第2章 第49話 次は自分たちで
店へ着いた時には、蓮とアキラがすでに窓際の席を取っていた。
中央地区の外れにある二十四時間営業のハンバーガーショップ。夕食には少し遅い時間だったが、店内には仕事帰りらしい客が何組か残っている。厨房から油の弾ける音が聞こえ、窓の外を流れる車のヘッドライトが、ときおりガラスを白く照らしていた。
「仕事なくなった初日から遅刻かよ」
蓮がポテトを一本つまんだまま言う。
「十分くらいでしょ」
「俺ら腹減ってんだけど」
「先に食べてるじゃん」
「バレた?」
悠斗が向かいへ座ると、アキラが笑った。
「思ったより普通だな」
「カイのところ寄ってたから」
「ああ。それなら多少は回復してそう」
ほどなくしてナナが現れ、その少し後にシオンもやってきた。
五人で同じテーブルを囲む。
今日は仕事の集合ではない。
誰かから報酬をもらえるわけでもなく、何かを運ぶ予定もない。蓮が《仮》へ「飯行かね?」と送っただけで、全員がそれぞれの都合を合わせて来た。
失業した日の夜に、自分が誰かと食事をしている。
前の人生なら考えられなかった。
「で、本当に今日で終わり?」
ナナがトレーを置きながら尋ねる。
「うん。復帰はなし」
「次どうするの?」
「まだ考えてる」
悠斗はハンバーガーの包み紙を開いた。
「別の表の仕事を探すかもしれないし、しばらく裏の仕事を増やすかもしれない」
「犯罪一本じゃないんだ」
蓮が言う。
「ギャングになりたいのと、来月の宿代は別問題だから」
「夢が急に生活感あるな」
「現実だし」
罰金と拳銃の購入でまとまった金は減った。銀色のセダンにも維持費がかかり、安宿代や食費も毎日必要になる。
今すぐ困るわけではないが、何か月も何もしなくて平気なほど余裕があるわけでもない。
「一応言っとくけど」
アキラがポテトをつまみながら悠斗を見る。
「次の仕事で、失業したから悠斗だけ多く取るとかはなしな」
「しないよ」
「早いな」
「俺の事情だから」
「ならいい」
蓮が首を傾げた。
「別に多少多くてもよくね?」
「それ始めたら面倒になるでしょ」
ナナが即答する。
「今月金ないから多めに、車壊れたから多めに、彼女に振られたから多めに――とか」
「最後のは何に金使うんだよ」
「蓮なら言いそうだから」
「俺、そんなに信用ない?」
「蓮だから」
「それ説明になってなくね?」
隣で黙々と食べていたシオンが、ポテトを一本口へ運ぶ。
悠斗は何となく聞いてみた。
「シオンは?」
「何が」
「今日クビになった俺に一言」
シオンは数秒だけ考えた。
「働け」
「一番厳しい」
アキラが吹き出し、ナナまで笑う。
悠斗も笑った。
昼間、営業所を出た時には胸の中に穴が空いたような感覚があった。
今は、その穴を無理に埋めてもらっているわけではない。
ただ、いつもと同じように扱われている。
それがありがたかった。
◇
食事が終わりかけた頃、蓮がストローの袋を細く丸めながら言った。
「そういやさ」
「何?」
「最近、依頼された仕事ばっかやってね?」
アキラが顔を上げる。
「この前、車盗もうとしただろ」
「あれ失敗したじゃん」
「やめただけ」
「だから金になってない」
ナナが呆れたように言う。
「結局お金の話?」
「そりゃプール金二百しかないし」
「二百ある、でしょ」
「どっちでもいいって」
悠斗は二人の会話を聞きながら、少し考えた。
確かに最近は、誰かから話を持ち込まれ、それを調べて受けるかどうか決めることが多かった。
以前より慎重にはなった。
それ自体は悪くない。
けれど、いつまでも他人から仕事を渡されるだけなら、結局は依頼人次第だ。
「自分たちで決める?」
悠斗が口にすると、蓮がすぐ反応した。
「そう、それ」
「何するかってこと?」
ナナが聞く。
「まだ決めなくていいと思うけど」
悠斗は周囲を見た。
隣のテーブルでは若い男女が談笑し、カウンターでは店員がトレーを片づけている。
「ここで話すことじゃないし」
「それはそう」
アキラが頷いた。
「飯食い終わってから場所変えるか」
◇
二十分後。
五人は中央地区の外れにある立体駐車場の上層階へ移動していた。
夜風がコンクリートの柱の間を抜け、遠くでは高層ビルの窓明かりが幾何学模様のように並んでいる。
蓮は自分の青いクーペへ腰を預け、腕を組んだ。
「で、何やる?」
