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『引きこもり高校生、犯罪都市でギャングを始める ~友達ゼロだった俺の成り上がり~  作者: 阿鼻恭介
第5章

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第6章 第198話 調べる二人

 シノギについて話し合った翌日。


 NOX拠点の小会議室には、前日と同じ六人が集まっていた。


 今日は新しい案を出すためではない。


 RAVEN MOTOR FESTの最終精算が終わったからだ。


 玲奈の前には、フェスに関する資料が何枚も広げられていた。入場料、出店料、協賛金、そのほかの収入。そこから会場費、人件費、広告費、運営費などを差し引き、終了後に残っていた支払いと入金もすべて確認した。


 玲奈は最後の数字を確かめると、ペンを置いた。


「これで全部。未払いも確認待ちもなし。RAVEN MOTOR FESTの最終精算はこれで終わり」


 言い終えると、張っていた肩をほぐすように小さく回す。


 悠斗は目の前に置かれた資料へ視線を落とした。


 フェスを準備していた頃は、利益がいくら残るかより、事故なく最後まで終えられるかどうかばかり考えていた。


 それが終わってみれば、自分の幹部昇格につながり、さらに次の仕事を始めるための資金まで残っている。


 確定した純利益はNOXとSHIFTで折半された。そのうちNOX側へ入った利益の三分の二は、悠斗の今月分の上納実績として処理される。


 そして残った三分の一が、これから最初のシノギを作るための準備金になった。


「これが、今使える金額?」


 悠斗が資料に記された数字を指すと、玲奈は頷いた。


「シノギに使える準備金としてはね。でも、全部使っていいって意味じゃないよ」


 玲奈は金額の横を指先で軽く叩く。


「何か買ったあとにもお金は必要だから。物件なら修繕が出るかもしれないし、会社なら社員の給料とか固定費もある。買った時点で手元が空になるような使い方はしたくない」


 向かいに座っていた蓮が、少し考えるように眉を寄せた。


「でも、金あるなら買えるもん買った方が早くね?」


 その言葉にナナがゆっくり横を向く。


「今の説明聞いてた?」


「聞いてたよ」


「じゃあ何でそうなるの」


「買った方が早いから」


 悪びれる様子もない。


 アキラが思わず笑いながら、椅子へ少し深く座り直した。


「買えるかどうかじゃなくて、買ったあと回せるかって話だろ」


 そこでようやく蓮が「ああ」と頷く。


 玲奈はそんなやり取りに小さく息を吐きながら、資料をまとめ始めた。


 その姿を見ていた悠斗は、少しだけ迷った。


 フェスから残った準備金だけが、自分たちの持っている金のすべてではない。


「それと、玲奈」


 呼びかけると、玲奈が手を止めて顔を上げた。


「何?」


 悠斗は少し言葉を選んでから口を開く。


「この準備金とは別に、僕たち五人で持ってるお金がまだあるんだ」


 玲奈の表情がわずかに変わった。


「別に?」


「うん。今すぐ全部使うつもりはないけど、必要になった時に使える余剰金はある」


 それ以上、悠斗は説明しなかった。


 その金がどこから来たものなのか。本当の出所を知っているのは、悠斗、蓮、ナナ、アキラ、シオンの五人だけだ。


 玲奈はしばらく悠斗を見ていた。


 何か聞こうとしたようにも見えたが、結局そこには踏み込まない。


「分かった。でも、それも最初から使う前提にはしないからね」


 玲奈は資料を一度閉じ、改めて机の中央へ置いた。


「まずはフェスで残った準備金を基準に考える。それで足りない時に、余剰金を使うかどうか改めて相談する」


「うん。そのつもり」


 悠斗も頷いた。


 金があることと、それを今使うべきかは別の話だ。


