第2章 第44話 みんなの車
利益の分け方について話した二日後、《仮》に蓮から一枚の写真が送られてきた。
『蓮:これ安くない?』
写っていたのは、少しくたびれた濃紺のワゴンだった。
塗装はところどころ艶を失い、前後のバンパーにも細かな傷がある。速そうにも高そうにも見えず、街中ですれ違っても悠斗なら気に留めないような、ごく普通の中古車だった。
『アキラ:何が』
『蓮:車』
『ナナ:見れば分かる』
『蓮:三千八百』
『アキラ:確かに安い』
悠斗は安宿の机で昼食を食べながら、画面を眺めていた。
『悠斗:蓮が買うの?』
『蓮:いや、俺は別にいらない』
少し間を空けて、
『蓮:でもこういうの一台あったら便利じゃね?』
と続く。
『ナナ:何に使うの?』
『蓮:荷物運んだり、人数いる時乗ったり。毎回誰かの私物車出すのも面倒だし』
悠斗は箸を止めた。
蓮の青いクーペは、そもそも大人数向きではない。
自分の銀色のセダンもあるが、以前の逃走と逮捕で警察に知られている。普段乗る分には問題なくても、何か怪しい仕事へ持ち込むのは避けたい。
何より、どちらも個人の車だ。
『アキラ:みんなで使う車ってこと?』
『蓮:まあ、そういうの』
その言葉に、悠斗は少しだけ胸がざわついた。
まだ名前すら決まっていない。
それなのに、「みんなで使うもの」という発想が自然に出てきた。
『ナナ:買う前に状態見た方がいいんじゃない?』
『蓮:だから明日見に行こうかなって』
『悠斗:俺も行っていい?』
『蓮:そのつもり』
さらに蓮はタクミへ個別に連絡したらしく、少しして、
『蓮:タクミも来るって』
と送ってきた。
シオンからは、
『シオン:車は任せる』
とだけ返ってきた。
そのくらいの距離感の方が、今の自分たちらしかった。
◇
翌日の午後。
南部寄りの中古車販売店には、年式も色もばらばらな車が二十台ほど並んでいた。
薄曇りの空の下、風に煽られた小さな旗がぱたぱたと音を立てている。敷地の奥にはプレハブの事務所があり、その前に古いセダンやバンが肩を寄せるように並んでいた。
来たのは悠斗、蓮、アキラ、ナナ、タクミの五人。
大河には声をかけていない。
まだ毎回一緒に動くと決めたわけでもないし、今回は単に車を見るだけだ。
「これ?」
ナナが写真と実物を見比べる。
「思ったより傷多いね」
「中古車なんてこんなもんだろ」
蓮は気にした様子もなく運転席へ乗り込んだ。
エンジンをかけ、しばらく音を聞く。
「別に速くはない」
「誰も速さ求めてないから」
アキラが言う。
「俺は求めてる」
「蓮が自分で買うならな」
悠斗は少し笑いながら、車の横へ回った。
タクミは助手席側のドアを開け、車内を確認している。
「どうですか?」
「電装は今のところ普通。窓も動くし、警告灯も変なのは出てない」
「エンジンとか足回りは?」
「そこは俺より整備士に見せた方がいい」
タクミはあっさり言った。
「俺は車も触るけど、本職じゃない。買うならちゃんと点検した方がいい」
その言葉に悠斗は頷く。
カイなら、もっと深いところまで分かるだろう。
けれど、だからといって今回この車を持っていく気にはならなかった。
カイは車なら見てくれる。
ただし、犯罪の相談はするなとも言われている。
この車が将来何に使われるか、自分たちにもまだ分からない。
なら、無理に巻き込まない方がいい。
「普通に移動とか荷物運びに使うなら、こういうので十分じゃない?」
アキラが荷室を覗き込む。
「五人乗れて、荷物積める」
「見た目も目立たない」
ナナが言う。
「そこ大事?」
「普段使うなら大事でしょ。毎回派手な車で集まったら嫌でも覚えられるし」
悠斗も濃紺のワゴンを見る。
確かに目立たない。
何か特別な車という感じがしない。
「買うとして、名義どうする?」
