↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『引きこもり高校生、犯罪都市でギャングを始める ~友達ゼロだった俺の成り上がり~  作者: 阿鼻恭介
第2章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

60/170

第2章 第60話 Placeholder

 翌日の昼過ぎ。


 悠斗たちは南部から少し離れた貸し倉庫の一室に集まっていた。


 拠点というほど大げさな場所ではない。アキラが短期間だけ使える場所を見つけてきただけで、室内には折り畳み式のテーブルと椅子が四脚ある程度だった。


 そのテーブルの中央には、昨夜の質屋から持ち出したバッグが置かれている。


「じゃあ、確認するか」


 アキラがバッグの口を開いた。


 中から出てきたのは、現金と複数の品物だった。


 腕時計が4本。


 ネックレスが6本。


 指輪が8点。


 ブレスレットが3本。


 そのほかにも、小さな宝石の付いたイヤリングやペンダントがいくつかある。


 昨夜は警察に囲まれ、逃げることだけで精一杯だった。


 四人が落ち着いて中身を見るのは、これが初めてだった。


 蓮が腕時計を1本持ち上げる。


「これ、高い?」


「俺に聞くなよ」


 アキラが苦笑する。


「質屋に置いてあったんだから、それなりなんじゃない?」


「その“それなり”が分かんないんだよな」


 悠斗もテーブルを見つめた。


 現金なら数えれば価値が分かる。


 だが、品物は違う。


 店に付いていた値札と、実際に誰かへ売った時の金額が同じとは限らない。


「先に現金数えよう」


 四人で札を確認する。


 しばらくして、アキラが最後の紙幣を置いた。


「3,887ドル」


 蓮が眉を上げる。


「思ったよりあったな」


「でも、こっちどうする?」


 アキラがテーブルに並んだ品物を見る。


 その一言で、全員の視線が集まった。


 誰も答えない。


「普通の店に持っていくのはまずいよな」


 アキラが言う。


「多分」


 悠斗も頷く。


「じゃあ、どこで売る?」


 蓮の問いに、また沈黙が落ちた。


 悠斗にも分からなかった。


 奪って逃げるところまでは考えた。


 けれど、逃げた後に品物をどう現金へ変えるかまでは、具体的に考えていなかった。


 画面越しなら「換金した」の一言で済んでいたことも、この街では実際に買う人間が必要になる。


「あと、車」


 シオンが短く言った。


 その言葉で、今度は全員が倉庫の外へ意識を向けた。


 昨夜の逃走に使った、アキラの灰色のスポーツセダン。


 蓮が野次馬から戻った時にナンバーは隠してある。


 それでも、警察には車体そのものを長く見られていた。


 色。


 形。


 車種。


 逃走に使われたこと自体は変わらない。


「……これ、もう普通には乗れないよな」


 アキラが言った。


「だろうな」


 蓮も頷く。


 アキラは少し考え込んだ。


「海外に売れたりしないかな」


「誰に?」


「知らない」


「じゃあ無理じゃん」


「だから困ってんだよ」


 アキラが眉を寄せる。


 シオンが倉庫の入口へ目を向けたまま言った。


「無理なら処分」


「それも、どうすればいいんだ?」


 誰も答えられなかった。


 海外へ売る。


 それが無理なら処分する。


 今の悠斗たちに思いつくのは、その程度だった。


