第2章 第74話 仕事が終わった後
建物へ戻ってから十分ほど経っても、NOXの人間たちはまだ動き続けていた。
回収した荷物は奥の部屋へ運ばれ、使われた無線機は一つずつ確認されている。現場から戻った車もそのまま放置されず、別の人間が傷や異常の有無を見ていた。
悠斗たち五人は、壁際に並んだ椅子へ座って待っている。
「帰っていいって言われないな」
蓮が声を落として言った。
「まだ終わってないんじゃない?」
ナナは周囲を見ながら答える。
「荷物は回収したんだろ?」
「回収した後も仕事なんでしょ、多分」
アキラが言う。
悠斗も同じことを考えていた。
荷物の確認。
使った車両。
無線。
現場で起きたこと。
それぞれを別の人間が処理している。
自分たちなら、まず無事に帰れたことへ安心して、その後で金や飯の話を始めていたかもしれない。
NOXは違った。
成功した後に何をするかまで、最初から仕事の中に含まれているように見える。
「Placeholder」
声をかけられ、五人が顔を上げた。
カナメだった。
「来い」
案内されたのは、仕事前に説明を受けた部屋だった。
机の上から地図や車の鍵は片付けられている。
代わりに、一枚の紙が置かれていた。
「座れ」
五人が椅子へ腰を下ろす。
カナメは向かい側に立ったまま、紙へ一度目を落とした。
「まず、回収は成功した」
蓮の表情が少しだけ緩む。
「荷物は全部ある。負傷者なし。警察との接触もなし」
悠斗はそこで、今回の結果を初めて一通り知った。
黒いセダンが回収地点近くへ止まった後、NOXは正面から入る予定を変えた。
別方向の安全を確認してから回収班を動かし、さらに悠斗たちがパトカーを報告した時は、一度作業そのものを止めていた。
「パトカーが通過したって報告が入ってから再開した」
カナメが言う。
ナナが少しだけ目を見開く。
「じゃあ、あの報告……」
「役には立ってる」
短い返事だった。
ナナの口元がわずかに緩む。
悠斗も胸の奥が少し軽くなった。
自分たちは荷物へ一度も触っていない。
けれど、仕事の外側にいたわけではない。
「黒いセダンは?」
アキラが聞く。
「まだ分からん」
カナメは迷わず答えた。
「別件でそこにいただけかもしれないし、こっちを見てた可能性もある」
「結局、正体は分からないままなんですね」
「ああ」
「それでも予定は変えた」
「分からない要素が増えたからな」
それだけだった。
分からないものを、都合よく安全だとは決めない。
悠斗はその考え方をもう一度頭に入れた。
◇
「次、お前らの動き」
カナメが紙を机へ置いた。
五人の空気が少し引き締まる。
「大きなミスはない」
蓮が小さく息を吐いた。
「監視と報告も問題なかった。久我は指示が出るまで車を動かしてない。御影は最初に車とパトカーを拾った。雨宮も事実と推測を混ぜなかった」
名前を挙げられた三人が、それぞれ短く頷く。
「水城も余計な接触を作らなかった。今回はそれでいい」
「はい」
アキラが珍しく素直に返事をする。
カナメの視線が悠斗へ向いた。
「神谷。無線も問題ない」
「ありがとうございます」
悠斗は一度答えたあと、少し迷った。
聞くかどうか。
ほんの数秒前までなら、黙っていたかもしれない。
それでも、今は聞いた方がいいと思った。
「あの」
「何だ」
「一つ聞いてもいいですか」
「言え」
悠斗は黒いセダンが去った時のことを思い出す。
「俺、あの車を追った方がいいんじゃないかって少し迷いました」
カナメは何も言わず続きを待つ。
「パトカーが来た時も、離れた方がいいのかって一瞬考えて……でも指示がなかったから、そのまま残りました」
「それでいい」
返事は早かった。
悠斗は少し拍子抜けする。
