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『引きこもり高校生、犯罪都市でギャングを始める ~友達ゼロだった俺の成り上がり~  作者: 阿鼻恭介
第5章

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第5章 第175話 金が動き始める

 それから数日後。


 NOXの事務所には、イベント関係の資料がさらに増えていた。


 一般参加。


 展示。


 飲食。


 協賛。


 問い合わせの数だけなら、募集開始直後とは比べものにならない。


 ただし、これまではどれも仮受付だった。


 参加したい。


 出店したい。


 協賛したい。


 そういう意思だけを受け取り、金はまだ一切動かしていない。


 理由は単純だった。


「イベント用の口座、使えるようになったよ」


 白石玲奈がそう言って、ノートパソコンの画面を悠斗たちへ向けた。


「やっとですか」


「やっとって言っても、そんなに待ってないけどね」


 テーブルを囲んでいるのは、玲奈、悠斗、カナメ。それにナナだった。


 少し離れた席では、トウマが応募データを整理している。


 玲奈が画面を操作した。


「これから参加費とか出店料とか協賛金を受け取れるようになる。でも、勝手に振り込ませるのは禁止」


「勝手に?」


 悠斗が首を傾げる。


「誰が何のお金を払ったのか分からなくなるでしょ」


「ああ……」


「一般参加なら申込番号。ショップなら店名。協賛なら会社名と契約内容。全部紐づけてから案内する」


 ナナが隣から画面を覗き込む。


「ホームページの振込案内も、それに合わせて変える?」


「うん。申し込みして、こっちから支払い案内を送って、それから入金」


「了解」


 玲奈の指が画面を滑る。


「ギャング関係のチケットも同じ。組織単位で買ってもらうなら、個人でバラバラに払わせない」


「そこはカナメさんから話通してもらってます」


 悠斗が言うと、カナメが頷いた。


「参加者名簿とまとめて出してもらう。金の窓口も一人にさせる」


「助かります」


 玲奈が短く答えた。


 口座が一つできただけだった。


 それなのに悠斗には、イベントがまた一段階進んだように見えた。


 今までは応募や問い合わせという、画面の中の数字だった。


 これからは実際に金が動く。


「なんか……急に本物っぽくなりましたね」


 悠斗が漏らすと、玲奈が笑った。


「今まで偽物だったの?」


「そういう意味じゃないですけど」


「気持ちは分かる」


 ナナも笑う。


「金動き出すと急に怖くなるよね」


「怖がらせないでよ」


 玲奈がすぐに返した。


     ◇


「で、昨日朝倉から上がってきた話だ」


 カナメが別の資料をテーブルへ置いた。


 警備会社と病院で確認してきた内容。


 一般客とギャング関係者の入口分離。


 ピットウォーク終了後の導線。


 救護体制。


 そして、その中に一つ新しい項目が増えていた。


「イベント運営会社」


 悠斗が読み上げる。


「警備会社に言われたみたいです。この規模なら、NOXとSHIFTだけで全部回すのは無理だって」


「そりゃそうだろうね」


 玲奈は驚かなかった。


「受付、案内、出店対応、場内進行、問い合わせ。全部うちとSHIFTでやるつもりだったの?」


「……そこまでちゃんと考えてなかったです」


「俺もだ」


 カナメがあっさり認める。


 悠斗が少し意外そうに見ると、カナメは肩をすくめた。


「レースと警備と金の方ばっか見てた。一般客入れるなら、現場回す人間は別で要る」


「ですよね」


「NOXの連中を受付に並べるためにイベントやるわけじゃねえしな」


 ナナが吹き出した。


「ちょっと見たいけど」


「見なくていい」


「蓮とか受付絶対向いてない」


「それは分かる」


 悠斗まで笑ってしまう。


 玲奈が資料を引き寄せた。


「運営会社は候補をいくつか出して、見積もり取ろう。警備会社とは別契約で」


「朝倉さんもそんな感じで言われたみたいです」


「この規模なら必要経費でしょ」


 玲奈は淡々としていた。


 警備費も同じだった。


 想定より異常に高いわけではない。


 常設サーキットなので基本設備はすでに揃っているし、ギャング関係者の統制もNOXとSHIFT側で担う。


 その分、外へ任せる範囲も整理できている。


「じゃあ、運営会社も予算に追加で」


 悠斗が言う。


「もう入れてあるよ」


「早い」


「朝倉さんから話来た時点で仮で」


 玲奈が別の画面を開く。


 そこには支出項目が並んでいた。


 サーキット。


 警備。


 運営会社。


 広告。


 印刷。


 チケット関係。


 設営。


 レース運営。


 計時設備。


 清掃。


 保険。


 雑費。


 そして賞金。


