第5章 第179話 レイザーのフルカスタム
数日後の昼前。
蓮は黒いレイザーを運転し、カイの勤めるカスタム会社の敷地へ入った。
右フロントドアには、大きな白いNOXのロゴ。
エンジン、ブレーキ、足回りにはすでに手が入っている。街中を走るには十分すぎる性能で、これまでは蓮自身も不満なく乗っていた。
だが、先日の走行会で状況は変わった。
本格的に作り込まれたカスタムカーを相手にすると、ブレーキングやコーナーへの進入では腕で詰められても、立ち上がりから加速に移ったところで差が開く。
《RAVEN MOTOR FEST》のカスタムカー部門へ出る以上、このままでは足りない。
ガレージ前へ車を止めると、作業着姿のカイが出てきた。
「来たな」
「持ってきた」
「見れば分かる」
エンジンを切って蓮が降りる。
カイはレイザーを一周すると、右フロントドアの前で立ち止まった。
「このNOXロゴは残すんだよな?」
「当然」
「フェンダーも含めて外装かなり変えるから、場所変えることもできるけど」
「そこは変えない。見た瞬間NOXって分かる方がいい」
「了解」
カイはシャッターの開いたガレージを顎で示した。
「じゃ、入れろ。今日からしばらく帰ってこないぞ」
「分かってるって」
「明日『まだ?』って連絡してくんなよ」
「しねえよ」
「三日目?」
「それもしねえ」
「一週間?」
「お前、俺を何だと思ってんだよ」
「車のことになると待てなくなる奴」
否定しきれず、蓮は黙ってレイザーへ乗り直した。
◇
車をリフトの位置へ入れたあと、二人は作業台の横で最終確認を始めた。
カイが紙へ視線を落とす。
「この前の走行会で一番出てたの、立ち上がりから先の差だろ?」
「うん」
「だから駆動系から詰める。LSDも見直すし、ミッションも今の仕様よりレース寄りにする」
「そこは任せる」
「二時間走るから冷却も強化。排気も合わせて見直して、最後にECU詰める。タイヤとホイールも当然交換」
蓮が頷く。
ただ馬力を上げればいい話ではない。
一周だけ速い車ではなく、二時間続けて走れることが重要になる。
「それで軽量化」
「そこはガッツリやって」
「運転席以外は全部外すぞ」
「いいよ」
返事に迷いはなかった。
助手席も後席もなくなる。
内装も、走るために必要のないものは可能な範囲で取り払う。その代わり、必要な部分には補強を入れ、運転席はレース用シートとハーネスへ変更する。
「軽くした分、補強で何でも足してたら意味ないからな。必要なところだけやる」
「分かってる」
「計器も増やす。二時間走るなら状態見えない方が怖い」
「それもお願い」
そこでカイが紙から顔を上げた。
「ここまでは走るための話」
「じゃあ次は?」
「お前が一番うるさそうな見た目」
「大事だろ」
「食いつくの早えよ」
二人はレイザーへ視線を向けた。
黒を基調にすることは変えない。
大型のリアウイング、フロントスプリッター、ディフューザー。タイヤ幅に合わせてフェンダーも作り直す。
ただ派手な部品を付けるのではなく、実際の走行に意味のある形へ寄せていく。
「スポンサーのロゴは別の位置に入れる」
「NOXロゴの邪魔しなきゃいい」
「そこだけ絶対なんだな」
「当たり前だろ」
「速さとどっちが大事?」
「同じくらい」
「一瞬考えたじゃん」
「考えてねえ」
カイが笑った。
◇
仕様が決まると、作業はすぐに始まった。
リフトが上がり、四本のホイールが外される。
別のメカニックが車内へ入り、シートを外し始めた。
蓮は帰ろうともせず、その横で眺めていた。
「まだいるの?」
「見てていいだろ」
「邪魔しなきゃいいよ」
助手席が外され、続けて後席も車外へ運び出される。
内装まで少しずつ取り払われていく様子を見て、蓮の口元が自然と緩んだ。
「いいな」
「何が?」
「やっとそれっぽくなってきた」
