第5章 第189話 次の十五台
残り五分を切っても、先頭争いは決着する気配を見せなかった。
大型モニターには、風間リクの《セルディア2000RS》と榊原ユウの《グリフォンRS》がほとんど離れずに走る姿が映っている。その少し後ろでは、三位を走る蓮の《レイザー》へ神崎の《ヴェクサーR》が再び迫っていた。
「榊原さん、また行く」
悠斗が声を上げるのとほぼ同時に、グリフォンRSがアウト側へ出た。ブレーキングでセルディア2000RSと並び、そのままわずかに前へ出る。
だがリクは無理に外へ張り合わず、出口を優先して車を内側へ向けた。榊原が外側へ膨らんだところで先に加速へ移り、次の区間へ入る頃には再びセルディア2000RSが前へ戻っている。
「戻した!」
「リクも崩れねぇな」
隣にいたカイも、モニターから目を離さない。
残り四分を切ったところで映像が切り替わり、今度は蓮と神崎の三位争いが大きく映された。ヴェクサーRがレイザーの真後ろから直線で横へ出ると、無線から蓮の声が飛んでくる。
『また来た!』
「分かってる。前見ろ」
『見てるって!』
蓮はコーナーへ入る前から内側を確保し、神崎を外へ回らせる。神崎もそのまま並んで食らいついたが、出口へ向かう途中でヴェクサーRの姿勢がほんのわずかに乱れた。
大きく崩れたわけではない。神崎もすぐに修正したものの、その一瞬でレイザーが半台ほど前へ出た。
『よし!』
「まだ後ろいるぞ」
『分かってるって!』
緊張した状況なのに、蓮の声はどこかいつも通りだった。悠斗は少しだけ笑ってから、モニターを見たままカイへ尋ねる。
「蓮、かなり神崎さん意識してる?」
「そりゃするだろ。あそこまで来られてんだからな。ただ、意識しすぎて自分の走り崩してるわけじゃない。さっきより守る位置は取ってるけど、それ以外はちゃんと自分のペースで走ってる」
そう言われて見直してみると、確かに蓮は神崎の動きへ過剰に反応してはいなかった。細かな技術までは悠斗には分からないが、ただ必死に逃げているわけではないことくらいは伝わってくる。
残り三分。再び先頭へ映像が戻ると、榊原がまたセルディア2000RSの横へ出た。今度は一度、グリフォンRSのフロントが明確に前へ出る。
「今度こそ――」
悠斗が身を乗り出す。
しかしコーナーを抜けたところで、榊原の立ち上がりがほんのわずかに鈍った。二時間近く同じタイヤを使い続け、ここまで何度もリクへ仕掛けてきた影響もあるのだろう。リクはその小さな隙を逃さず、次の加速で再び前を取り戻した。
「ああっ……!」
「惜しいな」
それでも榊原は離れない。セルディア2000RSの後ろへ入り直し、最後まで次の機会を待っていた。
やがて残り時間は一分を切った。先頭二台がコントロールラインを通過し、その少し後ろを蓮と神崎も続く。大型モニターの数字が一秒ずつ減っていき、ついにゼロを示した。
「これが最後?」
「ああ。時間内に入った周回だから、ここまでは有効だ」
カイの言葉を聞きながら、悠斗は再びモニターへ目を向ける。
最後の一周でも、榊原は諦めなかった。長い直線でセルディア2000RSの横へ並び、リクがイン、榊原がアウトのままコーナーへ入っていく。どちらも接触するような無茶はしない。それでも最後まで一歩も譲らず、二台はほとんど並んだまま最終区間へ向かった。
最終コーナーを先に立ち上がったのは、わずかにセルディア2000RSだった。
ホームストレートへ二台が飛び出し、そのままチェッカーフラッグを受ける。
一位、風間リク。二位、榊原ユウ。
「終わった……!」
悠斗がようやく息を吐いた直後、今度は三位争いが最終コーナーから姿を現した。
レイザーのすぐ後ろにヴェクサーRがつき、神崎が最後の直線で横へ出る。
『うわ、来た!』
「踏め、蓮!」
『踏んでる!』
二台は並びかけたままラインを越えた。肉眼ではどちらが前だったのか分からず、悠斗は大型モニターへ視線を戻す。
順位表示が更新された。
三位――久我蓮。
「蓮!」
『っしゃあああ! 三位! 三位だろ!?』
「三位だよ」
『マジか!』
弾んだ声に、悠斗も自然と笑っていた。