 悠斗は最後の項目を見て、思わず言った。


「……やっぱり賞金、大きいですね」


「そこは最初から分かってたでしょ」


「分かってましたけど、並ぶと目立つなって」


 カナメが画面を見る。


「客呼ぶ意味でも、レーサー集める意味でも必要だろ」


「はい」


「それより、全部合わせた時の方を見ろ」


 悠斗は支出全体へ視線を戻した。


 一つ一つなら理解できる。


 サーキットを借りる。


 警備を置く。


 運営会社を入れる。


 広告を出す。


 会場を整える。


 レースを計時する。


 終われば片付ける。


 全部必要なものだった。


 だが、それが積み重なると数字は大きくなる。


「……イベントって金かかるな」


「今さら?」


 玲奈が言う。


「一個一個見ると、そんな無茶な額じゃないんですけど」


「だから怖いんだよ」


 ナナが横から言った。


「必要だから全部足されていく」


「でも」


 玲奈が画面を切り替えた。


「収入側も小さくない」


 今度は、問い合わせや想定来場者数を基にした試算だった。


 一般入場。


 協賛。


 ショップやデモカーの展示。


 飲食出店。


 レースエントリー。


 中でも大きいのは協賛だった。


「大口、かなり来てるんですね」


「問い合わせだけならね」


 玲奈はすぐに釘を刺す。


「まだ契約してないところは一ドルも入った扱いにしないよ」


「はい」


「小口も同じ。展示も出店も、申し込みがあるだけじゃ収入じゃない」


 カナメが悠斗を見る。


「期待値で金使うなってことだ」


「分かってます」


「本当に?」


「分かってますって」


 玲奈が少し笑ってから、画面の数字を見直した。


「ただ、全部予定通り決まって、来場者数も想定くらい来れば――」


 一度そこで言葉を切る。


「五十万ドル以上は利益が出ると思う」


「……そんなに?」


 悠斗が思わず画面へ顔を近づけた。


「最終的には、ね」


 玲奈は強調する。


「今じゃないよ」


「分かってます」


「まだ協賛も全部決まってない。出店も展示も確定前。入場者数なんて当日まで動く」


「でも、成功したらそのくらいは残る可能性があるってことですよね」


「ある」


 玲奈は即答した。


「だから逆に、雑にやっちゃ駄目」


 その言葉で、悠斗の気持ちも少し引き締まった。


 利益が出そうだから嬉しい。


 それだけではない。


 それだけの金が動くということは、それだけの人間が関わるということでもある。


     ◇


 同じ頃。


 エマとアキラは、中央地区にある企業の応接室にいた。


 《RAVEN MOTOR FEST》への協賛を問い合わせてきた企業の一つだった。


 正式な交渉役はエマ。


 アキラはその隣で、相手企業について事前に調べた資料を持っている。


「協賛そのものには前向きです」


 向かいに座る担当者が言った。


「ただ、露出の内容は確認したいですね」


「もちろんです」


 エマが答える。


「ホームページへの掲載、会場内の掲示、パンフレットへの掲載などを想定しています」


「メインスポンサーの場合は?」


「そこは通常協賛とは分ける予定です」


「ロゴの大きさも変わる?」


「変える方向で考えています」


 担当者が続ける。


「それと、うちは車両関係の商品も扱っています。展示スペースと組み合わせることはできますか?」


 そこでアキラが少し前へ出た。


「可能だと思います。ただ、展示区画の広さと位置はまだ最終確定してないです」


「車を一台?」


「一台ならかなり組みやすいです。複数台なら、他のショップとの兼ね合いを確認してからになります」


 エマが続ける。


「協賛と展示をセットにした場合の条件は、こちらで一度整理してご提案します」


 その場で金額も内容も決めない。


 相手の希望を聞き、持ち帰る。


 アキラは以前なら、ここまで慎重に話せただろうかと思う。


 相手が興味を示した。


 ならすぐ畳みかける。


 昔なら、その方が交渉が上手いと思っていたかもしれない。


 けれど今は違う。


 自分一人の仕事ではない。


 イベント全体との整合を取らなければならない。


「レースの参加枠も協賛に付けられますか?」


 担当者の質問に、アキラが一瞬だけエマを見る。


 エマはすぐに答えた。


「それはできません」


「できない?」


「一般参加枠の選考と協賛は別です」


「スポンサーでも?」


「はい」


 アキラも続ける。


「そこ混ぜると、普通に応募してる人が納得しないんで」


 担当者は少し考えたあと、頷いた。


「なるほど。その方がレースとしては信用できますね」


 アキラは小さく息を吐いた。


 断ったのに、話が悪くならなかった。


 むしろ相手が納得している。


 それが少し意外だった。


     ◇


 その後も二人は何軒か回った。


 カスタムショップ。


