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『引きこもり高校生、犯罪都市でギャングを始める ~友達ゼロだった俺の成り上がり~  作者: 阿鼻恭介
第2章

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第2章 第73話 持ち場を守る

 NOXから渡された車は、濃紺の四ドアセダンだった。


 新しくもなければ、高級車でもない。街中へ紛れれば、わざわざ振り返る人間はいないだろう。


 蓮は運転席へ座ると、少しだけ残念そうにハンドルへ触れた。


「普通だな」


「仕事用なら普通でいいんだろ」


 助手席の悠斗が返す。


「分かってるけどさ。第2位の車って聞いたら、ちょっと期待するじゃん」


「誰も第2位の車とは言ってないだろ」


 後部座席からアキラが突っ込む。


 シオンは無言で外を確認し、ナナはNOXから渡された簡単な情報メモへ目を通していた。


 共有車ではない。


 無線もNOXのもの。


 乗っている五人は同じなのに、いつもの仕事とは空気が違った。


 十分ほど走ると、周囲の景色が倉庫と工場ばかりに変わっていく。


 夜でも物流車両は完全には途絶えておらず、離れた大通りを大型トラックが低いエンジン音を響かせて走っている。


 悠斗たちが指定されたのは、回収地点から少し離れた交差点付近だった。


 現場そのものは見えない。


 そこへ繋がる道路の一つを監視する。


 それが五人の役目だった。


 蓮が路肩へ寄せ、すぐ動けるようエンジンをかけたままハンドルへ手を置く。


 悠斗は無線を確認した。


「こちらPlaceholder。配置につきました」


『了解』


 カナメの声が返る。


『予定通り監視。変化がなくても定時報告』


「了解」


 通信が切れた。


 悠斗は道路へ視線を向けた。


 乗用車が一台。


 少しして配送トラック。


 遠くをバイクが横切る。


 今のところ、それだけだった。


     ◇


「こちらPlaceholder。異常ありません」


『了解』


 報告を終えると、また車内へ静けさが戻った。


「……暇だな」


 蓮が小さく言う。


「暇な方がいいでしょ」


 ナナが返す。


「分かってる」


「なら我慢」


「厳しくない?」


「今仕事中」


 アキラが小さく笑った。


 シオンだけは窓の外から視線を外さない。


 悠斗も集中を切らさないよう前を見る。


 何も起きない時間は、想像していたより長く感じた。


 生前に見ていた配信では、こういう場面はほとんど残らない。


 銃撃。


 逃走。


 交渉。


 そういう目立つところだけが切り抜かれる。


 実際にその中へ入ってみれば、事件が起きるまで何十分も待つこともある。


 それも仕事なのだろう。


「車」


 シオンが短く言った。


 車内の空気が変わる。


 道路の向こうから、黒いセダンが近づいてきた。


 速度は普通。


 不自然な蛇行もない。


 黒いセダンというだけなら珍しくもない。


 ナナがメモへ視線を落とす。


「事前情報に同じ車種はない」


「分かるのは?」


 悠斗が聞く。


「今はそれだけ」


 悠斗は無線のボタンを押した。


「こちらPlaceholder。黒いセダン一台が担当道路へ入ってきました。速度は通常。不審な動きは確認できません」


『了解。継続監視』


 黒いセダンが近づく。


 悠斗たちの車の横を通過する直前、わずかに速度が落ちた。


 ほんの一瞬だった。


 助手席側に誰かの顔が見えた気がした。


 こちらを見たのか。


 ただ交差点を確認しただけなのか。


 判断できない。


 シオンの視線が動く。


「今、減速した」


「うん」


 黒いセダンはそのまま通過した。


「乗員は二人に見えた」


 ナナが言う。


 悠斗は続けて報告する。


「対象車両、こちらの横を通過。直前に一度減速。乗員は確認できた範囲で二名。回収地点方向へ進んでいます」


『了解』


 それだけだった。


 追えとも止めろとも言われない。


 蓮がルームミラーを見る。


「まだ追える」


 悠斗もミラー越しに遠ざかるテールランプを確認した。


「持ち場が空く」


 蓮は一瞬黙り、


「分かった」


 と前へ向き直った。


 シオンも何も言わなかった。


 けれど悠斗自身も落ち着かなかった。


 もし今の車が荷物を狙っている連中だったら。


 追った方がいいのではないか。


 そんな考えが何度も浮かぶ。


 それでも指示はない。


 今の仕事は追跡ではない。


 監視だ。


     ◇


 数分後、無線に別の声が入った。


『黒いセダン、回収地点近くで停止。乗員二。降車確認なし』


