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『引きこもり高校生、犯罪都市でギャングを始める ~友達ゼロだった俺の成り上がり~  作者: 阿鼻恭介
第5章

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第5章 第195話 祭りのあと

 閉会を告げた悠斗の声がサーキットに響いてから、十分ほどが経っていた。


 表彰式からそのままステージ前に集まっていた観客たちは、駐車場や出口へ向かって少しずつ移動を始めている。警備員が人の流れを誘導し、スタッフも通路に立って最後まで混雑が起きないよう声を掛けていた。


 イベントは終わった。


 けれど、運営の仕事まで終わったわけではない。


 展示エリアではショップのスタッフがデモカーの搬出準備を始め、飲食ブースでも機材や残った商品が次々と箱へ収められていく。ステージ横に最終順位で並べられていたレース車両も、それぞれのチームへ返され始めていた。


 悠斗はステージ裏へ戻ると、首から下げているスタッフパスを指先で持ち上げた。


「……終わった」


「いや、まだ終わってねぇけどな」


 横から声が飛んでくる。


 振り向くと、レーシングスーツ姿の蓮が立っていた。表彰台に上がっていた時の得意げな顔はもう消え、いつもの軽い笑みへ戻っている。


「分かってるよ。片づけでしょ」


「違う違う」


 蓮が悠斗の肩を軽く叩いた。


「そっちじゃなくて、幹部」


「……それはまだいい」


「よくねぇだろ。今日から幹部なんだぞ?」


「僕が一番よく分かってないんだから」


 少し離れたところにいたアキラが吹き出した。


「そりゃそうだろ。俺らも初めて聞いたし」


「本当に誰も知らなかったの?」


「少なくとも俺は知らねぇ」


「私も」


 ナナがすぐに答え、シオンも隣で頷いた。


 どうやら四人とも、本当に何も聞かされていなかったらしい。


「じゃあ、知ってたとしたらカナメさんとか?」


「その辺は分かんないけど」


 ナナはそう答えると、悠斗の顔を見て口元を緩めた。


「でも、あのときの顔は面白かった」


「どの顔?」


「名前呼ばれて、『なんで?』ってなってたやつ」


「ナナだって分かってなかったでしょ」


「だから面白かったんじゃん」


「俺でもあれはなるわ」


 蓮まで笑い出す。


 悠斗は呆れながらも、小さく息を吐いた。


 幹部になった実感は、まだほとんどない。


 今はそれよりも、目の前に残っている仕事の方が分かりやすかった。


「とりあえず片づけよう。まだみんな動いてるし」


「幹部が荷物運ぶの?」


 アキラがからかうように言う。


「今日なったばっかりなんだからいいでしょ」


「明日からは?」


「知らないよ」


 また笑いが起こる中、悠斗たちは展示エリアへ向かった。


 昼間は人で埋まっていた通路にも、今はかなり空間が戻ってきている。撤収用の台車が行き交い、テントの骨組みを外す金属音や、トラックの荷台を閉める重い音があちこちから聞こえていた。