 車販売店。


 飲食店。


 展示だけを希望するところもあれば、協賛と展示を組み合わせたいところもある。


 飲食店は、必要な区画の広さも電源も違う。


 レース車両への個別スポンサーを希望する企業まであった。


 夕方近く。


 最後の訪問先を出たところで、アキラが大きく息を吐いた。


「思ってたより聞かれること多いですね」


「当たり前でしょ」


 エマが笑う。


「お金出す側なんだから」


「ロゴどこに載るとか、何人来るとか、展示どこになるとか……」


「全部、相手からしたら大事」


「ですね」


「でも悪くなかったよ」


 アキラが顔を上げる。


「俺ですか?」


「勝手に条件決めなかった」


「それ褒めるとこです?」


「前のアキラなら勢いで一個くらい約束してそう」


「……否定できない」


 エマが笑った。


「だから成長」


「なんか微妙に嬉しくないな」


     ◇


 NOXの事務所へ戻ったのは、日が傾き始めた頃だった。


「ただいま」


 アキラが声をかける。


「おかえり」


 ナナが顔を上げた。


 ソファには蓮も来ていた。


「どうだった?」


 悠斗が聞く。


「思ったより大変」


 アキラは椅子へ座り込んだ。


「スポンサーって金くれて終わりじゃないんですね」


「当たり前でしょ」


 玲奈が即座に返す。


 蓮が横から口を挟む。


「え、違うの?」


「違う」


「金くれるなら『ありがとうございます』で終わりかと思ってた」


「お前は絶対交渉に出すな」


 カナメが言った。


「俺、レース担当だし」


「そのままでいろ」


 ナナが笑う。


「ロゴ載せる位置だけでも価値変わるよ」


「そんな変わる?」


「変わる。ホームページの一番上と、一番下じゃ全然違うでしょ」


「へえ」


「興味なさすぎ」


 蓮は気にせずソファへ沈んだ。


 エマが持ち帰った資料をテーブルへ置く。


「一つ問題」


「何です?」


 悠斗が聞く。


「このままだと、相手ごとに協賛条件がバラバラになる」


 玲奈がすぐに反応した。


「やっぱり?」


「うん。ロゴ掲載だけ欲しいところもあるし、展示もしたいところもある。場内掲示を重視する会社もある」


 ナナが資料を覗く。


「プラン分けた方がいい?」


「その方がいいと思う」


「大口、通常、小口みたいな?」


「名前は後でいいけど、段階は必要」


 玲奈も頷いた。


「金額と特典を揃えた方が管理しやすい」


「じゃあそこは、玲奈さんとナナとエマさんで?」


 悠斗が確認する。


「私も?」


 ナナが聞く。


「ロゴとか掲載場所ならナナの方が分かるだろ」


 カナメが言う。


「ああ、それなら」


 悠斗は少し考えてから、もう一つ確認した。


「スポンサー特典にレースの参加枠は入れないですよね」


「入れない」


 エマが即答する。


「今日も聞かれた」


「一般枠は一般枠。招待枠は招待枠」


 カナメも続けた。


「金出した奴を優先し始めたら、選考決めた意味がなくなる」


「ですよね」


 アキラが背もたれに寄りかかる。


「そこはちゃんと断りました」


「偉い」


 ナナが言う。


「エマさんが」


「おい」


 エマが笑った。


「アキラも説明したよ」


「なら半分偉い」


「半分かよ」


 少しだけ笑いが広がった。


 その横で、玲奈はもう一度予算表を開いていた。


 悠斗はその画面を見る。


 金。


 会社。


 ショップ。


 飲食店。


 警備会社。


 イベント運営会社。


 病院と救急。


 レーサー。


 一般客。


 他のギャング。


 最初は、NOXとSHIFTで大きな車イベントをやろうという話だった。


 レースをして。


 車を並べて。


 人を集める。


 それだけのつもりだった。


 けれど今は、その一つ一つの裏に別の誰かがいる。


「……これ、もう俺たちだけのイベントじゃないですね」


 悠斗がぽつりと呟いた。


 カナメは画面から目を離さなかった。


「だから失敗できねえんだよ」


 その一言に、悠斗は静かに頷いた。


 引きこもっていた頃の自分なら、こんな場所に座っている姿すら想像できなかったと思う。


 知らない会社と話し。


 何千人もの客を迎える準備をし。


 大勢の人間が関わるイベントの中心にいる。


 まだ成功したわけではない。


 むしろ、本当に大変になるのはこれからだ。


 それでも。


 画面に並ぶ数字と、机に積み重なった資料を見ながら、悠斗は少しだけ胸が高鳴るのを感じていた。

お読みいただきありがとうございます。

ブックマークや評価をいただけると励みになります。


そして本日はここまで明日も5話投稿します。

よろしくお願いいたします。

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