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『引きこもり高校生、犯罪都市でギャングを始める ~友達ゼロだった俺の成り上がり~  作者: 阿鼻恭介
第5章

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201/205

第6章 第201話 引き継ぐもの

 最後の荷物を倉庫へ運び込んだ悠斗は、伝票を手に担当者の確認を待っていた。


 今日の仕事は、NOXの車両担当幹部である三枝ソウから紹介された運搬のシノギだった。


 荷物の量が多かったため、今回はシオンの黒いレンジャーを使っている。大型の軍用車だけあって積載量には余裕があり、三人で手分けした運搬も予定どおり午前中に終えることができた。


「はい、全部揃っています。お疲れさまでした」


「ありがとうございました」


 担当者からサイン済みの伝票を受け取ると、悠斗はスマートフォンを取り出し、ソウへ仕事の完了を報告した。


 幹部に昇格してから、こうした仕事を紹介してもらえる機会が増えていた。


 今月の上納はフェスの利益で満たしているが、来月からは自分たちで稼がなければならない。小さな仕事でも、今の悠斗にはありがたかった。


 倉庫を出ると、駐車場では蓮とシオンが待っていた。


「よし、終わり。飯でも行こうぜ」


 蓮がレンジャーの助手席へ向かいながら声を掛けてきた。


「いいよ。ただ、午後から玲奈と約束があるから、あまりゆっくりはできないけど」


「ああ、あの会社か」


 蓮は助手席のドアを開けながら、面白そうに悠斗を見た。


「昨日も行ったんだろ? もう買うの?」


「まだ分からないよ。今日は詳しい資料を見せてもらう予定だから」


「会社一個買うのに何回会うんだよ」


「お前みたいに車を買う感覚じゃないんだろ」


 運転席のドアを開けたシオンが口を挟むと、蓮は不満そうに振り返った。


「俺だってちゃんと考えて買ってるわ」


「欲しかったらすぐ買うだろ」


「……まあ、それはそうだけど」


 あっさり認める蓮に、悠斗は笑いながら後部座席へ乗り込んだ。


 シオンがエンジンを掛けると、レンジャーは低い音を響かせて駐車場を出た。


 三人で昼食を済ませた後、悠斗は自宅へ戻って着替え、白いヴェローチェで玲奈を迎えに向かった。


 今日訪ねるのは、RAVEN MOTOR FESTの運営を担当したイベント会社だ。


 昨日の話し合いで、会社が深刻な資金難に陥っていることは聞いていた。


 玲奈は不動産事業を始めてからの一週間で、この会社についても財務状況を調べていたが、実際に買収するとなれば確認しなければならないことは多い。


「今日は借入の条件と、会社が持っている設備を詳しく確認したいの。それから社員のことも」


 助手席に乗り込んだ玲奈が、タブレットを開きながら言った。


「それが分かれば、買えるかどうか決められる?」


「少なくとも、引き継ぐために何が必要なのかは見えてくると思う。買収するためのお金を用意できても、その後の経営が続かなければ意味がないから」


 悠斗は頷き、車を発進させた。


 昨日は、会社を助けられるかもしれないという気持ちが強かった。しかし、実際に引き継ぐとなれば、そこで働く人たちの生活や、すでに引き受けている仕事にも責任を持つことになる。


