第2章 第42話 初めての取り分
《仮》にアキラから仕事の話が届いたのは、その日の夜だった。
『アキラ:東部の違法レースで集めた参加費を南部まで運ぶ仕事』
『蓮:いくら』
『アキラ:報酬二千二百』
『ナナ:誰から?』
『アキラ:前にレースで会った運営側の男。俺は顔知ってる』
悠斗が返信を考えている間にも、メッセージは続いた。
『シオン:運ぶものは』
『アキラ:現金だけって話』
『ナナ:名前送って。確認できる範囲だけ見る』
『蓮:受け渡し先も聞いといて』
スマートフォンの画面に、次々と質問が並んでいく。
少し前なら、自分一人で「怪しいか」「報酬に見合うか」を考えていた仕事だった。
今は、同じ依頼を何人もが別々の角度から見ている。
『悠斗:明日直接話聞いてから決めよう』
送ると、短い了解の返事が続いた。
◇
翌日の夕方。
東部へ向かう車の窓からは、乾いた大地と低い丘が広がって見えた。
市街地の高層ビルはすでに遠く、道路を走る車も中央地区とは雰囲気が違う。車高の低いスポーツカーや派手な改造車が何台も同じ方向へ向かい、夕暮れの中に太いエンジン音を響かせていた。
運転席は蓮。
助手席はアキラ。
後部座席には悠斗と大河が乗っている。
今回、大河へ声をかけたのは悠斗だった。
前に一緒に搬入の仕事をした時、大河は初対面の相手とも自然に話し、重い荷物も文句を言わず運んでいた。
今回の仕事は現金の受け渡しが中心だ。
戦うつもりはないし、戦う状況になれば撤退する。それでも数万ドルの現金を持ち歩く以上、受け渡しの場に四人いる方が安心できる。
何より、大河自身が「また声をかけてくれ」と言っていた。
悠斗は昼過ぎ、自分からメッセージを送った。
『今日、仕事あるんですけど時間ありますか?』
返ってきたのは、
『ある。終わったら飯行く?』
だった。
相変わらずだな、と思いながらも、悠斗は少し嬉しかった。
「で、俺って今日は何すればいいんだ?」
大河が聞く。
「基本は一緒にいるだけでいいと思う」
悠斗が答える。
「金受け取る時とか渡す時に、人が多い方が安心かなって」
「なるほど。見た目担当か」
「いや、そこまでは……」
「俺、こう見えて結構怖いぞ」
大河がわざと眉間へ皺を寄せる。
蓮がバックミラー越しに見て笑った。
「普通に怖い」
「だろ?」
「褒めてないからな」
アキラまで笑う。
悠斗もつられて口元を緩めた。
シオンには声をかけたが、
『運ぶだけならいらない』
と断られた。
タクミも今回は必要ない。
ナナは現場へ来ず、依頼人とレースについて調べられる範囲だけ確認している。
全員が毎回揃う必要はない。
その感覚も、少しずつ当たり前になり始めていた。
◇
目的地は、使われなくなったガソリンスタンドの跡地だった。
夕暮れの空の下、十数台の車が集まっている。
開いたボンネットを覗き込む者。
タイヤの空気圧を確認する者。
車にもたれながら笑っている者。
周囲には油と砂埃の匂いが混じり、あちこちでエンジンを吹かす音が響いていた。
悠斗が初めて違法レースへ参加した頃より、こういう場所にも少し慣れた。
それでも完全に緊張しなくなったわけではない。
「アキラ」
二十代後半ほどの男が近づいてくる。
派手なジャケットを着ているが、話し方は落ち着いていた。
「そっちが例の連中?」
「俺の仲間」
アキラが答える。
男は悠斗たちを順番に見る。
「仕事の内容、聞いてる?」
「参加費を南部まで運ぶ」
「そう。今日は四万ドル前後になる予定だ。レース終わったら金をまとめて渡す」
悠斗は確認するように口を開いた。
「現金以外は運ばないんですよね?」
「ああ」
「途中で誰か乗せたり、別の場所へ寄ったりは?」
「なし」
「受取人は?」
「俺の相棒。名前と顔写真は送る」
男はアキラのスマートフォンへ情報を送った。
「あと一つ」
アキラが画面を見ながら言う。
「報酬二千二百って聞いてるけど、何で普通の運搬にしては高いの?」
「今夜中に持っていきたいんだ。いつも使ってる連中が別件で動けない」
「急ぎ料金?」
「そう思ってくれ」
少なくとも理由はあった。
その時、ナナからメッセージが届く。
『ナナ:依頼人の名前はレース界隈で何件か出てる。イベントも今日あるのは確認できた』
少し間を空けて、もう一つ。
『ナナ:ただ、運んだ金がどう使われるかとか、受取人との関係までは分からない』
悠斗は画面を見ながら頷く。
分からないことは、分からない。
それでいい。
調べたから全部安全だと思い込む方が危険だった。
「どうする?」
悠斗が三人を見る。
「俺は受けていいと思う」
アキラ。
「車も問題ない」
蓮。
