第1章 第30話 初めて組む四人
ナナから返信が届いたのは、タクミと別れてから一時間ほど経った頃だった。
安宿へ戻った悠斗は、窓際の小さな机にスマートフォンを置き、コンビニで買ったサンドイッチの包装を開いていた。
窓の外では、夜の大通りを車が途切れなく流れている。遠くで救急車のサイレンが鳴り、高層ビルの間へ赤い光が吸い込まれていった。
スマートフォンが震える。
『ナナ:とりあえず分かった範囲だけ』
『ナナ:依頼人の名前と、その人が車を持ってること自体は確認できた』
続けてもう一通。
『ナナ:ただ、送ってもらった車の情報だけじゃ、倉庫にある車が本当にその車かまでは分からない』
悠斗はサンドイッチを持ったまま画面を見つめた。
いかにもナナらしい返事だった。
分かった部分と、分からない部分を分けてくれる。
『悠斗:事故のことは?』
『ナナ:小さい事故だったらしいって話は見つけた。でもネットの噂レベル』
『ナナ:確実なのはここまで』
その下に、
『ナナ:これでいいなら50ドル。もう少し調べるなら100』
と付け足される。
悠斗は少し考えてから、
『悠斗:100でお願い』
と返信した。
数分後には、タクミにも内容を転送する。
『本人が車持ってることは確認できた。でも倉庫にある車が本当に本人のかは現地で見ないと分からないって』
返事は早かった。
『タクミ:それで十分』
『タクミ:現地で書類見る』
さらに一通。
『タクミ:話変わったら帰る』
悠斗は小さく笑った。
慎重なのは、自分だけではないらしい。
◇
翌日の夜。
昼間のタクシー勤務を終えた悠斗は、銀色のセダンへ乗り換えて南部へ向かった。
日中は快晴だったが、夜になると薄い雲が広がり、空気は少し湿っている。南へ下るにつれて道路沿いの店は減り、代わりに物流会社や倉庫、修理工場の看板が増えていった。
集合場所は、二十四時間営業の大型スーパー裏にある駐車場だった。
悠斗が到着すると、濃紺の古いハッチバックの横にタクミが立っていた。
アキラもすでに来ている。
「蓮は?」
車から降りながら悠斗が聞く。
「今日は別の用事」
アキラが答えた。
「シオンは?」
「呼んでない」
タクミが短く言う。
「銃とか必要になりそうなら、最初から断る」
「……俺もその方がいいと思う」
悠斗は頷いた。
今夜の仕事は、あくまで車から機器を取り外すこと。
戦いに行くわけではない。
「ナナは?」
「来ない」
悠斗が答える。
「調べるところまで頼んだだけ」
「そりゃそうか」
アキラが納得する。
今日の現場へ行くのは、悠斗、アキラ、タクミの三人だった。
「一回だけ確認しよう」
タクミがスマートフォンを開く。
「依頼人本人が現地に来る。車の名義と本人確認。問題なければ俺が指定された機器を外す。途中で別の物も外してくれとか言われたら帰る」
「話すのは俺でいい?」
アキラが聞く。
「頼む」
「悠斗は?」
視線を向けられ、悠斗は一瞬考えた。
「……車出す。それと、外見とく」
「見張り?」
「そんな大げさじゃなくて。変な人が来ないかとか」
「分かった」
役割を決めた、というほど立派なものではなかった。
それぞれができそうなことを口にしただけだ。
それでも三人で動く理由は、ちゃんとあった。
◇
指定された倉庫は、南部の住宅地から少し外れた工業区画にあった。
街灯はあるものの間隔が広く、古いフェンスの向こうには資材置き場が並んでいる。時折、大型トラックが道路を通り過ぎるたびに、地面へ低い振動が伝わった。
倉庫前には白いSUVが一台。
その横で、四十代ほどの男が煙草を吸っていた。
「たぶんあれ」
タクミが言う。
悠斗は少し離れた場所へセダンを停めた。
三人で降りる。
「桐谷?」
男が煙草を踏み消した。
「そうです」
「待ってた」
すぐに封筒を差し出してくる。
中には車関係の書類と身分証の写し。
タクミが確認し、アキラも横から見る。
「車、見せてもらっていいですか?」
アキラが聞く。
「もちろん」
倉庫のシャッターが上がった。
金属が擦れる大きな音が夜の工業地帯へ響く。
中には黒いセダンが一台置かれていた。
前方が大きく潰れ、片側のライトが割れている。床には乾いた泥の跡があり、近くには工具棚と古いタイヤが積まれていた。
タクミは書類と車を見比べる。
「番号合ってる」
小声で言った。
少なくとも、別の車を用意していたわけではないらしい。
「外すのは、送ってもらった二つだけですよね?」
「ああ」
依頼人が答える。
「余計なことはしなくていい」
タクミはそこでようやくバッグを開いた。
悠斗は倉庫の入口付近へ移動する。
外の道路が見える。
アキラは依頼人の近くに残り、世間話のような調子で会話を始めた。
「結構派手にぶつけましたね」
「雨の日にな。滑った」
「怪我は?」
「肩打ったくらい」
「それならまだ良かったですね」
アキラの声は柔らかい。
悠斗には、ああいう自然な会話はまだ真似できそうになかった。
外を一台の配送トラックが通り過ぎる。
数分後には、古いピックアップトラックがゆっくりと倉庫前を通った。
