第1章 第37話 自分たちで決める仕事
拳銃を買ってから二日後。
悠斗は再び、南部郊外の射撃場に立っていた。
防音された室内には乾いた発砲音が断続的に響き、そのたびに耳の奥へ鈍い振動が残る。隣の区画では誰かが黙々と練習を続けていたが、悠斗の前に吊られた標的には、まだ胸を張れるような結果は並んでいなかった。
「……前よりはマシ?」
悠斗が尋ねると、隣に立つシオンが標的を眺めた。
「前よりは」
「その言い方、全然褒めてないよね」
「褒めてる」
「本当に?」
「前よりは」
「二回言わなくていいから」
シオンの口元が、ごく僅かに緩んだ。
悠斗は息を吐き、手元の拳銃へ視線を落とす。
自分の物になったからといって、急に扱いやすくなるわけではなかった。
構えれば緊張する。
発砲音にはまだ肩が反応する。
狙った場所へ思い通りに当たるわけでもない。
それでも、射撃場で借りた銃を触っていた時とは感覚が違った。
一発撃つたびに、自分がこれを持つと決めたのだという事実が返ってくる。
「シオン」
「何?」
「実際に危ない時って、これ持ってたら安心する?」
「しない」
予想通りの即答だった。
「むしろ判断増える」
「使うか、使わないか?」
「それも」
シオンは標的へ目を戻した。
「逃げるか。隠れるか。誰かを庇うか。出したら相手も出すかもしれない。持ってるだけで正解にはならない」
悠斗は頷いた。
前世で見ていた配信では、銃を持つこと自体が一つの節目に見えていた。
強くなった証。
犯罪者らしくなった証。
けれど現実では違う。
選択肢が増えただけなのかもしれない。
しかも、その一つひとつが重い。
「今日はもうやめる?」
シオンに聞かれ、悠斗は標的を見た。
「あと少しだけ」
「分かった」
上手くなりたいとは思う。
ただ、上手くなったから撃ちたいわけではない。
その違いだけは忘れないようにしようと、悠斗は静かに思った。
◇
射撃場を出た頃には、空が橙色に染まり始めていた。
駐車場へ向かう途中、悠斗のスマートフォンが震える。
《仮》のチャットだった。
『アキラ:今日暇な奴いる?』
『蓮:飯なら』
『ナナ:また食べ物?』
『蓮:仕事なら内容による』
『アキラ:仕事の話ではある』
悠斗は歩きながら返信する。
『悠斗:今シオンといる』
すぐに返事が来た。
『アキラ:じゃあシオンも来れば?』
悠斗は隣を見る。
「アキラが集まろうって。仕事の話もあるらしい」
「行く」
「大丈夫?」
「予定ない」
シオンらしい返事だった。
『悠斗:二人で行く』
そう送ってから、悠斗はスマートフォンをポケットへ戻した。
少し前なら、「仕事の話」と聞くだけで受ける前提になっていた。
誰かが持ってきたものを選ぶ。
嫌なら断る。
それだけだった。
けれどユウジとの関係を切ってから、何度も考えていた。
いつまでも誰かの都合で使われる側にいるのではなく、自分たちで仕事を選ぶようにならなければいけないのではないか。
まだ答えは出ていない。
けれど、その考えはもう自分の中にもあった。
◇
集合したのは、中央地区寄りのファストフード店だった。
SUNSET DINERではない。
ミオの働く店を犯罪の相談場所にはしないと決めてから、その線引きだけは守っている。
店内では食事と雑談だけで済ませた。
ナナが蓮のポテトを一本奪い、アキラがそれを見て笑い、シオンは黙って飲み物を飲んでいる。
犯罪の話を始めたのは、全員が食べ終えて近くの立体駐車場へ移動してからだった。
夕方と夜の境目。
コンクリートの天井には蛍光灯が並び、遠くから車の走行音が反響してくる。
蓮の青いクーペの横に、悠斗の銀色のセダン。
ナナ、アキラ、シオンも揃っている。
「で?」
蓮が車へ腰を預けた。
「仕事って何?」
「まだ仕事じゃない」
アキラが答える。
「思いつき」
「一気に不安になった」
「聞いてから言えって」
アキラは一度全員を見回した。
「最近さ、俺らずっと誰かから回ってきた仕事ばっかだっただろ?」
悠斗は黙って続きを待つ。
「ユウジの件で捕まって」
「俺までな」
「はいはい」
アキラが面倒そうに返す。
「そのあとも知らない奴の仕事で変なのに目つけられた。だったらさ、いつまでも人から回ってくる仕事待つより、自分らで考えた方がマシなんじゃないかって」
悠斗は小さく息を吐いた。
「……俺も、それは考えてた」
アキラがこちらを見る。
「いつから?」
「ユウジの仕事切ってから」
悠斗は正直に答えた。
「ずっと誰かに使われるだけだと、結局また同じことになる気がしてた。受けるか断るかだけじゃなくて、自分たちで選べた方がいいんじゃないかって」
「じゃあ話早いじゃん」
蓮が笑う。
「で、何やる?」
「まだそこまで決めてない」
悠斗が言うと、アキラが手を上げた。
「一応、俺は小さい店みたいなのを考えてる」
「店?」
ナナが眉を上げる。
「いきなり銀行とか無理だろ。人数も少なくて、規模も小さいところ」
