第2章 第77話 五人で決める
翌日の昼過ぎ、悠斗たち五人は南部のファミリーレストランに集まっていた。
昼食時の混雑が落ち着き始めた時間で、店内にはまだ半分ほど客が残っている。窓際では子供連れの家族が遅めの昼食を取り、少し離れたカウンターには作業着姿の男が一人で座っていた。
犯罪者が集まるような店ではない。
だからこそ、普通に食事をしている限り目立ちにくかった。
六人掛けの席に、悠斗、蓮、アキラ、ナナ、シオンが向かい合って座っている。
「で、昨日の話だけど」
悠斗が声を少し落とす。
ナナが周囲を一度確認してから、グラスへ手を伸ばした。
「何回も同じところと仕事してたら、向こう側の人間だと思われるかもしれないって話だよね」
「ああ」
固有名詞は出さない。
今いる場所でわざわざNOXやEMBERの名前を口にする必要はなかった。
「加入前とか、傘下とか?」
アキラも声量を抑えて聞く。
「そう見られる可能性があるって」
蓮がポテトを一本つまんだ。
「でもさ、それって実際そうじゃない?」
「何が?」
「俺らだって、知らない半グレが何回も同じギャングと動いてたら、そっち寄りだと思うだろ」
「私は思うかな」
ナナが答える。
「少なくとも、何も関係ないとは思わない」
悠斗も同じだった。
外から見れば、細かい事情までは分からない。
正式に所属しているのか。
一時的な仕事相手なのか。
ただの知り合いなのか。
分からなければ、人は見えたものから勝手に判断する。
「俺は次も行きたいけどな」
蓮が言った。
「運転だけでも見る価値あるし」
「俺も、行くこと自体には反対じゃない」
アキラが続ける。
「でも、向こうから来た仕事だからって全部受けるのは違うと思う」
「そこは私も同じ」
ナナが頷く。
「噂が広がるのも嫌だけど、それ以上に、自分たちで選べなくなる方が嫌」
蓮が少し眉を寄せた。
「別に選べなくなるわけじゃないだろ」
「最初はね」
ナナがストローを指先で回す。
「でも毎回断らず受けてたら、そのうち『呼べば来る奴ら』って扱いにならない?」
「……それは嫌だな」
「でしょ」
アキラが蓮を見る。
「俺は他の相手との仕事までやりづらくなる方が困る。せっかく今は、どこにも所属してないから動けるんだし」
蓮はまだ少し納得していない顔だった。
「でも学べる時に学んだ方がよくない?」
「それはそう」
悠斗が答えた。
「だから、行かないって決めるんじゃなくて……毎回ちゃんと考えるのがいいと思う」
そこで、それまで黙って食事をしていたシオンが口を開いた。
「内容を聞いてから決めればいい」
四人の視線が集まる。
「相手が誰かじゃなくて、仕事で決める」
短い言葉だった。
けれど、それが一番分かりやすかった。
呼ばれたから行く。
大きい組織だから従う。
そうするのではなく、自分たちで必要だと思えば受ける。
違うと思えば断る。
「それでよくない?」
アキラが言う。
「俺は賛成」
「私も」
ナナも頷いた。
蓮はポテトを食べながら少し考え、
「……まあ、それなら」
と折れた。
シオンはそれ以上何も言わなかった。
「じゃあ、そうしよう」
悠斗が言う。
「毎回内容を聞いて、五人で決める」
「その場で返事求められたら?」
蓮がすぐ聞く。
「確認してから返しますって言う」
「相手があのボスでも?」
アキラが僅かに笑う。
悠斗は一瞬だけ言葉を止めた。
「……言うよ」
「その間がもう答えだろ」
「仕方ないだろ。緊張するんだから」
ナナが小さく笑った。
「でも、それでいいと思う。全員に関係するなら、悠斗一人で決めることじゃないし」
悠斗もそう思う。
自分は代表として話をすることが増えている。
外から見れば中心人物に見えることもある。
それでも、今のPlaceholderに正式なリーダーはいない。
五人の進む方向を一人で決める理由もなかった。
「あと一つ」
ナナが言った。
少し離れた席へ視線を向けてから、さらに声を落とす。
「一緒に仕事したことも、こっちから余計に話さない方がいいと思う」
「まあ、それはそうだろ」
アキラが答える。
「仕事内容も、人も、車も。聞かれても必要以上には言わない」
悠斗が頷く。
「向こうの情報でもあるしね」
「そういうこと」
ナナは満足そうに頷いた。
「噂の原因を自分たちで増やす必要ないから」
ひとまず話がまとまった。
蓮が残っていたポテトを口へ放り込む。
「じゃあ真面目な話終わり?」
「何、まだあるの?」
ナナが嫌そうな顔をする。
「共有車」
「ああ……」
悠斗にも何の話かすぐ分かった。