 売る方法も知らない。


 処分の仕方も知らない。


 品物の売り先も分からない。


 結局、分からないことばかりだった。


 悠斗はスマートフォンを取り出した。


「……レオさんに聞いてみる」


「連絡できるんだっけ?」


 アキラが聞く。


「この前交換した」


「じゃあ聞こう」


 蓮が言った。


 悠斗はレオの連絡先を開く。


 電話をかける前に、一度だけ息を吐いた。


 以前なら、それだけで何分も迷っていたかもしれない。


 今でも好きではない。


 それでも、聞かなければ何も進まない。


 悠斗は通話ボタンを押し、スマートフォンを耳へ当てた。


     ◇


『どうした』


 数回の呼び出し音のあと、レオの落ち着いた声が聞こえた。


「あ、悠斗です。今、大丈夫ですか?」


『手短になら』


「ちょっと相談したいことがあって」


『何だ』


 悠斗は昨夜のことを必要な範囲で説明した。


 質屋へ入ったこと。


 警察に囲まれたこと。


 何とか逃げ切ったこと。


 店から持ち出した腕時計やアクセサリーの売り先が分からないこと。


 そして逃走に使ったアキラの車を、どうすればいいのか分からないこと。


『車はどうしようと思ってる』


「海外に売れないかなって話はしてました」


『当てはあるのか』


「ないです」


『だろうな』


「無理なら処分するしかないかなって」


 電話の向こうで、レオが小さく息を吐いた。


『お前ら、盗って逃げるところまでは考えて、その後はほぼ何も考えてなかったんだな』


「……はい」


『正直でいいけどな』


 褒められてはいない。


 それくらいは悠斗にも分かった。


『まず品物だ。そういうのを扱ってる奴はいる』


「紹介してもらえますか?」


『できる』


「助かります」


『車も、捨てるしかないって決まったわけじゃない』


 悠斗は思わず姿勢を正した。


「使えるんですか?」


『状態次第だ。警察に見られたままの姿で乗り回すのはやめた方がいい。ただ、そういう車を扱う連中はいる』


「どんな人ですか?」


『名義関係を扱える奴と、こういう車を裏で触ってるメカニックだ。車を見せて、残せるか聞け』


「そんな人がいるんですね」


『裏で車使ってる連中が、毎回全部捨ててたら金がいくらあっても足りねえだろ』


 言われてみれば、その通りだった。


「紹介、お願いしてもいいですか?」


『いい。金は自分たちで払えよ』


「もちろんです」


『質屋の品物を見てもらえる相手も一緒に送る』


「ありがとうございます」


 悠斗がほっと息を吐いたところで、レオがふと思い出したように言った。


『そういや』


「はい?」


『お前らのチーム、何て名前なんだ?』


「……チーム名?」


 思わず聞き返してしまう。


『いつまで俺に“悠斗たち”とか“お前ら”って呼ばせる気だ』


「あー……」


 悠斗は少し考えた。


「ないです」


『は?』


「まだ決めてなくて」


 今度は明らかに呆れた沈黙が返ってきた。


『人数集めて仕事して、金までまとめ始めてるのに名無しか』


「まあ……はい」


『好きにしろ。ただ、呼び方くらいはあった方が楽だぞ』


「考えます」


『紹介先はあとで送る』


「ありがとうございます」


『次は、逃げた後のことまで少し考えとけ』


「はい」


 通話が切れた。


 悠斗がスマートフォンを耳から離すと、アキラがすぐに聞いた。


「どうだった?」


