↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『引きこもり高校生、犯罪都市でギャングを始める ~友達ゼロだった俺の成り上がり~  作者: 阿鼻恭介
第2章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

68/170

第2章 第68話 80,000ドル

 こんなに簡単でいいのか。


 悠斗がそう思ったのは、仕事を始めてからまだそれほど時間が経っていない頃だった。


 二台の車は港湾地区を離れ、南部の一角まで来ていた。


 先に到着した共有の黒いスポーツセダンが道路脇へ入り、少し遅れて大型のレンタルバンも近くに停車する。


 遠くでは、まだサイレンが鳴り続けていた。


 MIRAGEとSHIFTの抗争は終わっていない。


 警察も救急も、今なお港湾地区へ人員を取られている。


 だからといって、こちらが安全になったわけではなかった。


 悠斗は助手席から目的の施設を見ながら、インカムへ声を入れた。


「ナナ、向こうは?」


『まだ続いてる。港側の警察も減ってない』


「こっちは?」


『今のところ大きな変化なし。ただ、近くにパトカーが一台もいないわけじゃないから、そこは忘れないで』


「分かった」


 運転席の蓮が悠斗を見る。


「行く?」


 悠斗はすぐには答えなかった。


 改めて施設を見る。


 出入りしている人間。


 周囲の車。


 道路の流れ。


 事前に確認していた時と、大きな違いはない。


 ここまで決めてきた中止条件にも引っかかっていなかった。


「行こう」


 五人が共有車を降りる。


 悠斗。


 蓮。


 アキラ。


 大河。


 シオン。


 少し離れた大型バンからは、タクミだけが降りてきた。


 ナナは運転席に残る。


 最初に仕事をするのはタクミだった。


     ◇


「これだな」


 タクミが施設の電子ロックを確認する。


「いけそう?」


 悠斗が聞く。


「まだ何とも言わない。ちょっと黙ってて」


「分かった」


 悠斗は素直に一歩下がった。


 タクミが何をしているのか、細かいところまでは分からない。


 それでよかった。


 悠斗に必要なのは、その技術を理解することではない。


 開くのか。


 開かないのか。


 それだけだった。


 シオンは少し離れた場所に立ち、周囲だけを見ている。


 近づいてくる車。


 通行人。


 施設の出入口。


 不自然にこちらを見る人間。


 何か変化があれば、すぐ全員へ伝える役目だ。


 インカムからナナの声が入る。


『港側、まだ変わらない』


「了解」


 それから少し待った。


 悠斗には妙に長く感じられたが、実際には数分も経っていない。


 やがてタクミの手が止まった。


 悠斗の胸が強く鳴る。


「……どう?」


「待って」


 さらに数秒。


 タクミが息を吐いた。


「開いた」


「ほんと?」


「開いた」


 あまりにあっさりした返事だった。


 悠斗は一瞬、拍子抜けする。


 ここで失敗し、そのまま中止になる可能性も十分あると思っていたからだ。


「タクミは戻って」


「言われなくても戻る」


 タクミはすぐ大型バンへ向かった。


 もう彼を現場へ残しておく理由はない。


 しばらくして、インカムから声が入る。


『バン戻った』


「ナナ?」


『タクミ乗った。いつでも出せるよ』


「お願い」


 ここから動くのは、悠斗、蓮、アキラ、大河。


 シオンだけは運搬に参加しない。


「シオン」


「見てる」


 それだけ聞けば十分だった。


「じゃあ行こう」


     ◇


 施設の中へ入った瞬間、もっと緊張すると思っていた。


 だが、実際に作業が始まると、悠斗の頭は意外なほど冷静だった。


 やることが決まっているからだ。


 運ぶ。


 時間を見る。


 インカムを聞く。


 何かがおかしければ、すぐやめる。


 それだけだった。


「これ頼む」


 悠斗が大河へ大きなケースを示す。


「任せろ」


 大河が両手で持ち上げる。


