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『引きこもり高校生、犯罪都市でギャングを始める ~友達ゼロだった俺の成り上がり~  作者: 阿鼻恭介
第5章

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第5章 第173話 募集開始

「……これで、いいよね?」


 ナナはノートパソコンの画面を見つめたまま、隣にいるトウマへ確認した。


 NOXの拠点内にある事務所。


 壁際には書類棚が並び、中央には数人が同時に作業できる大きなデスクが置かれている。午後の室内にはキーボードを叩く音と、空調の低い作動音が響いていた。


 画面に開かれているのは、《RAVEN MOTOR FEST》の公式ホームページ。


 その一番上には、黒と赤を基調にした大きなロゴが置かれている。


 翼を広げたカラス。


 左右へ伸びるチェッカーフラッグ。


 中央には鋭角的な文字で、


《RAVEN MOTOR FEST》


 その下に、


《NOX × SHIFT》


《TWO-HOUR ENDURANCE RACE & CUSTOM CAR SHOW》


 と入っていた。


「ロゴ、やっぱりこれでいく?」


 ナナが聞く。


「昨日から何回それ聞くんだよ」


「だってイベントの顔になるんだよ?」


「いいだろ。レースイベントって一発で分かるし」


 トウマが画面を見る。


「ホームページだけじゃなく、チラシもこれ?」


「うん。看板もパンフレットも。会場の案内にも小さく入れたい」


「作りすぎじゃね?」


「統一した方が絶対それっぽいって」


「まあ、それはそう」


 ナナは少し満足そうにロゴを見たあと、その下へ視線を移した。


 掲載内容はすでにSHIFT側にも共有し、確認を取っている。


 カスタムカー部門。


 スーパーカー部門。


 各部門十五台による三十分の予選。


 上位十台による二時間耐久決勝。


 一般応募あり。


 応募多数の場合は選考。


 さらにデモカー展示、飲食店やショップの出店、イベント協賛、出場車両やレーサーへのスポンサーについても問い合わせを受け付ける。


 玲奈が準備しているイベント専用口座はまだ使えないため、金銭が関わるものはすべて仮受付。


 参加費や出店料、協賛金の振込案内はまだ載せていない。


「リンクも見た。フォームも動く。誤字も確認した」


 トウマが言う。


「だから、もう出していい」


「でも公開したあとに変なところ見つけたら嫌じゃん」


「見つけたら直せばいいだろ」


「簡単に言うなあ」


「最初から百点にしようとしてたら一生公開できねえぞ」


 ナナは口を尖らせながら、もう一度ページの上から下まで確認した。


「……じゃあ、出すよ?」


「どうぞ」


「ほんとに出すからね?」


「俺に何回確認すんだよ」


「だってこれ押したら街中から見られるんだよ?」


「そのために作ったんだろ」


「それはそうだけど」


 マウスに置いた指が一瞬だけ止まる。


 やがてナナは小さく息を吐き、クリックした。


《公開しました》


「……出た」


「出たな」


 二人で画面を見る。


 何も起きない。


 十秒。


 二十秒。


 ナナがページを更新した。


「来ない」


「まだ一分も経ってねえよ」


「一件くらい来てもよくない?」


「告知出した瞬間に街中が待ち構えてたら怖えよ」


 五分経った。


 通知なし。


 さらに数分。


 ホームページの閲覧数だけは少しずつ増えていく。


「……見られてはいる」


「そりゃな」


「なのに誰も応募しない」


「見た瞬間にレース出ますって決める奴の方が少ないだろ。予定もあるし、車だって考える」


「分かってるけど」


 公開から十分ほど経った頃。


 小さな通知音が鳴った。


「あ」


 ナナが勢いよく姿勢を起こした。


「来た!」


「何?」


「カスタムカー部門。一般応募」


 内容を開く。


 名前。


 連絡先。


 使用予定車両。


 簡単な自己紹介。


 必要事項は一通り埋まっている。


「ちゃんと応募だ」


「応募フォームから来てんだから当たり前だろ」


「ゼロと一は全然違うから」


「何その名言みたいなの」


 数分後。


 二件目。


 今度はスーパーカー部門だった。


「二件目」


「よかったな」


「もっと喜んでよ」


「まだ二件だぞ」


 その言葉通り、そこから再び静かになった。


 二十分近く経っても、応募は二件のまま。


 ナナは椅子の背へもたれた。


「もっと来ると思ってた」


「まだ二十分だって」


「NOXとSHIFTだよ?」


「だから何だよ」


「もうちょっとこう……公開した瞬間に、うわってなるかと」


「自意識過剰」


「ひど」


 トウマは笑いながら受付一覧を整理する。


「こういうのは回るまで時間かかるだろ。見た奴が友達に送って、そいつが別の奴に送って、その中から興味ある奴が動くんだから」


「急にまとも」


「最初からまともだわ」


 公開から二十五分ほど。


 三件目の通知。


 今度はレース応募ではなかった。


「デモカー展示について聞きたい、だって」


「ショップ?」


「たぶん」


 さらに数分後。


《飲食出店は個人店でも可能ですか?》


 続けて、


《イベント全体への協賛だけでも参加できますか?》


「……増えてきた」


 ナナが画面へ身を寄せる。


 トウマがSNSを確認すると、公式ページへのリンクが少しずつ共有され始めていた。


 車好きからレーサーへ。


 レーサーから整備士へ。


 店舗を経営している知り合いへ。


 そうやって、告知が人から人へ流れていく。


 三十分を過ぎた頃。


 また一件。


 間を置かず、もう一件。


 その直後に二件。


「ちょっと待って」


 ナナが新着を開く。


