第2章 第41話 名前のない俺たち
「だったら、俺たちでなればいいんじゃない?」
蓮にそう言われた夜から、三日が過ぎた。
だからといって、悠斗たちが突然ギャングになったわけではない。
名前もない。
拠点もない。
同じ色の服を着ているわけでもなければ、誰かがボスになったわけでもない。
あの夜の会話も、勢いだけで終わらせようと思えば終わらせられた。
けれど悠斗には、それが冗談だったとは思えなかった。
蓮も、アキラも、ナナも、シオンも。
少なくとも笑って流したわけではなかった。
そのことが、三日経っても胸の奥に残っている。
安宿のベッドへ腰掛けた悠斗は、スマートフォンを開いた。
《仮》。
以前から使っていたグループチャットには、今まで悠斗、蓮、アキラ、ナナの四人しかいなかった。
そこへ昨夜、シオンが加わった。
タクミはまだ入っていない。
タクミ自身が「必要な時だけ呼んでくれればいい」と言ったからだ。
ギャングの話をしたからといって、勝手に全員を同じ輪へ入れるのは違う。
大河も同じだった。
彼とはまだ一度仕事をしただけで、この前の食事で少し距離が縮まった程度だ。
悠斗はそこを急ぎたくなかった。
画面には朝からいくつかメッセージが並んでいた。
『蓮:今日暇なやつ』
『アキラ:雑すぎ』
『ナナ:何するの?』
『蓮:まだ決めてない』
『シオン:昼なら空いてる』
悠斗は思わず笑う。
用事があるから連絡するのではなく、暇だから誰かに連絡する。
前世の悠斗には、ほとんど経験のなかったことだった。
『悠斗:俺も空いてる』
送信すると、すぐに返信が来る。
『蓮:じゃあ飯』
『アキラ:結局それかよ』
集合場所は、中央地区の外れにある安いハンバーガー店に決まった。
◇
昼過ぎの店内は、思っていたより混んでいた。
学生らしい若者たちが窓際の席を占め、作業着姿の男たちは大きな紙コップを手に昼休みを過ごしている。入口では小さな子供が母親の手を引き、ショーケースの写真を指差していた。
悠斗たちは奥のテーブルへ座った。
蓮。
アキラ。
ナナ。
シオン。
悠斗。
今日は五人だ。
「で?」
アキラがポテトをつまみながら蓮を見る。
「本当に飯食うだけ?」
「悪い?」
「いや。仕事の話かと思った」
「仕事なら最初からそう言うって」
蓮は気にした様子もなくバーガーへかぶりつく。
ナナが笑った。
「暇だから集まるって、最近ちょっと増えたよね」
「そう?」
悠斗が聞く。
「増えた。前は仕事ないとほとんど集まらなかったじゃん」
言われてみればそうだった。
以前は誰かと会う理由が必要だった。
仕事。
車。
調査。
何かの相談。
今は、理由がなくても集まる。
悠斗は自分の紙コップへ視線を落としながら、小さく笑った。
「……まあ、悪くない」
「何その言い方」
アキラが笑う。
「めっちゃ嬉しいくせに」
「別にそこまで」
「嘘つけ」
否定してみたものの、強く言い返す気にはならなかった。
シオンが静かに食事を続けている。
その姿を見て、悠斗はふと思った。
「シオン」
「何」
「チャット、入って大丈夫だった?」
「大丈夫だから入った」
「そっか」
あまりにも簡潔で、逆に安心した。
「タクミは?」
ナナが聞く。
「まだ」
「誘わなかったの?」
「聞いたけど、仕事ある時だけでいいって」
「タクミらしい」
蓮が笑う。
「大河は?」
「まだそこまでじゃないかなって」
悠斗は答えた。
「一回しか仕事してないし。勝手に仲間みたいに扱うのも違うかなって」
アキラが少しだけ感心した顔をする。
「そういうところ、悠斗っぽいよな」
「何が?」
「変に距離詰めないところ」
「……普通じゃない?」
「普通かどうかは知らん」
会話はそこで別の話題へ流れた。
車。
店の新メニュー。
蓮が昨日見かけた改造車。
ナナが知り合いから聞いた妙な噂。
シオンが珍しく笑ったのは、アキラが注文した辛いソースで本気でむせた時だった。
犯罪の話はしない。
ここは普通に飯を食う場所だ。
悠斗にとって、それが何より嬉しかった。
◇
食事を終え、五人は店の外へ出た。
午後の日差しがアスファルトへ反射し、駐車場には車の排気音と遠くのクラクションが混じっている。
すぐ帰る者はいなかった。
なんとなく車の周りへ集まり、そのまま話が続く。
「そういやさ」
アキラがスマートフォンを取り出した。