その言葉を聞いた瞬間、悠斗の胸の奥がざわついた。
強盗。
前世で何度も画面越しに見てきたもの。
それを、今度は自分たちが話している。
「俺は賛成」
蓮が言う。
「ただし、適当に決めるのはなし」
「当然」
ナナも腕を組んだ。
「私は現場は嫌だけど、公開されてる範囲で調べるくらいならする」
「シオンは?」
悠斗が聞く。
「内容次第」
短い。
けれど反対ではない。
全員の視線が、自然と悠斗へ集まった。
「……何で俺見るの?」
「ほら始まった」
アキラが笑う。
「誰もリーダーって決めてないのに、最後は悠斗待ち」
「別に待たなくても」
「じゃあ俺が今決めていい?」
蓮が言う。
悠斗は少しだけ言葉に詰まった。
昔なら、こういう場面では誰かの意見に乗っていた。
自分で決めて、失敗して、その責任が自分へ向くのが怖かったから。
今も怖い。
しかも今回は、食事やドライブではない。
犯罪だ。
「……やるかどうか決める前に、何個かだけ決めたい」
悠斗は言った。
「まず、嫌な奴は無理に参加しない」
ナナが頷く。
「それは賛成」
「あと、危ないって思ったら途中でもやめる」
「金取れてなくても?」
蓮が聞く。
「うん」
悠斗は迷わなかった。
「それで捕まったり、誰か怪我したら意味ないし」
「一般人にわざと手出すのもなしでいいだろ」
アキラが言う。
「うん」
「あと一人で勝手に始めない」
ナナが付け加える。
「それ大事」
蓮も頷く。
言葉にしてみれば、どれも当たり前のことだった。
それでも、自分たちで決めると少し意味が違うように感じた。
「全員参加にもしたくない」
悠斗は続ける。
「ナナは現場嫌って言ってるし」
「私は外でいい」
「タクミにも聞くなら、まず相談だけでいいと思う。技術で必要になったらお願いするくらい」
蓮が口元を上げた。
「もう普通に役割振ってんじゃん」
「いや、そういうつもりじゃ……」
「そういうところだろ」
アキラまで笑う。
悠斗は言い返しかけて、やめた。
自分では、向いていることを頼みたいだけだった。
けれど周りから見ると、それが別のものに見えているらしい。
「大河は?」
ナナが聞く。
「まだ誘わなくていいと思う」
悠斗は少し考えて答えた。
「一回仕事しただけだし。いきなり強盗誘うのも変でしょ」
「それはそうだな」
アキラも頷く。
「タクミも、まず話だけだな」
シオンが言った。
「人数増やせばいいわけじゃない」
「じゃあ現場は、今のところ悠斗、俺、アキラ、シオン?」
蓮が指を折る。
「まだ決定じゃないよ」
「分かってるって」
それでも蓮はどこか楽しそうだった。
◇
その日の話し合いでは、具体的な日時までは決めなかった。
ただ、候補を一つだけ絞った。
中央地区の外れにある、小さな個人経営の雑貨店。
営業時間や店の場所は公開情報で確認できる。
ナナには、それ以上のことはせず、公開されている範囲だけを確認してもらうことにした。
「今日はここまででいいんじゃない?」
ナナが言う。
「次会うまでに、やるかやらないか決める」
「そうしよう」
悠斗も頷く。
「思ったより地味だな」
蓮が言った。
「強盗の話してたのに」
「最初から派手にやって捕まったら馬鹿だろ」
アキラが返す。
「悠斗は?」
ナナが尋ねた。
「何が?」
「今どんな感じ?」
悠斗は少し考えた。
怖い。
逮捕されたばかりだ。
銃を買ったばかりでもある。
普通なら、こんなことはしない方がいい。
それでも、誰かに言われたから動くのではなく、自分たちで考えて選ぶということに、不思議な感覚があった。
正しいかどうかではない。
少なくとも、以前のように何も知らないまま使われているだけではない。
「……自分たちで決めるなら、やってみたい」
口にすると、胸の鼓動が少し速くなった。
生前、ずっと画面の向こうから見ていた。
仲間が集まり、ああでもない、こうでもないと話し合う時間。
強盗そのものより、悠斗が羨ましかったのは、むしろその時間だったのかもしれない。
今、自分はその輪の中にいる。
蓮が青いクーペのドアを開けながら振り返る。
「じゃあ次、本当にやるか決めようぜ」
「うん」
アキラもスマートフォンを取り出す。
「タクミには俺から聞いとく」
ナナは、
「分かったことだけ送る。勝手に深追いはしない」
と言い、シオンはいつも通り短く、
「決まったら呼んで」
とだけ答えた。
それぞれが自分の車へ向かっていく。
悠斗は銀色のセダンの前で一度だけ立ち止まった。
少し前まで、仕事は誰かから与えられるものだった。
今度は違う。
次に動く時は、自分たちで選び、自分たちで決める。
その責任まで含めて。
怖い。
それでも、その怖さの中に少しだけ楽しさが混じっていることを、悠斗はもう否定しなかった。
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