「急すぎる」
アキラが笑う。
「候補くらいあるだろ」
「小さい店またやる?」
悠斗は首を振った。
「同じこと続けるのは嫌かな」
初めて自分たちで店舗へ入った時の緊張はまだ覚えている。
一度経験したからといって、同じことを何度もやれば安全になるわけでもない。
「車は?」
蓮が聞く。
「この前ので懲りてないの?」
ナナが呆れる。
「次はちゃんと動いてないやつ選べば――」
「そういう話じゃない」
アキラに遮られ、蓮が口を尖らせる。
「じゃあ何があるんだよ」
少し沈黙が続いた。
その時、アキラが思い出したように口を開いた。
「ATMは?」
悠斗が見る。
「ATM?」
「前に知り合いから聞いたことある。店の中じゃなくて、単独で置いてある現金端末を狙う奴」
具体的な方法まで知っているわけではないらしい。
アキラ自身も経験はない。
「俺たちでできるの?」
悠斗が聞く。
「知らない。だから調べるんじゃね?」
その答えに、少しだけ納得する。
配信では何度も見たことがある。
けれど、この世界で同じようにできる保証はない。防犯設備も違えば、警察の対応も違う。
前世の知識だけで決める気にはなれなかった。
「ナナ、公開情報で何か分かる?」
「場所とか設置してある店くらいなら。警備の中身とかは無理」
「それでいい」
「タクミは?」
蓮が聞く。
「まだ呼ばなくていいと思う」
悠斗は答えた。
「そもそも何が必要なのかも分かってないし。調べて、相談する意味がありそうなら聞く」
タクミは《仮》の固定メンバーではない。
必要になるたびに勝手に数へ入れるのは違う。
「シオンは?」
アキラが聞く。
「調べてから」
「珍しく普通の答え」
「何だと思ってる」
「撃つ人」
シオンがアキラを見る。
「帰る?」
「ごめん」
蓮が横で笑い出した。
空気が少し緩む。
◇
「金の話は?」
ナナが尋ねた。
「まだ何も決まってないから、今はいいんじゃない?」
悠斗はそう答えてから、スマートフォンを取り出した。
《仮》のメモには、
『プール金:200ドル』
『保管:アキラ』
『使用時は事前に相談』
と残っている。
最初に残した二百ドルは、まだ一度も使っていない。
「増やしたいけどね」
蓮が画面を覗き込む。
「この前のワゴン買うならあと三千六百」
「まだあの車基準なの?」
ナナが聞く。
「分かりやすいだろ」
「もう売れてるかもしれないよ」
「それは言うな」
悠斗は少し笑った。
以前なら、次の仕事が決まった時点で「いくら残すか」まで急いで決めていたかもしれない。
今は違う。
何をするのか。
誰が必要なのか。
そもそも本当にやるのか。
それが分からないうちに金だけ決めても意味がない。
「プール金は、やるって決まってから考えよう」
悠斗が言う。
「賛成」
アキラ。
「俺も」
ナナ。
蓮は少し残念そうだったが、
「まあいいか」
と頷いた。
シオンも異論はないようだった。
悠斗はメモを閉じる。
今ある二百ドルは増えていない。
タクシーも失った。
自分の財布だけを考えれば、早く金になる仕事をしたい。
それでも、焦って危ない話へ飛びつくのは違う。
少なくとも、それくらいは分かるようになった。
「じゃあ、まず候補探す?」
ナナが聞く。
「うん。調べられる範囲だけでいい」
「了解」
アキラもスマートフォンを取り出す。
「俺も聞ける奴に、詳しいやついるかだけ聞いてみる。やるとは言わずに」
「お願い」
悠斗が答える。
その言葉が、以前よりずっと自然に出るようになっていた。
全部を自分で抱え込まず、必要なところを人に頼む。
本人はまだ、それを特別なことだとは思っていない。
駐車場の下を、赤色灯を点けた警察車両が一台走り抜けていく。
五人の視線が一瞬だけそちらへ向いた。
「ATMやる前に捕まったら笑うな」
蓮が言う。
「まだ何もしてないから」
悠斗が返すと、アキラが笑った。
「じゃあ捕まらないうちに帰る?」
「それが一番安全」
ナナの一言で、今夜の話し合いは終わった。
まだ次の犯罪は決まっていない。
プール金も二百ドルのままだ。
それでも、誰かから渡された仕事を待つだけではなく、自分たちで何をするか考え始めた。
悠斗にとっては、その小さな変化の方が大きかった。
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