銃撃を受けた共有車は、必要最低限の修理を終えている。
今は普通に走れる状態だ。
一方で、地下の整備士から提示された本格的なフルカスタムは22,000ドル。
蓮が欲しがっているニトロまで追加すれば、合計30,000ドルになる。
「先に言っとくけど」
蓮は両手を軽く上げた。
「ニトロは後でもいい」
ナナが目を丸くする。
「え、どうしたの?」
「どうしたって何だよ」
「熱でもある?」
「失礼だな」
蓮は少し不満そうにしながら続けた。
「この前、あっちの運転見て思ったんだよ。速いだけじゃ駄目だって」
悠斗は黙って聞く。
「だから、もし金使うなら、まずブレーキとか足とか、逃げる車として必要なところからやりたい。ニトロは余裕あったらでいい」
「ちゃんと学んでる」
アキラが感心したように言う。
「俺だって成長するんだよ」
シオンが一言だけ付け加えた。
「壊れにくい方がいい」
「それもだな」
蓮は素直に頷いた。
以前なら、もっと速くしたいという気持ちが先に来ていた。
今は、速さ以外の部分も見始めている。
それでも問題は金だった。
「共有車だから、やるならプール金からだよね」
ナナが言う。
「うん」
悠斗も頷く。
「個人の車じゃないし」
アキラが腕を組む。
「でも今のプール金だけで30,000出せるわけじゃないだろ」
「だから、その話もしないと」
あの大仕事では、必要な経費を引いたあとに80,000ドルの利益が出た。
ただし、それはそのまま全額が共有資金になったわけではない。
参加者への分配もある。
今後必要になる費用もある。
誰かが怪我をした時の治療費。
車両や機材。
仕事の準備。
協力者へ払う金。
何が必要になるかは分からない。
「30,000ドルって数字だけ見たら出せそうな気がするけど」
ナナが言う。
「その80,000全部を車に使えるわけじゃないしね」
「分かってる」
蓮が少し残念そうに答える。
「だから全部やれとは言わない」
悠斗は少し驚いた。
以前なら、蓮が真っ先に「今やろう」と言っていただろう。
「じゃあ、一回整理しない?」
悠斗が言う。
「何に金を残すか。車にいくらまで使うか」
「それがいいと思う」
ナナも同意する。
アキラが苦笑した。
「俺ら、金持った途端に悩みが増えてない?」
「なかった時は悩むほど使えなかったからな」
蓮が言う。
それはその通りだった。
少し前まで、数百ドル単位の金で相談していた。
今は数万ドルの使い道を考えている。
金が増えれば自由になると思っていた。
実際には、選べることが増えた分だけ、考えることも増えている。
「前に相談した人いるじゃん」
ナナが言った。
「玲奈さん」
悠斗が顔を上げる。
「白石さん?」
「うん。犯罪のこととか具体的な金額は言えないけど、収入が増えた時に、使う分と残す分をどう考えるかくらいなら聞けるんじゃない?」
「一般的な話として?」
「そう」
それなら問題は少ない。
玲奈はPlaceholderの犯罪に関わっているわけではないし、詳しい事情も知らない。
だから具体的な金額や収入源を話すべきではない。
ただ、金を管理する考え方なら教えてもらえるかもしれない。
「連絡するなら悠斗じゃない?」
アキラが言った。
「俺?」
「白石さんの連絡先持ってるだろ」
「持ってるけど」
「じゃあ頼んだ」
「決めるの早くない?」
蓮が笑う。
「電話じゃなくてメッセージでいいだろ」
「それなら……まあ」
悠斗はスマートフォンへ視線を落とした。
自分から誰かに連絡を取ることに、今でも緊張がなくなったわけではない。
それでも、必要ならやる。
「あとで聞いてみる」
悠斗が答える。
アキラがにやりとする。
「昔ならここで固まってたのにな」
「うるさい」
「否定しないんだ」
「……否定できないから」
蓮とナナが笑う。
シオンもほんの僅かに口元を緩めていた。
NOXとの付き合い方。
共有車に使う金。
プール金をどこまで残すのか。
分からないことは、知っている人に聞く。
一つずつ話し合っていくと、自分たちだけでは決められないことが意外なほど多い。
けれど、それを嫌だとは思わなかった。
以前の悠斗には、そもそも相談する相手がいなかった。
今は目の前に四人いる。
店の窓から差し込む午後の日差しが、少しずつ傾き始めていた。
悠斗はスマートフォンを手に取り、白石玲奈の連絡先を開く。
短く文章を考え、入力を始めた。
人に頼ることも、五人で決めることも、少しずつ当たり前になってきていた。
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