 NOX側の報告。


 悠斗たちは黙って聞く。


 カナメの声が続く。


『回収班は待機。裏手へ切り替える』


『了解』


 予定が変わった。


 黒いセダンが敵だと分かったわけではない。


 なのにNOXは、そのまま進めなかった。


 アキラが小さく息を吐く。


「変えるの早いな」


「まだ敵かどうか分かってないのに」


 ナナが言う。


「分からないから変えるんじゃない?」


 悠斗が返した。


 その時だった。


 交差点の向こうに白と黒の車体が見えた。


「警察」


 シオンが言う。


 一台のパトカーがゆっくり近づいてくる。


 サイレンは鳴っていない。


 普通の巡回かもしれない。


 それでも、五人とも身体が固くなった。


 蓮が無意識にハンドルを握り直す。


 悠斗は無線へ手を伸ばした。


「こちらPlaceholder。担当道路へパトカー一台。サイレンなし。通常走行に見えます」


『了解。そのまま』


 そのまま。


 短い指示だった。


 パトカーが近づく。


 逃げれば不自然だ。


 残れば目の前を通る。


 悠斗の心臓が少し速くなる。


 車内では誰も余計なことを言わない。


 パトカーは速度を変えず、そのまま交差点を抜けていった。


 こちらへ興味を示した様子はない。


 テールランプが遠ざかってから、蓮が小さく息を吐く。


「今のは怖い」


「うん」


 悠斗も同意した。


 逃げたくなる状況でも、勝手に逃げれば逆に目立つ。


 それも判断なのだ。


 さらに数分が過ぎた。


 無線。


『回収完了』


 悠斗は思わず目を瞬いた。


 銃声はなかった。


 怒鳴り声も聞こえていない。


 目の前で大きな動きがあったわけでもない。


 それでも、NOX側の仕事は終わったらしい。


『Placeholder、そのまま二分監視。異常なければ離脱』


「了解」


 悠斗は道路へ視線を戻した。


 二分間。


 新しい車両なし。


 警察も戻ってこない。


 黒いセダンの姿もない。


「こちらPlaceholder。追加の変化ありません」


『離脱。戻れ』


「了解」


 蓮が車を動かす。


 悠斗たちは一度も銃を撃たなかった。


 荷物にも触れていない。


 誰かを追いかけてもいない。


 それでも、黒いセダンを見つけて報告し、パトカーが来ても勝手に動かず、最後まで持ち場を守った。


 その結果がどう役立ったのか、悠斗には全部は分からない。


 けれど、何もしていなかったわけではない。


     ◇


 建物へ戻ると、先に出ていたNOXの人間たちも次々と帰ってきていた。


 歓声はない。


 荷物を確認する者、無線を片付ける者、使った車両を移動させる者が、それぞれ黙々と後処理を進めている。


 成功したから終わり、ではないらしい。


 カナメが五人のところへ来た。


「問題は?」


「ありません」


 悠斗が答える。


「黒いセダンとパトカー以外は特に」


「あのセダンはその後、別方向へ抜けた」


 ナナが聞く。


「荷物狙いだったんですか?」


「分からん」


 カナメは即答した。


「少なくとも、こっちへ直接仕掛けてはこなかった」


「じゃあ、何だったんです?」


「それもまだ分からない」


 蓮が少し眉を上げる。


「それでも経路変えたんですね」


「結果を知った後なら何とでも言える」


 カナメの声は平坦だった。


「分からない要素が増えた。だから変えた」


 それだけだった。


 悠斗は黙って頷く。


 正体が分からない。


 だから無視する。


 ではない。


 分からないから、危険を少なくする。


 カナメが悠斗を見る。


「追わなかったな」


「はい」


「追える位置だった」


「そうですけど、持ち場が空くので」


 カナメは一度だけ蓮とシオンを見る。


 二人とも何も言わない。


「それでいい」


 短い言葉だった。


 褒められたというより、最低限の仕事をしたと認められただけなのだろう。


 それでも悠斗は少しだけ嬉しかった。


「動くより、残る方が難しい時もある」


 カナメはそれだけ言うと、別の人間に呼ばれて離れていった。


 アキラがその背中を見送る。


「厳しいな」


「でも、分かる気はする」


 悠斗は答えた。


 仲間が危険なら助けたい。


 その気持ちは変わらない。


 けれど、誰かを守る方法は、必ずしもそこへ駆けつけることだけではないらしい。


 NOXとの最初の仕事で、悠斗たちは荷物に一度も触れなかった。


 それでも帰る頃には、自分たち五人だけで動いていた時には知らなかった考え方を、一つだけ持ち帰っていた。

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