だが数秒すると、無線の向こうで蓮が少しだけ声を落とす。
『……でも三位か』
「表彰台だぞ」
『分かってる。嬉しいけどさ……次はもっと上行きてぇな』
「うん」
三位になれたことは嬉しい。それでも一位と二位を目の前で見た以上、そこで満足するつもりもないらしい。その両方が混ざっているところが、いかにも蓮らしかった。
◇
チェッカーを受けた車はそのまま次の周回へ入り、速度を落としながらフィニッシュした順位順に並んでいった。
先頭にはリクのセルディア2000RS、その後ろに榊原のグリフォンRS、三番手には蓮のレイザーが続き、神崎のヴェクサーRが四番手につく。レース中は何度も入れ替わりかけた四台が、今度は順位を争うことなく一列になってホームストレートへ戻ってきた。
「このままウイニングラップ?」
「ああ」
カイが答える。
観客席から大きな拍手と歓声が上がり、先頭のリクが片手を上げると、その後ろの榊原も続いた。少し遅れて、蓮の声が無線へ入る。
『これ、手振っていいやつだよな?』
「今はいいよ」
『よっしゃ』
大型モニターの中で、蓮が窓から大きく片手を上げた。それに気づいた観客の一角からさらに歓声が返り、無線の向こうで蓮が楽しそうに笑う。
『うわ、すげぇ!』
そのまま一周を終えた車列はピットロードへ入り、スタッフの誘導で展示位置へ向かった。セルディア2000RS、グリフォンRS、レイザー、ヴェクサーRと、フィニッシュした順位のまま並べられていく。
ウイニングラップを終え、そのまま展示へ。走り終えたばかりの車を、レースの余韻ごと来場者へ見せるための流れだった。
◇
レイザーが展示位置へ止まると、蓮がヘルメットを外しながら車から降りてきた。
「疲れた……」
「三位おめでとう」
「ありがと」
蓮は素直に笑ったものの、すぐに少し前へ並ぶセルディア2000RSとグリフォンRSへ目を向けた。
「……次やったら、もっと上行く」
悠斗は何も言わずに頷いた。
やがて各車のメカニックが展示位置へ入り、走行後の点検を始める。レイザーにはカイがつき、タイヤやブレーキ、ホイール、足回りを確認しながら、しゃがみ込んで見える範囲の車体下部まで覗いていた。
ピットレーン外側の観覧スペースにはすぐに人が集まり、メカニックの作業へスマートフォンを向ける者や、走り終えた車を間近で撮影する者が増えていく。展示されているのは磨き直された車ではない。削れたタイヤや薄く汚れたボディ、小さな傷まで含めて、二時間を走り切った直後の姿だった。
「俺のもめっちゃ見られてるな……」
「三位の車だからね」
「それ言われると実感出るわ」
その時、悠斗の腰につけた無線が鳴った。
『悠斗、今ちょっと動ける?』
「うん。どうしたの?」
『予選まで三十分くらいあるでしょ。一回こっち来て』
「何かあった?」
『別に。見て回ろうと思って』
「分かった」
悠斗は蓮と、レイザーの点検を続けるカイへ軽く手を上げ、その場を離れた。
◇
ナナと合流した悠斗は、そのまま出店エリアへ向かった。
コースから離れるにつれてエンジン音は少し遠くなり、代わりに人の話し声や店員の呼び込み、飲食ブースから聞こえる調理音が大きくなっていく。通路の両側には車用品やパーツを扱う店、イベント限定の商品を並べる店が続き、その先の飲食エリアでは次の競技までの時間を使って食事を取る来場者が多かった。
「こっちもすごいね」
「レース中でも結構人いたよ」
ナナは歩きながら通路の流れを確認している。どこか一か所だけに人が集中している様子もなく、警備担当も必要な場所には配置されていた。
「思ってたよりちゃんと回ってるね」
「それ、ちょっと失礼じゃない?」
「いや、もっと何か起きると思ってた」
「それは私も」
二人で笑った。
数千人規模のイベントを準備していた時は、何か問題が起きれば自分が走り回ることになると思っていた。だが実際に始まってみれば、それぞれの担当が自分の役割を果たしている。自分がつきっきりにならなくても会場が動いていることを確認できただけで、悠斗は少し肩の力が抜けた。
「カイの会社のブースも見ていこうよ」
ナナが指した先には、見覚えのある会社のロゴがあった。
