第2章 第71話 NOXからの誘い
【NOXの仕事に一回付き合わないかって言われた】
送信してから、しばらく返事がなかった。
既読だけは四つ付いている。
悠斗はNOXの建物から離れた歩道で足を止め、スマートフォンの画面を見つめていた。
昼を過ぎた街では車の流れが途切れず、近くの交差点からクラクションが聞こえる。歩道ではスーツ姿の男が電話をしながら通り過ぎ、その向こうを配送トラックがゆっくり曲がっていった。
さっきまで九条玲司と向かい合っていたことが、もう別の出来事のように感じる。
最初に返ってきたのは蓮だった。
【マジ?】
続いてアキラ。
【怒られに行ったんじゃなかったのかよ】
【俺もそう思ってた】
悠斗が返すと、ナナからも届く。
【何の仕事?】
【まだ聞いてない】
【じゃあ一回集まろ】
最後にシオン。
【直接聞く】
短いが、それで十分だった。
◇
夕方。
五人は南部の小さなレストランに集まった。
普段使っている店とは違う場所を選び、周囲と距離のある奥の席へ座る。夕食時にはまだ少し早く、店内も空いていた。
厨房から油の弾ける音が聞こえ、窓の外では夕方の車列が少しずつ増えている。
「で?」
全員が揃うなり、アキラが声を落として聞いた。
「街第2位のボスと二人で話した感想は?」
「怖かった」
「そこから?」
「そこが一番だよ」
悠斗は水の入ったグラスを持った。
「部屋入ったら九条玲司本人が座ってたんだよ。聞いてないし」
「そりゃ怖いわ」
蓮が少し笑う。
ナナは笑わなかった。
「何をどこまで知られてた?」
悠斗は玲司との会話を思い出しながら話した。
MIRAGEとSHIFTの抗争を利用した仕事を評価されたこと。
それでも、自分たちがMIRAGEやSHIFTより強くなったわけではないと念を押されたこと。
前の仕事で人数を増やしたことや、車を二台使ったこと、通信を用意したらしいことまで知られていたこと。
そして最後に、
「今度、うちの仕事に一度付き合え」
と言われたこと。
話し終えると、少しの間、誰も口を開かなかった。
「やっぱり調べられてるね」
ナナがスマートフォンを伏せる。
「アキラの家だけじゃない」
「俺の名前も普通に知られてたし」
悠斗が言う。
「まあ、それは呼び出したんだから知ってるだろ」
蓮が返す。
「そうなんだけど……」
悠斗は少し考えてから続けた。
「連絡先も交換してないのに、たぶん俺の番号も向こうはもう知ってる」
その言葉で、アキラの顔から少し笑いが消えた。
「住所の次は電話番号か」
「NOXなら調べられるってことなんだろうけど」
ナナが小さく息を吐く。
「普通に嫌だね」
「うん」
悠斗も同意した。
知られているという事実に慣れてはいけない気がする。
「で、仕事の内容は?」
シオンが聞く。
「まだ何も聞いてない」
「人数は?」
「Placeholderで来いって言われた」
アキラが周囲を見回す。
「じゃあ俺ら五人ってことか」
「多分」
それ以上は誰も口にしなかった。
五人の間では、今のPlaceholderが誰なのかは分かっている。
「受ける?」
蓮が聞いた。
悠斗は首を振った。
「それをみんなで決めようと思って、返事してない」
「悠斗は行きたい?」
ナナが聞く。
「……行ってみたい」
少し迷ったが、そこは正直に答えた。
「怖いけど」
「結局付くんだ、それ」
アキラが笑う。
「だって怖いものは怖いし」
悠斗も小さく笑った。
それでも、興味はある。
NOXは第2位。
自分たちがまだ遠くから名前を聞くことの方が多い組織だ。
どれほど準備するのか。
誰がどこまで判断するのか。
危険になった時、何を見て撤退を決めるのか。
実際に同じ現場へ立たなければ分からないことは多いはずだった。
「俺は行く」
蓮が先に言う。
「NOXがどんな車使って、どう逃げるか見たい」
「やっぱり車か」
「重要だろ」
「お前の場合、半分趣味だろ」
「半分以上」
アキラが呆れた顔をする。
シオンも口を開いた。
「俺も行く」
「理由は?」
「戦い方は見たい」
それだけ言って、グラスへ手を伸ばす。
シオンらしい返事だった。
「ナナは?」
「私は興味ある」
ナナは頷く。
「何やらされるかは分からないけど、NOXが情報をどう扱ってるかは見てみたい」
「アキラは?」
悠斗が聞く。
「行きたいよ」
意外と答えは早かった。