「まだ軽くするために外してるだけだぞ」
「分かってる。こういう途中がいいんだよ」
「面倒くさい車好きだな」
「カイに言われたくねえ」
言い返してから、蓮は座席のなくなった車内を覗いた。
そこで、別の現実も見えてくる。
「……やっぱ街乗りはかなり不便になるな」
「そりゃそうだろ」
「分かってたよ。こうして見ると余計思うだけ」
「助手席までないから誰も乗せられないぞ」
「それは別にいいけど」
「強がるなよ」
「強がってねえ」
蓮は少し考えた。
「普段乗り、別で一台あった方がいいかもな」
「じゃあ買えば?」
「簡単に言うな」
「今、欲しいって言ったのお前だろ」
「必要かもって話」
「じゃあ今日帰りに見に行く?」
「いや」
そこはすぐに否定した。
「それはレース終わってからでいい。今はこいつ仕上げる方が先」
「珍しくまともだな」
「一言余計なんだよ」
カイは笑いながら作業へ戻った。
蓮ももう一度レイザーを見る。
今から別の車を探す気にはならなかった。
◇
午後。
一通り確認を終えた蓮は、ガレージの外へ出てスマートフォンを取り出した。
悠斗へ電話をかける。
『もしもし?』
「今どこ?」
『拠点。ナナと一般応募の整理してた』
「終わった?」
『今ちょうど。どうしたの?』
「迎え来て」
『ああ、レイザー預けたんだ』
「そう」
『分かった。少し待ってて』
通話が切れる。
三十分ほどして、白いヴェローチェが敷地へ入ってきた。
蓮が助手席へ乗り込む。
「お待たせ」
「助かった」
「珍しく素直」
「じゃあ帰る?」
「もう乗ってるだろ」
悠斗が笑いながら車を発進させた。
「アキラたちは?」
蓮が訊く。
「アキラはエマさんと協賛とか出店の確認。シオンは朝倉さんのところ。ナナはさっきまで俺と応募整理」
「みんなバラバラだな」
「最近ずっとそんな感じ」
イベント準備が本格化してから、五人全員で一日中行動する日は明らかに減っていた。
それでも、それぞれが違う場所で同じイベントを進めている。
「レイザー、どうだった?」
「もうバラし始めてる」
「早いな」
「助手席も後ろも全部外した」
悠斗が横目で見る。
「じゃあ完全に一人乗りじゃん」
「そうなるな」
「普段どうするの?」
「それなんだよ」
蓮はシートへ身体を預ける。
「別に街乗りの車買うかちょっと悩んでる」
「もう買うの?」
「まだ。探すのはレース終わってから」
「意外」
「何でだよ」
「蓮なら今日の帰りに中古車屋寄るとか言いそうだから」
「カイにも似たようなこと言われた」
「やっぱり」
「お前ら俺のこと何だと思ってんだ」
信号が赤へ変わり、ヴェローチェがゆっくり停止した。
悠斗が少し笑ってから訊く。
「楽しみ?」
「そりゃな」
蓮の返事は早かった。
「走行会で差が出たところも全部触るし、軽くするし、外も変える。かなり別物になる」
「それなら速くなりそう」
「なる。少なくとも車のせいにはできなくなるくらいには」
「プレッシャー?」
「ちょっとは」
蓮は窓の外を眺めた。
「でも、その方がいい」
青信号に変わる。
白いヴェローチェが再び走り出した。
「カイにも言われたんだよ。車のせいにできないところまで仕上げるって」
「カイらしい」
「だから、あとは俺がちゃんと走るだけ」
いつもなら後ろを走っているはずの黒いレイザーは、今日はない。
少し妙な感じはした。
けれど、寂しいとは思わなかった。
次にあのハンドルを握る時には、今までとはまるで違う車になっている。
その時、速くなったレイザーを活かせるかどうかは、自分次第だ。
「早く乗りてえな」
蓮がぽつりと呟く。
悠斗が笑った。
「明日『まだ?』って電話するんじゃない?」
「しねえって」
即答しながらも、蓮自身、少しだけ自信はなかった。
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