 その重さを、悠斗は少しずつ感じ始めていた。


     *


 午後、二人がイベント会社を訪れると、峰岸は応接室に資料を揃えて待っていた。


「昨日お願いされたものです。決算書と借入明細、車両や設備の一覧、それから今後の受注状況をまとめました」


「ありがとうございます。確認させていただきますね」


 玲奈はファイルを開き、まず借入明細と預金残高を照らし合わせた。


 大口の取引先を失ってから赤字が続き、手元の資金は減っている。


 特に問題なのは今月の返済だった。以前に返済条件を変更してもらった分が重なり、現在の預金では到底足りない。


「銀行には、もう一度相談されたんですよね」


「はい。追加融資も返済条件の変更も難しいと言われました」


 峰岸の声には疲れが滲んでいた。


「ただ、仕事はようやく戻り始めているんです」


 差し出された受注一覧には、RAVEN MOTOR FESTの開催後に増えた問い合わせが並んでいた。そのうち一件は、すでに正式な契約が交わされている。


 三か月後に開催される大型イベントだった。


「この案件は、かなり規模が大きいですね」


「はい。うちだけでは対応できないので、会場設営や機材、当日のスタッフなど、複数の協力会社にお願いしています。すでに打ち合わせも始まっています」


 玲奈が契約書を確認する間、悠斗は添付された準備予定表に目を通した。


 会場の使用日程から設営、撤去まで細かく決められており、関わる会社も少なくない。


「入金はイベント終了後ですね」


「ええ。前金はありません。実際にお金が入るのは三か月以上先です」


「一方で、協力会社への支払いは一部が開催前に必要になる」


「はい」


 玲奈は手元の用紙に数字を書き込み、少し考えてから次の資料を開いた。


 車両はワゴン一台、二十人乗りのバス一台、中型トラック二台。トラックの一台にはまだ借入が残っている。


「あ、このトラック、フェスで使ってましたよね」


 悠斗が写真を指差すと、峰岸が頷いた。


「はい。あの時は自社の二台だけでは足りなかったので、ほかにも借りましたけどね」


 南部の港湾地区には資材置き場として借りている敷地があり、会社所有の大型コンテナ二つには、テントや机、椅子、柵、看板などが保管されているという。


 峰岸を除く正社員は五人。営業兼企画が一人、現場管理が二人、協力会社や会場との調整担当が一人、事務担当が一人という構成だった。


 玲奈は社員一覧にも目を通し、借入に付いている保証や契約上の制限について質問を重ねた。


 峰岸がその都度資料を探している間、悠斗は机の上に並んだ写真を眺めていた。


 フェスの会場で見かけたトラックや資材が、そこには写っている。


 あの大きなイベントを裏側で支えていたのは、こうした車両や設備と、ここで働く人たちだったのだ。


「……一つ、お願いがあるんですが」


 峰岸が資料を置き、悠斗へ向き直った。


「RAVEN MOTOR FESTの運営報酬を、予定より早く支払っていただくことはできないでしょうか」


「支払いをですか?」


「はい。一か月後の予定ですが、今月中にいただければ返済に充てられます」


 玲奈は返済予定表へ視線を戻した。


「それでも、必要な金額には届きませんよね」


 峰岸はしばらく黙っていたが、やがて小さく頷いた。


「不足分は、車両を何台か売って用意するしかないかと」


 その言葉に、悠斗は思わず顔を上げた。


「でも、トラックを売ったら三か月後のイベントはどうするんですか?」


「必要な時に借りることはできます。ただ、その分だけ費用は増えます。今の予算で収まるかどうか……」


 峰岸はそこで言葉を切った。


 返済のために車両を売れば、今度は仕事を続けるための費用が増える。悠斗にも、その苦しさは理解できた。


「すみません。フェスの支払いは、僕だけでは変更できません」


 悠斗は峰岸の目を見て答えた。


「NOXとSHIFTが共同で開催したイベントなので、支払条件を変えるには両方の承認が必要なんです。僕の判断では約束できません」


「分かっています。無理を言って申し訳ありません」


 峰岸は頭を下げた。


 玲奈は返済予定表を閉じ、少し間を置いてから口を開いた。


「峰岸さん。今の会社を残す方法について、一つ提案させてください」


 峰岸が顔を上げる。


「私たちに会社を譲っていただくことを、真剣に考えていただけませんか?」


 応接室が静かになった。


「今月の返済だけでなく、その後の運転資金も含めて私たちが用意する。その代わり、車両や設備はできる限り残し、社員の方にも働き続けていただきたいと考えています」


 玲奈は机の上の受注一覧へ目を向けた。


「三か月後のイベントも、予定どおり開催することを目指します。今ある仕事を失わずに済むなら、会社を立て直せる可能性はあると思うんです」


「……ありがたいお話です」


 峰岸はそう答えたものの、表情は晴れなかった。


「ですが、それは私が経営から退くということですよね」


「はい。少なくとも、これまでと同じ立場で経営を続けていただくことはできません」


 峰岸は社員一覧に目を落とした。


「この会社を始めた頃は、車も一台しかありませんでした。仕事がない時期もありましたが、社員たちと少しずつ大きくしてきたんです」


 穏やかな口調だったが、その言葉には簡単に割り切れない思いが滲んでいた。


「会社を残せるなら、それが一番だとは思います。でも、自分が手放してしまって、本当に大丈夫なのかと……」


 悠斗はすぐに答えられなかった。


 自分が会社を買う側でなければ、峰岸の気持ちをもっと簡単に理解できたかもしれない。


 長い時間を掛けて育ててきたものを、昨日今日会った相手に任せるのだ。


「社員の皆さんは、僕がNOXの幹部だということも知っているんですよね」


 悠斗が尋ねると、峰岸は頷いた。


「はい。フェスの閉会式は全員見ていますから。ただ、それをどう受け止めるかは、また別の話でしょう」


「そうですよね」


 悠斗は少し考え、続けた。


「僕たちは、今まで通りイベントの仕事を続けてもらいたいと思っています。NOXの仕事を社員の皆さんに頼むつもりはありません。でも、それを聞いてどう思うかは、一人ずつ違うと思います」


 峰岸が悠斗を見た。


「だから、もし買収が決まったら、僕たちからもきちんと説明したいです。無理に納得してもらうつもりはありません」


 玲奈も頷いた。


「実際の会社運営は、私が中心になって進める予定です。峰岸さんにも、社員の方や取引先への引き継ぎをお願いできればと思っています」


「それなら、私も協力できます。ただ……」


 峰岸は一度言葉を止めた。


「三か月後のイベントだけは、何としても成功させたいんです。主催者にも協力会社にも、もう約束していますから」


「はい」


 悠斗は迷わず答えた。


「僕もフェスを開催して、イベントを成功させるまでにどれだけ多くの人が関わるのか、少しは分かったつもりです。峰岸さんが引き受けた仕事を、途中で投げ出すようなことはしたくありません」