 まだ最初のシノギすら決まっていない。


 そこで玲奈は昨日の会議で使ったノートを開いた。


 書かれている候補は、不動産、資産管理、経理、イベント運営、警備関係。


 昨日は思いついたものを並べただけで、どれから手をつけるかまでは決めていなかった。


 今は最終精算も終わり、最初のシノギに使える準備金も確定している。


 玲奈は五人の顔を順番に見た。


「それで、この準備金でまず何から調べる?」


 問いかけると、真っ先に蓮が身を乗り出した。


「車屋」


 ナナがすぐに呆れたような顔をする。


「昨日却下されたでしょ」


「候補にすら残ってねえの?」


「残ると思ってたの?」


 蓮が本気で残念そうな顔をしたため、アキラが笑った。


 そのまま玲奈のノートへ視線を落とし、少し考える。


「毎月ある程度安定して入る金が欲しいなら、不動産は見ておいた方がいいんじゃないか?」


 玲奈もその意見には頷いた。


「私も不動産は気になってる。一棟だけで上納全部を作れるとは思わないけど、毎月ある程度決まって入る収入があれば土台にはなるかもしれない」


 悠斗も昨日の会議を思い返した。


 自分たちがNOXの仕事へ出ている間にも家賃は入る。毎日誰かが店に立たなければ成立しない商売より、今の生活には合わせやすい。


「じゃあ、不動産は調べよう」


 悠斗が言うと、玲奈はノートの「不動産」の横へ小さく印をつけた。


 その様子を見ていたナナが、次に「イベント運営」の文字を指す。


「こっちは? フェスやったばっかりだし、今の私たちが一番分かる仕事じゃない?」


 アキラもすぐに反応した。


「それはありだな。ゼロから知らない仕事始めるよりは入りやすいし、今回使った運営会社とも繋がりできた」


 その言葉を聞いた玲奈が、少し考えるように視線を落とした。


 RAVEN MOTOR FESTで会場運営に入っていた会社については、フェスの精算を進める中で、あまり経営状態がよくないらしいという話を耳にしていた。


「……イベント運営会社なら、一社ちょっと気になるところがある」


 悠斗が顔を上げた。


「どこ?」


 玲奈はフェス関係の資料の中から、一枚を抜き出した。


「今回のフェスで運営に入ってた会社。まだ詳しく調べたわけじゃないけど、経営があまり良くないみたい」


 蓮が意外そうに眉を上げる。


「フェス成功したのに?」


 玲奈は蓮を見る。


「今回成功したことと、それまで会社がどうだったかは別でしょ」


 そう言いながら、資料に目を落とす。


「借金もあるって話を聞いてる。もし調べるなら、財務だけじゃなくて、会社としてまだ価値があるのかも見ないと駄目」


 そこへナナが身を乗り出した。


「じゃあ、それも調べようよ。フェスの時に社員とか出店してた店とも結構話したし、評判なら私も聞けると思う」


 玲奈はそこでナナを見る。


 数字は自分が調べられる。


 ただし、社員や取引先が会社をどう見ているのかは、資料を読んでいるだけでは分からない。


「じゃあ、不動産とイベント会社。この二つから調べてみる?」


 悠斗が確認すると、アキラはすぐに頷いた。


 シオンも特に異論はないようで、そのまま資料を眺めている。


 蓮だけはまだ車屋に未練がありそうだったが、最後には諦めたように背もたれへ体を預けた。


「まあ、いいけど」


 最初に調べる二つが決まった。


 不動産。


 そしてRAVEN MOTOR FESTで関わったイベント運営会社。


 ただし、悠斗たち五人全員が調査へ回るわけではない。


 NOXの仕事も続いている。


 そこで、実際の調査は玲奈とナナが担当することになった。


 玲奈は数字と契約を見る。物件なら購入価格だけではなく、現在の家賃や管理費、修繕に必要になりそうな費用まで確認する。会社なら売上、借金、人件費、契約内容、保有している設備などを調べる。


