第2章 第66話 7人でやる大仕事
「五人じゃ足りないと思う」
悠斗がそう言うと、テーブルを囲んでいた四人が顔を上げた。
三日後の夜。
MIRAGEとSHIFTが本当に動く可能性が最も高いと、ナナが絞り込んだ時間だ。
もちろん、それだけで仕事を始めるつもりはない。
抗争そのものが起きるのか。
警察が本当に港湾地区へ集中するのか。
そこまで確認できて初めて、動くかどうかを決める。
その前提で、悠斗たちは何を狙えるのかを考えていた。
南部の小さな貸しスペースに集まり、テーブルには飲み物と簡単な地図、ナナのスマートフォンが置かれている。
「五人じゃ足りないって、人数が?」
蓮が聞いた。
「人数っていうより、役割かな」
悠斗は答えた。
「大きい仕事にするなら、運ぶ人もいるし、周りを見る人もいる。車も一台じゃ足りないと思う。ナナには抗争と警察の動きを見ててもらいたいし」
「全員で全部やるのは無理ってことか」
アキラが言う。
「うん。それに、場所によっては俺たちだけじゃ入れない」
悠斗の視線がナナのスマートフォンへ向く。
今回の候補になった施設は、ナナがMIRAGEとSHIFTについて調べる中で偶然拾った噂から見つかったものだった。
抗争とは直接関係ない。
裏社会の大口取引がある前後だけ、現金や換金性の高い品物が一時的に集められる場所がある。
そんな話が何度か別々のところから出てきた。
最初はナナも気にしていなかった。
だが調べてみると、複数の噂が同じ施設を指していた。
「絶対に金があるってわけじゃないからね」
ナナが念を押す。
「そこは分かってる」
「空振りも普通にあると思う」
「でも、入ってる日はかなり大きいんだろ?」
蓮が聞く。
ナナは肩をすくめた。
「噂が本当ならね。今までの店よりは桁が違うって話」
「急に夢あるじゃん」
「さっきまで空振りもあるって言ってたでしょ」
アキラが呆れたように返した。
悠斗は小さく笑いながらも、頭の中では条件を整理していた。
施設は銀行ではない。
一般客が出入りする店でもない。
だからといって簡単な場所でもない。
外から確認できる範囲では、入口に電子式のロックが使われている。
そこが最初の問題だった。
「タクミに聞くしかないか」
アキラが言う。
「俺もそう思ってた」
悠斗は頷く。
桐谷タクミ。
機械や電子機器には強いが、荒事には向いていない。
以前にもその知識に助けられたことがある。
ただし、何でもできるわけではない。
そこを間違えてはいけない。
◇
その日のうちにタクミと会った。
施設の場所そのものや細かな事情をすべて話すのではなく、必要な範囲だけ説明して、電子ロックを見てもらえるか確認する。
話を聞き終えたタクミは、最初から警戒した顔をしていた。
「先に言っとくけど、俺、何でも開けられるわけじゃないぞ」
「分かってる」
「写真見ただけで余裕とかも言わないからな」
「うん」
「現物見て、無理だと思ったら無理って言う」
「それでいい」
悠斗はすぐ答えた。
「開けられなかったら、その時点で帰る」
タクミが少し意外そうに見る。
「ここまで準備してても?」
「開けられないのに続けた方が危ないし」
「……なら、いい」
タクミは少し考えた後、協力を引き受けた。
これで六人。
だが、まだ足りない。
戻って話をすると、ナナがすぐに言った。
「大河は?」
「大河?」
「運ぶなら一番向いてるでしょ」
相馬大河。
体格が良く、力もある。
戦闘要員として数を増やしたいわけではない。
今回は、短い時間でできるだけ多くの金品を運び出したい。
「確かに」
悠斗も納得した。
大河に話を持ちかけると、反応はタクミとは正反対だった。
「でかい仕事?」
「まだやるって決まったわけじゃないよ」
「でも、条件揃ったらやるんだろ?」
「そうだけど」
「じゃあ行く」
「だから話最後まで聞いて」
悠斗が止めると、大河は楽しそうに笑った。
危険があること。
途中で中止する可能性があること。
金額も確定していないこと。
そこまで説明した上で、大河も参加を了承した。
これで七人。
ただし、ここは曖昧にしなかった。
「確認だけど、今回手伝ってもらうだけだから」
悠斗が言う。
「Placeholderに入るとか、そういう話とは別」
タクミがすぐ頷く。
「むしろそれで頼む」
大河も、
「俺も今はそれでいい」
と答えた。
今回だけの協力者。
そこを全員で共有した。
◇
七人が揃ったところで、役割を決めていく。
悠斗が最初に口を開いた。
「俺は中に入って運ぶ。全体も見る」
「じゃあ俺も搬出」
蓮が続ける。
「終わったら共有車の運転な」
「そこは任せて」
共有の黒いスポーツセダン。
逃走時の運転は、当然蓮だ。
「アキラは?」
悠斗が聞く。
「人いた時は俺が話す。その必要なかったら運ぶ」
「それでお願い」
「大河はひたすら運ぶ?」
