↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『引きこもり高校生、犯罪都市でギャングを始める ~友達ゼロだった俺の成り上がり~  作者: 阿鼻恭介
第2章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

47/180

第2章 第47話 盗めない車

 黒い高級クーペを見に行ってから二日が経った。


 その間、《仮》にはナナから何度か調査結果が送られてきていた。


『ナナ:持ち主までは分からなかった』


『ナナ:でも駐車場の契約自体はまだ続いてる可能性が高い』


『アキラ:完全放置ではなさそう?』


『ナナ:そこまでは言えない』


 少しして、新しい写真が添付された。


『ナナ:近くの整備工場の昔の投稿に同型車があった』


『悠斗:同じ車?』


『ナナ:たぶん。でも写真じゃナンバー確認できない』


『ナナ:確定は無理』


 分からないことの方が多い。


 それでも、あの車が「誰にも気にされていないまま捨てられている」と決めつけられる状況ではないことだけは分かった。


 一方、アキラも売却先を探していた。


 何人かの知り合いへ話を振り、その先からさらに人を紹介してもらい、ようやく一人だけ「現物次第なら話を聞く」と答えた人物がいたらしい。


 買い取りの約束ではない。


 相手が信用できる保証もない。


 それでも、盗んだあとに何も決まっていなかった時よりは、一歩だけ進んでいた。


 その日の夜。


 悠斗は安宿の机に座ったまま、タクミの連絡先を開いた。


 メッセージでも済む。


 だが今回は、何を頼みたいのかをきちんと説明したかった。


 通話ボタンへ指を伸ばして、一度止まる。


 もう一度押しかけて、また止めた。


 電話が苦手なのは、以前ほどではないにしても変わっていない。


 それでも三度目には、きちんと押した。


 呼び出し音が三回鳴る。


『もしもし』


「あ、タクミさん」


『車の話?』


「……はい」


『蓮からちょっと聞いた』


「また先に……」


 思わず額へ手を当てる。


『で、何が決まった?』


 悠斗は現在分かっていることを順番に説明した。


 車の場所。


 数日間動いていないこと。


 以前見た整備札。


 監視カメラ。


 持ち主は不明。


 売却先は、アキラが何人かに当たってようやく候補が一人見つかっただけ。


 正規の市場価格で売れるはずもなく、それでも状態が良ければ数千ドル程度にはなるかもしれない、と言われている。


『つまり、現場見てほしいってことか』


「はい。俺たちだけじゃ分からないところがあるから」


『見た結果、やめた方がいいって言ったら?』


 悠斗は少しだけ黙った。


 ここまで調べた。


 売る相手まで探した。


 何もせず終われば、全部無駄になるような気もする。


 それでも。


「やめます」


『蓮が嫌がっても?』


「……やめます」


 今度は迷わなかった。


『なら行く』


「ありがとうございます」


 電話が切れたあと、悠斗は小さく息を吐いた。


 実際にその場へ行けば、また迷うかもしれない。


 だからこそ、先に決めておく必要があるのだと思った。


     ◇


 翌日の夕方。


 集まったのは悠斗、蓮、アキラ、シオン、タクミの五人だった。


 ナナは現場へ来ない。


 大河も呼んでいない。


 河川沿いの小さな駐車スペースには冷たい風が吹き、夕焼けの赤が川面に細く揺れていた。高架道路を走る車の音が遠くで途切れず続いている。


「売る相手は?」


 タクミがアキラへ聞く。


「何人か当たって、やっと一人だけ。現物見てから判断するって」


「信用できる?」


「そこまでは言えない」


「じゃあ買わないって言われる可能性もあるな」


「ある」


 アキラはあっさり認めた。


「値段も状態次第。良くても数千ドルって話」


 蓮が眉を上げる。


「高級車なのに?」


「盗難車を普通の中古車みたいな値段で売れるわけないだろ」


「まあ、それもそうか」


 正規に売ればもっと高い車なのだろう。


 それでも悠斗たちにとって、数千ドルは十分に大金だった。


 プール金はまだ二百ドルしかない。


 上手くいけば、一度でその何倍もの金を残せる。


 そんな考えが浮かび、悠斗は自分の気持ちが少し前のめりになったことに気づいた。


「先に決めよう」


 悠斗が言う。


「取り分?」


 蓮が聞く。


「それと、中止する時」


 タクミは正式な《仮》のメンバーではない。


 だからこそ、曖昧なまま働いてもらうのは違う。


 話し合った結果、成功した場合はタクミへ事前に決めた固定額を支払い、残った金を現場の四人で分けることにした。


 プール金については、実際に売却できた場合に改めて全員で相談する。


「で、中止条件」


 アキラが指を折る。


「想定以上に人がいる」


「警察が来る」


 蓮。


「俺がやめた方がいいって言う」