「品物を買ってくれる人は紹介してくれるって」


「車は?」


「処分するしかないわけじゃないらしい。名義関係を扱う人と、裏でこういう車を触ってるメカニックを紹介してくれるって」


 蓮が倉庫の外へ目を向ける。


「じゃあ、まだ残せるかもしれないんだ」


「見てもらってから」


 シオンが短く言う。


「あと、何か聞かれた?」


 アキラの問いに、悠斗は少し困った顔をした。


「俺たちのチーム名」


 三人が一瞬黙る。


「ないじゃん」


 蓮が言った。


「だから俺もそう答えた」


「何て言われた?」


「いつまで名無しなんだって呆れられた」


 アキラが笑った。


「まあ、それはそうだな」


     ◇


 その日のうちに、レオから紹介先が送られてきた。


 まず灰色のスポーツセダンを見てもらうことになった。


 名義関係を扱う男と、裏の車仕事を請け負うメカニックが車体を一通り確認する。


 ボディには昨夜の逃走で付いた細かな汚れや傷が残っていたが、走行そのものに大きな問題はない。


 しばらく確認したあと、処分する必要はないという結論になった。


 名義を整理し、裏のメカニックのところで外見にも手を入れれば、まだ使えるという。


 塗装を変える。


 フロントやサイド、リアの外装にも手を入れる。


 必要ならエアロパーツも交換する。


 昨日までの灰色のスポーツセダンとは、見た時の印象そのものを変える。


 それを聞いて初めて、悠斗たちは車を残すことを現実的に考えた。


「じゃあさ」


 話を聞き終えたあと、蓮が灰色のスポーツセダンを見る。


「これ、俺らで使わない?」


 アキラが振り返る。


「共有?」


「前から欲しいって話してただろ。みんなの車」


 悠斗も車を見る。


 共同で使える車については、以前から何度も話していた。


 だが、プール金はまだ220ドルしかない。


 中古車を買えるほどの金はなかった。


 こんな形で候補が出てくるとは思っていなかった。


「でも、アキラの車だし」


 悠斗が言う。


 アキラは少しだけ車を眺めたあと、肩を竦めた。


「俺は売ってもいいよ」


「いくら?」


 蓮が尋ねる。


「5,500ドルで買ったから、3,800ドルでいいよ」


「現金ほぼ全部じゃん」


「まあ、昨日ので普通には乗りづらくなったし。それでもタダで渡す気はないけど」


「それはそう」


 悠斗も頷いた。


 処分しなくてもいい。


 手を入れれば使える。


 それなら、共有車として残す意味はある。


「じゃあ、買おう」


 悠斗が言った。


 シオンも頷く。


「いいと思う」


 蓮にも異論はなかった。


 質屋から持ち出した現金は3,887ドル。


 そこからアキラへ3,800ドルを支払う。


 残りは87ドル。


 悠斗はそこで思い出した。


「ナナの調査料もある」


「80ドルだっけ?」


 アキラが聞く。


「うん」


「それも先に分けとこう」


 ナナへ渡す80ドルを取り分ける。


 残った現金は7ドルになった。


 蓮がテーブルの上の金を見る。


「昨日あんな目に遭って、7ドルか」


「車一台残っただろ」


 アキラが笑う。


「もうお前のじゃないけどな」


「3,800ドルもらったから文句はない」


     ◇


 質屋から持ち出した腕時計4本、ネックレス6本、指輪8点、ブレスレット3本、それに宝石付きのイヤリングやペンダント類は、レオに紹介された相手へまとめて買い取ってもらった。