 峰岸はしばらく悠斗を見つめていたが、やがて小さく息を吐いた。


「……少し、考えさせてください」


「もちろんです」


 玲奈は頷き、譲渡条件について話を進めた。


 会社の借入や契約を引き継ぐ場合、保証や銀行との取り決めも確認する必要がある。玲奈はその点を説明したうえで、峰岸が希望する譲渡代金について尋ねた。


「正直なところ、まだ具体的な金額までは考えられていません。今は会社を残すことばかり考えていたので」


「分かりました。こちらでも、必要な資金を整理します。峰岸さんがこれまで会社を経営されてきたことも踏まえて、譲渡代金はきちんとご相談させてください」


 峰岸は少し驚いたように玲奈を見た。


「……ありがとうございます」


「ただ、返済の期限もあります。明日、こちらから具体的な条件をご提示してもよろしいでしょうか?」


「はい。私もそれまでに考えをまとめておきます」


 玲奈は残りの資料を預かり、最後に社員と協力会社の契約について確認した。


 すべてを今日だけで判断することはできないが、少なくとも何を調べるべきかは見えてきたらしい。


 帰り際、峰岸が二人を呼び止めた。


「一つだけ、お願いがあります」


 悠斗が振り返ると、峰岸は真剣な表情をしていた。


「私が会社を手放すことになっても、社員たちと、三か月後のイベントに関わっている協力会社のことは、どうか大切にしてやってください」


「はい。そのつもりです」


 悠斗はまっすぐ答えた。


「峰岸さんが今まで作ってきた会社を、僕たちの都合だけで壊すようなことはしたくありません」


 峰岸はゆっくりと頭を下げた。


     *


 会社を出たのは夕方前だった。


 白いヴェローチェに乗り込むと、悠斗は運転席で大きく息を吐いた。


「……難しいね」


「そうだね。でも、会社の状況はかなり分かったよ」


 玲奈は助手席で資料を整理していた。昼間の話し合いで書き込んだ数字を見直しながら、必要な資金を計算している。


「買えそう?」


「私は買う方向で考えてる」


「本当に?」


「うん。車両も設備も社員も残ってるし、大きな仕事も決まってる。会社としての価値は十分あると思う」


「でも、借金があるんだよね」


「だから、今月の返済だけじゃなくて、その後の運転資金も用意する必要がある。三か月後のイベントの外注費もあるしね」


 玲奈は用紙に書き込んだ数字を指差した。


「それと、峰岸さんの前では言わなかったけど、もう一つ大きなことがあるの」


「何?」


「RAVEN MOTOR FESTの運営報酬。まだ支払われてないでしょ?」


「うん。一か月後の予定だよ」


「私たちが会社を買収すれば、その報酬は予定どおり会社に入ってくる」


 悠斗は少し考えた。


「……あ、そうか」


「今回、会社を引き継ぐために最初に用意する資金と比べると、その入金額がだいたい半分に相当するの」


「半分?」


「そう。もちろん、私たち個人に返ってくるお金じゃないよ。会社のお金になる。でも、一か月後にまとまった入金があるなら、その後の資金繰りはかなり考えやすくなる」


 悠斗は思わず玲奈を見た。


「じゃあ、思ってたより条件はいいんだ」


「うん。ただし、三か月後のイベントに必要なお金は残しておかないといけない。買った後に資金が足りなくなったら意味がないから」


 玲奈は資料を閉じた。


「それに、私たちが引き継げば、外から仕事が来るのを待つだけじゃなく、自分たちでイベントを企画することもできる」


「フェスみたいに?」


「もっと小規模なものからね。最初から大きなイベントをやったら、また資金繰りが苦しくなるかもしれないし」


 悠斗は頷いた。


 峰岸は会社を残すために車両を売ろうとしていた。しかし、それでは仕事を続ける力まで失ってしまう。


 自分たちが買収すれば、少なくとも車両や設備を残したまま立て直す道を選べる。


 もっとも、それが成功するかどうかは、引き継いだ後の自分たち次第だった。


「峰岸さん、会社を手放すのがつらそうだったね」


「うん。長く続けてきた会社だからね」


「僕たちが買うことになったら、ちゃんと残していきたいな」


 玲奈は悠斗を見て、小さく笑った。


「そのためにも、まずは資金をきちんと確認しないとね」


「今夜、みんなで集まる?」


「うん。使える資金を確認して、明日提示する条件を決めたい。蓮たちにも連絡してみるね」


 玲奈がスマートフォンを取り出すのを見て、悠斗は頷いた。


 アパートの事業を始めたばかりなのに、今度はイベント会社の買収だ。


 少し前まで、会社を持つことさえ考えていなかった自分が、こうして経営について話しているのが不思議だった。


 明日は三回目の話し合いになる。


 峰岸がどんな答えを出すのかは、まだ分からない。


 ただ、悠斗はもう、会社を買うという話を単なる金額の問題だとは思えなくなっていた。

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