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『引きこもり高校生、犯罪都市でギャングを始める ~友達ゼロだった俺の成り上がり~  作者: 阿鼻恭介
第2章

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第2章 第63話 奪う側と守る側

 濃紺のセダンは、一定の距離を保ったままついてきていた。


 近づきすぎることもなければ、離れることもない。


 夜の工業地帯を走る黒いスポーツセダンの後方で、街灯の下へ入るたびに濃紺の車体が浮かび上がる。


「まだいる?」


 悠斗が聞く。


「いる」


 蓮の声から、さっきまでの軽さは消えていた。


 両手でハンドルを握り、前方とミラーを交互に確認している。


 後部座席では、黒いバッグを抱えた男が落ち着かない様子で姿勢を変えた。


「やっぱり来たのか……」


「知ってる車ですか?」


 悠斗が振り返る。


「いや。俺も誰が狙ってるのかまでは聞いてない」


 男はバッグを抱え直した。


「悪いな。こんなことになるなら、もう少し詳しく聞いとくべきだった」


「まだあの車がそうだって決まったわけじゃないです」


 悠斗が答えると、シオンも窓越しに後方を見ながら口を開いた。


「決めつけない方がいい」


「……そうだな」


 男が小さく頷く。


 次の交差点を越えても、濃紺のセダンは後ろにいた。


 さらに数分。


 繁華街の明かりは遠ざかり、道路沿いには倉庫や資材置き場が増えていく。


 交通量も少しずつ減っていた。


 蓮は速度を変えない。


 普段の軽口もなく、無闇に飛ばそうともしない。


 危険な場面になると冷静になる蓮の一面を、悠斗は改めて感じていた。


「そのままでお願い」


「はいはい」


 返事だけはいつもの調子だった。


 その時、後ろの濃紺のセダンが動いた。


 距離が一気に縮まる。


「来る」


 シオンが言った。


 強いライトが後方から差し込み、車内のミラーが白く光る。


「やっぱ偶然じゃなかったな」


 蓮が低く呟く。


 濃紺のセダンが右側へ出ようとした。


 さらにその後ろから、もう一台の車が近づいてくる。


「二台いる」


 悠斗の喉が乾く。


「見えてる」


 蓮は短く返した。


 後部座席の男が息を呑んだ。


「止まるな。頼む」


「止まる気ないよ」


 蓮は前を見たまま答える。


 前方には仕事帰りらしい一般車両が数台走っていた。


 道幅は広い。


 それでも、周囲の車を巻き込めば意味がない。


「撃つ?」


 シオンが静かに尋ねる。


「まだ」


 悠斗はすぐに答えた。


 向こうは追ってきている。


 だが、まだ撃ってはいない。


 こちらから先に銃撃すれば、護衛仕事がその瞬間に殺し合いへ変わる。


 目的は相手を倒すことではない。


 金を届けることだ。


「蓮、目的地まで行けそう?」


「行ける」


 返事は早かった。


「でも少し揺れるかも」


「分かった」


「後ろ、バッグ落とさないでね」


 男が黒いバッグを両腕で抱え直す。


「絶対落とさねえよ」


 黒いスポーツセダンが加速した。


 エンジン音が低く響き、街灯が流れていく。


 悠斗の身体がシートへ押しつけられた。


 右後方から濃紺のセダン。


 反対側からもう一台。


 二台が距離を詰めてくる。


 蓮は追跡車だけを見るのではなく、前方の車や交差点にも視線を配っていた。


 悠斗には、そのすべてを同時に追う余裕はない。


 だから任せる。


 運転は蓮の方が上手い。


 それでいい。


「左、来る」


 シオンの声が飛ぶ。


 もう一台が並びかける。


 悠斗の心臓が大きく鳴った。


 次の瞬間、前方を大型トラックが通過する。


 蓮は周囲の流れを見ながら進路を変え、二台が同時に横へ並ぶ形を崩した。


 タイヤが路面を強く踏み、車体が大きく揺れる。


「うわっ……!」


 後部座席の男が身体を支えた。


「悪い!」


「謝るくらいならちゃんと届けてくれ!」


「それは任せて!」


 こんな時でも蓮の声には少しだけ余裕がある。


 悠斗はミラーを見る。


 二台ともまだ追ってくる。


 その直後だった。


 乾いた音が一度、夜の道路に響いた。


 悠斗の肩が跳ねる。


 指先が一気に冷たくなった。


 シートベルトが胸へ食い込むほど、無意識に身体へ力が入る。


「今の……」


「向こう」


 シオンが答える。


 車体へ衝撃はない。


 窓も割れていない。


 少なくとも、こちらには当たっていなかった。


 それでも、撃たれたという事実だけで身体の奥が強張る。


 悠斗は唾を飲み込んだ。


「返す?」


 シオンが再び聞く。


 悠斗は一瞬迷った。


 怖い。


 撃たれている以上、撃ち返した方が安心できる気もする。


 けれど前には一般車両がいる。


 相手の車内に何人いるのかも分からない。


 走る車同士で撃ち合えば、誰に当たるか分からない。


「まだいい」


「了解」


 シオンは銃へ手をかけたまま、それ以上動かなかった。


「あとどれくらい?」


 悠斗が聞く。


「五分もない」


「じゃあ逃げ切ろう」


「そのつもり」


 蓮が短く答える。


 黒いスポーツセダンは工業地帯を抜けていく。