「この《仮》、いつまで《仮》なの?」
「それ俺も思った」
蓮が笑う。
「この前ギャングになりたいとか言ってたし、そろそろ名前つける?」
悠斗は少しだけ顔をしかめた。
「まだ早くない?」
「何が?」
「俺たち、まだギャングでも何でもないし」
あの夜、夢は話した。
でも、それだけだ。
街で名を上げたわけでもない。
まともな拠点もない。
全員が同じ目的を持っていると確認したわけでもない。
悠斗は、そこを曖昧にしたまま名前だけ付けるのが少し嫌だった。
「俺は今のままでいいと思う」
「《仮》のまま?」
「うん」
ナナが笑う。
「逆に長く使ったら愛着湧きそう」
「それはそれで嫌だな」
アキラが言う。
「じゃあ『神谷たち』」
「絶対嫌」
悠斗が即答した。
蓮が吹き出す。
「周りからもうそう呼ばれてんじゃん」
「自分で名乗るのは違うでしょ」
「じゃあ『神谷組』」
「もっと嫌」
「『悠斗と愉快な半グレたち』」
「それも嫌」
ナナまで笑い出した。
悠斗もつられて笑う。
名前は決まらない。
でも、それでよかった。
少なくとも今は。
笑いが落ち着いたところで、アキラが少し真面目な顔になった。
「名前は置いといて、仕事の回し方だけ決めない?」
「仕事の回し方?」
「誰かに依頼来た時、その人だけで受けるのやめようって話」
悠斗はアキラを見る。
「この前みたいなこともあるしさ。とりあえず内容を共有して、受けるかどうか考える」
蓮が頷いた。
「それはあり」
ナナもスマートフォンを見ながら言う。
「調べられる内容なら私も見る。でも、何でも分かるとは思わないでね」
「分かってる」
悠斗が答える。
「シオンは?」
「内容次第」
「じゃあ、それでいいんじゃない?」
悠斗はそう言ってから、少し考えた。
「あと……全員毎回参加する必要はないと思う」
「まあな」
「運転必要なら蓮。人と話すならアキラ。危なそうならシオン。調べる必要あったらナナ」
言いながら、悠斗はそこで口を止めた。
自分の役割だけがない。
蓮が気づいたらしい。
「で、悠斗は?」
「……何だろ」
本気で分からなかった。
運転なら蓮の方が上手い。
交渉ならアキラ。
戦闘はシオン。
調査ならナナ。
「最後に決める人」
アキラが言った。
「違うって」
「でも、だいたいそうじゃん」
「別に俺が決めなくても」
「じゃあこの前、誰が戻るって言った?」
悠斗は黙った。
蓮が肩をすくめる。
「誰呼ぶか決めんのも悠斗多いしな」
「……たまたまでしょ」
「そう思っとけば?」
アキラが笑う。
悠斗は納得できなかった。
自分がリーダーだとは思わない。
皆より特別に優れているとも思えない。
ただ、必要な人へ連絡すること。
全員の話を聞くこと。
誰かが嫌だと言った時に止まること。
それなら、今の自分にも少しはできる。
「とりあえず」
悠斗は話を戻した。
「仕事来たら、一回チャットに投げる。それでいい?」
「賛成」
「俺も」
「うん」
シオンも頷いた。
契約書もない。
加入条件もない。
利益配分すらまだ仕事ごとに決めている。
それでも、初めて「自分たちのやり方」が一つできた。
◇
その日の夕方。
悠斗は一人で街を歩いていた。
蓮とアキラは車を見に行った。
ナナは友人との約束。
シオンは射撃場。
誰も悠斗と一緒ではない。
それでも、不思議と一人になった気はしなかった。
ポケットの中でスマートフォンが震える。
見ると、《仮》に新しいメッセージが届いていた。
『アキラ:仕事の話来た』
続けて、
『アキラ:今度は先に全部聞く』
悠斗は立ち止まった。
少し前なら、誰かから回ってきた仕事をそのまま受けるか、断るか。
それだけだった。
今は違う。
誰が行くのか。
誰が向いているのか。
そもそも受けるべきなのか。
皆で考えられる。
悠斗は画面を見ながら返信した。
『悠斗:内容聞いてから決めよう』
すぐに蓮が、
『蓮:了解』
ナナが、
『ナナ:分かったら送って』
と返す。
名前はまだない。
正式なリーダーもいない。
ただ、それでも確かに少しずつ形になり始めていた。
悠斗はスマートフォンをポケットへ戻し、夕方の人混みへ歩き出した。
今度の仕事は、一人ではなく、俺たちで決める。
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