ナナが尋ねた。
そこで全員の動きが止まった。
「共同名義ってできないの?」
悠斗が聞く。
自分の車を買った時に、名義や保険が必要なのは経験している。
だからこそ、誰か一人の所有物にするのではなく、複数人で持てないかと思った。
タクミが首を振る。
「普通に個人で買うなら面倒だと思う。俺ら会社でも団体でもないし」
「じゃあ誰か一人の名義?」
アキラが言う。
「俺でもいいけど」
蓮が軽く答える。
「それだと蓮の車が増えるだけじゃん」
ナナが返す。
「じゃあ悠斗?」
「何で俺?」
「連絡取りやすいから」
「それだけ?」
アキラが笑う。
しかしナナは笑わなかった。
「でも悠斗名義にしたら、何かあった時に悠斗だけ責任負うことになるよね」
その一言で、場の空気が少し変わった。
悠斗自身も、すぐに否定できなかった。
すでに一度逮捕され、大きな罰金も払っている。
タクシーの仕事もまだ停止されたままだ。
これ以上、自分だけの名義に物を増やすのが正しいとは思えない。
「だったら、今日は買わなくてもいいんじゃない?」
悠斗が言う。
蓮が車を見る。
「売れたら?」
「別の探せばいいよ」
「気に入ってたのに」
「まだ乗ってもないでしょ」
アキラが笑った。
「いや、こういう地味なの割と好きなんだけど」
「青いクーペ乗ってる奴が言う?」
結局、その日は買わなかった。
◇
販売店を出た五人は、少し離れたファストフード店へ入った。
窓際には買い物帰りらしい家族連れが座り、レジ前には学生の列ができている。悠斗たちは奥の席を選び、車の話だけを続けた。
「でも一台欲しいのは欲しいな」
蓮がバーガーの包みを開きながら言う。
「毎回俺か悠斗の車じゃ困る時あるし」
「買うなら誰がお金出すの?」
ナナが聞く。
「均等?」
アキラが答える。
「でもタクミは?」
全員の視線が向く。
タクミはポテトを一本取った。
「俺、そもそもお前らの固定メンバーになった覚えないけど」
「忘れてた」
「忘れるな」
悠斗は苦笑した。
「じゃあ、使う人だけ出すとか?」
「それも面倒じゃない?」
アキラが言う。
「誰が何回乗ったとか数える?」
「それは嫌だな」
蓮が即答する。
しばらく考えていた蓮が、ふと口を開いた。
「仕事の金、全部分けずにちょっと残すとか?」
「残す?」
悠斗が聞く。
「車とか、みんなで使うもの買う用」
ナナがすぐに反応する。
「プール金みたいな?」
「そう、それ」
悠斗はその言葉を頭の中で繰り返した。
プール金。
個人の取り分とは別に、自分たちのために残しておく金。
「でも毎回勝手に引かれたら嫌じゃない?」
アキラが言う。
「じゃあ仕事の前に決める」
蓮が答える。
「今回の仕事は一人いくらプール金に入れる、とか」
「またルール増えるね」
ナナが笑う。
「まだルールってほどじゃないでしょ」
悠斗も笑った。
今の自分たちには、固定の割合を決めるほど経験がない。
仕事によって報酬も人数も違う。
「とりあえず、次に何かやる時に試してみる?」
悠斗が言う。
「全員が納得した時だけ少し残す」
「それならいい」
アキラが頷く。
「俺も」
蓮も続く。
ナナも異論はないようだった。
タクミは、
「俺が参加する仕事なら、その時考える」
とだけ言った。
それでよかった。
まだ全員が同じ立場ではない。
だから無理に揃えない。
店を出たあと、悠斗は《仮》のメモ欄を開いた。
利益配分について。
仕事前に役割と取り分を確認する。
その下に、新しく一行だけ追加する。
『プール金:0ドル』
数字はまだゼロだった。
それでも悠斗は、その一行をしばらく眺めてから、少しだけ笑った。
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