 一方のナナは、人から聞かなければ分からない部分を見る。


 売主や経営者がどんな人物なのか。地域や会社の評判はどうなのか。社員や取引先からどう見られているのか。


 二人の得意分野は違う。


 だからこそ、組ませる意味があった。


 三日目の昼。


 玲奈とナナは、南部寄りの住宅街にある二階建てのアパートの前に立っていた。


 昼過ぎの住宅街は静かで、遠くを走る車の音が時折聞こえる程度だった。


 道路脇には古い街路樹が並び、その向こうに今回の候補となった建物がある。


「ここ?」


 ナナが少し離れた位置から見上げると、玲奈は手元の資料と番地を確認した。


「うん。今のところ、見た中では一番条件がまとも」


 全部で六部屋。


 建物の横には六台分の駐車スペースが並んでいる。


 新築ではない。外壁には多少の色褪せがあり、外階段の手すりにも年季が見える。


 それでも敷地にゴミが散らばっているわけではなく、植え込みも最低限は手入れされていた。


 ナナは駐車場から建物へ視線を戻した。


「思ったより普通だね。もっとボロいの想像してた」


「安いからって、壊れかけを買えばいいわけじゃないでしょ」


 玲奈に返され、ナナは小さく笑う。


 駐車場には四台の車が停まっていた。


 空いている区画は二つ。


「今、何部屋入ってるの?」


「四部屋。二部屋空いてる」


 ナナは空いている二階の窓を見上げた。


「全部埋まってないんだ。場所が悪いとか?」


 玲奈は資料をめくりながら首を横に振る。


「場所だけが原因って感じではなさそう。今入ってる四部屋の家賃は、この辺の相場と大きく変わらないよ」


 そう言って、空室になっている二部屋の欄を指先で示した。


「ただ、この二部屋だけ募集家賃が少し高く設定されてる」


 ナナが眉を上げる。


「空いてる部屋だけ?」


「うん。入居中の四部屋は適正。でも空室の二部屋は、今の募集条件だとちょっと高い」


 ナナはもう一度、空室の窓を見上げる。


「じゃあ、家賃下げたら入る可能性ある?」


「あると思う。ただ、一部屋は内装も少し直した方がいい。家賃を下げれば絶対埋まるってわけじゃないけどね」


「なるほど。じゃあ、場所が悪くて空いてるって決めつけるのは早いか」


「そういうこと」


 二人は不動産業者の案内で、空室の一つも確認した。


 室内は広くない。


 一人暮らしなら十分で、二人でも暮らせなくはない程度だった。壁紙には多少の汚れが残っていたが、床が大きく傷んでいるわけでもなく、水回りも普通に使える。


 玲奈がキッチンや浴室を見ながら、どの程度手を入れる必要があるのか確認する。


 その横でナナは窓を開け、外の音を確かめた。


 大通りから少し離れているため、思っていたより静かだった。


 物件を見終わったあと、二人は周辺も歩いた。


 駅までは徒歩十五分ほど。近くにはコンビニと小さなスーパーもある。


 玲奈がスマートフォンで地図を確認している間に、ナナは近くの店へ入り、買い物ついでに店員と世間話を始めた。


 この辺りにはどんな人が住んでいるのか。


 夜は荒れていないか。


 車を持っている住人は多いのか。


 あからさまに物件調査だと分かる聞き方はしない。


 バーで働いていた頃から、ナナは相手に警戒させず話を引き出すのが得意だった。


 二軒ほど店を回ったあと、玲奈が歩きながら尋ねる。


「どうだった?」


 ナナはスマートフォンに残した簡単なメモへ目を落とした。


「思ってたより悪くないよ。夜もそこまで荒れないって。あと、この辺は車持ってる人が結構多いみたい」


 玲奈は歩きながら駐車場の方を振り返る。


「じゃあ、駐車場付きなのは使えそう?」


「そこは強そう。近くの店の人も、駐車場込みで探してる人はいるって言ってた」


 ナナは少し画面をスクロールした。


「あと、空いてる二部屋はやっぱり募集家賃が高いって。今入ってる部屋は別に高くないみたい」


 玲奈は足を止め、手元の資料を見直す。


「やっぱりそこか」


「家賃を少し見直して、一部屋はちゃんと直したら、今よりは埋まりそうじゃない?」


「可能性はあると思う。ただ、実際に募集してみないと分からないけどね」


 二人は再びアパートの前まで戻った。


 玲奈は建物を見上げながら、今度は収支について考える。


「今の四部屋からでも家賃は入る。でも、管理にかかる費用と修繕用に残しておくお金を引いたら、思ってるほどは残らない」


 ナナが少し眉を寄せた。


「悠斗の上納全部は無理?」


 玲奈は迷わず首を横に振った。


「無理。これ一棟だけで毎月の上納まで全部出そうとする方が無理があるよ。大きい修理が出る月もあるだろうし」


 ナナは建物を見上げたまま腕を組む。


「じゃあ、買う意味ない?」


 玲奈はすぐには答えなかった。


 もう一度、建物と駐車場を眺めてから口を開く。


「そういうことでもないと思う。赤字になる物件ではなさそうだし、空室が埋まれば毎月ある程度は残る。上納全部を作る仕事じゃなくて、安定して入る土台として考えるなら悪くない」


