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『引きこもり高校生、犯罪都市でギャングを始める ~友達ゼロだった俺の成り上がり~  作者: 阿鼻恭介
第1章

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第1章 第38話 初めての強盗

 強盗をやると決めてから二日。


 悠斗は、前世で何度も画面越しに見ていた時間を、自分が実際に過ごしていることに妙な違和感を覚えていた。


 仲間が集まり、誰が何をするのかを話し合う。


 危ないと思えば意見が止まり、別の案が出る。


 笑いながら話していたはずなのに、少し現実味が増すだけで全員の表情が変わる。


 生前の悠斗が一番羨ましいと思っていた時間だった。


 けれど、実際にその輪の中へ入ってみると、楽しいだけではなかった。


 怖い。


 責任もある。


 誰か一人の判断で、全員が捕まるかもしれない。


 それでも悠斗は、その重さごと嫌いではなかった。


     ◇


 候補にしたのは、中央地区の外れにある小さな個人経営の雑貨店だった。


 ナナが確認したのは、店が公開している営業時間や場所、周辺の地図、それから一般客でも見られる口コミ程度だ。


 店員が何人いるのか。


 どれだけ現金があるのか。


 防犯設備がどうなっているのか。


 そんなことまでは分からない。


『ナナ:分かるのここまで』


 グループチャットへ届いた文面を見て、悠斗は返信した。


『悠斗:ありがとう。それ以上は調べなくていい』


『ナナ:了解』


 前なら、もっと知りたいと思ったかもしれない。


 けれど最近の件で、調べれば調べるほど安全になるとは限らないと知った。


 自分たちはまだ、裏社会の情報を何でも扱えるような人間ではない。


 分からない部分がある。


 なら、その不確定さ込みでやるかどうかを決めるしかない。


     ◇


 実行する日の夕方、悠斗たちは南部寄りの立体駐車場へ集まった。


 悠斗。


 蓮。


 アキラ。


 シオン。


 ナナは現場には来ない。


 タクミにも話はしたが、今回は技術的に頼むことがなかったため、参加していない。


 大河にも声をかけなかった。


 まだ一度仕事をしただけの相手を、いきなり強盗へ誘うほどの関係ではない。


「車どうする?」


 アキラが聞く。


 悠斗は自分の銀色のセダンへ視線を向けた。


 警察に止められ、逃げて、逮捕された時に使った車。


 登録情報も顔も、もう結びついている。


「俺のは使いたくない」


「正解」


 蓮がすぐ答えた。


「俺の青いのも目立つし、今日は別の車で行く」


 そう言って、蓮が指したのは少し離れた場所に停まっている古いハッチバックだった。


 普段から知人との移動などに使っている車らしく、派手な改造もない。


 悠斗は細かいことまでは聞かなかった。


 誰の名義で、どこから持ってきたのか。


 その辺りを聞き始めると、また自分たちは「知らないまま使う」側になる。


「問題ある車じゃないよね?」


「普通に使える車」


 蓮が答える。


「そこは大丈夫」


「ならいい」


 悠斗は頷いた。


 何でも疑えばいいわけでもない。


 でも、確認すべきことは確認する。


 それを自分の中で少しずつ覚え始めていた。


「じゃあ、最後に確認する」


 悠斗は三人を見る。


 蓮が車へ腰を預け、アキラが腕を組む。


 シオンは黙って聞いている。


「無理だと思ったらやめる。途中でも」


「了解」


「金が取れてなくても」


「そこ大事な」


 アキラが頷く。


「一般人を傷つけるのはなし」


「当然」


「あと、俺が変な判断したら止めて」


 アキラが即答した。


「前も止めたけどな」


「……今回はちゃんと聞く」


「その言葉、録音しときたい」


「やめて」


