第5章 第193話 表彰台
スーパーカー部門の決勝が終わると、チェッカーを受けた各車はいったん速度を落とし、コース上で最終順位の順番へ並び直していった。
先頭には優勝した御堂一成の《アルシオン・セレス》。その後ろにエリック・クロフォードの《ラグナード・ヴェノム》、柊サラの《フェルゼン911R》、四位の鷹宮セイヤが駆る《ヴェルティアX12》と続く。
五位以下のマシンも自分の順位へ入り、決勝を走り切った車両が一列に並ぶ。
隊列が整うと、そのまま一周のウイニングランが始まった。
さっきまで二時間にわたって順位を争っていたマシンが、今はゆっくりとサーキットを回っていく。
グランドスタンドから送られる拍手と歓声に、御堂は窓越しに片手を上げて応えた。クロフォードはもっと派手で、観客席へ向かって何度も手を振っている。その後ろではサラも笑顔を見せ、鷹宮をはじめとした他のドライバーたちも、それぞれの形で声援に応えていた。
最後の一周を終えると、全車が順位順のままピットレーンへ入る。
そのまま向かったのは、表彰ステージ横に設けられた展示場所だった。
一位から順番に車が停められていき、《セレス》《ヴェノム》《フェルゼン911R》《ヴェルティアX12》、さらに五位以下のマシンがずらりと並ぶ。
エンジンが次々と止まり、それまでサーキット中に響いていた排気音が少しずつ静まっていった。
御堂、クロフォード、サラの三人は車を降りると、そのままステージ脇の表彰者用待機場所へ向かう。四位の鷹宮を含むそれ以下のドライバーたちは、それぞれのピットボックスへ戻っていった。
ドライバーが離れたあとも、順位順に並べられた車両はそのまま展示され、観客たちがスマートフォンを向けている。
悠斗はステージ脇で、ナナと一緒に進行を確認していた。
中央には三段の表彰台。その横にはトロフィーと賞金が用意され、司会もすでにマイクを持って待っている。
先に決勝を終えていたカスタムカー部門の入賞者たちも揃っていた。三位の蓮、二位の榊原、そして優勝したリク。
カスタムカー部門のプレゼンターを務める玲司は、スタッフとトロフィーを渡す順番を確認している。スーパーカー部門は、そのあとリクがプレゼンターを務める予定だ。
悠斗はレーシングスーツ姿の蓮へ近づいた。
「もうすぐ始まるよ」
「おう」
蓮はいつもと変わらない調子で返した。レースが終わったばかりなのに、大勢の観客の前へ出ることを気にしている様子はない。
「緊張してないの?」
悠斗が聞くと、蓮は怪訝そうに眉を上げた。
「何に?」
「表彰式」
「するわけねぇだろ。走る方がよっぽど緊張するって。立って写真撮られるだけだろ?」
あまりにも当然という顔で言われ、悠斗は苦笑した。
「まあ、そうだけど」
蓮はステージに置かれた表彰台へ目を向ける。
「一位だったらもっと気分よかったけどな」
「そこはまだ言うんだ」
「そりゃ言うだろ」
三位に入ったことは嬉しい。それでも順位そのものには満足していないらしい。
近くにいたカイが会話を聞きつけて笑った。
「お前、こういうの好きそうだもんな」
「目立つのは別に嫌いじゃねぇよ」
蓮があっさり認めると、ナナも笑う。
「やっぱり蓮らしい」
「褒めてる?」
「たぶん」
「たぶんかよ」
蓮が笑ったところで、ステージスタッフから開始の合図が出た。
◇
『それでは、RAVEN MOTOR FEST、カスタムカー部門の表彰に移ります!』
司会の声が会場へ響き、ステージ前から大きな拍手が起こった。
紹介を受けた玲司がステージへ上がり、スタッフから最初のトロフィーを受け取る。
『第三位! 久我蓮! 《レイザー》!』
名前を呼ばれると、蓮は迷うことなく歩き出した。
「久我蓮だ!」
「レイザー、速かったよな!」
「最後すげぇ接戦だった!」