「考えるなってことですか?」
「違う」
カナメは首を横へ振った。
「考えろ。ただ、判断する人間を決めてる時は任せろ」
悠斗は黙って聞く。
「お前らだけで動く時は、自分たちで決めればいい。今日はNOXの仕事だ。全体を見てる人間が別にいる」
「はい」
「全部自分で決めようとするな。人数が増えたら無理になる」
その言葉だけが、妙に強く残った。
悠斗はこれまで、自分が最後に決める場面が増えてきた。
仲間も自然とこちらを見る。
けれど、人数が増えれば自分一人ですべてを見ることはできない。
ナナに情報を任せる。
蓮に運転を任せる。
シオンに警戒を任せる。
それと同じように、自分より広く状況を見ている人間へ判断を任せる場面もある。
「……分かりました」
悠斗が答える。
カナメは軽く頷いた。
◇
「これで終わり?」
蓮が聞く。
「今日の仕事はな」
カナメが机の端に小さな封筒を五つ置いた。
「報酬」
五人の視線が自然と集まる。
「あるんだ」
アキラが素直に言った。
「無料で使われると思ったか?」
「ちょっとだけ」
「うちは仕事に参加させた人間には払う」
一人500ドル。
五人で2,500ドル。
数日前に手にした金額と比べれば大きくはない。
それでも、悠斗には今回の500ドルが違うものに感じられた。
自分たちで見つけた犯罪ではない。
第2位のギャングに呼ばれ、その一部を任されて得た金だ。
「これ、どうする?」
蓮が封筒を手に取りながら悠斗を見る。
「今決める?」
「いや、帰ってから五人で話そう」
悠斗は答えた。
カナメはそのやり取りを一瞬だけ見たが、口を挟まなかった。
五人が立ち上がろうとした時だった。
「三日後、空けとけ」
カナメの声が止める。
悠斗が振り返る。
「また仕事ですか?」
「玲司がもう一回見たいらしい」
蓮が笑う。
「合格?」
「勝手に決めるな」
「じゃあ追試?」
「それも違う」
カナメがわずかに眉を寄せる。
「次は今日より中に入れる」
その一言で、五人の表情が変わった。
「今度は監視だけじゃなく?」
悠斗が聞く。
「そこまではまだ決めてない」
期待した直後に切られる。
アキラが小さく笑った。
「上げて落とすなあ」
「お前らが勝手に上がっただけだ」
カナメはそう言うと、もう話は終わりだというように別の書類へ目を落とした。
◇
建物を出ると、夜風が思っていたより冷たかった。
蓮が両腕を伸ばす。
「いやー、緊張した」
「現場より今の方が緊張してなかった?」
ナナが言う。
「だって全部聞かれるじゃん」
「別に怒られてないだろ」
アキラが笑う。
「まだな」
シオンが淡々と言った。
「怖いこと言うなよ」
蓮が振り返る。
五人で駐車場を歩きながら、いつもの調子に戻っていく。
悠斗は少し後ろを歩き、その声を聞いていた。
今日任されたのは外周の監視だった。
派手な仕事ではない。
それでも、自分たちの報告で回収班が止まり、動き、無事に荷物を持ち帰った。
そして三日後には、今日より少しだけ仕事の中心へ近づく。
「悠斗」
前を歩いていたナナが振り返る。
「何ぼーっとしてんの?」
「いや」
悠斗は少し笑って、四人の方へ歩幅を速めた。
「次、何やらされるんだろうって」
「絶対今日より危ないだろ」
蓮が楽しそうに言う。
「楽しそうに言うなよ」
アキラが呆れる。
悠斗は一度だけ建物の方を振り返った。
三日前なら、NOXのボスと話すだけで精一杯だった。
今日は、その組織の仕事の一部を任された。
三日後は、もう少し近い場所で働くことになる。
そう考えると、不安より先に胸の奥が少しだけ熱くなった。
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