 蓮が小さく笑う。


 シオンの口元も僅かに動いた。


 緊張していた空気が少しだけ和らいだ。


 悠斗は息を吐く。


「行こう」


     ◇


 夜八時過ぎ。


 店のある通りは、完全に人が消えるような場所ではなかった。


 大通りほどではないが車は通り、少し離れた飲食店からは話し声が聞こえる。


 信号の向こうには自転車を押す学生。


 道路脇には犬を連れた女性。


 悠斗には、その全部が気になった。


 前世で配信を見ていた時、街にいる一般人はほとんど背景だった。


 今は違う。


 誰もが本当に生活している。


「悠斗」


 アキラの声で我に返る。


「行ける?」


「……うん」


 悠斗は頷いた。


 店へ入る。


 想定していたより明るい店内だった。


 棚には日用品や菓子、雑貨が並び、レジの奥には中年の男性店員がいる。


 そして、客が一人いた。


 二十代くらいの女性だ。


 悠斗は足を止めかけた。


 アキラを見る。


 アキラも同じようにこちらを見た。


 予定では、客がいない時に始めるつもりだった。


 最初の想定外。


「……待つ?」


 アキラが小さく聞く。


「うん」


 悠斗たちは何もせず、店の商品を見るふりをした。


 たった数分のはずなのに長い。


 女性客が商品を一つ持ってレジへ向かう。


 会計を済ませる。


 扉が開く。


 閉じる。


 外へ出ていく姿が見えなくなるまで待った。


 悠斗の心臓は、すでに走った後のように速かった。


「……やる?」


 蓮が小声で聞いた。


 ここで帰ることもできる。


 一瞬、そう思った。


「やる」


 悠斗は答えた。


 アキラがレジへ向かう。


「すみません」


 店員が顔を上げた。


 その瞬間、シオンが入口寄りへ移動する。


 悠斗も一歩前へ出た。


 腰の拳銃へ手を伸ばし、見えるようにする。


 手が震えた。


 射撃場では止められた震えが、今は止まらない。


「……騒がないでください」


 声まで少し揺れた。


 格好悪い。


 でも、格好をつけに来たわけではない。


「金を出してください」


 アキラが続ける。


 悠斗よりずっと落ち着いた声だった。


「怪我させる気はないです。言う通りにしてくれれば、すぐ出ます」


 店員の顔色が変わる。


 両手がゆっくり上がった。


「わ、分かった」


 悠斗の喉が鳴る。


 本当に強盗をしている。


 その現実が、ようやく身体へ追いついた。


 次の瞬間。


 店の奥で箱の落ちる音がした。


 全員の視線が向く。


「……誰かいる?」


 悠斗が店員へ聞いた。


 店員の表情が揺れた。


「息子だ」


「息子?」


「奥で在庫を見てる」


 聞いていない。


 当然だ。


 公開情報に、今日誰が働いているかなど載っているはずがない。


 配信なら、事前に人数が分かっている場面も多かった。


 現実は違う。


 そこにいる人間は、台本通りには配置されていない。


「どうする?」


 蓮が小さく聞く。


 悠斗は迷った。


 やめるか。


 今ならまだ戻れる。


 そう考えた時、奥の扉から若い男が出てきた。


「親父、今の音――」


 悠斗たちを見て固まる。


 青年の視線が拳銃へ向いた。


 次の瞬間、反射的に一歩下がった。


「待って!」


 悠斗が叫んだ。


 青年が止まる。


「そこにいて。何もしないから」


 自分でも驚くほど必死な声だった。


 悠斗は青年へ銃口を向けなかった。


 向けられなかった、と言った方が正しいかもしれない。


 アキラがすぐ言葉を継ぐ。


「二人とも動かないでください。すぐ終わらせます」


 父親と息子が互いを見る。


 その視線を見た瞬間、悠斗の胸に嫌な重さが乗った。


 自分たちは、この二人にとって恐怖そのものだ。


 配信で人質役を見ていた時とは全く違う。