 一般応募。


 スポンサーについての質問。


 展示希望。


 観戦について。


《車を持ってなくても見に行けますか?》


《物販だけでも出店できますか?》


 さらに、


《軽トラをめちゃくちゃ改造してるんですけどカスタムカー部門ですか?》


 ナナの手が止まった。


「……トウマさん」


「何」


「軽トラ」


「知らねえよ」


「めちゃくちゃ改造してるらしい」


「車両規定見てから返せ」


「はい」


 その間にも、新しい通知が表示される。


「これ、さっきまで二件だったよね?」


「だったな」


 また通知音。


「増える方が早い」


「三十分前のお前に聞かせてやりたいな」


「絶対嫌」


     ◇


 悠斗とアキラが整備工場から戻り、事務所へ入った時には、出発前とは空気がまるで違っていた。


「……何してるの?」


 悠斗が足を止める。


「三十分前まで暇だった」


 ナナは画面から目を離さない。


「今は逆」


 トウマが別の一覧を操作しながら答えた。


 アキラが後ろから未処理件数を覗き込む。


「結構来てるじゃん」


「一件返してる間に増える」


「広がり始めたんだろ」


 その時、悠斗のスマートフォンも震えた。


《これNOXがやるやつ?》


 続けて、


《一般でもレース出れる?》


 別の知り合いからは、


《観戦だけでも行っていい?》


 悠斗は画面を眺めた。


 さっきまで、自分たちが机を囲んで決めていただけの企画だった。


 名前を決めて、ルールを考えて、最初の店へ話を持っていった。


 今は、自分たちのいない場所でも《RAVEN MOTOR FEST》の話がされている。


「悠斗、これ見て」


 ナナに呼ばれ、顔を上げる。


 画面には似た問い合わせが何件か並んでいた。


《各部門15台なら、一般応募は何台ですか?》


《応募したら予選には出られるんですよね?》


 アキラが眉を上げる。


「一般枠の数字まで書いてなかったか」


「選考ありとは書いた。でも内訳は書いてない」


「じゃあ十五台全部が一般枠だと思う人はいるな」


 各部門十五台。


 一般応募九台。


 NOX招待三台。


 SHIFT招待三台。


 そこはすでに決まっている。


「数字まで出した方がいいと思う」


 悠斗が言った。


「先着じゃないのも、もう少し目立つように」


「了解」


 ナナが追記する。


《一般応募は先着順ではありません》


《各部門の一般出場枠は9台です》


《応募多数の場合は選考を行います》


 ページを更新して間もなく、また質問が届いた。


《選考では何を基準に決めますか?》


「……今度これ」


 ナナが画面を見せる。


 そこへちょうど蓮が事務所へ入ってきた。


「何の話?」


「一般応募の選考基準」


「速い奴でよくない?」


「それだったら予選やる意味なくない?」


 ナナに言われ、蓮が止まる。


「……まあ、そうか」


 アキラが笑った。


「予選の前に予選してどうすんだよ」


「ソウさんに聞く」


「サラにもね」


 悠斗が言う。


「共同イベントだし」


「分かってるって」


 蓮がその場で連絡を入れた。


 ほどなくして、ソウとサラも加わった通話になる。


『速いやつだけ選ぶなら、それ予選の前に予選してるのと同じじゃない?』


 サラが言った。


「今日二回目なんだよ、それ言われるの」


『じゃあ答え出てるじゃん』


『まず車が部門条件を満たしてること』


 ソウが話を戻す。


『あと、安全に走れる状態。それが最低条件だな』


『ドライバーも一緒』


 サラが続けた。


『速さじゃなくて、ちゃんと他の車と一緒に走れるか。明らかにレース壊しそうな奴まで入れる必要ないでしょ』


「有名なレーサーだけ取るのも違うよね」


 悠斗が口を挟む。


『それやったら一般募集の意味なくなるしね』


「じゃあ、過去の速さとか車の性能だけで決めるのはなし」


『速さは予選で決めればいいよ』


 ソウも同意する。


『今すぐ全部決める必要はねえ。ページには、車両条件と安全面を確認した上で、NOXとSHIFT双方で総合判断って書いとけ』


「細かい基準は?」


『応募締め切るまでに詰める』


『私からリクにも共有しとく』


「了解」


 通話を終えると、ナナは必要な部分だけを募集ページへ追記した。


 その時。


 悠斗のスマートフォンが震えた。


 カイからだった。


《店長、整備ブースで使える電源と出せる人数確認するって》


《条件分かったらまた教えて》


 続けて、


《あと俺レース応募するかも》


 悠斗は思わず笑った。


「何?」


 蓮が聞く。


「カイ。レース出たいって」


「マジ?」


「まだ車決まってないけど」


「知り合いだからって通すなよ?」


「普通に選考だろ」


 悠斗が即答すると、アキラが吹き出した。


「落ちたら絶対文句言うぞ」


「言うだろうな」


「めちゃくちゃ言うと思う」


 笑っている間にも、通知音は鳴り続ける。


 ナナが一件処理する。


 トウマが問い合わせを別の一覧へ振り分ける。


 それでも、未処理件数はほとんど減らない。


「……来ないって言ってた時に戻りたい」


「まだ一時間も経ってねえぞ」


「もう疲れた」


「自分で公開したんだろ」


 また一つ、通知が届いた。


 悠斗は何気なく、新しく入った一般応募の名前を見る。


 知らない名前だった。


 その次に入った展示希望も。


 さらに次の問い合わせも。


 誰なのか、悠斗は知らない。


 それでも画面の一番上には、ナナが作った赤と黒のカラスが大きく翼を広げている。


《RAVEN MOTOR FEST》


 そのロゴの下へ、また一人。


 悠斗の知らない名前が増えた。

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