「悠斗!」


 呼ばれて振り向く。


 カイが店のスタッフたちと一緒に、展示スペースで工具や備品を箱へ詰めていた。


「カイ。手伝う?」


「いや、こっちは大丈夫。それよりお前、幹部になったんだって?」


「……もう知ってるの?」


「目の前で聞いてたわ」


「あ、そっか」


「まだ頭回ってねぇじゃん」


 笑うカイの横にはレイザーが停まっている。


 二時間の決勝を走り切った車体にはタイヤかすや細かな汚れが残っていたが、目立った損傷は見当たらない。


 蓮がボディを一周するように眺めた。


「思ったより綺麗だな」


「お前が壊さなかったからな」


「俺、そんな毎回壊してねぇだろ」


「修理してる側に言ってみろ」


 カイはそう返してから、悠斗へスマートフォンを見せた。


「それより今日、結構問い合わせ来たぞ」


「問い合わせ?」


「レイザー見てた客から。どこで弄ったのかとか、足回り何入れてんのかとか、自分の車も見てもらえるのかとか」


「そんなに?」


「レース終わってから店の連絡先聞いてきた奴もいた。三位まで入ったのはでかいな」


 カイが蓮を見る。


「ちゃんと結果出したおかげで、うちの宣伝にもなった」


「じゃあ俺に広告料払って」


「修理代と相殺でいいか?」


「じゃあいらねぇ」


 即答した蓮に、悠斗たちから笑いが漏れた。


 カイも笑っていたが、かなり満足しているのは表情を見れば分かる。


「社長も機嫌よかったよ。参加して正解だったって」


「よかった」


 その言葉は素直に出た。


 観客が楽しんだだけではない。出店した店や展示に参加した会社にも、きちんと成果が残っている。


 それは運営を任されていた悠斗にとって、嬉しい結果だった。


「次もあったら声掛けてくれよ」


「……次はまだ決まってないよ」


「分かってるって。あったら、だ」


「うん。そのときは」


 今回が成功したからといって、第二回が決まったわけではない。


 そもそもNOXだけで決められることでもない。共同開催したSHIFTとも改めて話す必要がある。


 だから悠斗も、それ以上の約束はしなかった。


 ただ、同じことを言ってきたのはカイだけではなかった。


「神谷さん、次回もあります?」


 通路を歩いている途中、撤収中の飲食店スタッフから声を掛けられた。


「まだ何も決まってないです」


「あるならまた出たいんですよ。今日、予想してたよりかなり売れたんで」


「ありがとうございます。もし次が決まったら、そのときは改めて案内します」


「ぜひお願いします」


 別の展示ショップからも、次回があるなら参加したいと言われた。


 もっと大きなブースを取りたい。


 別のデモカーも持ってきたい。


 そんな声を聞くたび、悠斗は同じように「まだ決まっていません」と答えた。


 それでも悪い気はしない。


 次を期待されるくらいには、今日一日を楽しんでもらえたということだからだ。


「悠斗」


 今度は玲奈に呼ばれた。


 簡易運営本部として使っていたスペースへ行くと、机の上にノートパソコンと書類が広げられている。


「まだ計算してるの?」


「まだっていうか、ここからでしょ」


 玲奈は画面から目を離さずに答えた。


「当日の追加経費もあるし、出店関係の精算もある。最終的な数字は全部確認してから」


「赤字にはなってない?」


 玲奈がようやく悠斗を見る。


「それは大丈夫」


「本当?」


「まだ確定じゃないけど、入場料、出店料、協賛、その他の収入を見ても、かなり利益は残るはず」


「よかった……」


 悠斗は胸を撫で下ろした。


「ただし、まだ最終金額じゃないからね」


「分かってる」


「蓮にも言っといて」


 少し離れた場所から、すぐに声が飛んできた。


「なんで俺!?」


「一番使いそうだから」


「偏見だろ!」


 撤収作業をしていた何人かまで笑っていた。


 サーキットはすでに夜の景色へ変わっている。


 投光器や各ブースの照明の下で撤収作業は続いていたが、片づけが終わった場所から一つずつ明かりが落とされていく。人で埋まっていた通路も、今では反対側まで見通せるほどになっていた。