カイ本人はレイザーの点検についているためここにはおらず、代わりに会社のスタッフたちが来場者の対応を続けていた。ブース前には何台かの車が止まり、空気圧の調整や簡単な点検を受けている。
二人が近づいたところで、一人の男がスタッフへ声をかけた。
「あの、ここってさっき三位だったレイザーをカスタムした会社ですか?」
「そうですよ。あのレイザーもうちで見てます」
「俺の車もカスタムしたら、あんな感じになりますか?」
「車種と今の状態にもよりますけど、かなり変えられますよ。何乗ってます?」
「ノヴァスXです」
「それなら一回店へ持ってきてもらえれば、状態見ながら相談できます」
「じゃあ今度持っていきます」
男は店の案内を受け取って離れていった。
悠斗はその後ろ姿を見送り、それからブース全体へ目を向ける。
「カイの会社、結構成功してるんじゃない?」
「だと思う」
「結構どころじゃないぞ」
後ろから聞き覚えのある声がして、二人が振り返る。
「社長」
以前カイの工場で会った会社の社長だった。
「さっきからああいう相談が増えてる。特にレース終わってからな」
「そんなに来てるんですか?」
「ああ。レースで結果出したら、そりゃ効くだろ」
社長は満足そうにブースを見渡した。
「三位でもかなり違うんですね」
「十五台走って三位だぞ。それに最後まで神崎とやり合ったんだ。十分だろ」
その横ではスタッフが一台の空気圧を調整し、別の車ではボンネットを開けて液量を確認している。さらに、走っている時に前から変な音がすると相談してきた客に対しては、その場で確認した上で「これはちゃんとリフト上げて見た方がいいです。ここだと設備足りないんで、店まで持ってきてもらえます?」と案内していた。
会場でできることはその場で対応し、設備が必要なものは店舗へつなぐ。レースへの協賛だけでなく、このブース自体もしっかり店の仕事へ結びついているらしい。
「整備もカスタムも、知られなきゃ客は来ないからな」
社長がそう言って笑うのを見て、悠斗も改めて今回のイベントがレースだけではないのだと実感した。
◇
社長と別れたあとも、二人は物販や飲食の様子を一通り見て回った。
そろそろレースエリアへ戻ろうかと悠斗が時計を確認したところで、ナナが足を止める。
「悠斗」
「何?」
「最後にちょっと見せたいものあるんだけど」
「見せたいもの?」
「うん。たぶん悠斗、まだ見てないと思う」
「何?」
「見たら分かる」
少し楽しそうに言って先へ進むナナの後ろを、悠斗は首を傾げながら追った。
それまで歩いていた出店エリアを抜け、別の区画へ入ったところで、前方に長い列ができているのが見えた。
「何これ……」
「すごいでしょ」
悠斗が列の先へ目を向けると、そこで初めてデモカーが並ぶ展示区画が視界に入った。
中でも特に人を集めている一角には、一台のスーパーカーと、その横に立つ見覚えのない女性がいた。肩や脚を大きく出した露出の多いレースクイーンの衣装を着て、来場者がカメラを向けるたびに笑顔でポーズを取り、記念撮影にも応じている。
悠斗は数秒その光景を眺めてから、ナナを見る。
「……誰?」
「知らないでしょ?」
「うん」
「レースクイーン」
「レースクイーン?」
「やってることは展示コンパニオンだけどね」
言われてみれば、レース運営に関わっている様子はない。あくまでデモカーの横に立ち、来場者の目を引きながら展示を盛り上げているようだった。
「こんな人、聞いてた?」
「ううん。私も最初見た時、誰だろって思った」
「だよね」
そこで悠斗は、ブースに掲げられた看板へ目を向けた。
「……クロフォードさんのところ?」
「うん」
エリック・クロフォードが出しているデモカー展示だった。
「クロフォードさんが呼んだの?」
「そうみたい」
「僕、全然聞いてなかった」
「私も」
ナナはレースクイーンへ視線を戻したあと、少し笑う。
「でも、これ見て思わなかった?」
「何を?」
「私たち、レース側にはこういう人、一人も用意してないなって」
悠斗は一瞬黙り、もう一度デモカーの横へ目を向けた。
「……あ」
「気づいた?」