「悠斗」


 シオンの声。


 入口越しに外を見ている。


 遠くからサイレンが聞こえた。


 まだ距離はある。


 こちらへ向かっているとも限らない。


 けれど、全員の空気が一気に変わった。


「もういい」


 悠斗が言った。


 アキラが振り返る。


「まだ全部――」


「出よう」


 悠斗はもう一度言った。


 取れた金は多くない。


 予定していた額にも届いていない。


 でも、ここで欲張る方が怖かった。


 アキラが一瞬迷い、頷く。


「分かった」


 蓮も何も言わなかった。


 悠斗は店員と息子を見る。


「……動かないでください」


 言葉を残し、四人は店を出た。


     ◇


 夜風が頬へ当たった瞬間、悠斗は自分が息を止めていたことに気づいた。


 蓮が運転席へ入る。


 悠斗は助手席。


 アキラとシオンが後ろへ乗った。


 車が動き出す。


 遠くのサイレンが近づいているのか、別方向へ向かっているのかは分からない。


 悠斗は後ろを見ようとして、やめた。


「前見てて」


 蓮に言われる。


「うん」


 声が掠れた。


 前世で何度も見てきた逃走。


 もっと興奮するものだと思っていた。


 実際には、胃の奥がずっと重い。


 手のひらが汗ばんでいる。


 蓮も普段のように冗談を言わない。


 アキラは後部座席で何度も息を吐いている。


 シオンだけが比較的落ち着いていたが、窓の外へ向ける視線は普段より鋭い。


 街の向こうでは別の警察車両が走っていく。


 その姿が見えただけで、悠斗の身体が一瞬強張った。


 先日の逮捕が頭を過る。


 赤と青の光。


 停止命令。


 逃げた自分。


「大丈夫」


 シオンが後ろから言った。


「まだ何も起きてない」


「……うん」


 その一言で、少し呼吸が戻った。


 蓮は無茶な運転をしなかった。


 速度を上げて街中を暴走することもない。


 今すぐ追われていると決まったわけではないからだ。


 しばらく走り、周囲の緊張が少しずつ薄れていく。


 誰も口を開かなかった。


 十分以上経った頃、蓮がようやく言った。


「……生きてる?」


 アキラが後ろから答える。


「たぶん」


「俺も」


 悠斗が言う。


「喉カラカラ」


「俺も」


 アキラが続けた。


 数秒の沈黙。


 蓮が小さく笑った。


「何だこれ」


 それにつられてアキラも笑う。


 悠斗も息を漏らした。


 成功したのかもしれない。


 金は取った。


 今のところ捕まっていない。


 誰も怪我していない。


 けれど、達成感より疲労の方がずっと強かった。


     ◇


 その夜。


 四人は別の場所でナナと合流した。


 人通りの少ない駐車場の端。


 街灯の下でナナが悠斗たちを見るなり眉を上げる。


「全員すごい顔してる」


「どんな?」


 蓮が聞く。


「初めて絶叫マシン乗ったあとみたい」


「近いかも」


 アキラが車へ背を預ける。


 悠斗は受け取った金を確認した。


 少ない。


 四人で分ければ、これまでの仕事より割に合わないと感じる程度だ。


 ナナにも調査を手伝ってもらった分を渡す。


「……これで命懸け?」


 アキラが金額を見て苦笑した。


「割に合ってなくない?」


「最初なんだから仕方ないだろ」


 蓮が言う。


「ていうか、本当にやったんだね」


 ナナが悠斗を見る。


「うん」


 答えても、まだ現実味が薄い。


「でも、全然予定通りじゃなかった」


 悠斗は店で起きたことを話した。


 客がいた。


 店員の息子が奥にいた。


 サイレンが聞こえた。


 途中で切り上げた。


 配信で見てきた知識が全く役に立たなかったわけではない。


 役割を分ける。


 欲張らない。


 無理なら撤退する。


 そういった考え方は確かに助けになった。