蓮が笑う。
「一番分かりやすくていいな」
大河も笑う。
「重いの寄越してくれればいい」
四人が搬出。
残るのはシオン。
悠斗はそちらを見る。
「シオンは運ばないで、周り見ててほしい」
「分かった」
短い返事。
それで役割は決まった。
全員が荷物に気を取られれば、外の変化に気づけない。
警戒に一人を残せること自体が、人数を増やした意味でもある。
「ナナは現場入らない方がいいよね」
アキラが言う。
「私もその方がいいと思う」
「大型バン、運転できる?」
悠斗が聞いた。
「普通に走るだけなら問題ないよ。蓮みたいなことはできないけど」
「しなくていいから」
「するつもりないよ」
ナナが笑った。
奪った金品を載せるため、今回は共有車とは別に大型のレンタルバンを用意する。
ナナはその運転席で待機。
MIRAGEとSHIFTの動き。
警察の流れ。
周辺の異変。
それらを確認しながら、何かあればすぐバンを動かせる状態にしておく。
「タクミはロック開けたら、そのままバン戻って」
悠斗が言う。
タクミは露骨に安心した。
「それ助かる」
「外で何か起きても、無理に残らなくていい」
「俺、銃とか本当に無理だからな」
「だから戻ってもらうんだよ」
役割が一つずつ決まっていく。
七人になると、五人の時には考えなくてよかったことまで増えた。
誰を中へ入れるか。
誰を外へ残すか。
誰がどの車を動かすのか。
人数が増えれば楽になるだけではない。
ちゃんと分けなければ、逆に動きにくくなる。
◇
「あと、連絡どうする?」
アキラが言った。
「スマホじゃ遅いよな」
蓮が答える。
「二台に分かれるし、シオンも離れて見るんだろ?」
悠斗も同じことを考えていた。
そこで、今回の仕事用としてトランシーバー式のインカムを七人分用意することになった。
軍用のような高価なものではない。
近距離で全員がすぐ話せれば十分だ。
「これも仕事の金から?」
ナナが確認する。
「うん」
悠斗は頷いた。
「レンタルバンもインカムも、今回必要な物だからプール金から出そう」
現在のプール金は1,139ドル。
無駄遣いできるほど多くはない。
今回の準備費を出せば、当然減る。
アキラが少し苦笑する。
「これで抗争起きなかったら、何も稼がず金だけ減るな」
「それでも仕方ないよ」
悠斗は答えた。
「起きなかったのに無理して取り返そうとする方が怖い」
誰も反対しなかった。
後日、七人分のインカムを揃えて動作確認をする。
全員が装着したところで、蓮が口を開いた。
『聞こえる?』
耳元から声が流れる。
本人は目の前にいる。
アキラが眉をひそめた。
「普通に喋れよ」
『聞こえる?』
「聞こえてるって」
大河が声を上げて笑う。
ナナも笑いながら、
『こっちも聞こえる』
と試す。
タクミまで何か言おうとしたところで、
『うるさい』
シオンの低い声が全員の耳へ届いた。
一瞬静かになり、その後アキラが吹き出す。
「一番使い方うまいじゃん」
緊張していた空気が少しだけ緩んだ。
◇
最後に決めたのは、どうすれば始めるかではない。
どうなったら、やめるかだった。
「抗争が始まらなかったら?」
アキラが確認する。
「中止」
悠斗は答える。
「始まっても、警察がほとんど動かなかったら?」
ナナ。
「それもやめる」
「現場行ったら、人が思ったより多かった」
今度は蓮。
「帰る」
「俺がロック無理って言ったら?」
タクミ。
「そこで終わり」
大河が腕を組みながら聞く。
「ここまで準備してても?」
悠斗は一度だけ黙った。
レンタルバンを借りる。
インカムを揃える。
七人集める。
プール金も使う。
当日になって帰ることになれば、損は残る。
それでも答えは変わらなかった。
「条件が違ったら、俺たちが準備した仕事じゃなくなるから」
口にすると、自分でもしっくりきた。
準備に金を使ったからやる。
人を集めたからやる。
そこまで来たからやる。
そうなったら、たぶん危ない。
アキラが頷く。
「それでいいと思う」
蓮も、
「俺も」
と続く。
ナナが軽く手を挙げた。
「私の読みが外れても怒らないでね」
「外れたら帰るだけだよ」
「即答されるとちょっと腹立つ」
「どっちなの?」
笑いが起こった。
悠斗も笑ったが、胸の奥の緊張は消えなかった。
今までより大きな仕事だ。
準備をすればするほど、むしろ危険さが現実味を増していく。
それでも、勢いだけで突っ込むつもりはない。
決行するかどうかを最後に決めるのは、自分たちだ。
その判断をするためには、まず三日後、本当に街が動くのかを見なければならない。
悠斗はテーブルに置かれたインカムへ目を落とした。
準備はできた。
あとは、噂が現実になるかどうかだった。
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