第2章 第72話 第2位の準備
翌日の午後、悠斗のスマートフォンに一通のメッセージが届いた。
送り主は昨日電話をかけてきた番号だった。
指定されたのは、夜の八時。
場所は南部の工業地帯にある建物。
仕事の内容までは書かれていない。
最後に、
【Placeholder五人で来い】
とだけ添えられていた。
「……五人って把握されてる」
悠斗は画面を見ながら呟いた。
予想はしていた。
アキラの住所。
自分の電話番号。
そこまで調べられているのだから、メンバー構成を知られていても不思議ではない。
それでも、数字ではっきり書かれると落ち着かなかった。
グループチャットへ時間と場所を送る。
すぐ蓮から、
【了解】
続いてアキラ。
【俺の住所まで知ってた連中だしな】
ナナ。
【分かってても嫌なものは嫌】
最後にシオン。
【行く】
五人で決めた。
だから五人で行く。
そのことだけは、昨日より少し心強かった。
◇
午後七時五十分。
共有の黒いスポーツセダンが、南部の工業地帯を走っていた。
銃撃を受けた箇所は最低限の修理を済ませている。
本格的なカスタムについては、まだ全員で結論を出していない。
運転席は蓮。
助手席に悠斗。
後部座席にはシオン、アキラ、ナナの三人。
やはり少し狭いらしく、アキラが身体をずらした。
「大河いないだけマシだけど、それでも狭いな」
「スポーツセダンに五人で乗ってる方が悪い」
ナナが返す。
「俺は悪くないだろ」
蓮が言った。
「運転してるだけだし」
「一番楽しそうだけどな」
悠斗は二人のやり取りを聞きながら、窓の外へ目を向けた。
辺りには低い倉庫や工場が並び、人通りはほとんどない。昼間なら大型トラックが頻繁に行き交う場所なのだろうが、この時間になると、街灯に照らされた道路だけが長く伸びていた。
「もうすぐ」
悠斗が住所を確認する。
やがて、古い二階建ての建物が見えてきた。
表にNOXの名前はない。
駐車スペースには三台の車。
どれも派手ではなく、街中に混ざれば目立たなそうなものばかりだった。
「もっと高級車ばっかりかと思ってた」
蓮が速度を落とす。
「第2位だからって全部派手にする必要ないでしょ」
ナナが言う。
「むしろ目立たない方が仕事しやすそう」
「……それもかっこいいな」
「何でもいいんだな、お前」
アキラの声に少しだけ笑いが起きる。
悠斗の肩から力が抜けた。
昨日は一人だった。
今日は四人がいる。
それだけで、建物の前に立った時の怖さは少し違っていた。
◇
入口にいた男へ名前を告げると、ほとんど確認する様子もなく中へ通された。
奥には広い部屋があった。
壁際には机が並び、数人の男たちがそれぞれ何かを確認している。
悠斗は思わず足を止めた。
騒がしくはない。
それでも、これから仕事が始まる空気だけははっきり分かった。
机の上には無線機や車の鍵、何枚かの地図。片隅には飲みかけのコーヒーが置かれている。
誰かが大声で指示を飛ばしているわけではない。
それでも各自が自分のやることを理解して動いていた。
「Placeholder?」
声をかけてきたのは、二十代後半ほどの男だった。
黒いシャツに細身のパンツ。
五人を順番に見ていく。
「はい」
悠斗が答える。
「早乙女カナメ。NOXの副ボスだ」
また上の人間だった。
悠斗の背筋が自然と伸びる。
「神谷悠斗です」
「知ってる」
「……ですよね」
昨日と同じ返事をしてしまった。
横でアキラの口元が少し動く。
カナメは気にしなかった。
「座れ。説明する」
中央の机へ移動する。
九条玲司の姿はない。
悠斗は一瞬だけ意外に思ったが、すぐに納得した。
ボスがすべての仕事を自分で説明するわけではない。
人に任せる。
それだけのことなのに、自分たちとは違う規模を感じた。
◇
「今日やるのは回収だ」
カナメが地図を広げた。
「取引に使った荷物がある。受け渡し役が予定外のトラブルで動けなくなって、そのまま一時的に残ってる」
悠斗たちは黙って聞く。
「場所は分かってる。荷物もうちのものだ。ただ、別の連中が存在に気づいた可能性がある」
蓮が聞く。
「取り戻しに行く?」
「そう考えればいい」
「警察は?」
アキラが続ける。
「今のところ動いてない」
カナメは地図の別の場所へ指を動かした。
「動かない保証もない」
必要な情報だけが簡潔に並ぶ。
誰が悪いとか、どうしてそうなったとか、余計な話はしない。
カナメが地図の一角を指した。
「お前らはここを見る」
「回収には?」
「入れない」
蓮がわずかに眉を動かした。
悠斗も少し驚く。
「周辺の一方向を監視しろ。車、人、警察。変化があれば無線で報告」
シオンが聞く。
「戦闘は?」
「するな」
即答だった。
「撃たれた場合は?」
「逃げられるなら逃げろ。撃ち返すのは最後だ」
「了解」
シオンはそれ以上何も言わなかった。
「車もお前らのは使わない」
今度は蓮が反応した。
「なんで?」
「お前らの車をうちの仕事で使う必要がない」