「こっちは俺らで」


 蓮がバッグを二つ持ち、アキラも別の荷物を手に取った。


 悠斗もケースを抱える。


「……重っ」


 思っていた以上だった。


 二往復目を終える頃には、腕にじわじわと疲労が溜まり始めている。


 大型バンの荷室は、少しずつ荷物で埋まっていった。


 やはり大河を呼んだのは正解だった。


 悠斗たちが一つずつ運んでいる横で、大河は体格を活かして大きなケースを次々と運んでいく。


 インカムからシオンの声が入る。


『正面、問題なし』


「了解」


 それから数分後。


『一台来る』


 その一言で、全員の動きが止まった。


 蓮もバッグを持ったまま動かない。


 アキラが入口の方を見る。


 大河もケースを抱えたまま黙った。


 車の走行音が近づいてくる。


 数秒。


 悠斗は息を止める。


 車は速度を落とさず、そのまま施設の前を通過していった。


 走行音が遠ざかる。


『通過した。続けていい』


「了解」


 全員が再び動き始めた。


 それだけだった。


 警察は来ない。


 施設側から予想外の人間が現れることもない。


 誰かと鉢合わせすることもない。


 悠斗が何度も頭の中で想像していた最悪の展開が、一つも起きない。


 三度目の搬出を終えた頃、ナナから報告が入った。


『港側はまだかなり騒がしい。こっちに警察が流れてくる感じも、今のところないよ』


「分かった」


『でも長居はしないで』


「もちろん」


 悠斗は時間を確認した。


 予定より早い。


 アキラが施設から出てくる。


「思ったよりあるぞ」


「全部いけそう?」


「このペースなら」


 大河がケースを抱えたまま笑った。


「俺呼んだ意味あっただろ?」


「まだ終わってないから」


「はいはい」


 大河は楽しそうだった。


 余裕すらある。


 それが悠斗には、逆に不気味だった。


 これまでなら、どこかで予定が崩れた。


 誰かが来る。


 追われる。


 逃げ道を変える。


 想定していなかったことが起きる。


 今回は違う。


 ナナが情報を見る。


 タクミが扉を開ける。


 シオンが周囲の警戒だけに集中する。


 悠斗、蓮、アキラ、大河が運ぶ。


 役割を分けたことが、そのまま結果につながっていた。


 人数を増やす。


 得意な人間に得意なことだけを任せる。


 それだけで、仕事の動きがこれほど変わる。


 悠斗は初めて、それを実感していた。


     ◇


「これで最後!」


 施設の奥から蓮の声が飛ぶ。


 悠斗が振り返った。


 残っているのは最後のバッグとケースだけだった。


「俺こっち」


 大河が最後のケースを持ち上げる。


「じゃあ出よう」


 四人で外へ出た。


 シオンが素早く左右を確認する。


「今なら問題ない」


「行こう」


 大河が最後のケースを大型バンへ積み込む。


 ナナが荷室を確認した。


『全部載った』


 悠斗が思わず聞き返した。


「……全部?」


『全部』


 アキラも拍子抜けしたような顔をする。


「マジか」


 蓮が笑った。


「終わり?」


「帰るまで」


 悠斗はすぐ返した。


 それでも、自分でも分かっている。


 ここまでは驚くほど簡単だった。


「撤収」


 ナナとタクミは、そのまま大型バン。


 奪った現金も、高額品も、すべて荷室に載せている。


 悠斗、蓮、アキラ、大河、シオンは共有の黒いスポーツセダンへ戻った。


 蓮が運転席。


 悠斗が助手席。


 後部座席にはアキラ、大河、シオン。


 大河の大きな体格もあって、後ろはかなり窮屈だった。


「狭っ」


「今言う?」


 アキラが返す。


「帰ったら文句言うわ」


「帰ってからにして」


 全員が乗り込み、ドアが閉まる。


 蓮がアクセルを踏んだ。


 共有車が走り出す。


 大型バンも少し遅れて続いた。


 これで終わる。


 悠斗がそう思った直後だった。


 パンッ!


 乾いた音が響いた。


「っ!」


 悠斗が反射的に身体を縮める。


 続けてもう一発。


 ガンッ!