 ナナも納得したように頷く。


「なるほどね」


 その様子を見て、玲奈が少しだけ笑った。


「ただ、まだ買わないよ」


「分かってるって」


「蓮だったら、もう買おうって言ってそう」


「あ、それは言いそう」


 二人の頭に同じ顔が浮かんだらしい。


 静かな住宅街に、二人の笑い声が少しだけ広がった。


 不動産を調べるのと並行して、イベント運営会社についても調査を進めていた。


 対象は、RAVEN MOTOR FESTで実際に会場運営へ入っていた会社だ。


 フェス当日は、社員たちが設営確認や出店者との連絡、会場内の進行管理を担当していた。


 少なくとも、悠斗たちから見て仕事ができない会社には見えなかった。


 それでも経営状態はよくないらしい。


 数日後の夕方。


 玲奈は机いっぱいに資料を広げ、過去の売上や借入、人件費、機材や車両の維持費などを確認していた。


 向かいではナナがスマートフォンを眺めながら、フェスの時に交換した連絡先を整理している。


 しばらく黙っていたナナが、ふと顔を上げた。


「借金、やっぱり多い?」


 玲奈は画面から目を離さずに答えた。


「少なくはないね」


 声は少し重かったが、それだけで駄目だと決めつけるような言い方はしない。


「でも、借金があるから即駄目ってことでもないと思う。仕事がちゃんとあって、毎月利益を出せるなら返していけるから。問題は今、それがうまく回ってないこと」


 ナナは少し首を傾げた。


「フェスはあれだけ人来たのに?」


「一回成功しただけで、それまでの借金全部なくなるわけじゃないでしょ」


 そう言われ、ナナは「ああ」と小さく頷く。


 玲奈は再び画面へ目を戻し、売上と借入の推移を追っていく。


「むしろ今回のフェスで一息つけただけかもしれない。売上が落ち始めた時期と、借入が増えてる時期が近いんだよね」


 ナナも少し真面目な顔になった。


「じゃあ私は、その理由を人から探ればいい?」


「うん。社員とか取引先から、何があったのか拾えたら助かる」


 玲奈の返事を聞くと、ナナはすぐにスマートフォンを操作し始めた。


 フェスの準備や当日運営で交換した連絡先は多い。


 社員だけではなく、出店していた飲食店や協賛企業、以前その会社と仕事をしたことがある人にも、少しずつ話を聞いていった。


 もちろん、買収を考えているとは言わない。


 フェスの時の対応はどうだったか。


 普段から仕事は丁寧なのか。


 支払いが遅れたことはないか。


 経営者はどういう人物なのか。


 数日かけて話を集めていくうちに、ナナの中でも少しずつ会社の姿が見えてきた。


 夕方。


 ある飲食店を出たナナは、そのまま玲奈へ電話をかけた。


『今いい?』


 通話の向こうで紙を動かす音が聞こえる。


『うん。何か分かった?』


 ナナは店先から少し離れ、通行人の邪魔にならない場所へ移動した。


「この会社、思ってたより評判悪くないよ。社員もそうだし、前に仕事頼んだことある人にも聞いたけど、仕事が雑だから客が逃げたって感じじゃないみたい」


 電話の向こうで玲奈が少し黙った。


『じゃあ、何で経営悪くなったんだろ』


「そこまではまだ。でも、大きい取引先が一つ抜けたって話は聞いた。あと、経営者は悪い人じゃないって。ただ、経営はうまくないかもって言ってた人はいた」


 人柄が悪いわけではない。


 仕事もできないわけではない。


 それでも会社が傾いている。


 原因は別のところにあるはずだった。


『そこは気になるね』


 玲奈の声にも慎重さが滲んだ。


「社員は残ってるみたいだよ」


『分かった。売上が落ちた時期と重なるか確認してみる』


「お願い」


 通話を切ったあと、玲奈はナナから聞いた内容と、手元の数字を照らし合わせた。


 大口の取引先が抜けた時期。


 売上が落ちた時期。


 借入が増えた時期。


 完全には一致しないが、無関係とも思えない。


 会社そのものに仕事をする力がないわけではない。


