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『引きこもり高校生、犯罪都市でギャングを始める ~友達ゼロだった俺の成り上がり~  作者: 阿鼻恭介
第2章

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第2章 第69話 名前が売れるということ

 大きな仕事を終えてから、数日が経った。


 MIRAGEとSHIFTの抗争も、すでに終わっている。


 双方に負傷者が出て、車両や装備も失い、いくつかの取引まで潰れたらしい。


 かなりの損害。


 それでも決着はつかなかった。


 第3位《MIRAGE》。


 第4位《SHIFT》。


 順位は、そのままだった。


「結局、何だったんだろうね」


 ナナがスマートフォンを見ながら呟く。


「散々撃ち合って、順位変わらないんだろ?」


 蓮が言う。


「だったら損しただけじゃん」


「本人たちには、引けない理由があったんだろ」


 アキラが返した。


 悠斗もそう思う。


 外から見れば無駄に見えても、当人たちにとっては違うのだろう。


 それより、今の悠斗たちには別の問題があった。


 ナナが顔を上げる。


「うちらの噂、思ったより広がってる」


「どのくらい?」


「半グレ界隈なら、Placeholderって名前を知ってる人、かなり増えたと思う」


 悠斗は少し姿勢を正した。


 あの夜、MIRAGEとSHIFTがぶつかるという噂自体は、多くの人間が知っていた。


 警察が港へ集まるなら、その隙に何かできる。


 そう考えた者も当然いたらしい。


 実際、街の別の場所では小さな強盗や窃盗が増えていた。


 ただ、大きく張った連中はほとんどいなかった。


 いつ始まるのか。


 どこで起きるのか。


 警察がどこまで動くのか。


 そこまで絞れなかったからだ。


 Placeholderは、噂を聞いただけでは終わらなかった。


 時期と場所を絞り、人数と車両を揃え、役割を分けてから動いた。


 その結果、一晩でかなり大きな金を持って帰った。


 正確な80,000ドルまで知られているわけではない。


 そのはずなのに、噂は勝手に膨らんでいた。


「7万以上取ったらしい」


「8万くらいだって」


「いや、10万近かったらしい」


 聞くたびに数字が変わる。


 悠斗は少し怖くなった。


「なんでそこまで広がるんだろ」


「でかい仕事したからでしょ」


 ナナがあっさり答える。


「しかも、抗争の噂を知ってた人は多かったのに、大きく取れたのはうちらだった。そりゃ話になるよ」


「嬉しくない?」


 蓮が聞く。


「ちょっとは嬉しいけど……」


 悠斗は正直に答えた。


 名前を知られる。


 何者でもなかった自分たちが、街の裏側で名前を持つ。


 その感覚は悪くなかった。


 でも、嬉しさだけでは済まない。


 その日の午後。


 悠斗のスマートフォンが震えた。


 表示された名前は、レオ。


「もしもし」


『最近、お前らの名前聞くぞ』


 いきなりだった。


「やっぱり広がってます?」


『広がってる。Placeholderって名前まで込みでな』


 悠斗は少しだけ嬉しくなる。


「それって、いいことですか?」


『いいことばっかじゃない』


 返事は早かった。


「ですよね」


『名前が売れれば仕事も来る。舐められにくくもなる』


 そこで少し間が空く。


『その代わり、上の連中からも見えるようになる』


 悠斗の表情が変わった。


「上って」


『そのままの意味だ』


 レオは詳しく説明しなかった。


『目立つなら、目立った後のことも考えろ』


「……分かりました」


『ならいい』


 電話は短く終わった。


 悠斗は画面を見つめる。


 名前を知られるということは、自分たちより下や同じくらいの連中に知られるだけではない。


 上にいる連中にも見つかる。


 その意味を、まだ悠斗は実感できていなかった。


     ◇


 同じ頃、もう一つ片付けなければならないことがあった。


 共有の黒いスポーツセダン。


 逃走時に何発も撃たれている。


 車内の血はできる限り綺麗にした。


 大河の血が付いたシートも清掃した。


 だが、車体や窓周辺に残った弾痕までは消せない。


 そこで悠斗たちは、以前この車を黒く仕上げてもらった地下のメカニックへ持ち込んだ。


 メカニックは車の周囲を一周し、傷を確認していく。


 蓮が落ち着かない様子で聞いた。


「どう?」


「走れなくなるような傷じゃない」


「よかった」


「ただし」


 メカニックが立ち上がる。


「この車、これからも逃げるのに使うんだろ?」


 一瞬、誰も答えなかった。


 アキラが曖昧に返す。


「まあ……たぶん」


「だったら、そろそろちゃんと作った方がいいぞ」


 蓮がすぐ反応した。


「ちゃんと?」


「フルカスタム」


 その一言で、蓮の目が変わる。


 メカニックは車体を軽く叩いた。


「走る、止まる、曲がる。そこを全部まとめて見直す。冷却も、車体も、今より強くする」


 細かいことまでは悠斗には分からない。


 だが、外見だけを変える話ではない。


 車そのものを、今後の逃走に耐えられる形へ作り直すということだ。


「いくらですか?」


 悠斗が聞く。


「22,000ドル」


「……高っ」


 思わず声が出た。


 アキラも顔をしかめる。


「その金あったら、普通の中古車なら何台か買えるだろ」


「普通の中古車ならな」


 メカニックは平然としている。