短い返事だった。
悠斗は共有車のことを思い出す。
最近は仕事へ出す回数が増え、そのたびに車そのものへ危険が積み重なっている。
NOXは、そこから分けて考える。
「用意した車を使え」
カナメが鍵を一つ机へ置いた。
蓮が反射的に手を伸ばしかける。
「まだだ」
「……はい」
アキラが横を向いて笑いを堪える。
「無線もこっちを使う」
五つの小型無線機が机に置かれた。
悠斗たちも前の仕事でインカムを使っている。
通信すること自体には驚かない。
違いは、その使い方だった。
「確認用と仕事用を分ける。異常がなくても決めた間隔で報告。見た事実と推測は分けろ」
ナナの表情が少し変わった。
カナメの説明はそれだけでは終わらなかった。
どの範囲を監視するのか。
何を報告するのか。
連絡が途切れた場合。
警察が先に現れた場合。
回収班が予定通り動けなかった場合。
別の犯罪者が増えた場合。
それぞれに最低限の対応が決められている。
悠斗は途中からほとんど口を挟まなくなった。
自分たちだって考えていなかったわけではない。
前の大仕事では中止条件を決めた。
人数を分けた。
車も二台使った。
通信も用意した。
それでも、NOXではそういった準備を特別なものとして扱っていない。
仕事をするなら、最初から考えておく。
その前提が違う。
◇
「質問」
説明が一段落したところで、カナメが言った。
シオンが先に口を開く。
「回収班が襲われても、俺たちは動かない?」
「指示がなければ動くな」
「負傷者が出ても?」
「勝手に持ち場を離れれば、別の穴が開く」
シオンは黙った。
納得していないわけではない。
むしろ、その言葉を自分の中へ落としているように見えた。
アキラも聞く。
「こっちで危険を見つけた場合、俺らの判断で止めていいんですか?」
「報告しろ。緊急なら自分で離れろ」
「分かりました」
ナナも続いた。
「情報はどこまで?」
「確認できた事実と推測を混ぜるな。それだけでいい」
「……はい」
ナナが少しだけ姿勢を正した。
悠斗には、その反応の理由が分かった。
MIRAGEとSHIFTの動きを追った時、ナナも同じように情報を分けていた。
ただ、NOXではそれが個人の工夫ではなく、最初から決まりとして存在している。
「神谷」
名前を呼ばれ、悠斗が顔を上げる。
「はい」
「お前は?」
「え?」
「聞きたいことはないのか」
悠斗は少し迷った。
聞きたいことはいくつもある。
その中から、一番引っかかっていたものを選ぶ。
「俺たちを回収班に入れないのは、信用されてないからですか?」
「そうだ」
迷いのない返事だった。
胸の奥に少し刺さる。
「今日初めて一緒に仕事する半グレを、重要な荷物の横に置く理由がない」
「……ですよね」
「不満か?」
「いえ」
本当に不満ではない。
ただ、少し悔しかった。
玲司に評価された。
NOXから声もかかった。
それでも、重要な場所を任せてもらえるほどではない。
その差が分かる。
カナメが五人を見る。
「普段の役割は聞いてる。違うなら今言え」
悠斗たちは互いに顔を見た。
どうやら前の仕事について、最低限は調べられているらしい。
「久我。運転でいいな」
「はい」
蓮が少しだけ驚いた顔をする。
「御影は警戒」
「了解」
「水城は接触があった場合の対応」
「はい」
「雨宮は情報整理」
「分かりました」
「神谷は無線の窓口」
「はい」
カナメが言う。
「今日は腕を見る仕事じゃない。指示を理解して、自分の役割を守れるかを見る」
悠斗は黙って頷いた。
派手に活躍できるかではない。
必要な場所で、必要なことをする。
それだけだ。
でも、それが今の自分たちに足りているかは分からない。
カナメが車の鍵を蓮の前へ滑らせる。
「今度は取っていい」
「はい」
蓮が真面目な顔で受け取った。
◇
「十分後に出る」
カナメが時計を見る。
その一言で、部屋の空気が変わった。
NOXの人間たちがそれぞれ持ち場へ向かい始める。
蓮は渡された鍵を確認し、シオンは無線機を耳へ合わせる。
ナナは地図をもう一度見直し、アキラは指定された場所を指で追った。
悠斗も無線を手に取る。
横でアキラが小さな声を出した。
「俺らも結構考えてたつもりだったけど」
「うん」
「まだ詰められるところ、いっぱいあったな」
悠斗は地図から顔を上げた。
「俺もそう思う」
前の仕事を否定する必要はない。
あの時は、自分たちなりに考えて成功させた。
だからこそ、今ここまで来た。
それでも、上にはまだ違うやり方がある。
自分たちなりに考えてきたつもりでも、知らないことはいくらでも残っている。
だったら今は、見て覚えればいい。
「Placeholder、準備しろ」
カナメの声が飛んだ。
「はい」
悠斗は反射的に返事をした。
初めてのNOXとの仕事が、始まろうとしていた。
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