地は、以前共有車を見てもらった南部の整備工場だった。


 表通りから一本奥へ入った場所にあり、外見は古い町工場と大して変わらない。開いたシャッターの向こうには工具棚や作業途中の車が並び、奥から金属を叩く乾いた音が聞こえていた。


 蓮が指定された場所へ車を止める。


 しばらくして、作業着姿の整備士が奥から出てきた。


「また来たのか」


「来ました」


 蓮が嬉しそうに答える。


 整備士は共有車を一瞥してから、悠斗たちを見る。


「フルでやる気になった?」


「今日はその逆」


 悠斗が答えた。


「必要なところだけ頼めるか聞きたくて」


「へえ」


 整備士の視線が蓮へ移る。


「前は全部やりたそうだったけどな」


「今は速くするより、先にやることあるだろ」


 蓮は特に照れる様子もなく答えた。


 整備士が僅かに眉を上げ、共有車へ視線を戻す。


「なら、もう一度見てみるか。前に来た時は撃たれたところと、走行に支障がないかを見るのが先だったからな」


 車がシャッターの奥へ入れられる。


 悠斗と蓮は作業の邪魔にならない位置へ移動した。


 整備士はタイヤ周辺や車体下部を確認しながら、必要な部分だけ簡単に説明していく。


「今すぐ危ないところはない。普通に乗るだけなら、このままでも問題ない」


「ブレーキは?」


 蓮が聞く。


「街乗りなら十分。ただ、急に速度を落とすことが多いなら、もう少し余裕を持たせる意味はある」


「足回りは?」


「こっちも同じだな。今のままでも走れるけど、安定性を重視するなら手を入れる価値はある」


 悠斗は二人の話を聞きながら、分からないことまで理解したふりはしなかった。


「今やるなら、その二つを優先すればいい?」


「ああ。速さが欲しくなったら、その後でエンジンや駆動系を考えればいい」


 整備士が答える。


「じゃあ、それだけならいくら?」


 蓮が尋ねた。


 整備士は作業台に置かれた紙へ数字を書いた。


「今話した範囲なら、5,800ドル前後」


「5,800?」


 悠斗が紙を覗き込む。


「前に22,000って言ってたよね」


「あれはエンジンまで含めて一通り手を入れる場合の金額だ。今回はそこを触らないから安い」


「なるほど」


「実際に作業して、交換が必要なところが追加で見つかったら金額は変わる。その時は先に連絡する」


 蓮が紙を見ながら頷いた。


「俺はやっていいと思う」


 悠斗も金額だけを見れば同じ気持ちだった。


 フルカスタムへ一気に22,000ドルを使うのではなく、今必要な部分だけに金を使う。


 みんなで決めた方針にも合っている。


「でも、一回みんなに話す」


 悠斗が言う。


「うん」


 蓮もすぐに頷いた。


「それでいい」


 整備士は見積もりを書いた紙を悠斗へ渡した。


「急ぎじゃないなら、決めてから持ってこい」


     ◇


 工場を出たあと、蓮はすぐには車を走らせなかった。


 運転席で見積もりを眺め、少し考えている。


「俺は5,800なら使っていいと思う」


「理由は?」


 悠斗が聞いた。


「今のままでも普通には走れる。でも、俺らが使うなら止まりやすくて、安定してる方がいいだろ」


「うん」


「速くするためじゃなくて、ちゃんと帰るための金なら使う意味あると思う」


 蓮は紙を折り、センターコンソールへ置いた。


「そのままみんなに言えばいいと思う」


「俺が説明するの?」


「車のこと一番分かってるの蓮だし」


「ああ、そっか」


 蓮は納得したようにエンジンをかける。


 工場を出てしばらく走ったところで、前方の道路が大きく開いた。


 周囲に車は少ない。


 蓮の右足が僅かに動いた。


 エンジン音が一瞬だけ高くなりかけ、すぐ元へ戻る。


「今、踏もうとした?」


「してない」


「ちょっと音変わったけど」


「気のせい」


「絶対違う」


「レースなら踏む」


「仕事では?」


 蓮は前を見たまま、少しだけ笑った。


「帰れなきゃ意味ないだろ」


 悠斗も小さく笑う。


 それ以上は何も言わなかった。


     ◇


 夕方、悠斗と蓮は他の三人へ整備士の話を共有した。


【必要なところだけなら5,800ドル前後】


 悠斗が送る。


 すぐにナナから返事が来た。


【何を変えるの?】


 今度は蓮が説明する。


【ブレーキと足回り。止まりやすさと安定性優先。エンジンはまだ触らない】


 少ししてアキラから返事が来た。


【それなら俺も賛成。全部やるより今はそっちでいいと思う】


 シオン。


【止まる方と安定性なら賛成】


 ナナ。


【私も。それなら何に使うお金か分かりやすいし】


 悠斗も異論はない。


【じゃあ、その内容でお願いする方向でいい?】


 四人から賛成が返ってきた。


 必要な理由を考える。


 詳しい人間へ相談する。


 金額を確認してから全員で決める。


 少しずつだが、Placeholderなりのやり方が形になり始めていた。


     ◇


 その日の夜。


 悠斗が部屋へ戻り、シャワーを浴びてベッドへ腰掛けた頃、スマートフォンが震えた。


 表示されたのは登録していない番号だった。


 悠斗は画面を一度確認し、そのまま通話へ出る。


「はい」


『神谷悠斗か』


 聞き覚えのある低い声だった。


 早乙女カナメ。


「はい」


『明日の夜、五人で来い。仕事の話がある』


「分かりました」


『場所はあとで送る』


 そこで一度言葉が切れた。


「前と同じ仕事ですか?」


『違う』


 短い答え。


『今度は、お前たちだけで一つ任せる』


 悠斗は僅かに姿勢を正した。


「俺たちだけで?」


『完全に好きにやれって意味じゃない』


 カナメの声は相変わらず淡々としている。


『目的と守る条件はこちらで決める。どう進めるかは、お前たちで考えろ』


 悠斗は黙って聞いた。


 これまでの仕事では、NOXが組んだ流れの中で与えられた役割をこなしていた。


 今回は、そこから一段違う。


『受けるかどうかは、明日内容を聞いてから決めればいい』


「分かりました。みんなにも伝えます」


『それでいい』


 通話が切れた。


 悠斗は少し考えてから、Placeholderのグループチャットを開いた。


【NOXから次の仕事の話】


 最初に反応したのは蓮だった。


【何するの?】


【まだ詳細は明日】


 悠斗は続ける。


【目的と条件はNOXが決める。進め方は俺たちで考えるって】


 しばらくしてナナから返事が来る。


【今までより任される範囲が広いってことかな】


 アキラ。


【指示された場所で動くだけじゃなくて、今度は俺たちでやり方を考えるってことか】


 シオン。


【内容を聞いてから】


 その短い返事を見て、悠斗も頷いた。


 NOXからの話だからという理由だけで受けない。


 内容を聞いてから五人で決める。


【明日、聞いてから決めよう】


 悠斗が送ると、四人から順番に反応が返ってきた。


 スマートフォンを伏せ、悠斗はベッドへ背中を預ける。


 これまでは、誰かが作った仕事の中で自分たちの役割を果たしてきた。


 次は、与えられた条件の中で自分たちなりの答えを出さなければならない。


 それが楽しみなのか、怖いのか。


 今の悠斗には、まだ少しだけ両方だった。

お読みいただきありがとうございます。

ブックマークや評価をいただけると励みになります。


そして本日はここまで明日も5話投稿します。

よろしくお願いいたします。

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