 蓮が聞いた。


「もっと速くできる?」


「できる」


「どのくらい?」


「金次第」


 悠斗は嫌な予感がした。


 案の定、メカニックが続ける。


「金あるならニトロも付けられる」


 蓮が完全に食いついた。


「いくら?」


「8,000ドル」


 悠斗は頭の中で足した。


「……合わせて30,000ドル?」


「そう」


 少し前までなら、考えることすらできなかった金額だ。


 でも今は、払おうと思えば払える。


 それが余計に怖い。


「やろう」


 蓮が即答した。


「早い早い」


 アキラが止める。


「3万ドルだよ?」


 悠斗も言う。


「8万入った今やらなくて、いつやるんだよ」


「入った瞬間3万使おうとするなよ」


 ナナが呆れた。


 シオンは車を見たまま言う。


「速さだけじゃなく、止まれる方が大事」


 蓮がシオンを見る。


「フルカスタム賛成ってこと?」


「必要なら」


「ほら」


「ニトロまで賛成とは言ってない」


「そこ分ける?」


 少しだけ笑いが起きた。


 結局、その場では決めなかった。


 一度Placeholderの五人で話す。


 それだけ決めて、まずは損傷の確認を優先する。


 80,000ドルという大金があるからこそ、考えられる選択肢は増えた。


 同時に、何へ使うのかを決めなければならない。


 その問題は、今までよりずっと大きくなっていた。


     ◇


 その夜。


 アキラは自宅に一人でいた。


 夕食を済ませ、ソファでスマートフォンを眺めていた時だった。


 インターホンが鳴る。


「……誰だ?」


 誰かが来る予定はない。


 アキラは立ち上がり、モニターを見る。


 知らない男が一人。


 派手な服でもない。


 怖そうな見た目でもない。


 ただ、妙に落ち着いていた。


 インターホンを押した後も、周囲をきょろきょろ見ることもなければ、待たされて苛立つ様子もない。


 ただ静かに、こちらが応答するのを待っている。


 アキラはドアを開けず、そのまま話した。


「どちら様ですか?」


 男はカメラを見る。


「NOXだ」


 アキラの表情が固まった。


 一瞬、聞き間違いかと思う。


「……NOX?」


「そうだ」


 街第2位。


 自分たちより遥かに上にいる組織。


 しかもPlaceholderは、NOXと直接仕事をしたことがない。


「何の用ですか?」


「Placeholderのリーダーと話がしたい」


 アキラは眉を寄せた。


「うち、リーダー決めてないですけど」


 男はまったく困らなかった。


「なら代表を一人決めろ」


 そのまま翌日の時間と場所を告げる。


 アキラは慌てて聞いた。


「ちょっと待って。何の話なんです?」


「来れば分かる」


 それだけだった。


 男は背を向ける。


 アキラはモニター越しに、その姿が見えなくなるまで動けなかった。


「……なんなんだよ」


 小さく呟く。


 それから、遅れて別の疑問が浮かんだ。


 待て。


 なんでここなんだ。


 自分はNOXと直接関わったことがない。


 それなのに、あの男は自宅まで来た。


 偶然ここを選んだわけではない。


 Placeholderを調べて。


 自分の住所まで知った上で来ている。


 アキラはすぐにグループチャットを開いた。


【今、NOXの人間が家に来た】


 既読が一気につく。


【Placeholderのリーダーと話したいって】


【リーダー決めてないって言ったら、代表一人決めて明日来いって】


 数秒後。


 悠斗。


【なんでアキラの家知ってるんだ】


 アキラも、それが一番聞きたかった。


 少ししてナナ。


【たぶん私たち、思ってるより調べられてる】


 悠斗はその文字をしばらく見つめた。


 レオの言葉が頭に浮かぶ。


 上の連中からも見えるようになる。


 まさか、こんなに早く実感するとは思わなかった。


【誰行く?】


 蓮が送る。


 少し間が空いた。


 最初に返したのはナナだった。


【悠斗じゃない?】


 すぐアキラ。


【俺もそう思う】


【こういう時、最後に決めてるの悠斗だし】


 蓮も続く。


【じゃあ悠斗で】


 最後にシオン。


【今回は悠斗でいい】


「えぇ……」


 悠斗は思わず声に出した。


【俺、リーダーになったつもりないんだけど】


 すぐアキラから返る。


【決めてないのは分かってる】


【でも今回は代表だろ】


 ナナも続けた。


【正式なリーダー決める話とは別でいいと思う】


 悠斗は画面を見ながら黙った。


 最近は、決行するか撤退するか、最後の判断を自分がする場面が増えている。


 それでも、正式にリーダーになる話とは別だと思っていた。


 今回も、その線は越えない。


 少し迷ってから、文字を打つ。


【……分かった】


【今回は俺が代表で行く】


 送信。


 決まったのは、あくまで今回の代表だ。


 それだけなのに、心臓が少し速くなる。


 第2位《NOX》。


 何を言われるのか分からない。


 抗争を利用した件かもしれない。


 MIRAGEやSHIFTに関係する問題かもしれない。


 あるいは、単純に目立ちすぎたのかもしれない。


 ただ一つだけ、もう分かっていることがある。


 Placeholderという名前は、思っていたよりずっと上まで届いていた。

お読みいただきありがとうございます。

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