「警察とか他の犯罪者とどう話すのかは見たい。俺らの交渉と全然違うかもしれないし」
そこでアキラが少し表情を変える。
「でも、問題もあるだろ」
「何?」
「NOXと仕事したって話が広がったら、俺らがNOX側だと思われるかもしれない」
悠斗は黙った。
そこまでは考えていなかった。
「あと」
ナナも続ける。
「向こうの仕事で失敗したら、今までみたいに自分たちの中だけで反省して終わりじゃないかもね」
「第2位の仕事だからな」
蓮も少し真面目な顔になる。
「それはあるか」
悠斗はテーブルに視線を落とした。
ただ誘われた。
すごい。
行ってみたい。
それだけで決めていい話ではない。
「だから、一回だけでいいと思う」
悠斗はゆっくり言った。
「今の時点で、これからずっとNOXと仕事するって決める必要はないよ」
ナナが頷く。
「まず一回見てから?」
「うん」
「向こうが何を求めてるのかも分からないしな」
アキラが言う。
そのまま少し考えてから、続けた。
「あと、向こうは俺たちを試すつもりなんだろ?」
「そう言ってた」
「だったら、普段より格好つけたくなる奴が出そう」
悠斗はその言葉に引っかかった。
「……それは怖いな」
「だろ?」
「できないことまでできるって言うのはやめよう」
悠斗は四人を見る。
「分からないことは分からないって言う。無理なら無理って言う」
蓮が笑う。
「九条玲司の前でも?」
「それは……かなり怖いけど」
「弱くなった」
「でも、上手く見せようとして普段やらないことやる方がもっと怖い」
今度は、誰も笑わなかった。
前の仕事でもそうだった。
準備した条件と違えば中止する。
それを決めていたから無理をせずに済んだ。
NOXと一緒だからといって、その考えまで捨てる必要はない。
シオンが聞く。
「無茶な指示が来たら?」
悠斗はすぐには答えられなかった。
「まず確認する」
「それでも無理なら?」
「……断るしかないと思う」
口にすると緊張した。
第2位のギャングを相手に、本当にその場で言えるのかは分からない。
「言える?」
アキラが聞く。
「分かんない」
悠斗は正直に答えた。
「でも、言わないと誰かが危ないなら、言わないと駄目だと思う」
アキラは少しだけ笑った。
「ならいいんじゃない」
ナナが五人を見回す。
「じゃあ、行く?」
悠斗も四人を見る。
「俺は行きたい」
「行く」
蓮。
「俺も」
シオン。
「賛成」
アキラ。
最後にナナも、
「私も行く」
と答えた。
決まった。
NOXの仕事に、一度だけ参加する。
加入でもない。
傘下に入るわけでもない。
今はただ、同じ現場に立ってみる。
それだけだった。
◇
店を出た頃には、街はすっかり夕方の色に変わっていた。
道路沿いの店には明かりが点き始め、帰宅する車が交差点へ列を作っている。
五人で少し歩いたところで、悠斗のスマートフォンが震えた。
知らない番号。
「……電話」
「出ろよ」
アキラが言う。
「分かってる」
そう返したものの、指が一瞬止まる。
昔なら、このまま鳴り終わるのを待っていたかもしれない。
今は出られる。
それでも、知らない相手からの電話が好きになったわけではない。
悠斗は通話ボタンを押した。
「もしもし」
『神谷悠斗か』
知らない男の声。
「はい」
『NOXだ』
悠斗の背筋が自然と伸びた。
四人も表情を見て静かになる。
やっぱり。
電話番号まで調べられていたらしい。
『話はまとまったか』
「はい」
悠斗は四人を見る。
「全員、参加します」
『分かった』
相手はあっさり答えた。
『仕事の詳細は明日伝える』
「分かりました」
『時間と場所は後で送る』
「はい」
通話はそこで終わった。
「NOX?」
蓮が聞く。
「うん」
「何だって?」
「詳細は明日」
アキラが笑う。
「もう番号までバレてんのな」
「それ、今一番考えたくない」
悠斗が返すと、ナナが苦笑した。
怖さはある。
それでも、興味も同じくらい大きかった。
遠くから名前だけを聞いていた第2位《NOX》。
その組織が次にどんな仕事を見せるのか。
自分たちとは何が違うのか。
悠斗はまだ何も知らない。
ただ、次に届く連絡から、自分たちは今までとは少し違う場所へ足を踏み入れることになる。
そのことだけは、はっきり分かっていた。
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