 社員もいる。


 実績もある。


 設備や車両も残っている。


 もし問題の中心が経営にあるのなら、立て直せる余地はあるかもしれない。


 ただし、それを判断するにはまだ情報が足りなかった。


 同じ頃。


 玲奈とナナが調査を続けている間、アキラもNOXの仕事の合間に別のことを考えていた。


 きっかけはRAVEN MOTOR FESTだった。


 会場では、車や出店商品を撮ってSNSへ載せている女の子を何人も見かけた。本人が写った写真を上げている者もいれば、短い動画で会場の様子を紹介している者もいた。


 中には、その投稿を見て店へ来た客までいた。


 アキラはああいうものを見るのが嫌いではない。


 服。


 写真。


 人の見せ方。


 誰に何を着せれば似合うか。どう撮れば目を引くか。どんな店や商品なら、その人に合うのか。


 そういうことを考えるのは、むしろ得意だった。


 モデルやインフルエンサーを何人か集めて、店や企業の宣伝を受ける。


 商品の撮影。


 イベントへの出演。


 店のSNS用の写真や動画。


 うまくやれば、仕事になるんじゃないか。


 そこまで考えたところで、アキラは一度手を止めた。


 自分はまだ幹部ではない。


 NOXでは、構成員が勝手に自分のシノギを持つことはできない。


 だったら、本当に形になりそうなら悠斗のシノギとして持ち込めばいい。


 ただ、まだ人すらいない。


 仕事もない。


 今の段階で悠斗に話したところで、ただの思いつきで終わる可能性もある。


 それなら、まず本当に人が集まりそうなのか確かめた方がいい。


 そう考えたアキラが最初に相談したのは、悠斗ではなかった。


 ナナだった。


 その日の夜。


 玲奈との調査を終えたナナは、帰り道でスマートフォンが震えたことに気づいた。


 画面にはアキラの名前。


『ちょっと聞きたいことあるんだけど、今いい?』


 ナナは歩きながら短く返した。


『いいよ。何?』


 数秒後、今度は電話がかかってくる。


 ナナは人通りの少ない歩道の端へ寄ってから通話を取った。


「どうしたの?」


『ちょっと思いついたことあってさ』


 アキラの声はいつも通りだったが、雑談だけをしたい時とは少し違っていた。


「何?」


『モデルとかインフルエンサー集めて、仕事にできないかなって』


 予想していなかった内容に、ナナは一度足を止めた。


「……急だね」


『自分でもそう思う』


 アキラが笑う。


『フェスで結構いたじゃん。写真とか動画上げてる子。ああいう子集めて、店の宣伝とか、商品の撮影とかできないかなって』


 ナナはすぐには答えなかった。


 頭の中で、フェス当日の光景を思い返す。


 確かにいた。


 車の前で写真を撮っていた女の子。


 出店の商品を動画で紹介していた子。


 それを見て、同じものを買いに来た客もいた。


「事務所みたいなの?」


『最終的にはそういうのもありかなって。でも、まだ全然そこまでじゃない』


 アキラの声が少し真面目になる。


『俺、まだ幹部じゃないし、自分のシノギにはできないだろ』


「うん」


『だから、本当に形になりそうなら悠斗のシノギとして話せばいいかなって。ただ、何もない状態で持っていくのも違う気がして』


 それで自分に相談したのか。


 ナナはようやく納得した。


「だから私?」


『ナナ、人の繋がり詳しいだろ。それに広報とか告知も、俺らの中なら一番分かってるし』


 ナナは少しだけ笑った。


「まあ、それなら私に聞くのは合ってるかも」


『だろ?』


「でも、ただ可愛い子集めればいいって話じゃないよ」


 ナナは再び歩き始めた。


「フォロワー多くても、時間守らないとか、仕事ちゃんとできない子だったら使いにくいし。逆にまだそんなに知られてなくても、喋れるとか、写真映えするとか、店の雰囲気に合わせられるとか、そういう子の方が仕事になることもあると思う」


