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『引きこもり高校生、犯罪都市でギャングを始める ~友達ゼロだった俺の成り上がり~  作者: 阿鼻恭介
第5章

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第5章 第178話 SHIFTの意地

 その日の夕方。


 SHIFTの拠点では、昼間の走行会から戻った車の点検が続いていた。ガレージの奥ではタイヤが外され、別の一台はボンネットを開けたまま冷却を待っている。工具の金属音と、まだ熱の残ったタイヤの匂いが混ざる中、サラは作業台へ腰を預けてスマートフォンを耳に当てていた。


『どうした?』


 数回の呼び出し音のあと、風間リクが出た。


「ちょっと相談」


『その入り方、嫌な予感しかしないんだけど』


「悪い話じゃないよ。NOXがスーパーカー部門の招待候補を決めたって」


『誰?』


「御堂一成」


 電話の向こうが一瞬だけ静かになった。


『……御堂?』


「うん」


『本気だな、NOX』


「でしょ?」


 御堂の参加はまだ正式決定ではない。ただ、本人は前向きで、出場するなら自分のスーパーカーと、その車を普段から担当しているメカニックを連れてくる予定だという。


 そこまで話すと、リクもサラが電話してきた理由を察した。


『それで、SHIFTも誰か呼びたいと』


「そう」


『誰?』


「エリック・クロフォード」


 さっきより長い沈黙が返ってきた。


『……クロフォードまで行く?』


「御堂さん呼ぶなら、それくらいじゃないと面白くないでしょ」


 クロフォードも御堂と同じように、世界各地のサーキットを転戦するトップドライバーだ。


 ただ、二人の印象はかなり違う。


 御堂が無駄の少ない精密な走りで知られているなら、クロフォードは隙があれば迷わず仕掛ける。普段も陽気で軽口が多く、女性を見ればとりあえず褒めるような軽薄さまで含めて有名だった。


 サラとリクは以前、海外の大型モーターイベントへ招待された際にクロフォードと知り合っている。その後も何度か顔を合わせ、サラは直接連絡できる程度には親しくなっていた。


