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『引きこもり高校生、犯罪都市でギャングを始める ~友達ゼロだった俺の成り上がり~  作者: 阿鼻恭介
第2章

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第2章 第55話 仕事が向こうから来る

 翌日の昼前、悠斗のスマートフォンにレオから短いメッセージが届いた。


『昨日の森崎の件、こっちで確認する』

『ナナが見つけた話も参考にする』

『お前らはもう触らなくていい』


 安宿のベッドに腰掛けたまま、悠斗は画面を読み返した。


 EMBERとBOLTの間で食い違っていた六百ドル。


 仲介役だった森崎ケントには似たような金銭トラブルの噂があるらしいが、それだけで本人が何かをしたと決めつけることはできない。


 そこから先はEMBERが調べる。


 自分たちが森崎を追い回す必要はない。


『悠斗:分かりました』


 返信すると、スマートフォンをベッドへ置いた。


 少し気にはなる。


 だが、何でも最後まで自分たちで解決しようとする必要はないのだろう。


 数分もしないうちに、再び通知音が鳴った。


 今度はアキラからの個人メッセージだった。


『アキラ:今日空いてる?』

『アキラ:ちょっと相談ある』


『悠斗:仕事?』


 返事はすぐに来た。


『アキラ:たぶん』

『アキラ:俺一人で返事しない方がいいと思った』


 悠斗は少しだけ姿勢を正した。


『悠斗:分かった』

『悠斗:どこ行けばいい?』


     ◇


 一時間ほど後。


 待ち合わせ場所は、南部と中央地区の境にある小さな公園だった。


 頭上を高架道路が走り、一定の間隔で車の走行音が低く響く。昼休みらしい作業員たちが離れたベンチで弁当を食べ、道路の向こうではガソリンスタンドの店員が給油機の周囲を掃除していた。