『なるほど』


 電話の向こうで、何かを打ち込む小さな音が聞こえた。


 どうやらアキラはメモを取り始めたらしい。


「あと、本人が何やりたいかも違うでしょ。写真だけならいい子もいるだろうし、イベント出たい子もいるだろうし、動画やりたい子もいると思う」


『じゃあ、何人か心当たりある?』


 ナナは少し考える。


「いるにはいる」


『マジ?』


「でも、いきなり『事務所入らない?』はやめた方がいいよ。まだ事務所ないんでしょ?」


『ない』


「仕事も?」


『ない』


 ナナは思わず笑った。


「じゃあ、まず興味あるか聞くくらいでいいんじゃない? 何したいか聞いて、それで何人か集まりそうなら次考えればいいし」


 アキラも納得したようだった。


『それならできそうだな』


「私も何人か聞いてみるよ。こういうの興味ありそうな子いるから」


『助かる』


 ナナはそこで少し気になった。


「悠斗にはまだ言わないの?」


 通話の向こうで、アキラが少し黙る。


『まだいいかな』


「何で?」


『人集まるかも分からないし、仕事になるかも分からないじゃん。何人か集まりそうで、ちゃんとできそうって分かってから話したい』


 ナナはその答えに小さく頷いた。


 自分でシノギを持とうとしているわけではない。


 悠斗に隠れて勝手に商売を始めるつもりでもない。


 まだただの案だから、先に可能性だけ確かめたい。


「それならいいと思う」


『じゃあ、悠斗たちにはまだ内緒で』


「別に秘密にするほどでもないでしょ」


『いや、蓮に知られたら絶対いじってくる』


 その一言で、ナナもすぐに想像できた。


 アキラが女の子を集めていると聞いた時の蓮の顔まで浮かぶ。


「……それはそうかも」


『だろ?』


 二人で少し笑ったあと、通話を終えた。


 アキラはすぐに連絡先を開いた。


 フェスで知り合った子。


 以前、街で何度か話したことがある子。


 SNSで服や写真をよく上げている子。


 その中から一人を選び、短いメッセージを送る。


『モデルとか興味ある?』


 しばらくして既読がついた。


 さらに少し後。


『急にどうしたの?』


 アキラはその返信を見て、少しだけ口元を緩めた。


 まだ事務所でもない。


 仕事もない。


 悠斗へ持っていけるほどの話でもない。


 ただ、最初の一人へ声をかけただけだ。


 それでも、何もないところから始めるなら、それで十分だった。


 一週間後。


 NOX拠点の小会議室には、再び六人が集まっていた。


 悠斗たちはそれぞれNOXの仕事を終えてから来ている。


 机の上には、玲奈がまとめた資料と、ナナが聞き取った内容を書いたメモが並んでいた。


 最後に席へ着いた蓮は、資料の束を一度見てから、さっそく玲奈へ顔を向けた。


「で、買えるの?」


 あまりにも早い一言に、ナナが呆れたように眉を寄せる。


「最初からそこ?」


 玲奈も小さく息を吐きながら資料へ手を伸ばした。


「まだ買わないよ。一週間調べただけで決めるわけないでしょ」


 蓮は少し不満そうに背もたれへ沈んだが、「でも候補はできたんだろ?」と食い下がる。


 その様子を見て、アキラはすでに笑いを堪えていた。