『ギャラも安くないぞ』


「分かってる。御堂さんの分はNOXが持つって」


『ならクロフォードはSHIFT持ちだな。共同イベントの会計には乗せない』


「うん」


『チームとスポンサーもある』


「そこはエリックから確認してもらう」


 リクは少し考えてから続けた。


『イベント自体の契約は問題ないよな?』


「運営会社を通してるし、サーキットも正式契約。保険も警備も大型イベントとして組んでる」


『ならいい。声掛けてみろ』


「いいの?」


『そのために電話したんだろ』


 サラが笑う。


『ただ、御堂に対抗したいだけみたいな誘い方はすんなよ』


「分かってるって」


『どうせ最初の三分で御堂の名前出すだろ』


「三分もいらないかも」


『ほら』


     ◇


 通話を終えると、サラはそのまま連絡先からエリック・クロフォードを選んだ。


 数回の呼び出し音。


『サラ?』


「久しぶり、エリック」


『これは嬉しいな。ついにデートのお誘い?』


「違うよ」


『即答は傷つくなあ』


「レースの話」


『それなら聞こう』


 電話の向こうから楽しそうな笑い声が聞こえた。


「レイヴンシティでモーターフェスやるの。NOXとSHIFT共同で」


『展示もある?』


「ある。でもメインはレース」


 カスタムカーとスーパーカーの二部門。各十五台で三十分の予選を行い、上位十台が決勝へ進む。決勝は二時間耐久で、ドライバー交代はなし。


 概要を聞くにつれ、エリックの声から少しずつ冗談っぽさが抜けていった。


『二時間、一人で?』


「そう」


『思ったよりちゃんとしてるね』


「失礼じゃない?」


『サラから電話来たから、もっと無茶苦茶なの想像してた』


「切るよ?」


『待って。それで俺に何してほしいの?』


「SHIFTのスーパーカー招待枠、一つ空いてる」


『出ろって?』


「うん」


『急だなあ』


 サラはわざと少し間を置いた。


「御堂さんも呼んでるよ」


 電話の向こうが静かになる。


『……一成、出るの?』


「まだ確定じゃない。でも本人は前向き。自分の車も持ってくる予定だって」


『ああ。たぶん、あれだな』


「分かるの?」


『一成が自分の車で二時間走るって言ったら大体分かるよ。あいつ、あれ気に入ってるから』


「やっぱり詳しいね」


『何回一緒に走ってると思ってるの』


 軽い口調だったが、長く同じ舞台で競ってきた相手への親しさが滲んでいた。


『予選は?』


「三十分。招待でもタイムが足りなければ落ちる」


『決勝保証なし?』


「なし」


『いいね。一成もそっちの方が好きだろうな』


「二人って仲いいの?」


『普通に話すよ。たまに飯も行く』


「へえ」


『大体俺が女の子に声掛けて、一成に呆れられて終わるけど』


「想像できる」


『ひどいな』


 サラは笑いながら話を戻した。


「車はどうする?」


『持ち込みでいいんだよね?』


「スーパーカーならね。ニトロは禁止」


『それだけ?』


「車両条件は今のところそれだけ」


『自由でいいね。じゃあ俺も自分の持ってく』


「何で来るの?」


『秘密』


「御堂さんのは分かるのに、自分のは言わないんだ」


『人の車を当てるのと、自分から教えるのは別でしょ』


「ずるい」


『サラが見に来るなら教えるよ』


「行かない」


『本当に冷たいなあ』


「メカニックは?」


『連れてく。二時間走るなら、自分の車を知ってる奴がいい』


「そこは大丈夫。登録すればピットにも入れる」


 少し間を置いて、エリックが続けた。


『あとさ、もう一台持ってっていい?』


「走るの?」


『展示』


「何しに来るの?」


『モーターフェスなんでしょ?』


 あまりにも当然のように言われ、サラは一瞬黙った。


『最近仕上がった車があるんだ。かなり格好いい。女の子受けもいい』


「最後いらない」


『一番大事だよ』


「展示枠は私だけじゃ決められないから確認する」


『了解。無理ならいいよ』


「それで、レースは?」


『俺は出たい』


 返事は早かった。


『ただ、チームとスポンサーに確認する。日程も見ないと。しばらく移動が多いから』


「分かった。返事待ってる」


『あ、一成にも言っといて』


「何?」


『予選で落ちんなよって』


 サラは吹き出した。


「自分で言えば?」


『決まったら直接言うよ』


「喧嘩売ってると思われるよ」


『一成なら笑うって』


     ◇


 通話を終えると、近くにいた構成員がすぐに寄ってきた。


「どうだった?」


「エリック本人は出たいって」


「早っ」


「御堂さんの名前出した瞬間、完全に乗った」


 ほどなくしてガレージへ戻ってきたリクにも結果を伝える。


「クロフォード、どうだった?」


「本人は出たいって。チームとスポンサー確認待ち。あと、走る車とは別に一台展示したいって」


「相変わらずだな」


「女の子受けがいい車らしいよ」


「クロフォード、それ言わないと死ぬの?」


「多分ね」


 リクは呆れたように笑い、作業台の資料を取った。


「展示は全体調整に回せ。名前もまだ外には出すなよ。御堂もクロフォードも確定してない」


「了解」


     ◇


 その日の夜。


 NOXとSHIFTのイベント関係者が入った連絡グループへ、サラからメッセージが届いた。


『SHIFT側もスーパーカー招待枠でプロ一人に声掛けたよ』


 NOX事務所で画面を見ていた悠斗の隣から、蓮がすぐに覗き込む。


「誰?」


『エリック・クロフォード』


 表示された名前を見て、悠斗も思わず目を見開いた。


 クロフォードの名前くらいなら、レースに詳しくない悠斗でも知っている。御堂と同じように世界各地を転戦し、大きな国際レースで何度も名前を聞くトップドライバーだ。


「……クロフォードまで呼ぶんだ」


「マジかよ」


 蓮は悠斗以上に食いつき、椅子へ深く座っていた身体を一気に前へ起こした。


「御堂さんとクロフォードって、何度も同じレース走ってるよな?」


「何度もどころじゃねえよ。結構長いぞ、あの二人」


 蓮はすぐにスマートフォンを取ると、何か調べようとしてから途中で手を止めた。


「待って。二人とも決まったら、御堂さんとクロフォードが同じイベント走るの?」


 サラからすぐ返信が来る。


『両方正式に決まればね』


「俺、スーパーカー部門に変えようかな」


「レイザーどうするの」


 悠斗が聞くと、蓮は数秒黙った。


「……冗談」


 近くで資料を確認していたソウさんが顔を上げる。


「昨日あれだけフルカスするって騒いで、カイまで巻き込んだの誰だよ」


「分かってますって」


「絶対ちょっと本気だっただろ」


「……ちょっとだけです」


 悠斗は思わず笑った。


 そこへナナからもメッセージが入る。


『御堂さんとエリック、二人とも決まったら告知かなり強いよ』


 続けて、


『でも正式決定するまで名前は絶対出さないからね』


 と釘まで刺された。


 スポンサー、ショップ、展示車、飲食店、一般参加のレーサー、各ギャングから来る観客。そこへ、世界を転戦するトッププロが二人加わる可能性まで出てきた。


「これ、客どれくらい来るんだろ」


 蓮が呟いた。


 悠斗も手元の資料へ視線を落とす。


 二人の参加が決まれば、単純に警備員を増やせば済む話ではない。チケット上限、収容人数、駐車場、入退場の動線、メディア対応、選手周辺の警備、パドックやピットへの立ち入り管理まで見直す必要がある。


「正式に決まったら、チケット数も一回見直した方がいいかも」


「そこまで増えるか?」


 ソウさんが尋ねる。


「御堂さんだけでも遠くから来る人いると思います。クロフォードさんまで出るなら、もっと増えるかもしれない」


「絶対来るだろ」


 蓮が即答した。


「俺でも見に行く」


「お前は出る側だろ」


「それとこれは別」


 全体調整を任されている以上、悠斗はただ喜んでいるだけではいられない。


 それでも、世界中のサーキットを走っている二人が、自分たちの企画したイベントへ来るかもしれない。


 考えるだけで、少し胸が高鳴った。


「二人とも来たら、絶対面白いな」


「だろ?」


 蓮が嬉しそうに笑う。


 まだ、どちらも正式には決まっていない。


 それでも《RAVEN MOTOR FEST》は、最初に考えていたよりもずっと大きなイベントへ変わろうとしていた。

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