「俺もいいぞ」
大河。
悠斗も最後に頷いた。
「じゃあ、やろう」
◇
レースが終わった頃には、空はすっかり暗くなっていた。
参加者の車が一台、また一台と砂漠の道路へ消えていく。
依頼人から渡されたのは、封をされた小型のバッグだった。
その場でアキラが金額を確認し、受取人の名前をもう一度聞く。
「四万一千二百。向こうにも同じ金額伝えてある」
「分かった」
蓮が車を出した。
悠斗たちは南部へ向かう。
しばらくは何も起こらなかった。
ところが市街地へ近づいた頃、アキラのスマートフォンが鳴る。
受取人からだった。
「はい」
アキラが話を聞き、眉を寄せた。
「……場所変える?」
悠斗が顔を上げる。
通話を終えたアキラが振り返った。
「指定場所の近くで警察が事故処理してるらしい。二ブロック先の駐車場に変えたいって」
車内が静かになる。
「急に変更か」
蓮が言った。
「受取人本人?」
「番号は聞いてたのと同じ」
「顔確認できる?」
「着いたらする」
悠斗は少し考えた。
変更そのものはあり得る。
事故処理で警察がいる場所へ、大金を持って近づきたくないという理屈も分かる。
それでも、予定外には違いない。
「依頼人にも確認しよう」
アキラがすぐ電話をかけた。
数分後。
「変更は本当だって」
「じゃあ行く?」
大河が聞く。
悠斗は頷いた。
「本人確認してから渡そう」
変更された駐車場には、一台の車が停まっていた。
降りてきた男の顔は、事前にもらった写真と一致している。
名前も確認。
金額も一致。
受領したことを、その場で依頼人側へ連絡してもらう。
バッグを渡し終えた時、悠斗はようやく肩の力を抜いた。
「終わったな」
蓮が言う。
「普通に終わった」
大河が少し物足りなさそうに言った。
「普通でいいでしょ」
悠斗は苦笑する。
毎回、銃声やサイレンが必要なわけではない。
予定変更はあった。
警戒もした。
でも確認して、問題なく終えられた。
それも一つの成功だと思えた。
◇
報酬の二千二百ドルを受け取った四人は、帰り道にある小さな駐車場へ車を停めた。
アキラが封筒から紙幣を出し、膝の上で整える。
「で、どう分ける?」
「四人なら五百五十ずつ」
蓮が言う。
悠斗はすぐには頷かなかった。
「ナナは?」
三人の視線が集まる。
「調べてくれた」
「そういやそうだな」
アキラが言う。
大河は状況が分からないらしく首を傾げた。
「いつも情報調べてる子?」
「うん」
「じゃあ、その分も払うんじゃないの?」
単純な疑問だった。
悠斗も同じことを思う。
ナナは現場にはいない。
危険を背負ったわけでもない。
それでも、何もしていないわけではない。
「電話しよう」
悠斗は自分からナナへ発信した。
『何? 終わった?』
「終わった」
『無事?』
「うん。それで、報酬のことで」
事情を説明すると、ナナは少し黙った。
『私、名前とイベント確認しただけだよ』
「でも、それも仕事じゃない?」
『まあ……仕事って言われたらそうだけど』
アキラが横から口を挟む。
「前みたいに調査代で二百とか?」
『私はそれでいいよ』
「本当に?」
『現場組と同額はおかしいでしょ』
悠斗は三人を見る。
蓮が頷く。
大河も異論はないようだった。
「じゃあ、ナナに二百」
アキラが紙幣を分ける。
「残り二千」
「四人なら五百ずつ」
蓮が言った。
今度は誰も反対しなかった。
悠斗は五百ドルを受け取る。
アキラ。
蓮。
大河。
それぞれ同額。
ナナには後で二百ドルを渡す。
計算そのものは簡単だった。
でも、悠斗の中には少し引っかかるものが残った。
「次もこれでいいのかな」
「何が?」
大河が聞く。
「例えば、タクミが機械使って準備だけして、現場に来なかった時とか。車を誰かが自分で用意した時とか」
「ああ」
アキラが封筒を畳む。
「毎回同じにはできないかもな」
「危険な役やった奴が多く欲しいって言うこともあるだろうし」
蓮も言う。
大河が腕を組んだ。
「面倒だな」
「うん」
悠斗は素直に頷いた。
「でも、適当にしたら後で揉めそう」
誰も否定しなかった。
その夜、《仮》には新しい話題が追加された。
『利益の分け方について』
仲がいい。
だから金のことは適当でいい。
そんな単純な話ではないらしい。
悠斗はスマートフォンに並ぶ意見を読みながら、少しずつ理解し始めていた。
一緒に仕事をするということは、ただ同じ車に乗って笑っているだけでは済まない。
仲間だからこそ、決めなければならないことが増えていく。
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