「候補はできた」


 玲奈は資料を一枚、悠斗たちの方へ向ける。


「不動産は、この六部屋のアパートが今のところ一番いいと思う」


 悠斗も少し身を乗り出し、そこに載っている写真を見る。


「これが一番良かったんだ」


「うん。駐車場も六台分ある。今は四部屋に入居者がいて、二部屋空室。建物は少し古いけど、今のところ大きな問題は見つかってない」


 玲奈の説明が一段落すると、ナナが自分のメモを広げた。


「周りの評判も悪くないよ。この辺は車持ってる人が多いから、駐車場付きなのは結構強そう。それと、空いてる二部屋だけ募集家賃がちょっと高い。今入ってる四部屋の家賃は適正だから、場所そのものが悪いって感じじゃないと思う」


 その言葉に、蓮が少し期待したように顔を上げた。


「じゃあ、家賃下げたらすぐ埋まる?」


 玲奈は首を横に振る。


「すぐとは言えない。一部屋は内装も直した方がいいし、募集し直してみないと分からない。ただ、改善できる余地はあると思う」


 蓮はそこで少し考え、結局一番気になるところへ戻った。


「で、儲かる?」


 玲奈は一瞬だけ蓮を見て、それから資料の数字を指で叩いた。


「思ってるほどは儲からない」


 期待していたのか、蓮の顔が分かりやすく曇った。


「やっぱり?」


 玲奈は構わず説明を続ける。


「今の四部屋だけなら、家賃から管理費とか修繕用に残す分を引くと、そんなに大きく残らない。空室が埋まればもう少し良くなるけど、それでも悠斗の上納全部をこれ一棟で作るのは無理」


 蓮が露骨に肩を落とした。


「夢ねえなあ」


 アキラが小さく笑う。


 一方の玲奈は、その反応を気にせず資料を指した。


「だから、安定収入の土台として見るの。毎月ゼロから全部作るより、少しでも決まって入る収入があった方がいいでしょ」


 アキラは資料へ目を落としながら頷いた。


「じゃあ、不動産だけじゃなくて、もう一つ利益の大きい仕事が必要になるな」


「そういうこと」


 そこで悠斗は、机の上に置かれたもう一つの資料へ視線を移した。


「イベント会社の方は?」


 玲奈の表情が少し変わった。


 不動産よりも、こちらの方がまだ不確定な部分が多い。


「会社は確かに経営難。借金もある。でも、ナナが調べた感じだと、仕事そのものの評判は悪くない」


 ナナも自分のメモを見ながら補足する。


「社員もちゃんと働くって話が多かったよ。取引先と大きく揉めてるわけでもない。ただ、少し前に大きい取引先が抜けたみたい」


 悠斗はフェス当日の様子を思い出した。


 会場内を走り回り、無線を使いながら各所を調整していた社員たち。


 少なくとも、何もできない会社には見えなかった。


「それで売上が落ちた?」


 悠斗が聞くと、玲奈は少し考えてから頷いた。


「可能性はある。でも、それだけが原因とは思わない。固定費も重いし、借金の返済もある。もう少し中を見ないと判断できない」


「会社そのものが駄目ってわけじゃない?」


 悠斗がさらに聞く。


 玲奈はそこではすぐに頷かなかった。


「まだ分からない。ちゃんと仕事できる社員が残ってて、使える機材や車両もあって、取引先も残ってるなら、ゼロから始めるより早いかもしれない。でも、実際には借金ばっかりだったって可能性もあるから」