 NOXとSHIFT、それぞれのエリアでも車両や機材の搬出が進んでいる。


 悠斗がレース車両の返却状況を確認しながら歩いていると、NOX側のスペースで鷹宮とサラが話しているのが見えた。


「まだそんな顔してるの?」


「どんな顔だよ」


「四位だった顔」


 鷹宮が不満そうに鼻を鳴らした。


「あと一つ上だったら表彰台だったんだけどな」


「でも三位だったの私だし」


「次は負けねー」


「次があったらね」


「ある前提で言えよ」


「私に決められないでしょ」


「それはそうだけどよ」


 本気で険悪なわけではない。


 別のギャングに所属していても、今日コース上で最後まで競った二人の間には、レースが終わったあとも妙な対抗心が残っていた。


 そこへ悠斗が近づくと、サラが気づく。


「あ、新幹部」


「その呼び方やめてください」


「今日くらいいいじゃん」


「まだ僕も慣れてないんで」


 サラが楽しそうに笑った。


「私たちもびっくりしたよ。閉会式なのに、いきなり昇格発表始まるんだもん」


 鷹宮も頷く。


「普通、本人には先に言っとくだろ」


「ですよね?」


 悠斗が思わず同意すると、サラが肩をすくめた。


「でも、玲司っぽいけどね」


 否定はできない。


 悠斗も苦笑した。


「今日はありがとうございました」


「こっちこそ。楽しかったよ、レースもイベントも」


 サラが答えた横で、鷹宮はまだ少し悔しそうにレース車両の方を見ている。


「俺は次勝つ」


「まだ言ってる」


「言うだろ」


 そんな二人を見ながら、悠斗も笑った。


 やがてSHIFTの車両も、一台ずつ展示エリアから出ていく。


 悠斗も運営側の残った備品を運び、忘れ物がないか各所を確認して回った。


 それからさらに時間が経った。


 観客はすでに全員帰り、出店者や参加チームの姿もほとんどなくなっていた。出店ブースや展示スペースに置かれていたテント、机、機材の大半もすでに搬出され、会場に残っているのは最後の確認や片づけを続ける運営スタッフが中心になっている。


 イベント用の照明も必要のない場所から順に消され、広かった会場は一気に寂しく見えた。


 昼間から夜までエンジン音と歓声に包まれていたホームストレートも、今は常設灯に照らされたアスファルトが静かに伸びているだけだった。


 悠斗はピット前で立ち止まり、誰も走っていないコースを眺めた。


「終わったな」


 隣へ来た蓮が呟く。


「うん」


 朝から、この場所には人も車も溢れていた。


 予選では何台もの車がタイムを削り、決勝では二時間もの間エンジン音が響き続けた。観客席からも何度も歓声が上がった。


 それが今では、遠くから運営スタッフが片づける音が時折聞こえるだけだ。


 少し寂しい。


 けれど、それ以上に満足感が残っていた。


「またやりたい?」


 蓮に聞かれ、悠斗は少し考える。


「今すぐはいいかな」


「だろうな」


「でも……そのうちなら」


「じゃあ次は一位取るわ」


「まだ次があるかも決まってないよ」


「やるならって話」


 蓮は笑いながら、自分の車の方へ歩いていった。


 悠斗もそろそろ最後の確認へ戻ろうとしたところで、ポケットのスマートフォンが震えた。


 画面には、早乙女カナメの名前が表示されている。


「はい」


『片づけ終わったか?』


「だいたい終わりました。あと少しです」


『そうか』


 一拍置いてから、カナメが続ける。


『明日は休みでいい。ほかの連中にも伝えてある』


「ありがとうございます」


 朝から動き続けていた身体には、その言葉がありがたかった。


 だが、通話はそこで終わらなかった。


『ただ、悠斗だけ明日の夜に来い』


「僕だけですか?」


『ああ。玲司さんが話あるってよ』


「玲司さんが……」


 その名前を聞いて、何の話なのかは大体想像できた。


 今日、自分はNOXの幹部になった。


 けれど、何を任されるのか。


 何が今までと変わるのか。


 幹部として何を求められるのか。


 まだ何一つ聞いていない。


『時間はあとで送る』


「分かりました」


 通話が切れた。


 悠斗はスマートフォンを下ろし、もう一度コースへ目を向ける。


 RAVEN MOTOR FESTは、これで終わった。


 けれど今日、悠斗には新しい立場が一つ増えた。


 明日の夜。


 今度は、NOXの幹部としての話が始まる。

お読みいただきありがとうございます。

ブックマークや評価をいただけると励みになります。


そして本日はここまで明日も5話投稿します。

よろしくお願いいたします。

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