「忘れてた」
「私も」
「完全に?」
「完全に」
目の前では、まだ撮影を待つ列が続いている。
「レースイベントなのに……」
「私も気づいた時そう思った」
「でも人気すごいね」
「でしょ」
悠斗は苦笑した。
「戻ったらクロフォードさんに聞いてみようか」
「絶対なんか言うよ」
「言いそう」
◇
飲食エリアまで戻ったところで、ナナがふと悠斗を見る。
「そういえば、悠斗何か食べた?」
「……食べてない」
「やっぱり」
「ナナは?」
「私はちょっと食べた」
ナナはレースエリアの方へ視線を向けた。
「蓮も二時間走ったばっかりだし、カイもずっとレイザーについてたでしょ。何か買って帰ろうよ」
「あ、それいいね」
二人は近くの飲食ブースへ寄り、片手でも食べやすい肉のサンドを三つと飲み物を買った。悠斗の分だけでなく、レースを終えたばかりの蓮と、ずっとメカニックとしてついていたカイの分もある。
「蓮、絶対お腹空いてるよね」
「カイも食べてなさそう」
「僕も人のこと言えないけど」
「だから悠斗の分もあるんでしょ」
「うん」
紙袋を抱え、二人はレースエリアへ戻った。
◇
予選開始が近づく中、悠斗はまず蓮とカイのところへ向かった。
「はい」
サンドと飲み物を差し出すと、蓮が不思議そうに受け取る。
「何これ?」
「ご飯。食べてないでしょ?」
「食ってない」
「やっぱり」
蓮はすぐに袋を開けた。
悠斗は隣のカイにも同じものを渡す。
「カイも」
「俺も?」
「ずっとついてたでしょ」
「ありがと。助かる」
悠斗も自分の分を食べ始める。一口入れた途端、それまで気にしていなかった空腹が急に戻ってきた。
「……おいしい」
「だから食べなって」
ナナが笑う。
食べ終えて飲み物を一口飲んだところで、悠斗は少し離れた位置にクロフォードがいるのを見つけた。
「そうだ」
「聞くんでしょ?」
「うん」
◇
「クロフォードさん」
「ん?」
「さっきデモカー展示のところ見てきたんですけど」
「ああ。いいだろ?」
「あのレースクイーン、クロフォードさんが呼んだんですか?」
「そうだけど」
悠斗は少し首を傾げる。
「なんでデモカー展示の方に?」
「だってレースの方、レースクイーンのこと何も書いてなかっただろ」
「書いてなかったですね」
「だから勝手に出しちゃダメなのかなって思ってさ。俺の展示なら、こっちで呼んでも問題ないだろ?」
「……書いとけばよかった」
悠斗が思わず呟くと、隣でナナもすぐに頷いた。
「ね。レース側にもいてくれたら、結構それっぽかったのに」
「グリッドとかで写真撮れたかもしれないし」
「表彰式の時にもいてもらえたよね」
言いながら、二人とも少し残念になってきた。
これまで予選や決勝のルール、警備、チケット、展示や出店のことまでかなり細かく決めてきたのに、レースクイーンについては誰も一度も話題にしていなかった。
「完全に抜けてたな……」
「私も全然思いつかなかった」
そこで改めて考えてみれば、クロフォードが勝手にレース側へ人を入れなかった理由も分かる。競技側の進行や配置はNOXとSHIFTで決めており、要項に何も書かれていなければ、外から見て勝手に追加していいのか判断できない。
「でも、そういうことなら展示の方にしたのも分かります」
「だろ? 勝手にレース側へ出すのは違うかなって思ったんだよ。それなら自分の展示に立ってもらった方がいいし」
「実際、めちゃくちゃ並んでました」
「だろ?」
クロフォードが少し得意そうに笑う。
そこで、その視線がナナへ向いた。
「あと、ナナちゃん」
「はい?」
「ナナちゃんだけ、エリックでいいよ」
「私だけですか?」
「うん」
悠斗が横から口を挟む。
「僕は?」
「クロフォードさんで」
「なんで?」
「なんとなく」
「適当だなあ……」
ナナも笑いながらクロフォードを見る。
「そういうこと、女の人全員に言ってそう」
「否定はしない」
「しないんですね」
クロフォードは楽しそうに笑った。
だが予選開始を知らせるアナウンスが流れると、その表情から軽さが少しだけ消えた。
「そろそろだな」
◇
「来た」
蓮がサンドを食べ終えたところで呟いた。