 金属を強く叩いたような衝撃が、車体全体へ伝わった。


「撃ってる!」


 アキラが叫ぶ。


 悠斗が振り返る。


 施設から遅れて飛び出してきた人影が、走り去ろうとしている共有車へ向けて銃を撃っていた。


「蓮、そのまま!」


「分かってる!」


 三発目。


 窓のすぐ近くで、鋭い音が弾けた。


 直後。


「ぐっ……!」


 後部座席で、大河の身体が大きく揺れた。


「大河!?」


 アキラが隣を見る。


 大河が肩を押さえていた。


 指の隙間から赤い血が滲み、そのまま服を伝ってシートへ落ちる。


「撃たれた?」


「……肩」


 大河が歯を食いしばる。


 シオンがすぐ身体を寄せた。


「見せろ」


 大河が押さえていた手を少しずらす。


 シオンの表情はほとんど変わらない。


「意識は?」


「ある」


「息は?」


「できる。普通に痛えけど」


 悠斗の心臓が激しく鳴った。


 止まりたい。


 傷をちゃんと確認したい。


 今すぐ大丈夫なのか確かめたい。


 だが、まだ後ろには銃を持った人間がいる。


「蓮、止まらないで!」


「止まるわけないだろ!」


 共有車が一気に距離を広げる。


 シオンは後方へ銃を向けなかった。


 相手は追ってきていない。


 こちらから撃ち返して状況を悪化させる理由もない。


 インカムからナナの声が飛んできた。


『何!? 撃たれてる!?』


「共有車に撃ってきた!」


『誰か当たった!?』


「大河! 肩!」


『え!?』


「意識ある!」


 大河本人が苦しそうに声を入れる。


『生きてる、生きてる』


『そういう問題じゃないでしょ!』


 珍しくナナの声が大きくなった。


 二台はそのまま施設から離れていく。


 後ろから追ってくる車はない。


 銃声も聞こえなくなった。


 しばらくして、シオンが後方を確認する。


「追ってない」


 蓮はまだ速度を緩めなかった。


「もう少し離れる」


「うん」


 悠斗は大河を見る。


 血は服と共有車のシートに落ちている。


 少なくとも、施設の外には残していない。


 そんなことまで考えてしまう自分が嫌だった。


 それでも今は、一つずつ確認していくしかない。


「大河、本当に大丈夫?」


「大丈夫って言ったら嘘だけど」


 大河が浅く息を吐く。


「死にそうではない」


「それ大丈夫って言わないから」


 アキラにも余裕がない。


 シオンが傷を見ながら言った。


「早く診せる」


「うん」


 悠斗はすぐ頷いた。


 奪うものは全部奪った。


 警察との大きな接触もない。


 追跡もされていない。


 二台とも逃げ切った。


 それでも。


 成功したという実感は、まだなかった。


     ◇


 大河の治療が終わり、命に別状がないと分かったのはその後だった。


 肩への銃創。


 幸い、弾は骨や主要な血管を大きく損傷していなかった。


 命に関わる状態ではない。


 ただし、しばらくは肩をまともに使えず、無理をすれば治りも遅くなる。


 その説明を聞いた瞬間、悠斗はようやく深く息を吐いた。


「よかった……」


「だから死なねえって言っただろ」


 治療を終えた大河が笑う。


 いつもの調子へ戻そうとしているのが分かった。


「今回かなり稼げたんだろ? これくらいで済んだなら――」


「怪我と金は別だよ」


 悠斗は思った以上に強い口調で遮っていた。


 大河が少し目を丸くする。


「……おう」


 悠斗自身も一度黙った。


 それから続ける。


「今回の仕事で撃たれたんだから、治療費を大河だけに払わせるのは違うと思う」


 アキラが頷いた。


「俺もそう思う」


 蓮も続ける。


「経費でいいだろ」


 ナナも、


「それでいいと思う」


 と答えた。


 シオンは短く、


「賛成」


 と言う。


 大河が周囲を見る。


「俺、今回だけ手伝いなんだけど?」


「関係ないよ」


 悠斗は答えた。


「今回、一緒に仕事したんだから」


 そこで一つのルールが決まった。