運転席の男がこちらを見たような気がして、悠斗は目で追う。
車はそのまま角を曲がった。
「どうした?」
アキラが気づく。
「今の車……ちょっとこっち見てた気がして」
依頼人が肩をすくめる。
「この辺の連中だろ。夜でも工場動いてるからな」
「……そうですか」
確証はない。
悠斗はそれ以上騒がなかった。
しばらくしてタクミが顔を上げる。
「一個終わった」
取り外した機器を依頼人へ見せる。
「次いきます」
「ああ」
作業は地味だった。
何かを華麗に解除するわけでもない。
タクミは手元を何度も確認し、分からないところでは端末を見てから再び車へ向かう。
「こういうの、毎回すぐ分かるの?」
悠斗が聞いた。
「分からない時もある」
「今日は?」
「簡単な方」
「俺がやったら?」
「やめた方がいい」
「壊す?」
「たぶん」
「そこは迷わないんだ」
タクミが少しだけ笑った。
悠斗も笑う。
自分でできないなら、できる相手へ任せる。
当たり前のことなのに、以前は誰かへ頼ること自体が苦手だった。
十五分ほどして二つ目の機器も外れた。
「終わり」
タクミが立ち上がる。
依頼人は受け取った機器を確認し、封筒へ入れた。
「助かった」
「こっちの仕事はここまでです」
「ああ。約束通りでいい」
報酬は電子送金された。
千二百ドル。
◇
倉庫を離れた三人は、近くのガソリンスタンドへ入った。
白い照明が強く、暗い工業地帯を走った後では妙に眩しい。
タクミが缶コーヒーを買い、アキラは店内からホットドッグを持って出てきた。
「結局、普通に終わったな」
アキラが包装を開けながら言う。
「今のところは」
タクミが答える。
「悠斗、まださっきの車気にしてんの?」
「少し」
「あれ?」
「うん」
悠斗は給油機の向こうにある道路を見る。
同じピックアップトラックはいない。
「まあ、何もなかったんだし」
アキラが言う。
「毎回全部疑ってたら疲れるぞ」
「……それもそうか」
そう答えたものの、完全には納得していなかった。
それでも仕事は終わっている。
依頼主の確認もした。
車の情報も一致した。
条件も途中で変わらなかった。
無事に金も払われた。
悠斗はスマートフォンを開き、ナナへ約束していた百ドルを送る。
残りの金については、タクミが言った。
「俺六百でいい。残りは二人で分けて」
「車出した分は?」
アキラが聞く。
「今日は近かったし、別にいいよ」
悠斗が答える。
「それやると後で面倒になる」
タクミが即座に言った。
「少額でも経費にしといた方がいい」
前に金のことで揉めた人間らしい言葉だった。
「じゃあ……ガソリン代だけ取る?」
「それでいい」
細かい金額をその場で決め、残りを三人で分けた。
大金ではない。
けれど揉めることもなかった。
「また何かあったら連絡していい?」
タクミが尋ねる。
「俺に?」
「誰でもいいんだけど」
「何だそれ」
アキラが笑う。
「神谷が一番ちゃんと確認しそうだから」
タクミは平然と言う。
悠斗は少しだけ戸惑った。
褒められているのかどうか分からない。
「……まあ、いいよ」
「じゃあ頼む」
タクミはそれだけ言って缶コーヒーを飲んだ。
初めて会った昨日より、少しだけ距離が縮まった気がした。
◇
その夜。
悠斗は一人で銀色のセダンを走らせていた。
ラジオから小さく音楽が流れている。
中央地区へ近づくにつれて道路は明るくなり、横を走る車も増えてきた。
今日の仕事は無事に終わった。
依頼人を確認した。
ナナに調べてもらった。
タクミが専門部分を担当し、アキラが相手と話した。
自分も周囲を見ていた。
全部、上手くいった。
前ほど裏仕事のあとに手が震えることもない。
信号が青へ変わる。
悠斗は発進した。
少しだけ速度を上げる。
その時、交差点の反対側へ、一台のパトカーが入ってきた。
悠斗の身体が一瞬だけ固くなる。
けれどパトカーはそのまま別の道へ曲がっていった。
「……びびった」
思わず笑う。
自分は何も持っていない。
今夜の仕事だって、警察に追われたわけではない。
だから大丈夫だ。
そう思った。
少し前なら、警察車両を見ただけで肩に力が入っていたはずなのに。
悠斗はそのまま走り続ける。
スマートフォンが一度だけ震えた。
赤信号で停車してから画面を見る。
ユウジからだった。
『明日、仕事ある』
続けて、
『人数は二人まで』
さらに数秒後。
『簡単な回収だ』
悠斗は画面を見つめた。
以前なら、まず「何を回収するのか」と聞いていただろう。
指は一度、その文章を打ちかけた。
けれど今日の仕事があまりにも何事もなく終わったせいか、ほんの少しだけ気が緩んでいた。
『分かった。詳しい場所送って』
送信してから、信号が青へ変わる。
悠斗はスマートフォンを置き、車を発進させた。
確認を一つ飛ばしたことに、その時の悠斗は気づいていなかった。
お読みいただきありがとうございます。
ブックマークや評価をいただけると励みになります。
そして本日はここまで明日も5話投稿します。
よろしくお願いいたします。