視線の先には、御堂一成の《アルシオン・セレス》がある。練習走行会でも何度も気にしていた車だ。
「やっぱカッコいいな、あれ」
「前もずっと見てたよね」
「見てた。でも本番で御堂さんが乗ってると、また違うだろ」
「何が?」
「なんか……雰囲気?」
「適当だなあ」
「うるせぇ」
そう言いながらも、蓮はアルシオン・セレスから目を離さなかった。
やがてコースがオープンする。
三十分の自由走行形式なので、十五台が一斉に出ていくわけではない。すぐに基準タイムを作ろうとコースへ入る者もいれば、前後の間隔や他車の動きを見ながらピットで待つ者もいる。
「御堂さん出た」
アルシオン・セレスがピットロードを離れ、コースへ入っていった。
御堂はまず一周を使ってタイヤと路面の状態を確認し、そのまま最初の計測周回へ入る。
悠斗には、ただ速く走っているようにしか見えない。それでも大型モニターを見ていたカイは、最初のコーナーを抜けたところで小さく声を漏らした。
「やっぱうめぇな」
「何が?」
「ブレーキ。かなり奥まで速度残してるのに、ちゃんと止めて向き変えてる」
次のコーナーでも、アルシオン・セレスは直線の終わりまで速度を保ち、深い位置から一気に減速する。それでも車体の動きは乱れず、狙った位置へ入ったあとは出口へ向けてすぐに加速へ移っていった。
蓮は会話にも加わらず、画面をじっと見ている。
やがてアルシオン・セレスがコントロールラインを通過し、最初の基準タイムが表示された。
暫定一位、御堂一成。
「……速っ」
蓮が思わず呟く。
その数字を見ていたクロフォードは、まだピット側にいた。ヘルメットを手にしたまま大型モニターへ視線を向け、少しだけ口元を上げる。
「最初からそれ出すんだ、一成」
誰に聞かせるでもなくそう言ってから、ようやくヘルメットを被った。
「じゃ、俺も行くか」
《ラグナード・ヴェノム》のエンジンが始動する。
「御堂さんのタイム見てから出るんだ」
悠斗が言うと、カイはモニターを見たまま答えた。
「三十分あるからな。わざわざ一緒に出る必要ないし、先に基準見てから走る奴がいてもおかしくない」
ヴェノムはスタッフの合図を待ってからピットロードへ入り、コースへ合流した。クロフォードも一周を使ってタイヤと路面の感触を確かめ、その次の周回から本格的に速度を上げていく。
御堂とは少し印象が違った。
アルシオン・セレスが最初から最後まで無駄なく一つにつながって見えるのに対し、クロフォードのヴェノムはブレーキングやコーナーへの進入で、攻め込んでいることが画面越しにも分かる。それでも動きが荒くなることはなく、車をきちんとまとめたまま一周を走り切った。
コントロールラインを通過すると、大型モニターの順位表示が更新される。
二位、エリック・クロフォード。
御堂との差はわずかだった。
「近っ」
悠斗が声を上げる。
その後ろではサラが三位へ入り、さらに鷹宮が四位につけていた。まだ全員が同じ回数だけアタックしているわけではなく、ここからタイムを伸ばしてくる車もいる。それでも予選前半の段階で、御堂とクロフォードの二人が少しだけ前へ出始めていた。
「蓮」
「ん?」
「御堂さん見てるの? 車見てるの?」
悠斗が聞くと、蓮はアルシオン・セレスを追ったまま少し考える。
「……両方」
悠斗は少し笑った。
練習走行会の時は、どちらかといえば車そのものに目を奪われていた。だが今は違う。セレスが格好いいというだけではなく、その車を御堂がどう走らせているのかまで見ようとしている。
しばらくして御堂が再びアタックへ入り、アルシオン・セレスがコントロールラインを越えた。
タイム更新。
暫定一位の数字が、さらに縮まる。
蓮は大型モニターを見上げたまま、静かに息を吐いた。
「同じコース走ってんだよな……」
さっきまで自分が二時間走っていた場所を、今度は世界トップクラスのドライバーが走っている。だからこそ、その差が余計にはっきり見えるのだろう。
三十分の予選は、まだ前半だった。
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