観客の声が次々に飛ぶ。
蓮は客席の方へ顔を向けると、片手を上げて応えた。さっきまでレースを走っていたときとは違う、楽しそうな笑みが浮かんでいる。
玲司の前まで来ると、そこで少しだけ姿勢を正した。
「ありがとうございます」
玲司から三位のトロフィーと賞金を受け取り、そのまま表彰台の三位へ上がる。
悠斗はステージ脇からその様子を眺めた。
「楽しんでるね」
「そりゃ蓮だもん」
ナナが当然のように答える。
カイも腕を組みながら表彰台を見上げた。
「三位でも宣伝には十分だろ」
「本人に『三位でも』って言ったら怒るよ」
「じゃあ聞こえないところで言っとく」
悠斗が笑ったところで、二位の名前が呼ばれた。
『第二位! 榊原! 《グリフォンRS》!』
大きな拍手を受けながら榊原がステージへ上がり、玲司からトロフィーと賞金を受け取る。
そして最後。
『第一位! リク! 《セルディア2000RS》!』
歓声が一段と大きくなった。
リクは軽く手を上げながらステージへ上がり、玲司から優勝トロフィーと賞金を受け取る。
「おめでとう」
「ありがと」
短く言葉を交わし、中央の一番高い位置へ立った。
リク、榊原、蓮。
ついさっきまでコース上で順位を争っていた三人が、今は同じ表彰台の上に並んでいる。
記念撮影が始まると、蓮はトロフィーを高く掲げた。リクと榊原もそれぞれトロフィーを持ち、客席から何台ものスマートフォンが向けられる。
蓮はやはり、こういう場所が嫌いではないらしい。
撮影が一段落すると、司会が表彰台の前へ移動した。
『それでは、三名に少しだけお話を聞いてみたいと思います!』
最初にマイクを向けられたのは蓮だった。
『久我選手、三位という結果でした。今の気持ちは?』
蓮は手元のトロフィーを一度見たあと、客席へ視線を戻した。
「表彰台に乗れたのは嬉しいです。でも三位で満足してるわけじゃないんで、次走るならもっと上行きたいですね」
その言葉に、観客から拍手が起こる。
『終盤まで三位争いも続きましたが、最後まで守り切りました』
「結構きつかったです。後ろ気にしながら走ってたんで。でも最後まで守れたのはよかったですね」
次に榊原へマイクが向けられた。
『榊原選手、最後まで優勝争いが続きました』
「最後まで勝てると思ってたんで、やっぱり二位は悔しいですね」
穏やかな話し方ではあるが、悔しさまで隠すつもりはないらしい。
『リク選手については?』
「速かったですよ。最後まであれだけ走ってミスしなかったし。そこは負けたなって思います」
最後にリクへマイクが渡された。
『改めて、優勝おめでとうございます。今の気持ちは?』
リクはトロフィーを軽く持ち上げた。
「嬉しいかな。最後まで楽しかったし」
『榊原選手とは最後までかなり接戦でしたね』
「ああ、速かったよ。ずっと後ろいたし、ちょっとミスったら抜かれてたと思う」
リクが隣を見ると、榊原も小さく笑った。
『三位の久我選手については?』
今度は蓮を見る。
「蓮も普通に速かったよ。途中ちょっと離れたけど、最後まで三位守ってたし。まだ速くなりそうだな」
「普通にって何だよ」
蓮がすぐに反応した。
マイクから少し離れていたものの、前列には聞こえたらしく笑いが起こる。
「いや、褒めてるって」
リクが笑う。
「ほんとかよ」
「ほんとほんと。次もっと速くなったら嫌だけど」
「じゃあ速くなるわ」
「それはやめてくれ」
観客席からもう一度笑いが起こった。
最後に三人でもう一度写真が撮られ、カスタムカー部門の表彰は終了した。
◇
ステージが次の表彰へ切り替えられている間に、リクは一度表彰台を降り、そのままプレゼンターの位置へ移った。
すでに御堂、クロフォード、サラの三人も待機している。
観客がその姿に気づくのに時間はかからなかった。
「あ、御堂だ!」