 仕事中に負った怪我の治療費は、本人だけに負担させない。


 必要な経費として扱う。


 今までは決める必要すらなかったことだった。


 だが、人数が増え、扱う金が増え、仕事の規模も大きくなった。


 これからは、こういうことも一つずつ決めていかなければならない。


     ◇


 仕事が終わったその日のうちに、今回の利益が分かったわけではなかった。


 現金については、すぐに確認できた。


 約三万二千ドル。


 これだけでも、これまでの悠斗たちからすれば十分すぎるほどの大金だった。


 だが、今回持ち出したのは現金だけではない。


 高級時計。


 宝飾品。


 未開封の高額商品。


 その他、金になる品物がいくつもあった。


 当然、それらに値札が付いているからといって、その金額で売れるわけではない。


 正規の店へ持ち込める品でもない。


 数日をかけて、ナナが事前に調べていた裏の買い手を何人か当たった。


 安く買い叩こうとする相手もいた。


 品物によっては、想像していたより値段が付かなかったものもある。


 逆に、思っていた以上の金額で引き取られたものもあった。


 そうして少しずつ処分した結果、高額品は合計で約五万八千ドルになった。


 現金と合わせて、およそ九万ドル。


 だが、その全額が自分たちの利益になるわけではない。


 今回の仕事には、それなりの金がかかっていた。


 大型レンタルバン。


 七人分のインカム。


 その他の準備費。


 大河の治療費。


 そしてもう一つ。


 共有の黒いスポーツセダンには、銃弾が当たった傷が残っていた。


 幸い走ることはできた。


 だが、車体や窓周辺に受けた損傷を、そのままにしておくわけにはいかない。


 以前世話になったメカニックにも持ち込み、必要な修理を頼むことになった。


 そうした後処理も含め、今回かかった金をすべてまとめる。


 そして数日後。


 ようやく最終的な数字が出た。


 悠斗は表示された金額を、しばらく無言で見つめていた。


「……これ、合ってる?」


 ナナがもう一度確認する。


「合ってる」


 蓮が横から覗き込んだ。


「マジで?」


「マジ」


 アキラも目を丸くする。


 現金。


 品物を売った金。


 そこから今回の準備費、治療費、修理費など、必要な経費をすべて差し引いて残った金額。


 八万ドル。


「……八万」


 悠斗が呟く。


 口にしても、すぐには実感が湧かなかった。


 これまでの仕事で得ていたのは、数百ドルから数千ドル。


 それが今回は、一度の仕事で八万ドルだった。


 大河が傷めた肩を庇いながら笑う。


「ほら、やっぱ肩一発なら――」


「安くないから」


 悠斗がすぐ返した。


「まだ言い切ってないだろ」


「言うこと分かるし」


 蓮が吹き出す。


 アキラも笑った。


 ナナまで呆れたように息を吐く。


 ようやく、張りつめていた空気が少しだけ軽くなった。


 悠斗も笑った。


 けれど。


 八万ドルという数字を見ながら、最初に考えたのは自分が何を買えるかではなかった。


 大河が撃たれた。


 共有車にも銃弾が当たった。


 運が少し悪ければ、肩では済まなかったかもしれない。


 窓を抜けた弾が、頭や胸に当たっていてもおかしくなかった。


 今回、たまたま全員が帰ってこられた。


 次も同じとは限らない。


 仕事に必要になった装備。


 車。


 連絡手段。


 治療。


 逃げるための準備。


 そして、この先もっと大きな仕事をするなら、何へ金を使えば全員が無事に帰ってこられるのか。


 これまでなら、大金を手にすればまず自分たちの取り分を考えていた。


 今は違った。


「……八万ドルか」


 悠斗はもう一度呟いた。


 大金を手にしたという興奮より先に浮かんだのは、


 次も全員で帰ってくるために、この金をどう使うか。


 そのことだった。

お読みいただきありがとうございます。

ブックマークや評価をいただけると励みになります。

よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。