 けれど、「予定された人間」なんて現実にはいない。


 誰かが突然現れる。


 怖がる。


 予想と違う行動をする。


 それだけで作戦は簡単に変わる。


「次やるなら――」


 アキラが言いかける。


 悠斗は思わず笑った。


「もう次の話?」


「反省は必要だろ」


「さっき喉カラカラって言ってたのに」


「それとこれは別」


 蓮まで笑う。


 シオンが悠斗を見る。


「途中でやめたのは良かったと思う」


 悠斗は少し驚いた。


「本当に?」


「欲張ったら判断遅れる」


「……そっか」


 胸の奥が少しだけ軽くなる。


 成功したからではない。


 自分が決めたことを、仲間が認めてくれた。


 それが嬉しかった。


 ナナがスマートフォンを見ながら口を開いた。


「もう店のこと、少し話出てる」


 笑っていた空気が止まる。


「もう?」


「詳しいことまではないよ。若い四人組が入ったらしいって程度」


「名前は?」


 悠斗が聞く。


「出てない」


 それを聞いて、少しだけ肩の力が抜けた。


「でも」


 ナナが続ける。


「最近、悠斗たちが一緒に動いてるって話自体は、前より増えてる」


「俺たち?」


「搬入の仕事とか、他の小さい仕事とか。アキラ経由で知ってる人もいるし」


 アキラがスマートフォンを取り出した。


「あ」


「何?」


「ちょうど来た」


 画面を見る。


「前に一緒に働いた奴から」


「何て?」


 アキラが読み上げる。


「『神谷たち、最近ずっと一緒に動いてるらしいな』」


 悠斗は何も言えなかった。


 まただ。


 少し前の搬入でも、似たように呼ばれた。


 神谷たち。


 自分では、一度もそんな名前をつけた覚えはない。


 誰がリーダーだとも決めていない。


 正式なグループでもない。


 色もない。


 拠点もない。


 なのに外から見ると、もう少しずつ一つの集まりに見え始めている。


「ほら」


 アキラがにやりと笑う。


「もう神谷たちじゃん」


「別に俺たちでいいでしょ」


「じゃあ今度から『俺たち』で仕事来る?」


「何それ」


 蓮が笑う。


 ナナも肩を揺らした。


 悠斗は否定しようとして、やめた。


 嫌ではなかった。


 むしろ、胸の奥が少しだけ温かくなる。


 前世では、自分から集団へ入ることすらできなかった。


 今は、自分の周りに人がいる。


 しかも、その集まりを誰かが自分の名前で呼んでいる。


「……変な感じ」


 悠斗が呟く。


「嫌?」


 ナナが尋ねる。


 悠斗は少し考えた。


「いや」


 口元が自然に緩んだ。


「ちょっと嬉しい」


 初めての強盗は、完璧とは程遠かった。


 怖かった。


 予定外ばかりだった。


 利益も大きくない。


 それでも、自分たちで決め、自分たちで動き、全員で戻ってきた。


 金よりも、その事実の方が悠斗にはずっと大きかった。


 その時、アキラのスマートフォンがもう一度震えた。


「また?」


「今度は別の奴」


 アキラの表情から笑みが少し消える。


「……ちょっと大きめの仕事、四人か五人で受けられる奴探してるって」


 蓮が眉を上げた。


「いくら?」


「今回の何倍か」


 悠斗は反射的に興味を持った。


 けれど、すぐには答えなかった。


 少し前なら金額だけで気持ちが動いていたかもしれない。


 今は違う。


「誰から?」


 悠斗が聞く。


 アキラがこちらを見る。


「まずそこからだよな」


「うん」


 悠斗は頷いた。


「ちゃんと確認してから考えよう」


 初めて自分たちで決めた強盗は終わった。


 そして、外から「神谷たち」と呼ばれ始めた彼らのところへ、今度は少し大きな仕事が近づいていた。

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