「一成!」
「エリックもいる!」
最後の声に、クロフォードがすぐ反応した。
男性客の方へ顔を向ける。
「男はクロフォードって呼べ」
一瞬の間のあと、周囲から笑いが起きた。
クロフォードは今度は女性客の方へ向き直り、笑顔を見せる。
「女の子はエリックって呼んでね」
今度は女性客から歓声が上がった。
クロフォードは満足そうに手を振っている。
「やっぱりそうなんだ……」
悠斗が呟くと、隣のナナが笑った。
「だから言ったでしょ?」
御堂は二人のやり取りに慣れているのか、特に口を挟むこともなく静かに待っていた。
ステージの準備が終わり、リクが所定の位置へ入る。
『続いて、スーパーカー部門の表彰です!』
再び大きな拍手が起こった。
『第三位! 柊サラ! 《フェルゼン911R》!』
「よし!」
サラは小さく拳を握ると、笑顔でステージへ上がった。
リクから三位のトロフィーと賞金を受け取る。
「おめでとう」
「ありがとう!」
そのまま三位の位置へ。
『第二位! エリック・クロフォード! 《ラグナード・ヴェノム》!』
名前を呼ばれたクロフォードは、観客へ片手を上げながらステージへ向かう。
女性客から「エリック!」と声が飛べば、そちらへ笑顔を返す。
「ありがとう」
リクからトロフィーと賞金を受け取り、二位へ立った。
そして最後。
『第一位! 御堂一成! 《アルシオン・セレス》!』
今日一番と言っていいほどの歓声が上がった。
御堂は観客へ軽く片手を上げ、そのままステージへ向かう。
「おめでとう」
「ありがとう」
リクから優勝トロフィーと賞金を受け取ると、中央の一番高い位置へ立った。
御堂、クロフォード、サラ。
三人が並び、トロフィーを手に観客へ向く。
その姿を見ながら、蓮が小さく呟いた。
「やっぱすげぇな……」
けれど視線は表彰台だけではなく、そのすぐ横に展示された《アルシオン・セレス》へ何度も向いている。
悠斗は気づいて笑った。
「またセレス見てる」
「見るだろ。やっぱ格好いいわ」
蓮は隠す様子もなく答えた。
◇
記念撮影に続き、スーパーカー部門のインタビューが始まった。
最初はサラ。
『柊選手、三位おめでとうございます。最後までかなり接戦でしたが、どうでした?』
「ずっと気抜けなかったです。でも楽しかったですよ。三位取れたのも嬉しいし、最後までちゃんと勝負できたんで」
サラらしい明るい答えに、観客から拍手が起こる。
続いてクロフォード。
『クロフォード選手、惜しくも二位でした』
「惜しかったねえ」
クロフォードは苦笑しながら、手にしたトロフィーを少し持ち上げた。
『序盤はトップを走る時間も長かったですが、最後は御堂選手に逆転されました』
「そうなんだよ。一成が全然休ませてくれなくてさ」
隣にいる御堂へ視線を向けながら肩をすくめる。
観客から笑いが起こったが、クロフォードはそのあと少しだけ表情を変えた。
「楽しかったけど、負けたのは悔しいね。次は勝ちたいかな」
「エリックー!」
男性客の声が飛んだ。
クロフォードはすぐそちらを見る。
「だからクロフォード!」
会場が一斉に笑い、その空気にクロフォード自身も笑った。
最後は御堂だった。
『御堂選手、優勝おめでとうございます。二時間のレースを終えて、今のお気持ちは?』
「ありがとうございます。長いレースでしたけど、最後までいい勝負ができました」
『クロフォード選手とは最後まで激しい争いになりました』
「速かったです。最後まで気を抜けませんでした」
その答えに、クロフォードが横から口を挟む。
「次は勝つからね、一成」
御堂はそちらを見て、わずかに笑った。
「楽しみにしてる」
「ちょっと。私もいるんだけど?」
サラが割り込むと、クロフォードはそちらへ顔を向けた。
「三位だったもんね」
「その言い方ムカつくんだけど」