 タクミ。


 シオンが短く、


「誰か一人でも中止って言ったら止める」


 と言った。


 全員の視線が集まる。


 蓮が少し笑う。


「それ一番厳しくない?」


「後で揉めない」


「……まあ、それはそうか」


 悠斗も頷いた。


「それでいこう」


     ◇


 日が落ちてから、五人は立体駐車場へ向かった。


 黒いクーペは、以前と同じ場所に停まっていた。


 薄暗い蛍光灯。


 コンクリートの柱。


 どこか湿った空気。


 下の階を通る車のエンジン音が、天井に反響して低く響いている。


 悠斗は周囲へ目を向けた。


 以前より人は少ない。


 それでも完全に無人ではない。


 時折、階段を使う足音が聞こえる。


 タクミは車の近くまで行き、外から状態を確認した。


 蓮も少し離れて車体やタイヤを見ている。


 悠斗とアキラは周囲を気にし、シオンは階段側へ視線を向けていた。


 数分後。


 タクミが戻ってくる。


「俺ならここではやらない」


 蓮がすぐに見る。


「理由は?」


「時間が読めない。人の出入りもある。カメラも複数ある」


「絶対無理?」


「そういう話じゃない」


 タクミは肩をすくめた。


「俺は、この場所でやる価値がないと思う」


 蓮は黒いクーペを見る。


 明らかに未練がある。


 アキラも黙っている。


 悠斗自身も、簡単には割り切れなかった。


 ここまで来た。


 調べた。


 売却候補も探した。


 タクミまで呼んだ。


 せめて、もう少しだけ様子を見てもいいのではないか。


 そんな気持ちが確かにあった。


「やめよう」


 それでも悠斗は言った。


 蓮が振り向く。


「もう帰る?」


「タクミさんが、ここではやらないって言ったから」


「俺の意見だけで?」


「誰か一人でも中止って言ったら止めるって決めたでしょ」


 悠斗は自分自身へ言い聞かせるように答えた。


 蓮はしばらく車を見つめた。


 やがて、諦めたように息を吐く。


「分かった」


 アキラも頷いた。


「じゃあ撤収」


 五人は黒いクーペへ手を触れることもなく、その場を離れた。


     ◇


 立体駐車場を出てから十分ほど経った頃だった。


 五人は少し離れた交差点近くを歩いていた。


 蓮が何気なく後ろを振り返る。


「あれ」


「何?」


 悠斗も見る。


 一台の小型作業車が、先ほどの立体駐車場へ入っていくところだった。


 側面には、ナナが送ってきた写真と同じ整備工場のロゴが入っている。


「……あの店?」


 アキラが言う。


「たぶん」


 悠斗も画面の写真を思い出した。


 遠目なので、誰が乗っているのかまでは分からない。


 あの黒いクーペのために来たとも限らない。


 それでも、蓮は少し黙った。


「戻って確認する?」


 アキラが冗談半分に聞く。


 蓮は首を振った。


「いや、もういい」


 その返事が出たことに、悠斗は少しだけ安心した。


     ◇


 翌日の昼。


 《仮》にナナから写真が届いた。


『ナナ:これ昨日の夜の投稿』


 近くの整備工場のアカウントだった。


 写真の端に、あの黒い高級クーペが写っている。


 整備作業が続いているらしいことだけは読み取れた。


『蓮:危な』


『アキラ:昨日続けてたら面倒だったな』


『ナナ:だから確定してないって言ったでしょ』


『蓮:はい』


 悠斗は画面を見ながら、ゆっくり息を吐いた。


 昨日の時点では、この事実を知らなかった。


 撤退した瞬間に「正解だった」と分かったわけでもない。


 それでも、自分たちは情報が足りない状態で無理に進まずに済んだ。


     ◇


 夕方、悠斗はタクミへ連絡した。


『昨日ありがとうございました』


 少しして返事が来る。


『タクミ:礼はいい』


『タクミ:次から呼ぶならもう少し前に情報まとめろ』


『悠斗:はい』


『タクミ:あと蓮に技術班って呼ぶなって言っとけ』


 悠斗は思わず笑った。


 そのまま《仮》へ伝える。


『蓮:でも昨日役立ったじゃん』


『アキラ:そういう問題じゃない』


『蓮:じゃあ臨時技術担当』


『悠斗:もっと駄目だと思う』


 くだらないやり取りが続く。


 車は盗めなかった。


 金も入らなかった。


 プール金も二百ドルのままだ。


 以前の悠斗なら、ここまで準備して何も得られなかったことを失敗だと思っていたかもしれない。


 今は少し違う。


 止めると決めた時に、本当に止められた。


 誰かの意見を「せっかくここまで来たから」という理由で押し切らなかった。


 それだけでも、自分たちは少し前よりまともに動けている。


 悠斗には、そう思えた。

お読みいただきありがとうございます。

ブックマークや評価をいただけると励みになります。

よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。