 アキラは先に来ていた。


「早いな」


「呼んだ方が遅れたら格好悪いだろ」


 悠斗は隣へ腰を下ろす。


「それで?」


「昨日の夜、知り合いから連絡が来た」


「誰?」


「前に一回だけ仕事で会った奴。その知り合いが南部でバーやってるらしい」


「バー?」


「そこで金の揉め事が起きてる」


 悠斗は少し眉を寄せた。


「昨日とは別?」


「全然別。店主が半グレから金借りてて、返済額で揉めてるらしい」


「取り立てを手伝ってほしいってこと?」


「逆。店側から」


 アキラはスマートフォンを取り出した。


「今日、貸した側と話し合うから、第三者として二、三人いてほしいって」


「……俺たちが?」


「そう」


「何で?」


 アキラが苦笑する。


「昨日、EMBERとBOLTが倉庫前で集まってたの見た奴がいたらしい。そこで俺が喋ってたって話が、知り合いの知り合いまで回った」


「もう?」


「『アキラって奴が間に入って、殴り合いにならなかったらしい』くらいの話。俺たち全員の顔や名前が広まってるわけじゃない」


 それならまだ納得できた。


 南部の裏仕事に関わる人間同士なら、誰がどこで何をしていたという噂が流れることはあるのだろう。


「それでアキラに?」


「話し合いできる奴なら頼めるかも、って」


 アキラは少し照れ臭そうに鼻をこすった。


「条件は二人か三人。二時間までで五百ドル。店側が払う」


「相手は誰?」


「《HOUND》っていう半グレ。五、六人くらいで動いてるらしい」


「知ってる?」


「名前だけ」


 悠斗は少し考える。


「店側から金をもらうなら、完全な第三者ではないよね」


「俺もそこが引っかかった」


「店の味方として相手を脅すのは嫌だな」


「それも同じ」


 アキラが笑う。


「だから一人で決めなかった」


 悠斗は少しだけ嬉しくなった。


 自分が何でも決めるのではなく、迷った時に話を持ってきてくれる。


 それも、今までにはなかった変化だった。


「条件つけよう」


「どんな?」


「俺たちは店の用心棒じゃない。両方の話を聞くだけ。HOUND側にも、俺たちが来ることを先に伝えてもらう」


「人数は?」


「二人でいいと思う」


「シオンとか呼ばなくていい?」


「今回は戦う仕事じゃないし、人数増やしたら圧力に見えるかもしれない」


「だな」


「HOUND側が嫌だって言うなら行かない」


 アキラは頷いた。


「それ、店主に伝える」


     ◇


 返事が来たのは一時間ほど後だった。


 店主からHOUND側へ、


「第三者として二人同席させたい。武器を見せたり、取り立てを邪魔したりするためではない。双方の話を聞くだけ」


 と伝えたらしい。


 HOUND側からは、


『二人だけなら構わない』


 という返答があった。


 悠斗はそこで初めて引き受けることにした。


 念のため《仮》にも話だけ共有する。


『悠斗:今日アキラと二人で話し合いの立ち会い行く』

『悠斗:戦う仕事じゃないから今回は二人だけ』


 シオンからは、


『シオン:了解』


 蓮からは、


『蓮:地味』


 ナナからは、


『ナナ:HOUNDなら名前だけ聞いたことある』

『ナナ:詳しくは知らない』


 と返ってきた。


 悠斗はそれ以上調べてほしいとは頼まなかった。


     ◇


 夕方。


 問題のバー《OLD JACK》は、南部の古い商店街から一本外れた通りにあった。


 開店前のため看板のネオンはまだ消えている。細い路地には酒瓶のケースや配送用の台車が並び、裏口から食材を運び込む店員の姿が見えた。


 店内には八席ほどのカウンターと、小さなテーブルが四卓。


 悠斗とアキラを迎えた店主は、三十代後半くらいの男だった。


「来てくれて助かる」


 少し疲れた顔をしている。


 アキラは席に着く前に確認した。


「最初に言っときますけど、俺たちは店側の用心棒じゃないです」


「ああ」


「相手に『この金額で納得しろ』って迫ることもしない。どっちの話も聞きます」


「分かってる」


「途中で喧嘩になりそうなら?」


「止めてほしい」


「それはできる範囲でやります。でも殴り合いを止めるために来たわけじゃないから、始まったら俺らも出ます」


 店主は少しだけ嫌そうな顔をしたが、最終的には頷いた。


「それでいい」


 アキラが悠斗を見る。


「こんな感じでいい?」


「うん」


 こういうところは、やはりアキラの方が上手い。


 曖昧なまま始めず、先に線を引く。


 悠斗はそのやり方を黙って覚えておくことにした。


     ◇


 午後六時を少し過ぎた頃、入口の扉が開いた。


 三人の男が入ってきた。


 先頭は二十代後半ほど。短く刈った髪に黒いジャケット。後ろの二人も体格はいいが、威圧するように武器を見せてはいない。


「真木だ」


 先頭の男が名乗った。


「HOUNDの話まとめてる」


 アキラも簡単に名乗る。


 真木は悠斗へ一度視線を向けたあと、カウンター席へ座った。


「昨日、EMBERの話し合いにいた奴ってお前?」


 聞かれたのはアキラだった。


「いたけど、別に俺がまとめたわけじゃない」


「でも喋ってたんだろ」


「まあ」


「それで呼ばれたって聞いた」


 どうやら噂は、アキラ個人を中心に伝わったらしい。


 悠斗は少し安心した。


 まだ「悠斗たち」という名前が街中に知れ渡ったわけではない。


 それでも、自分たちの誰かの行動が別の場所で仕事へ繋がったことに変わりはなかった。


「じゃあ始めよう」


 アキラが言った。


「先に借りた金額。店側から」


「二千五百」


「HOUND側は?」


「二千五百」


 真木も同じ。


「返済期限」


 これも一致した。


「途中で返した金額」


 そこも両者に大きな違いはなかった。


 問題は、期限を過ぎた後に追加された金額だった。


「最初に言われてねえ」


 店主が声を強める。


「遅れたら追加があるって説明した」


 真木も譲らない。


「二千ドルなんて聞いてねえよ!」


「二千になるまで遅らせたのはそっちだろ」


「ちょっと待って」


 アキラが手を上げる。


 二人とも黙った。


「今、話が二つ混ざってる」


 アキラは指を一本立てた。


「追加料金があるって最初から決まってたのか」


 二本目。


「決まってたとして、その金額が二千ドルになるのか」


 真木が少し眉を上げる。


「まず分けよう」


 店主は苛立ちながらも奥から一枚の書類を持ってきた。


「これだ」


 借用書らしい。


 アキラがカウンターの上に広げる。