 アキラは腕を組みながら、イベント会社の資料を眺めた。


「じゃあ、次は経営者本人と話す感じか?」


「その前に、もう少し借金と契約の中身を確認する。それから話を聞く」


 玲奈が答えると、蓮がすぐに顔を上げた。


「俺らも行く?」


 ナナは少し間を置いて蓮を見る。


「まだいいんじゃない?」


「俺も雰囲気見れるけど」


「何を?」


 自信ありげだった蓮の口が止まった。


「……分かんねえけど」


 アキラが堪えきれず笑い、シオンも黙ったまま少しだけ口元を緩める。


 ナナはそんな蓮へ呆れたように返した。


「じゃあいらないでしょ」


 蓮は不満そうに背もたれへ体を預けた。


「俺ら、今回マジで何もしてなくね?」


 悠斗はそんな蓮を見て少し笑った。


「NOXの仕事してたでしょ」


「それはしてたけど」


 するとアキラが、資料から目を離さないまま口を挟む。


「全部六人で見に行く必要ないし、これでいいだろ」


 その言葉に、ナナは一瞬だけアキラへ視線を向けた。


 この一週間、アキラも何もしていなかったわけではない。


 だが、あの話はまだ悠斗たちへ出す段階ではない。


 アキラもナナの視線に気づいたらしく、ほんの少しだけ口元を緩めた。


 それだけで二人には通じた。


 悠斗は気づかないまま頷く。


 自分たちがNOXの仕事をしている間に、玲奈とナナは別の場所で調査を進めていた。


 全員がいつも同じ場所にいる必要はない。


 誰かが別の仕事をしていても、それを持ち帰れば六人の仕事になる。


 今まで五人で一緒に動くことが多かった悠斗にとって、その感覚は少し新しかった。


「じゃあ、今のところ候補はこの二つ?」


 悠斗が尋ねると、玲奈はアパートとイベント会社の資料を並べて見比べた。


「うん。不動産ならこのアパート。イベント会社は、もう少し調べる価値があると思う」


 それまでほとんど黙って資料を見ていたシオンが、そこで顔を上げた。


「両方やるのは?」


 玲奈はすぐには答えず、二つの資料を机の中央へ寄せた。


「できる可能性はあるよ。準備金も確定したし、別に使える余剰金があることも聞いた。ただ、両方買えるかどうかだけで決めるつもりはない」


 まずアパートの資料へ指を置く。


「物件を買えば、内装を直すお金も必要になるし、急な修繕に備える分も残したい」


 次にイベント会社の資料へ指を移した。


「こっちはもっと分からない。借金の条件もあるし、社員の給料も固定費もある。買った瞬間に手元のお金がなくなるような使い方はしたくない」


 アキラは二つの資料を見比べながら頷いた。


「買えるかじゃなくて、買ったあとも回せるかってことだな」


「そういうこと」


 玲奈が答えると、蓮は背もたれへ深くもたれながら小さく息を吐いた。


「金あるなら両方買えばいいじゃんって思ってた」


 ナナが呆れたように横を見る。


「だから蓮にお金任せられないんでしょ」


「俺、そこまで信用ねえ?」


「今ので上がる要素あった?」


 アキラが笑い、シオンもわずかに口元を緩める。


 部屋の空気が少し和らいだ。


 まだアパートは手に入れていない。


 イベント運営会社を引き継ぐと決めたわけでもない。


 そして、アキラが考えているもう一つの案も、まだ悠斗へ話せるほど形にはなっていない。


 それでも、昨日までただの候補だったものが、それぞれ少しずつ現実の仕事へ近づいていた。


 玲奈が数字を調べる。


 ナナが人を見る。


 そしてアキラも、自分なりに次の可能性を探し始めている。


 悠斗はまだ、その一つを知らない。


「じゃあ、もう少し調べてから決めよう」


 机の上に並ぶ二つの資料を見ながら、悠斗がそう言った。


 最初の一週間。


 六人のシノギ作りは、まだ調査の段階にあった。

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