「褒めてるよ?」
「絶対褒めてない」
三人のやり取りに観客が笑う。
御堂も横でわずかに口元を緩めていた。
最後に三人が並び、プレゼンターのリクも加わって記念撮影が行われる。
何度かシャッターが切られたあと、司会が再びマイクを取った。
『以上で、カスタムカー部門、スーパーカー部門、両部門の表彰を終了します!』
大きな拍手が会場を包む。
『このあと、引き続きこちらのステージで閉会式を行います! 数分ほどで始まりますので、そのままお待ちください!』
ステージ前に集まった観客たちはその場に残り、スタッフがすぐに表彰台周辺を閉会式用へ整え始めた。
◇
閉会式までの短い転換時間。
表彰を終えた選手たちがステージから下りてくる一方、スタッフたちは手際よく表彰台や授与用の台を片づけていく。
ステージ横の展示場所では、順位順に並べられたマシンを背景に写真を撮る観客の姿もあった。
《ラグナード・ヴェノム》の横には、クロフォードの展示ブースにいた女性も来ている。
表彰式が始まる前、クロフォード陣営から展示ブースの女の子をピット展示へ呼んでもいいかとナナに確認があり、ナナが了承していた。
レースクイーン風の衣装でヴェノムの横に立つと、それだけで展示場所の雰囲気が一段と華やかになる。
悠斗はその様子を見て、小さく呟いた。
「……やっぱり最初からイベント側でも用意しておけばよかったかも」
「でしょ?」
ナナがすぐ返す。
「表彰式にも合うね」
「だから言ったじゃん」
悠斗は隣を見る。
「いや、ナナも後から気づいたでしょ」
「それはそうだけど」
二人が笑っていると、表彰式を終えたクロフォードが近くを通りかかった。
「悠斗君。いい表彰式だったよ」
「ありがとうございます」
クロフォードはそのままナナへ顔を向けた。
「ナナちゃんもお疲れ」
「ありがとうございます、エリックさん」
その呼び方に、クロフォードは満足そうに笑った。
悠斗も続けて声をかける。
「お疲れさまでした、クロフォードさん」
クロフォードは悠斗を見ると、何も言わず親指を立てた。
それを見たナナが吹き出す。
クロフォードが離れていったところで、今度は御堂がこちらへ歩いてきた。
「神谷君」
「はい」
「今日はありがとう」
「いえ、こちらこそありがとうございます」
御堂は一度、ステージとその横に並ぶ車、そしてまだ残っている大勢の観客へ視線を巡らせた。
「いいイベントだった」
短い言葉だった。
それでも、悠斗には十分だった。
「……ありがとうございます」
そのとき、表彰を終えた蓮がトロフィーを手にこちらへ戻ってきた。
御堂はその姿に気づくと、蓮へ顔を向ける。
「久我君」
「はい?」
突然呼ばれ、蓮が少し驚いたように足を止めた。
「三位、おめでとう。いい走りだった」
一瞬だけ目を丸くしたあと、蓮はすぐに嬉しそうな笑みを浮かべた。
「ありがとうございます。次はもっと上行きます」
「楽しみにしてる」
御堂はそれだけ言うと、軽く手を上げてその場を離れていった。
蓮はその背中を見送ったあと、何気ない顔を装いながらステージ横の《セレス》へ目を向ける。
けれど、その口元が少し上がっているのを悠斗は見逃さなかった。
「嬉しそうだね」
「うるせぇ」
そう返しながらも、蓮の表情は戻らない。
悠斗が笑った、そのときだった。
「悠斗、そろそろ」
ナナが進行表を示した。
ステージを見る。
表彰台は片づけられ、閉会式の準備はもう整っている。司会もマイクを持って定位置へ戻っていた。
「うん」
悠斗はステージへ視線を向け直す。
RAVEN MOTOR FESTは、まだ終わっていない。
間もなく、この一日を締めくくる閉会式が始まる。
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