 悠斗も横から見るが、細かい文言まではすぐ理解できない。


「ここ」


 アキラが指を差した。


「期限過ぎたら追加料金が発生するって書いてある」


「そんな細かいとこまで聞いてねえよ」


 店主が言う。


「署名してるなら、書いてないとは言えない」


 アキラはそこで店側に寄らなかった。


「でも、二千ドルになるかは別」


 真木を見る。


「どう計算した?」


「俺が出した数字じゃねえ」


「誰?」


「会計やってる奴」


「今日確認できる?」


 真木がスマートフォンを取り出した。


「できる」


 電話をかけ、店内の端へ移動する。


 その間、悠斗は借用書を眺めていた。


 数字には強くない。


 ただ、一つ気になった。


「アキラ」


「ん?」


「店主さん、途中で返した分って、追加料金を計算した人にも伝わってるのかな」


 アキラが悠斗を見る。


 店主も顔を上げた。


「返したぞ。こいつらの別の奴に」


「誰に?」


 アキラが聞く。


 店主が名前を答える。


 少しして電話から戻ってきた真木へ、その話を伝えた。


「その返済分、計算に入ってる?」


 真木が眉をひそめる。


「待て」


 再び電話する。


 今度は少し長かった。


 店内に気まずい沈黙が落ちる。


 悠斗は何も言わず待った。


 やがて真木が電話を切る。


「……途中の返済分が、向こうに反映されてなかった」


 店主が立ち上がりかける。


「ふざけんなよ!」


「待って」


 アキラが先に止めた。


「間違ってたのは分かった。正しい残額は?」


 真木はスマートフォンの画面を確認する。


「元金の残りと追加分合わせて……三千三百」


「四千五百じゃなく?」


「ああ」


「追加分だけなら?」


「八百」


 アキラは店主へ向き直った。


「追加自体は書類にある。でも請求額はHOUND側の計算ミス」


 今度は真木を見る。


「これでいい?」


「ああ」


「店主さんは?」


 男は不満そうではあったが、しばらくして頷いた。


「……三千三百なら払う」


「一括で?」


「無理だ」


 再び真木の表情が険しくなる。


「いつまで待たせる気だ」


「今月売上が落ちてんだよ」


 二人の声がまた強くなる。


 アキラが間へ入った。


「じゃあ今度は返し方だけ決めよう」


「二回」


 真木。


「三回」


 店主。


 どちらも譲らない。


 悠斗は少し考えてから、真木へ聞いた。


「……二回にして、店が途中で払えなくなったら、残りはどうなるんですか?」


「そりゃ取り立てる」


「店が潰れたら?」


 真木が黙る。


「俺、こういうの詳しくないですけど……払える形にした方が、全部戻る可能性は高くないですか?」


 答えを押しつけるのではなく、疑問として口にする。


 真木はしばらくカウンターを指先で叩いていた。


「最初だけ多く払えるか?」


 店主へ聞く。


「いくら?」


「千五百」


「それなら何とか」


「残りを二回」


 店主は少し考えたあと頷いた。


「分かった」


 アキラが二人の顔を見る。


「じゃあ、それを書いて残そう。今度こそ金額と日付、二人とも確認してから」


「そうする」


 真木の返事に、店主も黙って頷いた。


 ようやく場の空気が緩んだ。


     ◇


 HOUNDの三人が帰ったあと、店主は長く息を吐いた。


「助かった」


「俺たちが解決したっていうより、話を整理しただけです」


 アキラが答える。


「それが一人じゃできなかったんだよ」


 店主は約束通り五百ドルを差し出した。


 二人で二百五十ドルずつ。


 今回、取り分について悩む必要はない。


「ありがとうございます」


 悠斗も素直に受け取った。


「また何かあったら頼めるか?」


 店主に聞かれ、悠斗は少し考える。


「内容によります」


 隣でアキラが笑った。


「またそれ言う」


「大事でしょ」


「まあな」


 店を出ると、街には夕方の明かりが増え始めていた。


 飲食店の看板が灯り、仕事帰りの人々が歩道を行き交う。客待ちのタクシーが一台、ゆっくり通り過ぎた。


 悠斗は無意識にその車を目で追った。


 少し前まで、自分もあちら側にいた。


「五百ドルか」


 アキラが歩きながら言う。


「強盗するより少ないけど、今日は追われないな」


「撃たれもしない」


「それ大事」


 二人で笑う。


 少し歩いたところで、アキラがふと口を開いた。


「でもさ」


「何?」


「今回、俺らから仕事探してないんだよな」


 悠斗もそれには気づいていた。


 アキラへ話が持ち込まれた。


 一人で勝手に受けず、悠斗へ相談した。


 二人で条件を決め、相手にも了承を取った。


 実際に話を聞き、金を受け取った。


 細かい指示を出す依頼人はいなかった。


「昨日俺が喋ってたの見た奴がいて、それで仕事来た」


 アキラが言う。


「変な感じだな」


「うん」


 悠斗は自分のスマートフォンを見る。


 以前は、仕事が欲しければ自分たちから誰かへ近づくしかなかった。


 怪しい話でも、とにかく人との繋がりを増やしたくて引き受けたこともある。


 今は少しずつ違う。


 誰かが、


「あいつに聞いてみよう」


 と思って、向こうから話を持ってくる。


 まだ名前もない。


 拠点もない。


 正式な組織ですらない。


 それでも、自分たちが何をしてきたかが、次の仕事へ繋がり始めている。


 スマートフォンが震えた。


 《仮》に蓮から届いたメッセージだった。


『蓮:今日なんかしてた?』


 アキラも通知を見たらしい。


「何て返す?」


 悠斗は少し考えてから打ち込んだ。


『悠斗:アキラに来た仕事行ってた』

『悠斗:あとで内容共有する』


 すぐに返事が来る。


『蓮:俺らにも仕事来るようになった?』


 悠斗の指が止まった。


 数秒後、短く返す。


『悠斗:たぶん』


 送信した画面を見ながら、悠斗は小さく息を吐いた。


 街へ来たばかりの頃は、誰も自分を知らなかった。


 今はまだ、本当に小さな変化にすぎない。


 それでも確かに、仕事を探し回るだけだった自分たちが、少しずつ「話を持っていく相手」として見られ始めていた。

お読みいただきありがとうございます。

ブックマークや評価をいただけると励みになります。


そして本日はここまで明日も5話投稿します。

よろしくお願いいたします。

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