 追ってくる二台も諦めてはいないが、さっきまでのようには距離を詰められていなかった。


 やがて前方に、大きな倉庫が見えてきた。


「あれ?」


 悠斗がスマートフォンの地図と見比べる。


「そこだ」


 後部座席の男が身を乗り出した。


 倉庫の前には二台の車が停まり、数人の男が待っている。


 こちらへ気づくと、そのうち何人かがすぐに道路側へ視線を向けた。


「味方?」


「そうだ!」


 男の声が明るくなる。


「そのまま入ってくれ!」


 蓮が敷地へ車を入れる。


 待っていた男たちがこちらへ近づきながら、後方の道路も警戒していた。


 追ってきた濃紺のセダンが速度を落とす。


 もう一台も続いた。


 一度は倉庫側へ寄ろうとしたものの、敷地内の人数を見たのか、二台ともそのまま道路を通り過ぎていく。


 その場で争うには割に合わないと判断したのだろう。


「……行った?」


 悠斗が振り返る。


「行った」


 シオンが答えた。


 そこでようやく、悠斗は自分が浅い呼吸を繰り返していたことに気づいた。


「はあ……」


 大きく息を吐く。


「普通に怖かった」


「俺も」


 蓮がハンドルへ背中を預ける。


「撃ってくるとは思ってなかった」


「狙われてるとは聞いてた」


 シオンが淡々と返す。


「狙うと撃つは結構違うだろ」


「そう?」


「違うって」


 いつものやり取りが戻ったことで、悠斗の肩から少し力が抜けた。


 後部座席の男も、ようやくバッグから片手を離した。


「助かった。本当に」


「まだ中身確認してからですよ」


 悠斗が言う。


「真面目だな」


 男は苦笑しながら車を降りる。


 待っていた二人が近づき、黒いバッグを受け取った。


 男たちはそのまま倉庫の中へ入っていった。


     ◇


 十分ほどして、悠斗のスマートフォンが鳴った。


 エドガーからだった。


「はい」


『届いたって聞いた。まず、お前ら怪我は?』


「大丈夫です。誰も怪我してません」


『そうか。良かった』


 電話の向こうで、エドガーが短く息を吐いた。


『車は?』


「無事です」


 悠斗が答えると、蓮が横から小さく、


「そこも大事」


 と呟いた。


『途中で撃たれたんだってな』


「一発だけですけど」


『悪かった。狙われる可能性はあると思ってたが、まさか撃ってくるとは思ってなかった』


「でも、最初に危険はあるって聞いてたので」


『そう言ってもらえると助かる』


 少し間があった。


『約束は3,600ドルだったけど、今回は色つける。4,000ドル払う』


「4,000ドル?」


『実際に撃たれてるからな。それくらいは出す』


 予定より400ドル増えた。


 悠斗は一瞬驚いたものの、それ以上値段について何か言う必要はないと思った。


「……ありがとうございます」


『明日、渡せるようにしとく』


「分かりました」


『レオにも礼言っとく。ちゃんと仕事する連中だったってな』


 その言葉に、悠斗は少しだけ返事が遅れた。


「ありがとうございます」


『また頼むことがあるかもしれねえ。その時はよろしく』


「はい」


 通話が切れる。


「何て?」


 蓮が聞いた。


「報酬、4,000ドルにするって」


「増えたの?」


「撃たれた分、色つけるって」


「それなら納得」


 蓮が頷く。


 シオンが悠斗を見る。


「配分は?」


 悠斗は少し考えた。


 もともとは3,600ドルのうち、


 ナナに100ドル。


 プール金に500ドル。


 現場へ出た三人に1,000ドルずつ。


 そう決めていた。


「俺たち三人の1,000ドルと、ナナの100ドルはそのままでいいと思う」


「じゃあ増えた400ドルは?」


 蓮が聞く。


「プール金に入れない?」


 悠斗が答える。


「元々500ドル入れる予定だったから、合わせて900ドル」


「俺はいいよ」


 蓮がすぐに頷く。


「いい」


 シオンも短く答えた。


 これで、


 ナナへ100ドル。


 悠斗、蓮、シオンへ各1,000ドル。


 プール金へ900ドル。


 合計4,000ドル。


 現在の239ドルと合わせれば、プール金は1,139ドルになる。


「やっと1,000超えるな」


 蓮が言った。


「共有車の整備とか考えたら、まだ安心はできないけど」


 悠斗が返す。


「壊さなきゃいい」


 シオンが言う。


「それ俺に言ってる?」


「運転してるの蓮だから」


「やっぱり今日厳しくない?」


「いつも」


 悠斗は笑いながらスマートフォンを見る。


 グループチャットにナナからメッセージが届いていた。


【終わった?】


 悠斗は、


【無事終了】


 と返す。


 少し考えてから、


【報酬4,000ドルになった】


 と続けた。


 すぐに既読がつく。


【じゃあ私の100ドルも増える?】


 蓮が画面を覗き込み、吹き出した。


「増やそうとしてる」


 悠斗も思わず笑う。


【100ドルです】


 返すと、今度はアキラから届いた。


【そこは即答なんだ】


 続けてナナ。


【冗談だよ。100ドルでいい】


 ついさっきまで銃声を聞いていたのに、こうしていつもの会話へ戻れる。


 そのことが、今は少しだけ嬉しかった。

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