 その売却代金は、ほとんど車へ使うことになった。


 名義を整理するための費用。


 車体の塗装。


 フロントやサイド、リアの外装変更。


 エアロパーツを使ったカスタム。


 裏の車仕事を請け負うメカニックに預け、警察に見られた灰色のスポーツセダンとは印象の違う車へ作り直してもらう。


 費用を聞いたアキラが、思わず笑った。


「結局、品物の金もほぼ残らないじゃん」


「今回は金稼いだっていうより車買った感じだな」


 蓮が言う。


「共有のな」


 シオンが付け加えた。


 裏のメカニックは、最後に費用を40ドル分まけてくれた。


 すべての支払いを終えると、品物の売却代金から残ったのは12ドル。


 最初の現金から残っていた7ドルと合わせて19ドルだった。


「……19ドル」


 アキラが何とも言えない顔をする。


「分ける?」


 蓮が笑いながら聞いた。


「4人で?」


「4ドルちょっとずつ」


「いらない」


 シオンが即答した。


 悠斗も思わず笑う。


「プール金に入れよう」


「俺もそれでいい」


 アキラが頷く。


 蓮にも異論はなかった。


 これまで220ドルだったプール金へ19ドルを追加する。


 合計239ドル。


 あれだけ大変な思いをした強盗で、自由に使える金はほとんど残らなかった。


 それでも、グループには一台の共有車両ができた。


 今はまだ裏のメカニックのところへ預けられている。


 塗装も外装も変わり、戻ってくる頃には以前とは違う姿になっているはずだ。


 悠斗には、その日が少し楽しみだった。


     ◇


 夕方になり、ナナも合流した。


「はい」


 悠斗が80ドルを差し出す。


 ナナが首を傾げる。


「何これ?」


「質屋を調べてもらった分」


「ああ」


 ナナが受け取る。


「ちゃんと払ってくれるんだ」


「仕事してもらったから」


「ありがと」


 現場に参加していなくても、やった仕事には金を払う。


 そこを曖昧にしないことは、これからも必要だと思った。


 ナナが80ドルをしまったところで、アキラがスマートフォンをテーブルへ置く。


「あと、もう一個決めることある」


「何?」


「俺らの名前」


 ナナが首を傾げた。


「名前?」


「さっきレオさんに聞かれたんだよ。チーム名何なんだって」


「ないじゃん」


「だから困ったんだって」


 ナナが自分のスマートフォンを見る。


 グループチャットの名前は今でも《仮》。


「これじゃ駄目?」


「半グレチーム《仮》って何だよ」


 アキラが笑う。


「でも、変に格好つけた名前も違うよな」


 蓮が言った。


 悠斗もそう思った。


 自分たちはまだギャングではない。


 色もない。


 縄張りもない。


 正式な拠点もない。


 それでも、ただの仕事仲間でもなくなっている。


 プール金がある。


 共有の車ができた。


 困った時には集まる。


 必要なら誰かが誰かへ連絡する。


 名前だけがなかった。


「仮の名前でいいんじゃない?」


 悠斗が言った。


「だから《仮》?」


 アキラが聞く。


「そうじゃなくて……意味が仮、みたいな名前」


「そんな都合いい言葉ある?」


 蓮が笑う。


 ナナがスマートフォンを操作し始めた。


「仮置きとか、正式なものが入るまで置いておくものなら……」


 しばらくして顔を上げる。


「Placeholderとか?」


「プレースホルダー?」


 悠斗が聞き返す。


「うん。正式なものに置き換えるまで、とりあえずそこに置いてあるものって感じ」


 蓮が口元を緩めた。


「それ、めちゃくちゃ今の俺らじゃん」


「でしょ?」


 ナナも笑う。


 アキラは声に出して確かめる。


「Placeholder……悪くないな」


 シオンも頷いた。


「いいと思う」


 悠斗は、その言葉を頭の中で繰り返した。


 Placeholder。


 まだ仮。


 いつか本物のギャングになるまでの途中。


 正式な組織になった時には、別の名前をつけるのかもしれない。


 今はまだ、それでいい。


「俺も好きかも」


 悠斗が言った。


「じゃあ決まりな」


 アキラが笑う。


 ナナがグループチャットの名前を変更する。


 長く使ってきた《仮》の文字が消えた。


 代わりに表示されたのは、


《Placeholder》


 という名前だった。


「おお」


 蓮が画面を覗き込む。


「急にチームっぽくなった」


「意味は仮だけどね」


 ナナが笑う。


「そこがいいんだろ」


 アキラも楽しそうだった。


 悠斗は画面を見つめた。


 今回の強盗で、個人の財布へ入る取り分はなかった。


 プール金が増えたのも19ドルだけ。


 それでも、自分たちには共有する車が一台できた。


 そして、名無しだった集まりに、初めて自分たちで決めた名前ができた。


 Placeholder。


 正式な何かになるまでの、仮の名前。


 今の自分たちには、それくらいがちょうどよかった。

お読みいただきありがとうございます。

ブックマークや評価をいただけると励みになります。


そして本日はここまで明日も5話投稿します。

よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。